今年逝ける音楽家 | geezenstacの森

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今年逝ける音楽家

 

 今年もあと一週間を切りました。今年はレコード芸術誌が気勇敢になってしまったので、いつもは今頃に付録のイヤーブックで、この手の記事を検索するのですが、どうもそれはかないません。せめて、イヤーブックだけでも発売してくれたらいいのにと思ってしまいます。どのみち最近は新年号のみ購入していましたからねぇ。

 そんなことでネットで検索を掛けてその手の情報を集めてみました。そうしたら次のような人々が網に引っ掛かりました。

レナータ・スコット:ソプラノ(89)
グレース・バンブリー:ソプラノ(86)
スティーヴン・グールド:テノール(61)
メナヘム・プレスラー:ピアノ(99)
アンドレ・ワッツ:ピアノ(77)
イエネー・ヤンドー:ピアノ(71)
アナトール・ウゴルスキ:ピアノ(80)
イングリッド・ヘブラー:ピアノ(93)
ガブリエル・タッキーノ:ピアノ(88)
フランツ・バルトロメイ:チェロ(76)
ユーリ・テミルカーノフ:指揮(84)
ズデニェク・マーツァル:指揮(87
カイヤ・サーリアホ:作曲(70)
飯守泰次郎:指揮(82)
外山雄三:指揮(92)
松平頼暁:作曲(91)
西村朗:作曲(69)
坂本龍一:作曲(71)

 この中でリアルタイムで記事に取り上げたのは外山雄三氏とアンドレ・ワッツ氏ぐらいしかありませんでした。その中でも、イエネー・ヤンドーは何回も実演にセット他ピアニストでした。

 

 

幅広いレパートリーの中でもモーツァルトの気品に満ちた演奏は高く評価され、1960年代にモーツァルトのピアノ作品全集を録音、1980年代後半から91年にかけて再びピアノ・ソナタ全集を再録音しています。バッハからストラヴィンスキーまで幅広いレパートリーを持ち、気品に満ちたモーツァルトの演奏で高い評価を獲得していた。1966年以来、毎年のように来日して日本にもファンが多かったピアニストです。フィリップスの廉価盤でお世話になりました。

 

 

 

 タッキーノはプーランクの唯一の弟子とも言われる。カラヤンとも共演している経験がある。EMIから出ているプーランクのCDとか、言い感じでしたよね。もう、ピアノ音楽に大きな足跡を残した大作曲家に直接習った、というピアニストはいない、ということになりますでしょうかね。


 

  フランツ・バルトロメイはウィーンフィルのチェロ奏者でした。彼は著作も残しており、昨年このブログでも取り上げています。

 

 

 

 テルミカーノフはよく知られた指揮者でムラヴィンスキーの跡を次いだ人物として知られています。1988年からエフゲニー・ムラヴィンスキーの後任として、名門レニングラード・フィルハーモニー交響楽団の音楽監督と首席指揮者に就任。2022年に引退するまで長くその任にありました。でも、人気はイマイチで、ムラヴィンスキーのようなカリスマ性が欠けていましたねぇ。

 

 

 そういう意味でも、マーツァルも同様でしょうか。 マーツァルは、1965年、小澤征爾や山田和樹、沖澤のどかなど優秀な指揮者を輩出しているブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、一躍脚光を浴びました。1968年にソビエトが軍事侵攻によりチェコ・スロバキアを占領したため、移住して、ケルン放送交響楽団(ケルンWDR交響楽団)、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団のシェフを歴任しました。その経歴の中で、世界四大陸の160にも及ぶオーケストラを指揮した「流浪の指揮者」として知られましたが、長いさすらいの後、2003年に祖国に戻り、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任しました(在任期間は2003-2007年)。チェコ・フィル時代の2006年には、日本のテレビドラマ「のだめカンタービレ」のセバスティアーノ・ヴィエラ役で出演するなど、日本でも良く知られる指揮者でした。でも、人気は今ひとつでしたねぇ。

 

 

 飯森泰次郎氏は名古屋フィルの音楽監督として1993年から1998年まで在任していましたから少なからず縁がありました。バイロイトでも活躍していたので演奏会形式でオペラも取り上げることがあり、なかなか当時としては稀有な指揮者でした。手元には読売日響を指揮したレコードがありますからそれでも聴いて偲びますかねぇ。