一機のヘリコプターが、デラウェア川横の浮きドック近くに着陸した。
近くには水上警察の巡視艇が停泊中だが、全ての警察力は市内の暴動鎮圧に回された為人影もない。
コクピットから降り立ったのは、混乱するテレビ局から逃げて来たスティーブとフランの二人だった。
ここで、SWAT隊員のロジャーと合流する約束なのだ。
フランはロジャーと面識は無く、頼りになる飲み友達がいるとスティーブから話で聞かされていただけだった。
まさか、三人で行動する日が来ようとは…
ヘリに燃料を補給しようとした時、傍に男が倒れていた。
悲鳴を上げて、スティーブの胸に縋り付くフラン。
彼女が初めて見る死体だった。
慰めるスティーブだが、ほんの2,3時間前までは彼も悲鳴をあげていたものだ。
彼は彼女の前で、精一杯の虚勢を張っていた。
フランに補給を任せると、スティーブはドックの派出所に入る。
応答を呼びかける無線機の前に、うつ伏せに倒れているオペレーター。
後ろから撃たれていた。
ここの犠牲者は怪物に襲われたんじゃない、今いるのは殺人現場なのだ!
彼は吐き気を堪えて、無線で状況報告をした。
皮肉だった。
交通情報なんかじゃなく、いつか大事件が起きた時にそれを報道してスター記者になるのが夢だった。
しかし現実になると、放送しようにもそんなものを見る暇な視聴者は何処にもいない。
遠くで、車のライトが光った。
フランが呼んでいる。
おそらく、ロジャーが来たのだろう。
外に出ようとしたスティーブの前に、いきなり物陰から男が出てきた。
ライフルを彼に向けている。
ずっと、見張られていたのだ!

同時に、外のフランも別の人影に凍りついた。
警官の服装をした男は、動くなと指示する。
もう一人は‘もし死ぬようなことになるなら、それはお前が悪いんだぜ’と、彼女にも銃口を向けた。
今まで息を潜めていた連中も、やって来る車を察知して動き出したのだ。
男の一人が、交通情報キャスターであるスティーブを知っていた。
彼は、ホッとした。
名前を知られていれば、不当な扱いを受けずに済むかもしれない。
が、別の一人がヘリを覗き込むと、‘いろんな物が入ってるぜ、船長’と言った。
スティーブは、連中の正体を知った。
近付く車にビクつき、物資を奪う。
そう、男達はもはや警官ではなく、卑劣な逃亡者なのだ。
船長と呼ばれた男が、スティーブに言った。
「君は仲間を連れて、WGONの交通情報ヘリで逃げようってわけだな」
その言葉には、嘲りが込められていた。
所詮、同じ穴の狢だった。
サイレンと共に到着した車から降りるロジャーを見て、スティーブはようやく生きた心地がした。
異変を察知し、とぼけようとするロジャーを彼が制すると、男達は何事もなかったかのように自分達の物資を巡視艇に積み込みだした。
誰もが一刻も早く、忌まわしい思い出が詰まったこの街から逃げたかったのだ。
ロジャーの横にいる黒人を、スティーブは知らなかった。
自分から挨拶もせず、黙って立っている。
ロジャーに聞くと、‘名前はピーター、彼はいい奴だよ’としか答えない。
黒人はいつの間にか物資をヘリに積んで、座って待っていた。
狭い空間に、ぎこちないムードが漂う。
離陸直前、さっきのインチキ警官がタバコをくれと寄って来た。
誰も無いと答えると、別れ際に男がヘリの行き先を尋ねる。
スティーブは笑って、こう答えた。
「真っ直ぐ上だよ」
ブレードが、スピードを上げて回り出す。
上空に舞い上がったヘリコプターは、友愛の街・フィラデルフィアに別れを告げた。
この先、いつ戻れるのか。
いや、もう戻って来られるのかさえも…
スティーブは、離れて暮らす両親の事を考えていた。
脱出前に連絡する暇がなかった。
大学を中退して放送記者になると言った時は、随分失望させてしまった。
まだ、生きているだろうか…
いきなり、ピーターが口を開いた。
「誰か置いてきた人間はいるのかい?」
フランは、前の夫とあっさり答えた。
別れた妻を、と迷いながらもロジャーが答える。
スティーブは逆に、彼に聞き返した。
これ以上話したくないといった口調で、ピーターはこう答えた。
「兄弟たちをな…」
(米版では離陸前に編集された場面だが、シナリオ通りなら伊版が正しい。ロメロは127分版でもテレビ局の場面部分を一部入れ替えており、ここも同様と思われる)
四人を乗せたヘリは、西に向かっていた。
ロジャーは疲れて、眠ってしまった。
ピーターは窓の外を向いていたが、隣に座るフランには彼が何も見ていないのが分かっていた。
兄弟の話を聞いたが、彼は窓を向いたままだった。
拒絶されたようで、フランは黙った。
だが、ピーターはその目に浮かんだ涙を人に見られたくなかったのだ。
兄弟たちを助けてやりたい、だが、今の自分にはどうする事も出来ない…
彼らの父親は、ピーターがまだ十代の頃に蒸発していた。
長男として、彼は弟達の父親代わりでもあったのだ。
そして母さん…
神が母を召し給うたのを、彼は初めて感謝していた。
もし母が生きていたとしても、こんな世界にはとても耐えられなかっただろうから。
このヘリに乗っている四人に共通するものが、一つだけあった。
それは、生き抜く意思の力。
どんな事があろうと、簡単に死ぬわけにはいかない。
夜明けの光が手を差し伸べる中、力強く羽ばたく小鳥のように未知の地平線を目指して、ヘリは飛び続けた。

~column~
ドラマ部分の見せ場の一つでもあるこの場面だが、伊版ではバッサリ切られる。
当時M山はLDのライナーで、この映画の‘アンカット・アンセンサード・バージョン’の16ミリプリントを所有しているとした上で(時間については触れていない)派出所場面を解説している。
この時点では米127分版しか発売されていない為、スティーブが銃を向けられる一連は存在しなかった。
ただし、すでに小説で読んでいる者にとっては、いくつかの疑問が生じる内容なのだ。
まず、シナリオに存在しないセリフを書いている。
警官がロジャーらに言うものとして、‘俺達はボートで出る。貴様らはヘリで行け。燃料は余り残ってないから、途中で補給しろよ。いくらやつら(ゾンビのこと)が不死身でも、泳ぐことと飛ぶことは出来ないみたいだからな。お互い頭いいな’だそうである。
後年「ディレクターズカット版」でようやく実際の映像を見る事が出来たわけだが、そんなセリフがあるはずもなく、やはり…(笑)。
細かく切られたセリフはあるにしても、シナリオの時点で存在しない以上この情報は事実でないと考えるのが正しい。
また、完全に捏造したセリフが出てくる。
ロジャーがピーターを紹介するのだが、‘オレがベトナムで世話になった相棒だ。信用できるし、きっと役に立つ。彼はお前みたいにベトナムをさぼるために大学へ通ったりはせん’
ここまで来ると、ある意味関心してしまう。
M山の脳内では、彼だけのオリジナルストーリーが上映されていたのだろう(笑)。
後のタバコの場面も、‘ヤク、あるかい?’となっている。
こういう悪意とも取れる意訳も、彼特有のものだ。
さて、ヘリ内部での会話場面は伊版では前半、米127分版では後半しか使っていない。
「ディレクターズカット版」だけが両方使っているのだが、離陸前に入れ替えた為か、前半の部分が短く刈り込まれて余韻がない。
伊版に残る寂しげな空気感がなんとも切なく、この点も真の‘完全版’ではない惜しい部分だ。
ラフカット版での編集がどうだったのか、実に興味深い。
ちなみに船長と呼ばれる役で、「死霊のえじき」のジョセフ・ピラトーが出演しているのは今では有名な話。
