ツンデレという生き物は2次元では理解できない。
理解するには、言動の裏にある心理を3次元的に、多視的に把握する必要がある。



それはまるで「実数の数直線上で振動」しているかのように見える数列を、次元を変えることで「複素平面上で円運動」をしていることに気付けるかのように。
















人工ダイヤというものがあります。

ご存知の通りダイヤモンドは炭素の塊です。
つまり内容は炭と一緒。

違いは元素同士の結びつき方。


私達は長年の研究の末、その構造を紐解き再現するに至りました。

それが人工ダイヤ。


お陰で希少価値が高く、高価だったダイヤモンドを我々一般市民が身に付けることが出来るようになったわけです。

天然のダイヤモンドに比べれば安価ですし。



しかし、何故人工ダイヤは天然石に比べ安いのでしょう?

それは言わずもがな。
人工であるから。
偽物だからに他なりません。




では、偽物は本物に劣るのか?


それが今日のテーマです。




質問を繰り返すようで心苦しいのですが、単刀直入に聞きます。

正真正銘本物と、見た目は全く同じ見分けのつかない偽物と、どちらにどれだけ価値があるか?


一般論を口にするなら、やはり本物に軍配が上がります。

偽物は見た目がどうあれ、中身がどうあれ、偽物というだけで劣っている。

それがこの世界でのルールです。





しかし、その意見とは全く異なる見解を述べた人が居ました。

その人曰わく。
本物とはただそこにあるだけで価値がある。
偽物にはそれがない。
しかしだからこそ本物であろうとする努力があり、価値を得ようという願いがある。
それこそが本物の価値にも勝る偽物の価値である。



…と。

偽物は偽物。
どんなに足掻いても本物にはなれません。
それでもそれを受け止めて本物に近付こうと、そうあろうという努力にこそ価値があるのです。



目を背けず、偽らず、否定せず、ただひたすらに価値に縋る偽物の方が私は好きです。


good night and have a nice dream!