「私のこともっとわかってね」


貴方が耳元で囁いた



とんでもない悪夢だ



















今日はドーナツの話。


私はドーナツが好きです。

大好きです。


私の中で人や物、概念などをひっくるめたランキングを作ったら3位にランクインするくらい大好きです。

1位と2位は内緒。



そんな私に知り合いから質問が。

「なんでドーナツ好きなの?」


愚かなことこの上ない。
私に言わせればその質問をしてくる方が疑問ですが、あえて答えてみましょう。




私はもともとケーキが好きなのです。

見た目もかわいいし、甘いものを食べると幸せになるのです。


しかし、ケーキは一つが大きく、割と高価です。
沢山は食べられない。

私としては、いろんな種類を沢山食べたいのです。


そこでドーナツ。
一つあたりの量は控えめで、安価です。

しかも、最近は種類も豊富で見ているだけで楽しくなります。


芸術品ともいえる秀逸なデザインのドーナツ達が列挙する様を心行くまで眺め倒し、それらを好きなだけ食し、愛せるとはもう天国のようなものなのです。

しかも、その天国がワンコインで楽しめる。


素晴らしいですね。






しかしながら、私のドーナツ好きを知っている人はあまりいません。
ドーナツの話も、ケーキの話も「かわいいものが好き」とか「甘いものが好き」とか女子女子した嗜好をあまり人に話したくないからです。

ですから私が自分のコンプレックスを曝せる人しか私のドーナツ好きは知らないのです。



私に愚かなことこの上ない質問をしてきた人もかなり私に近い人だったりするのです。


good night and have a nice dream!
「知っているかねAdamくん。人生とは数列だ。」

どういう意味?

「1、2、3、4…。次の数は?」

5。

「残念。1、2、3、4の次は6だそれから9、8、12…と続く。2と3の指数を考えれば構造がみえる。」

それはズルいな。最初の4つだけ提示しておいて急にパターンが変わるなんて。

「ならいくつ見ればいい?数列が無限に続くならどこまで見れば次がわかるの?」



「私達はね今までに起きた有限の情報から次を考えていくしかないのだよ。人生だって同じだ。今日まで続いていたパターンが明日急に変わるかもしれない。」

至極その通り…だね。

「しかしね、パターンが変わったとしても理はある。数列から母関数を経て一般項を発見するように、変わったパターンの中にも必ず別のパターンがあるのさ。それを見つけるのが私達数学者の仕事なんだよ。」



Eve。
貴方の言っていたことが正しいと、今なら言える。

人生とは数列だ。
















今日はダーツの話。

仕事の関係で最近真面目に練習出来ていません。

そんな中でも我チームメイトはひたすらに練習をつづけています。

そしてついに先週、私のランクが2位に下がりました。


いつかこんな日が来るとは思っていましたが、こんなに早いとは…

もしかすると彼等は本気でプロを目指しているのではないかという疑念さえ湧いてきます。
それほどひたすらに、さながら亡き友人との最後の約束の如く的に向かっているのです。


うかうかしてるとチームでビリなんて日が来るかもしれません。



お前らダーツ大好きだな。


good night and have a nice dream!
ツンデレという生き物は2次元では理解できない。
理解するには、言動の裏にある心理を3次元的に、多視的に把握する必要がある。



それはまるで「実数の数直線上で振動」しているかのように見える数列を、次元を変えることで「複素平面上で円運動」をしていることに気付けるかのように。
















人工ダイヤというものがあります。

ご存知の通りダイヤモンドは炭素の塊です。
つまり内容は炭と一緒。

違いは元素同士の結びつき方。


私達は長年の研究の末、その構造を紐解き再現するに至りました。

それが人工ダイヤ。


お陰で希少価値が高く、高価だったダイヤモンドを我々一般市民が身に付けることが出来るようになったわけです。

天然のダイヤモンドに比べれば安価ですし。



しかし、何故人工ダイヤは天然石に比べ安いのでしょう?

それは言わずもがな。
人工であるから。
偽物だからに他なりません。




では、偽物は本物に劣るのか?


それが今日のテーマです。




質問を繰り返すようで心苦しいのですが、単刀直入に聞きます。

正真正銘本物と、見た目は全く同じ見分けのつかない偽物と、どちらにどれだけ価値があるか?


一般論を口にするなら、やはり本物に軍配が上がります。

偽物は見た目がどうあれ、中身がどうあれ、偽物というだけで劣っている。

それがこの世界でのルールです。





しかし、その意見とは全く異なる見解を述べた人が居ました。

その人曰わく。
本物とはただそこにあるだけで価値がある。
偽物にはそれがない。
しかしだからこそ本物であろうとする努力があり、価値を得ようという願いがある。
それこそが本物の価値にも勝る偽物の価値である。



…と。

偽物は偽物。
どんなに足掻いても本物にはなれません。
それでもそれを受け止めて本物に近付こうと、そうあろうという努力にこそ価値があるのです。



目を背けず、偽らず、否定せず、ただひたすらに価値に縋る偽物の方が私は好きです。


good night and have a nice dream!