秀山祭九月大歌舞伎 第一部観劇 | 栢莚の徒然なるままに

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今回は健康もある程度回復したので久しぶりに観劇の記事を上げたいと思います。

 

秀山祭九月大歌舞伎 第一部観劇

 

 筋書

 

2月の観劇を最後に健康面で色々アクシデントがあったのと同人誌の〆切もあり何だかんだでこれまで7ヶ月ほど観ていませんでしたが、今回は吉右衛門の追善とあって久々に観劇して来ました。

 

7ヶ月前の前回の観劇の記事 

 

 

白鷺城異聞

 

最初の演目の白鷺城異聞は吉右衛門が松貫四名義で1999年に姫路城で初演した新作の舞踊演目になります。元々1回限りの演目でしかも野外劇というかなり特殊な環境下で上演した演目だけに今回歌舞伎座では初の上演となります。

歌舞伎の野外劇と言うとまだ設備が未熟だった江戸時代の宮芝居とかでは当たり前でしたが設備が急激に発達した近代以降はある種稀な形の公演になり、終戦直後の1945年10月の巡業で七代目松本幸四郎と七代目坂東三津五郎が橋弁慶を前橋公園で上演した時の有名な映像がありますが、近年ではある種のイベントの1つとして時たまやる事があります。今回の演目もまさにそれに当てはまりますので本物の姫路城を大道具代わりに使用した演目を今回は普通の演目として如何に処理するのかが一つ見物でもあります。

内容としては化猫伝説もある姫路城に掬う刑部姫と秀頼の亡霊を一時姫路に逗留していたと言われる宮本武蔵が本多忠刻に頼まれて祓うという筋立てです。

 

主な配役一覧

 

宮本武蔵
本多忠刻
秀頼の霊
刑部姫
腰元白鷺
腰元名月
局明石
宮本三木之助
都築惣左衛門
千姫
歌六
又五郎
勘九郎
七之助
梅枝
米吉
歌女之丞
萬太郎
錦之助
時蔵

 

まず良かった役者から言うと吉右衛門に代わり名実共に播磨屋の惣領となった歌六の宮本武蔵で巌流島での佐々木小次郎との決闘を描く踊りや後半の立廻りや台詞廻しも誰かと違って至って明瞭で70歳とは思えぬ溌剌とした演技を見せてくれました。

彼はこれまで脇に回る事が多い印象でしたが歌六百回忌の秀山祭の際には今回も第二部で上演している松浦の太鼓を演じた事もありますし決して出来ない人ではないですのでこれからも大河がきっかけでブレイクした彌十郎に負けず播磨屋所縁の演目で老いの花を咲かせて欲しいです。

そして次世代の中村屋兄弟、若手の梅枝、萬太郎、米吉といった面々は普段共演は中々実現しない組み合わせですが吉右衛門の追善という事もあり梅枝と米吉の舞踊、中村屋兄弟と歌六、萬太郎という組み合わせの立廻りも新鮮で楽しめました。

しかし、追善で顔を揃える必要があったとはいえ、梅枝の言動の一件が原因で三人三吉で共演した以外は長らく吉右衛門とは共演が絶えていた時蔵の千姫は時代物にあまり出ない故の何処か場違い感じがあるのと実は〜という但し書きが付きそうな怪しい雰囲気であり、ここは七之助辺りに兼ねさせて美しい千姫の踊りと刑部姫の激しい立廻りを演じ分けるのも一興だったのでは?と感じました。

そして本多忠刻を演じた又五郎もただ座っているだけに近い役だけに勘九郎辺りが兼ねても別段問題無く、次の涎くりだけでも良かった気はしなくもありませんでした。

 

こんな感じで播磨屋、萬屋、中村屋と播磨屋三兄弟の血筋を無理くり揃えんが為の配役もあり、この面子なら次の寺子屋に合わせて初代吉右衛門が復活させた筆法伝授や車引、賀の祝とかでも余裕で演じられそうなので第三部の七段目を引っ込めて仁左衛門の丞相で大顔合わせでも立派な追善になった気がしなくもありません。

とはいえ当初心配してた野外劇から普通の劇場で移しての上演は然程気にもならず演目自体は45分間、前半の美しさと後半の舞台一杯に使った立廻りと見物を飽きさせずに楽しめる舞踊にはなっていますので、単体の演目としては十分楽しめました。

 

菅原伝授手習鑑

 

次の菅原伝授手習鑑はお馴染み寺子屋の場で吉右衛門が得意役とした松王丸と武部源蔵をそれぞれ幸四郎と松緑が日替わりで務めていて私が観劇した日は松王丸を松緑、源蔵を幸四郎が演じました。

 

以前新富座の筋書 

 

主な配役一覧

 

松王丸
武部源蔵
戸浪
菅秀才
小太郎
春藤玄蕃
百姓吾作
涎くり与太郎
園生の前
千代
松緑
幸四郎
児太郎
種太郎
秀乃介
種之助
彌十郎
又五郎
東蔵
魁春

 

松緑、幸四郎の曽祖父の七代目松本幸四郎の松王丸
 
六代目菊五郎の松王丸

 
幸四郎の曽祖父の初代吉右衛門の武部源蔵

 
因みに今回松王丸を演じた松緑はいつもなら上記の六代目も着用している音羽屋型である銀鼠綸子の着物を着ますが今回は吉右衛門の追善とあって特別に成田屋型の黒綸子を着ているのが特徴です。
そんな吉右衛門への敬意を滲ませて演じた松緑ですが衣装こそ変えど病人という事を意識してなのか首実検までは殆ど伏し目がちなのと台詞廻しもあえて吃った風に言う他、戸浪とぶつかった際も太刀の音を立てないなど所々音羽屋型を基本として写実寄りに演じています。こちらは吉右衛門の演じ方とは異なりやや白鸚の演じ方に近いものはあるものの、既に幾度となく演じている彼だけに無駄は無く、首実検などの目を開ける場面ではその顔立ちも相まって絵面としては貫禄十分でいろは送りの場でもその豊かな声量と柄もあって六代目の松王丸はこうだったのではないかと想像を掻き立てる立派な松王丸でした。
ただ、演技云々以上に気になったのはその貫禄たっぷりの肉体です。私が彼を最後に見たのは丁度1年前の東海道四谷怪談の直助権兵衛でしたがこちらは砂村隠亡堀の最後に少し出て来るだけでしたので実質的にじっくり見たのは昨年2月の泥棒と若殿以来でした。その時は然程感じなかったのですが今回は上記の六代目そっくりなまでに膨れた顔や体付きの変化が目に付きました。彼は父辰之助に似て飲酒を好んでいる事もありどうしても面影が祖父二代目松緑の晩年の姿に似てきましたがその先代松緑が体重の増加で膝を痛めて芸幅を狭めた事や酒が原因で辰之助がアルコール性肝炎から肝硬変を発症し遂には逆縁になってしまった事から同じく肝炎になった身としては当代の松緑の健康面が否応なく気になってしまいます。
今や音屋型の松王丸を音羽屋一門で演じるのは彼のみであるのでその貴重な芸風を次代へと繋いで行く為にも彼には第3部に出てる筋トレオタを見習えとは言いませんが健康面には気を遣って欲しいです。
そして私が見た日は源蔵を演じた幸四郎は3年前の秀山祭で見て以来2度目でした。どうしても前回は吉右衛門の松王丸の貫禄の前に隠れがちであった彼ですが、今回は前回よりかは終始落ち着いて演じていたのが特徴でした。どうしても冒頭の花道の演技は以前白鸚の時の梅玉に比べると深刻な度合いが薄いのとどうしても台詞廻しの高音部分が不安定なのが欠点ではありますが、その代わり筆方伝授の彼を見れば分かる様に戸浪との許されぬ恋に落ちた過去を持つ二枚目の要素は梅玉と比べても十分で寺子屋に戻って小太郎を見ての歓喜や松王丸との対峙、千代の来てからの緊迫感などやる事や思い入れも前回見た時よりかは余裕が出て来た感じでした。彼は源蔵が本役ですのでこれから上記の欠点を克服して役を物にして欲しいですが一方でもし時間が許せば彼の松王丸も見てみたいと思っています。
 
主役2人はこんな感じですが他の役者はと言うと吉右衛門の時は春藤玄蕃を演じてた又五郎が涎くり与太郎に回り、次男の種之助が演じましたがこれはこの舞台で初舞台を踏んだ種太郎、秀乃介兄弟との共演があっての配役でしたのでとやかくはあまり言いませんがそれまで左團次や又五郎の玄蕃を見てきたせいか実悪としての貫禄がどうしても足らない気がしたのは御愛嬌でしょうか。
それに対して戸浪を演じた児太郎も2度目ですが、こちらは種之助ほど粗が気にならなかったのは経験の差だったと言えます。
ただ、欲を言えば一座の顔ぶれを見ても花車役である園生の前を除けば皆20~40代と若手や中堅が揃う中一人だけ大ベテランの領域にいる千代を演じた魁春の違和感だけはどうしても拭えませんでした。それは彼の演技が悪い訳ではありません。彼は白鸚の時にも千代演じていてその時はきちんと演じて大歌舞伎としての釣合いが取れていただけに彼の熟練度がその他の役者と違い過ぎる為に悪い意味で浮き彫りになってしまった感がありました。この役については恐らく魁春の役納めの観点からここに振られたのかと思いますが、技芸の面では兎も角、面子的にはしっくり来る菊之助が演じるかあるいはいっそ踏み込んで第二部の揚羽蝶繍姿で相模の方を演じている莟玉と交換して吉右衛門の芸を継ぐ次世代の役者達による追善というアピールを前面に出して行った方が良かったのでは?と思わざるを得ません。
それは園生の前を演じた東蔵も然りで松緑以上に恰幅ある体もさることながら吉右衛門という座頭の元では釣り合っていた彼の演技も若手の中に入ると良くも悪くも差が目立って感じられました。彼については今後息子の松江に役を振って行かないと彼が次世代の脇役の要としてやっていけないのではという危惧がここ数年切に感じられます。
 
以上色々書きはしましたが、追善あるあるの故人の得意役をオムニバス形式でちょい見せしかしない揚羽蝶繍姿がある第二部や約1名追善に相応しくないのがいる第三部など何処かしら欠点がある他の部に比べれば内容としてはきっちりしてる第一部は一番見応えがある部ですので他の部と合わせて見るのはオススメします。