DRAGON -16ページ目

お寒いヒートアイランド

怒りむかっの不連続シリーズメラメラ「支離滅裂の帝国」第一弾

今回から、キレたとき、怒りの対象をGetter Drillで切り裂きロケット爆弾、粉々に粉砕する不連続シリーズを開始いたします。

さて、第一弾として、今朝、放送された「スーパーモーニング」という高尚な番組を採り上げます(なお、普段はあまり見ません)

特集の一つが、「冷え症」。

渡辺なんとか(名前を忘れる)というメインキャスターの「クーラー効きすぎて、おお、寒ぶ」(そのままではありませんが)の第一声から、始まった。

なんのこっちゃと思いましたが、真夏のクーラーによる「冷え症」がテーマとのこと。のっけから「ふざけるな」とややキレ気味。

その後、始終、おふざけモードで進行。

渡辺、アシスタント、鳥越俊太郎、大澤弁護士、その他コメンテーター一同が、揃いも揃って、首にマフラーまいて、茶目っ気たっぷりにご愛嬌を振りまく。もうっ、渡辺ちゃんたら。

バカヤロウだ!ドクロお前ら全員。

エネルギーをバカ(お前らみたいな)みたいに使って、冷え症でお悩み。外は、ヒートアイランド現象。

そんなこと特集する前にすることがあるだろう。アクセル踏みながら、ブレーキかけているようなものだ。

一人でも疑問を呈する奴がいないとは、なんだかんだ言っても、結局は、自分のギャラだけしか頭にない。

普段は、エラそうなことを並べたている鳥越。最近、TVで弁護士をよく見るようになったが、いざというとき、とてもじゃないが弁護士になんぞ頼む気がしない。すくなくとも大澤弁護士には頼まない。



バカどもが、雁首そろえ、マフラー巻き。

中は冷え冷え雪、お外は、ヒートアイランド晴れ

UFO

宇宙人というと、「エイリアン」に代表されるように、悪いイメージがあるかもしれません。「インディペンデントデイ」や「宇宙戦争」でも、侵略者として描かれていますし。

しかし、その一方、高い知性と思いやり、普通では考えられないような能力の持ち主として描かれるケースもあります。

両極端ですが、宇宙人にも色々あるというのが、一般的な落とし所かもしれません(一般的にはあまり論じられないでしょうが)

確かに、この広い宇宙には、地球より遥かに進化の度合いが低い惑星が数限りなくあるでしょうが、この広い宇宙を縦横無尽に行き来できる惑星の住人達の中で、知性が低く、性格も凶暴なのはいないといっていいのではないでしょうか。

仮に侵略目的で来ているとしたら、遥か昔に侵略してしまっているでしょう。

では、何故、宇宙人=侵略者として描かれることが多いのでしょう。おそらくは、何かの陰謀です。主にアメリカの。

「スタートレック」や「ウルトラマン」には、宇宙人からのなんらかの働きかけがあったと聞きますが、「エイリアン」などより、そちらの方が遥かに真実に近いでしょう。

宇宙人は、侵略とは逆の目的でやってきているものと思われます。つまり、援助の目的をもって来ているのです。

その方法には、直接、惑星間航行(俗に言うUFO)でやってくる方法と転生でやって来る方法があります。前者の方法なら、あまり問題にはなりませんが、後者の方法なら、相当な苦しみが伴うことになります。

前世の記憶を全く失っていますし(少なくとも意識の範囲内では)、そもそも波動が繊細であるために、波動が荒い地球人とは波長が全く合わないのです。地球人をいじめるというより、逆に苦境に陥るケースが少なくないでしょう。

その典型的例は、宮沢賢治です。おそらく彼は、転生でやってきた宇宙人であったことは間違いありません(私以外にそんなことを言う人はおそらくいないでしょうが)

彼は、一般的には童話作家として知られていますが、一面的見方です。その作品や残されている記録によれば、宇宙哲学者や宇宙科学者としての粋が見てとれます。その先見性の明には、驚かされます。本当に明治生まれなのだろうかと。

そして、彼自身、他の惑星への転生があり得ることを示唆しています。

「銀河鉄道の夜」には、次のようなくだりがあります。

カンパネルラは、友人を助けようとして川に飛び込みますが、自分が溺れて死んでしまいます。親友であるジョバンニは、カンパネルラと四次元空間の汽車の中で出会い(おそらくは幽体離脱によって)ますが、カンパネルラは、自分が死んでしまったことをお母さんは許して下さるだろうか、とつぶやきます。そして、はるか銀河の彼方の目的の惑星までくると、「あっ、あすこにいるのは僕のお母さんだ」と言って消えていきます。そのとたん、ジョバンニは目を覚ましますが、カンパネルラが川に落ちて流され、人々が大騒ぎをしているのを知ります。しかし、ジョバンニには、もうカンパネルラは、あの銀河のはずれにしかいないように思われて仕方がなかったのでした。

後に「アミ小さな宇宙人」(エンリケ=バリオス著 徳間書店)を知ることになるのですが、宮沢賢治の作品に書かれてあることと符号する箇所がいくつもありました(もっとも反論すべき箇所もたくさんあります)

その他、宇宙人を題材の一つとして取り扱っている例を挙げておきます。それは、モーツァルトのオペラ「魔笛」です。

終盤近くになって、三人の童子が空飛ぶ船に乗って現れ、人類の未来に対する(良い)予言をします(個人的には、説教くさい台詞が多く、その箇所は好きではなく反論もありますが)

ただ、断っておかなければなりません。流布しているUFOや宇宙人の情報は、ほとんどが偽者であるということを。陰謀だけに限りません。偽コンタクティや偽預言者もたくさんいます。例えば、ビリーマイヤーやクロード・ボリロン・ラエル、光本富子などは有名所ですが、彼らは偽者だと思います。

何を根拠にと言われるかもしれませんが、根拠はありません。ただ、感性にしたがって感じているのです。

それでは、今回はここまでにします。続きは、また、そのうち書くかもしれませんし、書かないかもしれません。

花火

町でこのようなものを見かけましたので、掲載してみました。


営業mini







花火です。



赤花火
3
青い花火

たくさんの花火

楽園への川

「生きなくては。なんとしても生き抜いて、家族を助けなくては。」

その思いだけが、激しく冷たい豪雨の中、明哲の足を前へとかろうじて運ばせていた。体はもはや限界にきているにもかかわらず。長い距離を逃走してきて、もはや足の感覚もない、口にしたものといえば雑草だけ。しかもその雑草の毒が体を回り、目はかすみ手足は痺れている。雨風は彼を容赦なく激しく叩きつけ、雷鳴は轟き、木々は彼の行く手を阻むかのように、倒れる。


「もう少しだ。もう少し行けば、国境の川がある。あの川を渡って対岸にたどり着けば、この地獄から逃れられるんだ。でも、国境警備兵がいないだろうか。見つかったら、一巻の終わりだ。」不安が彼の脳裡を横切る。でも行くしかない。


ようやく川岸にまで辿り着き、彼は見渡した。警備兵はいない。一瞬、彼の表情に安堵感が浮かんだ。しかし、氾濫している川を見て、すぐにこわばった。

「果たして、こんな川を渡りきれるだろうか。でも、これは最大のチャンスだ。このチャンスを逃したら、もはや二度とこの川を渡ることはできないだろう。」


意を決して、彼は川に飛び込んだ。とたんに、激しい濁流が彼を襲いかかる。手足を動かすが、泳いでいるというより、もがいているといった感じだ。どんどん押し流される。どっちが対岸か、上も下も分からない。濁った水が口から鼻から入ってくる。

「神よ。どうかお助け下さい。ほんの少しでいいですから、この流れを緩めて下さい。」彼は祈った。

すると、どうでしょう。流れが急に緩やかになり、しかも水が澄んでいます。天候もそれまでとうって変わって穏やかに晴れ渡っているではありませんか。太陽の光が水面に反射してキラキラと輝いています。

「神よ。私の願いを聞き入れていただき、ありがとうございます。」

彼は神に感謝すると、再び泳ぎ出しました。不思議なことに、さきほどまであった体の極度の疲労や痺れ、目のかすみといったものが全くありません。すべるように軽やかに泳ぎ、対岸に着きました。


そこは、ああ、なんて美しいところでしょう。花々が咲き乱れ、小鳥達が歌っているではありませんか。その鳥達と人間達が戯れてもいます。空で優雅に舞いながら。

「私も仲間に入れてくれませんか」

そう言うと、彼は空に向かってふわりと舞うように飛んで行きました。

山形由美フルートコンサートの夕べ

このブログは日記用ではないのですが、今日は、あまりにも夢のような夕べを過ごしたので、その感激を綴ってみたいと思います。

夢のような夕べというのは、山形由美&ヴェネツィア室内合奏団のコンサートに行ったことです。

プロのコンサートなんて、もう何年も行ってませんでした。もう、ほとんど興味がなくなっていたのですが、2000(最も安い席)ということもあり、また、かつて自分が好きだった曲ということもあったので、久々に行ってみることにしました。あまり期待はしていませんでしたが。

(会場は、クラッシックのコンサートらしく、かなり空席が目立ちました。)

でも、演奏が始まった途端、そのあまりにも素晴らしい音色に言葉を失いました。さすがに、プロの生演奏は違います。もうほとんど忘れかけていた感激です。

前半は、ヴェネツィア室内合奏団だけでしたが、お目当ての山形由美と曲に胸は高鳴っていきました。

そして、ついに山形由美の登場です。ああ、なんて優雅で美しく、強烈なオーラなんでしょう(ちょっとお高くとまっていますが)。遠目ということもあるかもしれませんが、とても46歳(47歳かも)には見えません。白いドレスに紫の帯です。後ろは、はだけています。背後の席だったので、それはよく見えます。ただ、正面が見えないので顔が見えません(安い席だけのことはある)。後ろの黒髪はとても美しかったです。

いよいよ彼女の演奏開始です。最初、音合わせをするのかなと思いましたが、いきなり、曲に入っていきました。

美しいフルートの音色が響き渡ります。曲は、ヴィヴァルディのフルート協奏曲「ごしきひわ」。ごしきひわというのは、小鳥の名前ですが、まさにその名の通り、小鳥のさえずりのようなフレーズが散りばめられている曲です。とても良い曲です。ヴィヴァルディのフルート協奏曲は名曲揃いなのです。

実は、私も学生時代、その曲を練習していたことがあったのです。学生時代、管弦楽団に入っていました。その入部の動機というのは、不純極まりないものです。そうです。女性目当てだったのです。2年生になった頃、一目惚れした女の子がいて・・・ああ、その後は語るのも恥ずかしい。彼女のいる管弦楽団に入ることにしました。友人を誘って。勿論、そいつも女性目当てです。もともと、私も友人も音楽に興味があったわけでもなければ、音楽の才能もゼロだったわけですから、完全にお荷物となってしまいました。でも、下手(しかも究極の)ながら、やっていくうちに興味が出てきて、練習に精を出すようになりました(でも、やっぱり下手)。そのうち、私の方は、その女の子に関しては、どうでもよくなりました。友人の方は、ある女の子とうまくやっていましたが。とにかく上手くなりたいと思うようになりました(でも、結局、下手でした。音楽の才能というのは、本当に才能なのです)。ステージに立った(正確には座ったのですが)こともあります(でも、出るべきではありませんでした。ご迷惑おかけしました)

それから、小学校の音楽専攻のある女の子(前述の女の子は、中学の音楽専攻)からピアノを習うことになりました。私も副免で小学校の免許をとるために、音楽の単位を取る必要があり、ピアノ実習も含まれていたのです。今度は、その女の子にいかれ始めました。その女の子が、あの山形由美似だったのです。しかも、彼女もフルートをやっていました。でもでも、結局、振られてしまいました。しかし、別の女の子とはうまくいきました。その彼女とフルートのコンサートに行って、「ごしきひわ」等を聞いたこともありました。

そんな昔のことが、コンサートを聞きながら、走馬灯のように頭の中で駆け巡りました。美しい曲が流れる至福の中にあって、色々あったけど、良き時代が思い起こされ、懐かしさが蘇えってきました。あの頃の感触、匂い、春の日差しまでもが蘇えってきました。現実から離れ、一瞬、あの頃に戻ったかのようでした。本当に幸福な一時でした。そして、空を駆け巡るような素敵な演奏でした。

行く前は、今さらフルートのコンサートなんて、と大して期待していなかったのに、思いのほか感激してしまい、それ以外のことが取るに足らないことのように思えてきたのでした。

この世で最大の素晴らしいことは、多くの人に愛され、しかも後世まで残る曲を作ることだとかねがね考えているのですが、本当にそんなことができたら、どんなに素晴らしいことでしょう。

9月には、また、コンサートに行こうと思います。モーツァルトのピアノ協奏曲12番等の。

川の流れのごとく

ぼくは、一人旅が好きです。


なぜなら、一人であって一人ではないからです。


絶えず出会い、絶えず、別れる。


水が流れるごとく。


行く川は腐らず、淀んだ川は腐れる。


人間関係も、しかり。

孤独な蛍

蛍の季節、都会の喧騒、ネオンを離れ、故郷へ向かう。蛍に会いに。

しかし、どこにも蛍の光が見つからない。

23年前には、あんなに飛び交っていたのに。

もう蛍の季節は終わってしまったのか、それとも、本当にいなくなってしまったのか。

そのとき、暗闇の中に一つの光が。

しかし、点滅しない。しかも、鋭く尖った光の形。

機械に電灯の光が反射したものだった。

諦め、踵を返した。

15mほど離れたところに漂いながら点滅する光が。

心に明かりが灯った。

他にもいるのではないか。

歩き回り探し回った。

だが、見つからない。

「お前も孤独なんだな。人間の文明がお前を追いやり、孤独にしてしまったのか。」

しかし、かろうじて、もう一匹飛んでいるのが目に入った。少し離れてはいたが。

「伴侶がいて良かったな。お前はかろうじて孤独じゃないだ。一匹ではなく、二匹なら新しい未来が開けるかもしれない。」祈るような気持ちだった。

彼は、また、多くの人々が行き交う雑踏、ネオンの中に一人、戻って行った。

タイムトラベル

二つの地球


それは、今から12年前のことだった。ある朝、妻の声で目が醒めた彼は、鳩が鳴いているのに気づいた。なんとなく朝の空気を吸いたくて外に出てみると、猫が鳩の糞を踏んづけているのが目にはいった。ふと猫と目と目があったが、その瞬間、猫は逃げ出した。彼もその猫を追ったが、角を曲がると、猫は見えなくなっていた。


「まったく近頃の猫ときたら、何を考えているんだか。しょうがないな。昔の猫はもう少しましだったんだが。」

そんなことを考えながら、帰ろうとして引き返した。すると、道の真ん中に壁があるではないか。

「どうしたんだ、この壁は。いつのまに。」


いぶかりながらも、なんとなくそのコンクリートの壁にパンチを食らわせてみた。すると、その手は壁を突き抜けてしまった。壊したのではない。すり抜けたのだ。あっけにとられながらも、一歩を踏み込んだ。すると、今度は体全体がすり抜けたではないか。そこは突き抜けるような青空が広がって、空からはきらきらと結晶のような光が降り注いでいた。なんて素晴らしいんだろう。うっとりして、草原に寝転がった。目をつむったのに、瞼の中でも光が見える。耳元をそよ風が吹いて行ったが、何かがささやきかえてくるようでもあった。ふと横を見ると、虎がいるではないか。それは声のない声でささやきかけてくる。「御一緒に、旅立ちましょう」と。


すると、体が軽くなり、空高く舞い上がっていった。かなり上の方まで上がって、次にゆっくりと地球が回るのと反対の方行にまわり始めた。見下ろすと、これまでのことが反対にまわり始めて見えた。


「なんて地上は低いんだろう。」

そして、自分の愚かさとあまりの逆さまの出来事に心が痛んだ。ある地点に来ると、後悔の念が湧き上がってきた。女子高の教師になるのを断っていたのだ。

「なんてバカな。断るんじゃない。かつての自分に必死になって呼びかけた。」


ふと、そいつ(つまりかつての自分)はこっちの方を見た。しかし、なおも回転し続けた。歴史はさかのぼり、人間が誕生する前へ、そして地球が誕生する前まで溯っていった。それでもまだ止まらない。回転方向はそのままなのに、今度はまたも地球が原始の状態から成長し始めた。しかし、今度は心が安らぐようだった。というのは、愛に満ち溢れた地球が形成されていく状態がみてとれたからである。弱肉強食もない。時がたてば経つほど、光輝いてくる。そのときふと疑問がよぎった。ここの人達や生き物は何を食べて生きているんだろう、と。すると、忘れていたが、ずいぶんと久しぶりに虎が声をかけてきた。


「光を食べているんです。」

妙に納得しながら、ぐんぐんと高度を上げていった。見下ろすと、なんと二つの地球がそれぞれ反対に回っているではないか。

「一方の地球からもう一方の地球は見えないのです。」

「どうして。」

「違う時間を回っているからです。」


彼にはなんのことかさっぱりわからなかったが、虎は続けた。

「いや、そもそも時間なんて存在しないのです。」

ますます訳がわからなかったが、虎は続けた。

「二つの地球は反対方向に回転しますが、ときおり重なりあうことがあります。」


彼は夢でも見ているのかなと思った。虎が聞いてきた。

「どうなさいます。どちらの地球に戻りますか。」

光輝く地球に降り立ちたいと考えたが、生きていけないことに気がついた。なぜって、彼には光を食べられないから。

「よくぞ気がつかれました。では、もっともあなたが戻りたいと思っている時点に降り立つとよろしいでしょう。」


次の瞬間、彼は学校に向かって通勤していた。いつものように。


タイムトラベル


Holidays

生命のあるものの中からしか、生命が生まれないのならば、地球、いや、宇宙全体が生命体である。我々は、大きな生命の中の一部分であり、我々の中の一つ一つの細胞にも生命が宿っている。

この肉体が滅び去っても、大きな生命の中で別の生命に生まれ変わるにすぎない。そこには状態の変化があるだけで、死などどこにも存在しない。

あらゆるものは生命で満ち溢れている。全てはつながりあっている。我々は別れるために出会い、また一つになるために別れる。

大宇宙の営みの中で、人間の思惑など何の意味があろう。誰が偉いとか偉くないとか、どちらが上でどちらが下であるとか。

大きなものは小さくなり、小さいものほど大きい。小さいものほど、軽んじられているものほど偉大なのだ。

だから忘れないで美しい君。飛行機は弱っている。

地上は低い。 Holidays.

旅は道づれー地獄に落ちるわよ

インフルエンザに何千万人も罹って、数百万人も死ぬですって、厚労省のお役人さん方。

大地震にまもなく襲われるですって、地震学者さん。特にFM電波を使ってなにやら画期的手法を発見したとうそぶいている、そこの人。

北極振動で、関東地方が何十cmも何mもの大雪に見舞われるですって、そこのジャーナリスト。

そんな当たりもしない適当な予測だか予言をして、人心を惑わせてばかりいると、アンタ、地獄に落ちるわよ。