
四人を乗せたヘリコプターは、フィラデルフィアを出発してからもう遥か西へ来ていた。
このヘリは、時速130マイルで満タンなら約3時間の飛行が可能だ。
ロジャーはあれ以来、子供のようにすやすやと眠っている。
フランも、さすがに目を閉じた。
ピーターだけが、血走った目を光らせて前を睨んでいた。
操縦席のスティーブの頭が傾いた。
後ろから、背中をピーターに小突かれる。
‘嫌な奴だ’とスティーブは思う。
お情けで一緒に連れて来てやったのに、無愛想で態度もでかい。
ロジャーも、勝手な真似をしてくれたもんだ!
まぁ確かに、一瞬だけ居眠りはしたけれど…
ピーターに現在位置を聞かれたが、彼は邪険に振舞った。
自分を見下しているような相手の口調が、気に入らない。
それに、あれからフランにだけは優しく話しかけるのも。
もう市街地からは離れ、閑散とした田舎町の上を飛んでいた。
見下ろしたロジャーの目に、警察や州兵、民間の志願者で編成された行列が映る。
‘なんてことだ、こんなところでもやってるじゃないか’
警察犬も駆り出され、怪物退治が行われているのだ。
こんな小さな町にもパニックが起きているのなら、いったいどこまで逃げれば安全なのだろう?

ロジャーは目をこすり、下の恐ろしい光景を見続ける。
木立の中や野原をうろつく人影がある。
そのぎこちない動きは、怪物たちだとすぐに分かる。
ハンターは、それを何の警告も無く撃ち倒す。
だが、この違和感は何だ?


確かに奴らは、もはや人間とは呼べない。
しかし、まるでキツネ狩りを楽しむかのような連中の姿は、人が普段見せない醜悪な顔を曝け出していた。
上空からじっと見つめるピーターの目は、まるで氷のようだ。
この辺りのダッジカントリーで昔ながらの風俗習慣を守りながら暮らしている人々は、今の災難をどう思っているのだろうかとふと考える。
きっと、近代的な生活様式に溺れた罪に対する天罰だと捉えているのかもしれない。

笑いながら缶ビールを開けて飲むハンターたちの中には、怪物に襲われて傷を負った者もいる。
一般にはまだあまり知られていないようだが、たとえ小さな傷でも噛まれた人間は、まず助からない。
やがては己も狩られる側になるだろう…
フランは胸がむかつき、空腹と睡眠不足で頭が痛んだ。
まるで、覚める事の無い悪夢の中にいる気分だった。

ヘリの燃料が少なくなっていた。
スティーブは、ビーバーディルの小さな飛行場で給油することにした。

やがてヘリは、田舎の飛行場に着陸した。
残念ながら、燃料ポンプの中身はほとんど空だった。
ここで多くの人間が、飛行機を満タンにしてから旅立ったのだろう。
でも、一体何処へ…
ロジャーがまだ残りのあるポンプを見付け、ヘリに給油し始めた。
フランは、スティーブとピーターの間に敵意があるのを感じていた。
お互い目も合わさず、誰がこの中のボスかを争うかのように。
男はいつも、自我を主張せずにはいられないのだ。
スティーブとフランは、近くの格納庫を覗きに行った。
この人気のない飛行場は、どうも薄気味悪い。
ピーターは一人、飛行場の待合小屋に入る。
壁の掲示板は、張り切れない程のメモで一杯だ。
<ルーシーへ~ジョーンズタウンへ行きます>
<チャールスへ~子供と一緒です、ベンは残して行きます>
<もう待てない、エリーへ行く~ジャック・フォスターより>
これらのメモが、果たして書き残した相手にどれだけ伝わったのだろうか?
その時だ。
小屋の奥にある、物置扉の中から音がした。
ピーターは確かに聞いた。奴ら独特の唸り声を!
彼はライフルで、頭があるであろう場所を扉ごと撃ち抜く。
小さな小屋は、土台ごと震えた。

鋭い銃声に驚いたフランとスティーブは、傍にあった金槌を掴むと慌てて格納庫を飛び出す。
そこで、誰かにぶつかった。
倒れると同時にスティーブ抱き付いてきた相手は、人間ではなかった!
怪物が、大きな口を開けて彼に噛み付こうとする。
絡み合いながらも、金槌で怪物の頭部を破壊するスティーブ。
安心したのもつかの間、また別の怪物がすぐ傍に迫っていた。
恐怖で身がすくむフランに襲い掛かろうとする怪物を突き飛ばし、スティーブは彼女の手を取るとヘリを目指して駆け出した。
一方、待合小屋の中で、ピーターはまだライフルを構えていた。
念を入れて、更に掃射をぶち込む。
これならば的を外すはずがない。
その瞬間、振動でドアが開いた。
中から突如、二人の子供が彼に向かって駆け寄って来た。
一瞬ピーターは、何が起きたのか分からなかった。
彼が狙った相手の頭部は、銃弾を撃ち込んだ場所よりもずっと下だったのだ!

幼い姿に、彼の心は乱れた。
しかし、生き残りたいという彼の本能が勝った。
ライフルを発射するにはあまりに近すぎたので、抱えてソファーに放り投げる。
二人は、金髪と青い目を持っていた。
男の子と女の子。
たぶん、近くの農場の子供たちだったのだろう。
死んだ兄妹を手にかけるのが忍びなく、物置に閉じ込めたのかもしれない…
込み上げる感情を振り切って、彼は引き金を引いた!
その頃、ヘリのブレード音にかき消されて銃声も聞こえないロジャーは、給油を続けていた。
彼の背後からも、恐ろしい怪物が襲いかかろうとしている!
逃げ戻ったスティーブが、大声でロジャーに危機を知らせた。
後ろを振り返ると、怪物はほとんど目の前まで来ていた。
次の瞬間、怪物の頭部が吹き飛んだ。
人の心を持たないそいつは危険を感じる事も無く、ヘリのブレードに自分から飛び込んで来たのだった。

(この一連は伊版で大幅に削除されている。シナリオでは流れが一部違い、撮影及び編集で現在の形になった。ただし「ラフカット版」ではどうだったのか、それは謎である)
ピーターは、引き金を引き続けた。
弾薬が尽きるまで…
彼の乾ききった目は、銃弾で穴だらけになった小さな亡骸を見つめていた。

外ではスティーブが、怪物退治をしていた。
ライフルで狙うが、彼の腕では頭に当たるはずもなく弾丸は素通りする。
何発も外した後でようやく胸を貫通したが、怪物はハエが止まったほどにも感じていない様子だ。
ロジャーもヘリの中から自分のライフルを取り出し、彼に代わって頭を撃ち抜く。
後を追って来た怪物は、ようやく地面の上に倒れた。
全身にぐっしょりと冷や汗をかいたピーターは、ひどく気が滅入って動けなかった。
ようやく血だまりから目をそらすと、空になったライフルに弾を込めようと横を向く。
何かの気配を感じた。
迫り来る殺気だ…
ドアのすぐ傍に、おぞましい怪物が立っていた。

ピーターは、怪物の後ろにもっと恐ろしいものを見た。
スティーブが、銃口をこちらに向けて立っている!

小屋の中を、スティーブの放つ銃弾が跳ね返る。
ピーターはゾンビから逃げればよいのか、銃弾を避ければよいのか分からなかった。
テーブルの下に潜り込んだ彼は、スティーブが自分を見たはずだと確信した。
乱射を見かねたロジャーが割り込み、一発で仕留めた。

怒りに燃えた目でピーターがやって来る理由を、スティーブは分かっていた。
彼は、小屋の中に誰かがいるなんて考えもしなかったのだ。
あの時は、ピーターの事なんて頭にもなかった。
目の前まで来たピーターは、いきなり銃口を彼に向けるとこう言った。
「人様に銃口を向けるもんじゃないぜ!お兄さんよ。どうだい、怖いだろう?」
思わず地面に尻もちを付いたスティーブは、屈辱で身体が震えた。
(フランがピーターに叫ぶのだが、米127分版のみセリフが違う。最終調整で変更したのだろう)
ピーターは銃口を下ろすと、手を伸ばして彼を助け起こす。
そのままヘリに乗り込んで、もう一言も喋らなかった。
フランは、スティーブの横で吐き気を堪えている。
ひどいショックのせいだけでないのは、彼女には分かっていた。
ロジャーは震えるフランに手を貸して、ヘリに乗せてあげた。
スティーブがコクピットに乗り込むと、気まずい空気が流れる。
次の燃料補給の計画を練るロジャーとスティーブの会話に、ピーターが敵意剥き出しで皮肉を挟む。
スティーブは、もう我慢の限界だった。
自分がこのヘリを操縦しなければ、誰も何処へも行けないのだ。
感謝されこそすれ、この態度はなんだ!?
ロジャーが、彼の肩に手を置いた。
責任を感じていた。自分がピーターを連れて来たばかりに、この少ない人間関係すら崩壊しようとしている。
地図で燃料補給所を探し、係員との揉め事を心配するロジャーに対し、スティーブがこう言う。
「僕たちは泥棒じゃないさ」
再びピーターが割り込む。
「目を覚ますんだな、いい加減。泥棒ってのは俺達の事さ!逃げる為なら、何だってやるんだ」
彼のその言葉は、皆の心を突き刺した。
その通りだった。
自分らも、民家を襲う悪党どもと何も変わらないのだ。
だが、他にどうしたらよいのだ?
小さいヘリコプターは、あても無く北西へ飛びつづけた。
荒れ果てた大地の上空をさ迷う今の四人にとって、それは真にノアの箱舟だった。
生き延びる為なら、どんな事だってしなければならない…
そして、それにはお互いに力を合わせて助け合うしか、道はないのだ。
ピーターは、今度こそ眠っておこうと努めた。
だが彼の頭の中では、まだあの二人の子供が蠢いていた。
二度と再び、眠れそうになかった…
~column~
ヘリから地上を見下ろして人間の残酷さを垣間見る場面は、ロメロの前作「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」のラストシーンを思い出させる。
あの主人公は、狙撃隊によってゾンビ同様射殺されてしまった。
もはやこの世界には、正義も倫理も無い。
あるのは、生き残る為のエゴ。
そこで最後の一線を越えてしまうのか、あくまで人としての尊厳を守り抜くのか。
人である事を捨てた者は、ゾンビ以上に醜悪な怪物と化すのだ。
米版と伊版で、ヘリ内部でのスティーブのセリフが違う。
下の行列を見て‘狩りを楽しんでる’が米版、‘大都市は避けよう’が伊版。
同じ映像に被っているのだが、シナリオには伊版のものしかない。米版は後で変更したと思われる。
ピーターがスティーブに銃口を向ける場面では、シナリオを読む限りヘリに乗り込むまでの描写がある。
「ディレクターズカット版」のみの音声で、ヘリの計器映像に離陸前の効果音が残ってもいる。
「ラフカット版」には存在する可能性が考えられるところだ。
しかし疑問点も一つ。
その後の会話は、シナリオでは離陸前として書かれている。撮影時に夜間飛行に変えられたようだ。
これにより、離陸映像が存在しない説も否定出来ない。
テレビ放送版では夜間飛行前までの場面が切られた為、吹き替えも仲の良い会話に設定された。
最初にここから入ったファンは、後に原語版を見て険悪な人間関係に絶句したという。
だが、これこそが本作の魅力なのだ。
反発し合う人間同士が、生きるという目的の為に協力して互いを理解する。
命を守る為の、尊い仲間。
それが出来なければ、自滅の道しか残されていないのだから。