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スポーツカーについて by 山中コ〜ジ

これまでGENETO BLOGにはあまり書くことがありませんでしたが、実は車好きです。
それもスポーツカーというベタなジャンルの車が好きです。

建築の設計をするまでは、カーデザイナーになりたいという夢を持っていたくらいです。
そんな想いから大学受験は工業デザインが出来る大学を受験しましたが不合格。
そこで、仕方なく入ったのが建築学科のある大学でした。

振り返ると建築の勉強をしだした頃は本当に苦痛で、車のデザインがしたいと想いを常に巡らせていました。
そんな時、ある建築家に「カーデザイナーになっても、思う様な車に乗れるかは分からない。むしろ建築家になる方が乗りたい車に乗れる可能性は高い」と言われて納得し、建築家になろうと思う様になりました。

それから数年経ち、車を買うチャンスがやってきました。
僕が27歳の時です。
思い切った決断だったと思いますが、身の丈に合わない車を購入してしまいました。
それが今の僕の愛車です。
何かは言えませんが、若い建築家の卵が乗る車では無い事は確かです。

それから5年経ち、また新しい車に乗りたい衝動に駆られています。
その発端は、お世話になっている先輩(大金持ち)がポルシェを購入した事に端を発します。
それも、新車ながらにかなり特殊なもので、日本では未だ走っていないようなものです。
その方曰く「高い買い物をせっかくするんだから、誰も持っていない車の方が乗っていて嬉しい。」
その通りです。
それが出来れば、問題が無い訳です。

そこで、僕也に不可能と分かりつつも乗ってみたい車をYOUTUBEで探してみました。

Lamborghini Aventador LP700-4


Audi R8 V10 Spyder


Ferrari 458 Spider

スーパーカーをデザインする事は、実はなかなか難しいはずです。
強度、空力、製造方法、素材選定など、ただただドローイングすれば出来上がるものではありません。
なんといっても、スーパーカーはある一定の層に達した人にしか売れないという、開発に相当の費用がかかるのに対し、市場が非常に狭い。
更に会社の社運をかけて開発する訳ですから、並大抵のプロジェクトではない訳です。
そんなプロジェクトに関わるデザイナーは、名誉であると同時にプレッシャーも相当あるはず。
そこを想像しながら販売されているスーパーカーを見ると、本当に頭が下がる想いです。

スーパーカーブームを経験していない世代の僕ですが、最近はひとりスーパーカーブームにはまっています。
更に書き加えると、どれもこれもプロモーション映像が素晴らしいの一言。
それぞれのこだわりや、車のクオリティを上手く伝えています。
車を手に入れる事は出来なくても、GENETOの新作プロモーション映像くらいは、これぐらいのクオリティで作ることができれば嬉しいです。


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GENETO京都事務所 引っ越しの様子 by 山中コ〜ジ

$GENETO-GENETO引っ越し

4年間慣れ親しんだ四条大宮の事務所も、明日には出て行きます。
ここ一週間は仕事をしながら引っ越しをするという状態で、なかなか仕事がはかどりません。

本やカタログを車で運び出す作業から始めたのですが、改めて多くの本を持っていた事を知ります。
これでも一昨年前から建築雑誌の年間購入を辞め、欲しい本だけ購入するという経済的にも空間的にも負荷の少ないスタイルに変えたのですが、これまでのストックが多いんでしょう。
ハイエースの後部が満タンになりました。

$GENETO-GENETO引っ越し

事務所にある模型も、清掃しながら梱包して行きます。
大学3回生から初めたGENETOですが、もう10年になります。
10年間で溜まった模型はそれなりに多く、これまでにも何度か捨てたりしましたが、大切な物は捨てる訳にも行かず運び出します。

$GENETO-GENETO引っ越し

何故だか慌ただしくしているpivotoの二人も、仕事が終わったら大きな荷物を運び出してくれます。
この模型はIVY-BUILDINGの敷地模型。
これまでGENETOが作った模型では、最も大きなものです。

$GENETO-GENETO引っ越し

新しい事務所は、pivotoにより事務所スペースへと改造されています。
改造は引っ越し後もしばらく続き、恐らく全ての計画が終了するのは今年の年末になる事と思います。
今回の新事務所では、これまでGENETOが模索し、実践して来た家具と建築の関係性をもう少し具体的に言い表せる様な事務所にしたいと考えています。


それにしても、新たな展開を期待しておこなう今回の引っ越しですが、四条大宮の事務所では本当に多くの思い出が残ります。
ミスターや白さんと共同で暮らすという、世間的にはなかなか無い経験も出来ました。
きっと、普通ではない経験ですが、苦労ではなく楽しく充実した日々だったと思います。
この件については、後日ゆっくりとこのブログで書き残せればと思っております。

いずれにしても、今回の引っ越しがGENETOにとって意義あるものにしたいと切に願っています。


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GENETO京都事務所のオープニングパーティー

IVY-BUILDING



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京都 広河原の”松上げ”へ by 山中コ〜ジ

$GENETO-松上祭り
広河原でおこなわれた”松上げ”という祭りに行きました。
この祭りの存在を知ったのは、僕が小学生の頃だったと思います。
僕に教えてくれたのは祖父でした。
一回行こうと言いながら遂に行く事が無かった松上げでしたが、染織家の樽家紀治氏からのお誘いで初めて行きました。

$GENETO-松上祭り

お祭りが行われる広場の周辺は、予想に反して超満員の観客です。
広河原というかなりローカルな村落の祭りなのに、密かな人気がある事に先ず驚かされました。

闇に包まれた中を一本ずつタイマツが点火されていき、数分後には辺り一面が火の海みたいになります。
とても幻想的な空間です。

$GENETO-松上祭り

タイマツの火が弱くなった頃、村の男性達が縄のついたタイマツに火を点火し、回し始めます。
回したタイマツは、遠心力を利用して大きな松の柱に向けて投げられます。

柱の頂上には三角形の平坦部があり、そこにタイマツが上手く乗ると火が引火し、柱そのものが燃えるというもの。
玉入れのタイマツ版と考えてもらえると、イメージがし易いかもしれません。

$GENETO-松上祭り

一時間近く見つめていたら、一つのタイマツが上部に乗りました。
周りは大喝采です。
柱の下からも火がつきだし、見る見るうちに火柱となっていました。
それでも、男達はタイマツを投げ続けます。
20メートル程ある松の柱です。
上部に上手く乗せる事は至難の業らしい。
結局2つのタイマツが乗った事を確認しました。

$GENETO-松上祭り

火柱となった松の柱は、しばらくすると倒されます。
地面に着く瞬間、轟音が鳴り響きました。
凄く迫力のある祭りです。
とても古典的で、ある種の野蛮性みたいなものも感じることができる祭りです。
祇園祭の山鉾巡行の様な厳かな雅を感じる祭りも良いですが、少々野蛮な祭りの方が、本来祭りが持つ特殊な時間や空間を感じさせてくれます。

$GENETO-松上祭り

松の柱が倒れ大きな火の塊とした後もお祭りは続きます。
この独特な祭りは広河原だけでなく、花背でもあるらしいので来年も行ってみたいと思わせる祭りでした。
特に、これまで京都の祭りと言えば神輿もあるのですが、やはり山鉾巡行と五山の送り火に代表される様に、静かなものが多いです。
それに引き換え、他府県のお祭りは喧嘩祭りがあったりと、比較的原始的で野蛮なものが多い。
そんな中、松上げという祭りは、意外性があって非常に驚かされる祭りでした。

$GENETO-松上祭り

松上げを見終わり、樽家氏がもう一つ面白い祭りがあるという事で、一路久多へ移動します。
広河原から久多に抜ける山道は、狭くて蛇行しているラリーコースの様な道です。

久多に着き神社でおこなわれている祭りを見ます。
こちらは花笠踊がされていました。
花笠踊りは、盆踊りの様な意味合いのあるものでしょうが、踊りらしい踊りは無く、造花を持った村人が社の周りをゆっくり踊りながら回るというもの。
踊りも完成された雰囲気は無く、クラゲが海中を漂っている。。ゆっくりとしたイメージです。(失礼な意味ではなく、あくまでイメージですのでご了承ください。)
盆踊りの起源を感じさせる祭りでした。

一通り見終わり京都市内へ向かう車中で、今回見た二つの祭りが京都市内から一里も二里も離れた山里で、耐える事無く昔から村人達の間で行われていた事に驚かされます。
今なら観光客が居たり、文化継承という意味で、祭りを続ける事に対するモチベーションや、意味がありそうなものですが、一昔前ともなれば、人知れず行われていたはず。
そして、彼らのモチベーションは豊作祈願や、神に対する奉納の意味を込めた純然たる祭りであったはずです。
こんな風習にも似たこのような祭りは、日本人が一体どんなメンタリティを持って、地域に根ざし暮らしていたかを考える機会ともなります。

日本の祭りは見て回ることで、何かしらの気付きがあるんじゃないかと感じ、俄に祭りの魅力に引き込まれました。


北島三郎 まつり



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