貴方に会えた、それだけでよかった。
世界に光が満ちた。
夢で会えるだけでよかったのに。


「愛されたい」と願ってしまった。
世界が表情を変えた。



















私は「覚える」 事より「考える」事の方が得意です。

それはつまり「覚える」という事が苦手だということ。



いつか話したことですが、人は見聞きした事を容易に忘れることが出来ません。
それでも忘れてしまうのは「思い出す」事が出来なくなるからです。

つまり「忘れた」と思っていることも実は頭の片隅には残っているのです。
故に物覚えのよい人というのは、必要なときに必要な情報的記憶を引き出すのが上手な人と言うことです。

私はそれが苦手なのです。
部屋の片付けも出来ないくらいですから、頭の中の片付けなんて出来るわけがないのです。




では、そんな人はどうしたら物覚えがよくなるのか?

私は覚えておきたい物事に密接な因果関係を持つ事物を身近に置くことでそれを果たしています。
例えば写真。
うっかりすると親友の顔さえ忘れてしまう私ですが、写真を部屋に貼っておくことで、思い出すきっかけを作っているのです。


この「きっかけ」というのが大事です。
その事象に関わらなくなってから思い出すまでの時間が開けば開くほど、記憶の輪郭はぼやけます。
有りもしなかった事を有ったかのように思い出したり、逆に無かったことにしたり。
頭の中で都合よく書き換えた虚構と、現実に起こった出来事の区別がつかなくなってしまいます。

「逃した魚は大きかった」というわけです。


そのためにも大事なことは定期的に思い出したいのです。
故にきっかけは身近な所に沢山あった方がよいというわけ。





例えば、毎日吸うタバコの銘柄を片想いの相手と同じにするとかね…





good night and have a nice dream!
隣にいてほしい人と隣にいたい人。

その二つにどれだけの差異があるのだろう?



その二つが実は同じものであることを僕は知っている。

それはまるで《角θの回転を2回繰り返す》のと《角2θの回転を行う》のが同じであるように。













今日は漢字のはなし。

漢字には字義というのがあります。
それはその字が持つ意味ともいえます。


本来的には記号である漢字に意味をもたせるというのは呪です。


ひらがなにもアルファベットにも意味はありません。
そう考えると漢字というのはなんとも祟った字なのです。




ではその妖しい字を使って何をするのか?
今回は人を漢字で表すという趣向で書いてみましょう。

この世界では似たようなことをしていますね。
「今年一年を字で表す」というあれ。

それの人間版だと思って下さい。


では誰を表すのか?

私です。




結果から述べてしまえば私を表す字は「狂」だと考えます。

「悪」「理」「怖」「罪」「違」「否」「暗」「怒」「怠」「終」と挙げればきりはありませんが、そういった私らしさというのはやはりマイノリティであることが共通しています。

それを表すのならやはり「狂」が一番的確なのだと思います。




面白いのは他人から見た自分の評価を聞いてみると意外と相違があることです。
My yourself notequal your myselfです。



貴方の漢字はなんですか?



good night and have a nice dream!
私には貴方が見える
私には貴方がわかる

私は貴方に触れない
私は貴方を知らない

煙とはそいいうものだ


















私は人付き合いは嫌いですが人は好きです。

しかし、それは人という生き物が好きであって、特定の個人に関して述べてしまえば、やはりそこには好き嫌いというものはあって然りなのです。


そして私の場合、人の評価というのは嫌いから始まる場合がほとんど。

いや、全てです。


人は生まれながらにして悪性を有する。
性悪説こそ人の本質に迫ると私は考えています。

しかし、だからこそ人の善行には意味があり、価値があるのだというのが私の持論です。

偽善であるから、偽物であるから。
そこには本物には到底出来得ない努力があり、価値があるのです。



だからこそ私は人を見たら悪人だと思うし、嫌うのです。

数少ない私に好かれる人というのはその性悪の中に善たろうという努力が見られた人、その価値を有する人なのです。



では、仮に私が初印象から好きになる人とはどんな人か。
それは恐らく単純に関心の無い人です。

好かれる気がない、好きになる気がない。
気を使わせない、気を使わない。

そんな人です。


酷くマイナスのイメージを作ってしまいましたが、自分の身体に刻むほど他人に対してストレスを持つ私にとってそんな人は必要なのです。


そしてそんな人は私の知る限り一人しか居ません。
一人居たことが私には幸運だったともいえます。



その人は感受性が豊かで、話好きで、フットワークが軽く、趣味が多くて、見かけによらず繊細な人です。


私にとってその人は酸素のようなもの。
見えない、触れない、味も香りもない。
うっかりするとその存在を忘れてしまうくらい当たり前で、泰然とした存在です。

それでも私にはそれは必要で、無くして生きられない程尊い存在。


私はその感謝を常に忘れずにいようと思います。


貴方が思う以上に私は感謝してるぞ。


good night and have a nice dream!