昨日は中村と打ち合わせ。
狸小路の金富士で一杯。奥田にも電話したがでない。
ランニング中だったらしい。
相変わらず、まわりはサラリーマンでいっぱい。
本当に同じようなスーツの人ばかり。
よくこんなに集まるな、と思う。
もっとも俺もその中の一人だが。
中村いわく、ダメなサラリーマンをダメリーマンというのだそうだ。
初めて聞いた。
このあと、帰ろうと地下鉄へ向かった
道端に手相占いがいた。
中村が占ってもらった。
奥さんがしっかりもので、助けられているとか言われていた。
占い屋は、俺についても占いたいと言った。
山本は、占いをまるっきり信用していないので、いらないと言ったのだが、なんと中村が半額負担してくれるではないか!
ありがたく俺のことについても、占ってもらった。
でも、信用していないので、何を言われたかよく覚えていない。
中村様、ごめんなさい。
それはそれとして、早く録音してしまおうや。
1992年、楽器屋で中古の左利き用のベースが、12,000円で売っているのを見つけた。
このときのことを俺はよく覚えている。
あまりにも出来すぎだなと思った。
このタイミングで左利き用のベースを見つけるなんて、と笑ってしまった。
そのころ、東京の小西が仕事の都合で札幌にくることになって、バンドをやろうという話になっていた。
小西はドラマーだった。
ギターは、俺と中村がやるとして、ベースが不在だった。
最悪、俺がベースでもいいやとさえ思っていた時期だった。
(つづく)
1976年製・フェンダーストラトを弾く中村。
「city boy blues」イントロ。
「do you give up」ギターソロを録音。
久しぶりなので、フレーズ忘れてる。。。とのこと
思い出してから取り直しかな?
ギブアップの結成は1992年だった。
それまで、中村とギターを弾いて遊んでいたけれど、本格的なバンドの形態じゃなかった。
たまに俺と中村とドラムを叩ける友人とで、スタジオで音をだしていた程度だった。
1992年、バンドの初代ドラマーになる小西が仕事の都合で札幌にくることになった。
それを機会に奥田がベースを買った。
俺が偶然、中古の左利き用のベース・12,000円を楽器屋で見かけた。
その情報を奥田に伝えたところ、彼はすぐに買ってきた。
それが今や、DANCING CUSTUM BASSになっている。
中村とは、どっちがリードギターをやるかでもめた。
俺の譲歩案は、リードが中村というなら山本が歌わせてもらう、というものだった。
それで今の役割に落ち着いた。
あれから14年。長いが短い。
今はドラムは川村になっている。
この出会いも凄まじかったが、次回の話にする。
解散はない、と思う。
なぜかといえばストレスになるほど活動しないから。基本的に、たまに遊んでいる程度。
それでも何とか、CDだけは残しておきたいと思う。


