日日是幸日 -25ページ目

天使の羽根

おとといの夕方、近くのホームセンターの店内から出て空を

見上げると、空一面に変わったスジ状の雲が広がっていましたくもり


思わず車からデジカメを取ってきてパシャリカメラ


まるで天使が羽根を広げてはばたいているみたい。。。天使の羽


なにかいいことありそうだ:*:・( ̄∀ ̄)・:*:



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新熊野神社の大樟(くすのき)

京都の東大路通を南へ走り智積院を越えた右手に、森のような一角が

見えてくる。いつも八坂神社へ行った帰り道に気になってた場所なんですけど、

先日ようやく立ち寄る事ができました。


ここは熊野神社と書いて「いまくまの神社」と呼ばれる、平安時代

末期に後白河上皇によって創建された神社です。

その当時、京都の熊野信仰の中心として栄えており、「いまくまの」と

読むのは、紀州の古い熊野(昔の熊野)に対する京の新しい熊野(今の熊野

という当時の都人の認識が由来となっています。


ご祭神は和歌山の熊野三山(熊野本宮大社 ・熊野那智大社・熊野速玉大社

に祀られている12神を祀っています。


【主祭神】 熊野牟須美大神(くまのむすびのおおかみ)(伊邪那美大神)

      速玉之男神(はやたまのおのおおかみ)(伊邪那岐大神)

      家津美御子(けつみこのおおかみ)(素盞嗚尊)


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車で通り過ぎしなに見ていた時には森のように見えていたんですけど、

近くでよく見ると一本の大きな木だとわかってビックリ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


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今から約830年前、当社草創のみぎり、後白河上は紀州国の熊野から土砂、

材木などをこの地に運び、熊野になぞらえて、その新宮、即ち新熊野神社を創建

された。その折、熊野より移植、国家鎮護と万民福祉とをご誓願、お手植された

のが、現在の大樟(くすのき)である。また熊野の神々がご降臨になる

影向の大樟(ようごうのくすのき)』といい、健康長寿、病魔退散特に上皇が

常にお腹を煩っておられたところから「お腹の神様」と信仰され、人々から

大樟大権現(くすのきごんげん)』と尊崇されている。 <境内案内板より>


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近くに寄って見ました目


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下から見上げるとその圧倒的な存在感と生命力を感じさせる大木に

衝撃を受けましたΣ(゚д゚;) なんと素晴らしい木なんやろ!


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天に向かってまっすぐに伸びる太い幹、宇宙の広がりを思わせるような

無限に放射状に広がる無数の枝。800年前からこの木は静かに

成長しながらこの世を見てきはったんでしょうね。


大樟の前にいるだけで包まれるような安心感があり、時の経つのを忘れるほど

その場にたたずんでいました。



なおこの大樟は、土着の信仰では樟大権現(くすのきだいごんげん)と

呼ばれ仏教信仰では樟龍弁財天(しょうりゅうべんざいてん)と

呼ばている。

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新熊野神社

住所:京都市東山区今熊野椥ノ森町42

TEL:075-561-4892

URL:http://imakumanojinja.or.jp/index.html


白い手向山八幡宮

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昨日は全国的に雪景色に見舞われ、奈良市内でも珍しく3cmほどの積雪が

ありました雪

仕事へ向かうのに道路状況が心配だったのですが、車が通る所はほぼ雪が

解けた状態でしたのでなんの問題もありませんでしたくるま。煙


そんな中、仕事先の若草山の麓は一面趣のある白い世界に変わって

いたので思わずカメラを手にとり、近くの手向山八幡宮(たむけやま

はちまんぐう)立ち寄ってみました。



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南の鳥居


手向山八幡宮の由緒は、奈良時代聖武天皇が大仏の造営をされたとき、

これに協力のため749年に宇佐(大分県 宇佐神宮)から八幡宮を迎え

大仏殿の近く鏡池(八幡池)の東側に鎮座したのに始まり、鎌倉時代の

1250年に北条時頼によって現在地に遷座したとあります。



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珍しい狛犬の手水舎


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あたりは静寂に包まれ、張り詰めた冷たい空気がとても心地よいです。


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時折、木の枝に降り積もった雪がガサッと落ちるのですが、

落下する間に粉雪になって舞い散る雪がカラダにすーうっと浸みこんで

いくようで不思議とリラックス:.。..。.:*゚


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境内社 住吉本殿 (重要文化財 鎌倉時代)

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右手に見える朱色の社殿は若宮神社

ご祭神は大鷦鷯命(仁徳天皇)

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拝殿


【ご祭神】 第一御殿 応神天皇

      第二御殿 姫大神

      第三御殿 仲哀天皇神功皇后


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八幡宮によく見られる「八」の文字に鳩の模様

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石灯篭に貼ってある紙にも神徒の鳩


全国で一番信仰されている八幡神』。

だんとつに八幡神社の数は多いですけど、今までぼくはほとんど行くことが

ありませんでした。


『八幡神』は記紀にも記述が残ってなく、「八幡神=応神天皇?」というのも

曖昧で結局謎だらけでなんですよね~ショック! ですからいまいちピンとこず…


しかしながら推測できるのは、この「八幡」(はちまん)という字は「やはた

とも呼べるところから、「八幡宮」→「やはたのみや」とも呼べます。


「やはたのみや」→「はたのみや」→「秦の宮」→秦氏の神社 


秦氏は4世紀後半頃に朝鮮半島から渡来してきた古代豪族です。


そして、もともとの八幡神は宇佐地方の土着神であったとか、朝鮮半島から

伝来した神だったとか色々説があります。


もしかしたら八幡神と秦氏が深く関係していたかもしれません∑ヾ( ̄0 ̄;ノ



…とまあ、奥が深そうなのでこれからボチボチと八幡神社にも出没させて

いただこうかと思います登場



いや~しかし雪の神社は趣があっていいですねニコニコ