カラヤン/ウィーンフィルのブラ1 | geezenstacの森

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カラヤン/ウィーンフィル

ブラームス交響曲第1番

 

曲目/ブラームス

交響曲第1番ハ短調作品68

1. Un poco sostenuto - Allegro 14:01

2. Andante sostenuto    9:14

3. Un poco allegretto e grazioso    4:57

4. Adagio - Più andante - Allegro non troppo, ma con brio - Più allegro   17:41

 

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン 

演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

録音:1959/3/23~26、 ゾフィエンザール (ウィーン) 

P:ジョン・カールショー

E:ゴードン・パリー、

 

キング GT9008

 

 

 この1000円盤はキングから1973年に発売されました。当時はアンチカラヤンでほとんどカラヤンのレコードは所有していませんでしたが、このシリーズは魅力的な録音が揃っていましたのでかなり購入した思い出があります。ただ、それまでの記憶の中でキングからこれらの録音が発売がなかったのでびっくりしたのを覚えています。それもそのはず、これらの一連の録音は英デッカが米RCAと提携したことにより実現したという経緯があり、当時は新譜としてはRCAから発売されていたからです。

 

 今回一連のこのデッカとウィーンフィルの録音を、先に取り上げた「カラヤンのドヴォルザークとブラームス」の時から調べていたのですが、これらの録音の裏にはカラヤンの強かな計算があったようなのでその背景も含めて取り上げることにしました。

 

 カラヤン(1908-89)は戦後、英コロムビアと専属契約を結んでいましたが、1954年のフルトヴェングラー没後、ベルリン・フィルとウィーン・フィルの両オーケストラを率いるようになり、ベルリン・フィルと関係が深い独グラモフォン、ウィーン・フィルと専属契約を結んでいた英デッカへの録音を模索します。そんな中、1957年に英デッカが米RCAと提携関係を結ぶと、カラヤンはアメリカ・レコード界への窓口としての英デッカ(=米RCA)にいっそう魅力を感じるようになります。1959年秋にはウィーン・フィルとの大規模な40日間の演奏旅行(インドのニューデリーを皮切りに、マニラ、香港、日本、ハワイ、アメリカ、カナダへ至る)を控えていました。そこで、1959年、1社と独占的な関係を結ぶことをやめ、独グラモフォン、英デッカ、米RCAそれぞれのレーベルへの録音を開始します。なかなかの策士だったんですな。このカラヤン&ウィーン・フィルが演奏旅行の曲目としていたベートーヴェンの交響曲第7番、ブラームスの交響曲第1番などが事前にセッション録音され、日本やアメリカを訪れたタイミングでそのLPレコードが発売される、といういかにもカラヤンらしいスケジュールが組まれ、実行されていました。演奏内容も50歳代前半の颯爽としたカラヤンの指揮に黄金時代のウィーン・フィルが最高のアンサンブルで応え、それを英デッカの優秀録音で存分に捉えきった名曲・名盤・名演奏揃いとなっています。

 

 で、その第1弾として1959年3月、米RCAのために英デッカの録音スタッフによりウィーンで録音されたのが、このブラームスの交響曲第1番というわけです。米RCAへは同時にベートーヴェンの交響曲第7番、ハイドンの同第104番、モーツァルトの同第40番、シュトラウス・コンサートが録音されました。下はそのRCAで発売された時のジャケットです。最初は豪華盤のソリアシリーズで発売されています。

 

 

 さて、キングから発売されたこのレコードは1973年に発売されていますから、RCAとの提携関係はこの時はすでに切れていたことになります。この録音の発売権もデッカに戻っていたということで、この時ウィーンフィルとの全録音がキングからロンドンレーベルで20枚のシリーズとして発売されました。


 第1楽章の序奏はゆったりとしたテンポ設定ですが、ティンパニが深く打ち込まれカラヤンらしい壮麗で滑らかな響きの開始です。ブラームスの1番の演奏としてはカラヤンは遅いタイプです。このテンポで慣れ親しんできましたから、これ以上早い演奏は小生には会いません。一般にはギュンター・ワントとか、ケルテス、小澤征爾あたりも好きではありません。カラヤンはこの後1963年、1977年、1987年にベルリンフィルと同曲を録音していますが、ウィーンフィルとの録音はこれのみです。随所にウィーンフィルらしい響きを感じることのできる演奏で、木管の響きはオーボエからして、この頃のウィーンフィルらしいひなびた音色が随所に感じられます。カラヤンの指揮は意外に音楽の勢いは強くなく滑らかな傾向で弦楽器群の響きの艶やかさも独特です。これらはデッカチームとソフィエンザールでの収録という幸福な関係の賜物でしょう。ベルリンフィルのちょっと尖った表情とは違うロマン的なブラームスです。

 

 第2楽章も壮年のカラヤンでありながら後期の枯淡の境地を思わせるふっくらとしなやかな開始です。オーボエのソロは独特の響きで弦楽も磨かれた美しく深い響きが印象的です。レガートやポルタメントを用いるようにカラヤンらしい表現が聴かれ、表記はありませんが終盤のソロはウィリー・ボスコフスキーでしょうか、光沢感のある美しい表現は聞き惚れてしまいます。

 第3楽章は少しテンポを上げてウン・ポコ・アレグレットでウィーンフィルの艶やかな表情に磨きをかけています。各フレーズをきっちり歌わせてふくよかな流れを作っているのはさすがです。


 最終楽章は開始からの表現も細部まで入念な表現といえます。ホルンソロはウインナホルンの特徴をよく拾っていて、幾分燻んだ響きがオーケストラの中に広がっています。フルートソロはよく歌い、トロンボーンセクションも艶のあるアンサンブルを作っています。主題のフレーズは弦楽のしなやかな響きがこのオケらしく、途中テンポが上がってからの歌い回しは颯爽と明快に歌い上げています。ここではのちの主兵のベルリンフィルほどに自己主張を盛り込んでいません。この辺りは豪快さという部分ではちよっと物足りなさを感じる部分がありますが、ウィーンフィルというオーケストラの特性と柔軟さを引き出しています。そういう意味では63年盤の押しの強さの後陣を配していてる感がありますが、どうしてどうしてのちに一時疎遠になるウィーンフィルという楽器を晩年のスタイルを先取りする形で演奏している気がしないでもありません。