二月大歌舞伎 第三部 観劇 | 栢莚の徒然なるままに

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今回は二月大歌舞伎の観劇の記事です。

 

二月大歌舞伎第三部観劇

 

鬼次拍子舞

 

最初の鬼次拍子舞は元の外題を月顔最中名取種といい、寛政5年9月に江戸の河原崎座で初演された舞踊の演目で四代目市川八百蔵と写楽の浮世絵で一番有名な三代目大谷鬼次(二代目中村仲蔵)が演じた事から後に外題に鬼次の名前が付きました。

 

三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛

 

もっとも、この演目は初演の際の評判は大当たりと言う程ではなく以降は見向きもされる事がないまま120年以上の時が経った大正11年2月26~28日に帝国劇場で行われた成駒屋五代目中村福助の勉強会である羽衣会での演目選定の際に俎上に上がり当時市村座を脱退したばかりであった七代目坂東三津五郎の長田太郎、福助の松の前で復活上演しました。この事が契機となり戦後に入っても時たま上演される演目として残り現在に至ります。

内容としては長田太郎の持つ笛を奪おうとする松の前と長田太郎のやり取りから成る軽妙な踊りで古風な演目とあってか引き抜きで都合3度衣装が代わるなど視覚的にも分かりやすい舞踊となっています。

 

主な配役一覧

 

山樵実は長田太郎…彦三郎

白拍子実は松の前…雀右衛門

 

今回は新形コロナウイルスの感染により当初予定していた芝翫に変わり彦三郎が長田太郎を務めています。

彦三郎といえば今の中堅の中でも所作、台詞廻し、柄と良い申し分ない物を持っていて本来ならとっくに自分の出し物の1つや2つ持っていてもおかしくはないのですが、父親の初代楽善が長らくワキであった事から本人もまた今はワキを強いられているのが事実です。そんな彼に代役とは言え久しぶりに回ってきた主役の役でしたが彼が本役であると錯覚してしまうくらい実に堂々と演じていて所作、台詞廻し共に立派でした。

願わくばこれを機に彼にも年に1つや2つは本役で主役の出し物を出して貰いたい物です。そうでないと彼が不憫でなりません。

対して松の前を演じた雀右衛門も久しぶりの舞踊とあっていつもと違う一面を見る事が出来ました。彼は長らく吉右衛門の相手役を長らく務めた関係で時代物の数々の大役を演じれる機会が出来た反面で七代目幸四郎に鍛えられた父親の先代雀右衛門から教わった舞踊の腕前を披露する場が中々ありませんでした。

そんな彼ですが久しぶりの舞踊では彦三郎の長田太郎の邪魔はしないながらもきっちりとポイントは押さえていてこちらも良かったです。

次の幕でも久しぶりに世話物を演じている彼ですが前月の記事でも書いた様に彼には今まで演じて来なかった分野にもどんどん挑戦して行って欲しいです。

 

鼠小紋春着新形

 

続いて上演されたのが以前に市村座の筋書でも紹介した鼠小紋春着新形となります。

 

以前紹介した市村座の筋書

 

上記の時の六代目菊五郎の鼠小僧、甥の三代目丑之助の蜆売り三吉

 

こちらは四代目市川小團次が初演した時に当時市村羽左衛門を名乗っていた五代目尾上菊五郎が蜆売りの三吉を巧みな描写で演じきり小團次に激賞された事から以降音羽屋における大切な演目として代々の菊五郎が演じて来たお家芸に準ずる大切な演目となります。

内容としては国立劇場で上演した脚本をベースに大黒屋松山部屋と御蔵下を省略していた物となっています。

 

主な配役一覧

 

稲葉幸蔵…菊之助

刀屋新助…巳之助

芸者お元…新悟

杉田娘おみつ…米吉

蜆売り三吉…丑之助

石垣伴作…吉之丞

左膳弟子左内…橘太郎

養母お熊…橘三郎

与之助…亀蔵

早瀬弥十郎…彦三郎

本庄曾平次…権十郎

大黒屋抱え松山…雀右衛門

辻番与惣兵衛…歌六

 

まず稲葉幸蔵こと鼠小僧を演じた菊之助ですが40代とあって菊五郎と比べても引き締まっている事もあり二幕目の大名屋敷への潜入や大切の立廻り等ものろのろせずに演じきっていてそういった動きを要する部分は今の彼にしかできない物ではないかと思えます。

また、岳父吉右衛門の縁でこれまで時代物の演目では度々共演していた歌六や雀右衛門などの絡みも世話物では新鮮であり、ベテランのワキに支えられての演技は確かに売り出し物として仁左衛門の渡海屋と並べるだけの物はあります。

もっとも、必ずしも全てが良い訳だけではなく雀右衛門の松山太夫とのやり取りの場面や愁嘆の部分ではどうしても今一つ感情移入出来ない物があります。これは前の引窓の時もそうでしたが情味たっぷりに演じる雀右衛門とあくまで写実寄りに演じようとする菊之助との差とも言えますのでその辺はもうちょい芝居気を出しても良いのではないかと思えます。

さて、続いて気になる今回の蜆売り三吉を務めた丑之助ですが台詞廻しに関しては長台詞を淀みなく言えていたものの、肝心の演技の部分ではかなり稚拙な所が目立ちました。特に花道の出から七代目梅幸が雪の日に裸足で雪の中を歩かされて実地で覚えたという足の演技も花道ではきちんとしてたつもりでも家の中に入って草履を脱ぐとさも何事もなかったかの様に普通にスタスタ歩いて火鉢に近寄り台詞では「寒い、寒い」というのは子供とは言え些か目に余る物がありました。流石に今の菊之助が六代目の様に雪の日に外へ放り出す様な真似はしないとは思うもののせめて裸足で寒い廊下を歩かせれば?と位には思えてしまい残念でした。

また、前幕に続き松山太夫を務めた雀右衛門も零落した遊女よりも何処か袖萩じみた感じになりこの辺は世話物への出演経験の少なさが切に感じられました。

 

さて、個人的に菊之助を差し置いて今回の中で一番良かったのは辻番与惣兵衛を務めた歌六でした。

出からして与之助とおみつの恋模様を微笑ましく見つめる好々爺として登場し老いぼれて先が見えている余生を送りながらも盗みに入った盗賊をおめおめとは見逃せない気骨ある辻番らしさは十分で、雀右衛門と異なり壮年期に二代目猿翁の元で経験を積んだ事がこの辺で活かされているのが分かります。

そして鼠小僧の独白を聞いてからの武士としての矜持と生き別れた息子を案じる愁嘆は息もつかせぬ程で長丁場の台詞にも関わらず飽きる事無く聴く事が出来ました。

今回の演目の出来の半分は偏にこの歌六の御陰といっても過言ではないと言えます。

また物語の前半部分を占める刀屋新助を演じた巳之助もまた出番こそあまり無いものの、騙されて金の工面も出来ず思わず死を口にするような実直な青年ぶりは実に等身大そのもので彼は今後大きな役者になれるであろう片鱗を感じられるものがあります。

 

この様に雀右衛門や丑之助の様に必ずしも出来がいい役者ばかりではありませんが2月の五代目菊五郎の月にきちんと音羽屋所縁の演目を演じる菊之助の姿勢は評価に値する物ですし、翌月には岳父が得意とした盛綱陣屋に挑むなど個々の所菊之助の挑戦には目を見張る物があります。

父親健在ながらもこうして大役を挑もうとする姿勢の裏には岳父の死や演舞場でゴミ人間なんかやってる不甲斐ない同年代の役者などを横目に見て現状を打破しようとする前向きな姿勢が見て取れます。そういった意味では先月の若手公演とも言える初春歌舞伎にも似た物がありますので仁左衛門好きな方もそのまま第二部を見て帰らずついでに第三部を寄って見るのも一興かと思います。