母との別れ
今回は前回からの続きではない個人的なことを書きます、
あくまで備忘録としての書き残しで、いつもの趣味の話題ではないのでブログテーマで来訪していただいた方はスルーしてもらって大丈夫です。
このたび母が他界しました。
6月のあたま辺りからブログの更新が停滞していたのは入院前の看病に介助、その後入院、病状の変化による転院など諸々あってなかなかここに書く時間がとれなかったから。
入院後は連日病院に面会に出向いていたのですが、そんななか容態が落ち着き快方に向かっていたタイミングで出かけてきたのが前回の更新分から続く内容でした。
この1週前が転院で1週後が葬儀、ずっと以前から見てみたいと母にも話していたイベントでもあったのですが、この日程が一週前でも一週後でも行く(見る)ことができなかったことを思うと母が行かせてくれたような気がしてきました。
母はずっと以前に一度癌の摘出手術を受けたこともあったのですが、その頃はちょうど別居していたときで、このまま逝かれたらなんの恩返しもできないままになってしまうと不安になった時期もありました、
しかしその後癌の再発もなく先に父が他界、自分自身も実家に戻り最後の十数年を一緒に暮らすことになりました、
後半になるにつれいろいろ介助する機会も増えていきました。
長年にわたる数々の恩から思えばまだまだ返し切れてないものの最後に親孝行らしいことをするボーナスステージの時間を与えてもらえたような気がしています。
母は年齢の割に新しいものになじむほうで、それが長生きの秘訣だったように思います。
ちいかわやすみっコぐらしが好きでテレビで見る映画やドラマも最新のものを、音楽も懐メロはほとんど聴かずその時流行りのものを好んで聴く方でした、
「最近の若い女優はみんな顔も髪型も似ていて見分けがつかない」とかいいつつイケメン男優の顔と名前はしっかり覚えていたり、
テレビで見るスポーツもバスケやラグビーを面白がり、特にフィギュアスケートを観るのが好きでした、地上波放送していたころはF1もよく観ていました。
鮭を買ってきたら普通に塩鮭にしそうな世代なのにムニエルやワイン蒸しにしたり、外食でも買って来た惣菜でも初めて目に口にするようなものでも好き嫌いなく食したり、
車に乗る時も、固めの足回りの車でも知人や親類などに乗せてもらった車と比較して「うちの車の方がフワフワしていなくて座席も深くて疲れなくていい」というような通な感想を言って毎回自分の偏った車選びにも賛同してくれるような母でした。
父さんへ、あなたが去ってから10年以上長らく母をこちらに引き留めてきましたがこのたびそちらに送り出す時がきました、また一緒に仲良く暮らしてしてください。
そして母さん今日まで本当にありがとうございました。