オイロディスクのコンヴィチュニーの田園
ベートーヴェン/交響曲第6番ホ長調Op.66
第1楽章:「田園に到着したときの朗らかな感情の目覚め」
第2楽章:「小川のほとりの情景」
第3楽章:「農民の楽しい集い」
第4楽章:「雷雨、雨」
第5楽章:「牧人の歌、嵐のあとの喜ばしい感謝の感情」
指揮/フランツ・コンヴィチュニー
演奏/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
録音/1959
日本コロムビア MS-1012-K
レコードとの出会いは不思議なものです。先日このコンヴィチュニーの田園はCDを取り上げていますが、その時このレコード盤を処分した経緯を書いています。葬送しているときにプログ繋がりのネコパパさんがこのコロムビア盤のレコードのことを記事に上げてくれました。当時はこの録音が不鮮明で、コロムビアはしれっと擬似ステをシリーズの中に潜らせている前科があったので処分してしまったものですが、モノラルとしてもかなりの高評価なのでもう一度聞いてみたいなぁと思っていたところです。それが今回たまたま立ち寄った店にしれっと置いてあるではありませんか。ジャケットは年代ものにしては綺麗でほころびや破れはありません。無いのは帯だけです。店ではテープで封をしてあるので中身は確認できませんでしたが、もともとジャンクもので並べられていて一枚55円ですからこれも何かの縁とダメ元で捕獲しました。
持ち帰り、価格シールを剥がし、テープもそろそろと剥がします。冬場は大変ですが、このテープ剥がしは夏場は結構スムーズにできてジャケットを傷めることはありません。中のレコードを取り出すと、前オーナーが丁寧に保管してあったのか傷はないし最良の状態でした。これはいい買い物でした。
前掲のブログでの指摘もありましたが、コロムビアは当時レコード番号の後にアルファベットで原盤元の表示をしています。このレコードは最後にKの表示があり、これがオイロディスク原盤であることを示しています。またレーベルの部分には小さく「Lisenced by ARIOLA EURODISC AMALTHEA MUSIKPRODUKTION GMBH Germany」と記載されています。このアリオラ・オイロディスクという会社はもともとは出版社ですかが、レコード部門は1958年ごろ発足しています。
まあこの会社、後にRCAを買収してBMGとなります。発足当時は小さなセクションでしたが後にヒット曲を連発してポップス部門が大躍進します。不思議なのは契約方法で、この60年代は日本ではどういうわけか日本コロムビアとキングレコードの2社からソースが発売されていました。当時キングから発売されていたブラームスの交響曲第1番は下記で取り上げています。こちらは1962年の最晩年の録音ですから、れっきとしたステレオなんですなぁ。
それは別として、ドイツの伝統を継承する巨匠フランツ・コンヴィチュニーのベートーヴェンは、彼の至芸を愛でる者にとっては格別のレコードです。コンヴィチュニーの主要なレパートリーはモーツァルトとベートーヴェンからブラームスまでの交響曲とワーグナーのオペラでしたが、他にもブルックナーなどの作品にも親しみ、わずか十数年という録音期間にもかかわらずゲヴァントハウス管弦楽団を中心にかなりの数のレコードを残しています。いかにもドイツ的な指揮者というイメージがありますが、実は生まれはチェコです。ワーグナーやブルックナーはゲルマン魂の権化のようで、しかしマーラーはやらない。一聴すると全盛期の彼の芸風は、より感情の起伏を織り込んでいるようで、かなり感情的な演奏になっています。なかでも代表作であるベートーヴェン交響曲全集は、ドイツの伝統に立脚した堅固な造形と重心の低い〝いぶし銀〟とも例えられた響きで安定したテンポによる誇張を排した表現は彼ならではの存在感があります。
さて、このレコード表示にはステレオとありますが一聴して疑似ステレオだとわかります。ヴァイオリンやフルートなどの高音成分は左チャンネル、コントラバス、チェロは右チャンネルから聞こえます。コンヴィチュニーのステレオ録音なら当時の標準的な編成で第1、第2ヴァイオリンは左、チェロ、ビオラ、そして後ろにコントラバスという編成でしたからこういう風には聴こえないはずです。また、ティンパニは定位が安定せず響き渡ります。また、基本的な解釈には変わりはないものの、第一楽章はステレオ版に比べてテンポが遅いし、加えて第二、三楽章のテンポ設定、第二楽章の最初の部分コントラバスの入りのタイミングが異なるし、第三、五楽章のホルンソロが明らかに違う。当時の首席は名手ペーター・ダムのはずですが日本コロンビア盤の方がうまく吹いています。
端的にいうと、この田園は単独で収録されたものの、そのすぐ後でフィリップスとの共同企画で全集の話が持ち上がりステレオで再録音が行われたのではないでしょうか。フィリップスは当時全集を録音できるアーティストがおらず、時代はステレオに移行していましたのでコンヴィチュニーに白羽の矢が立ったのではと推測します。で、オイロディスクにはこの6番しか録音がなされなかった、と推測します。
ただ、この演奏、擬似ステレオというだけでは切り捨てられません。聴きなれたウィーンの典雅で、きらびやかな演奏の対極と思えばわかりやすい。重心の低い、渋い演奏のベートーヴェンです。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏には、とても芯が太く重厚で細部に至るまで全く手抜きの無い、しっかりした構成で旧東ドイツ時代のベートーヴェン演奏の見本を感じさせます。第1楽章の冒頭は確かに貧弱な音ですが、聴き進むに従ってそんなことはどうでも良くなります。小生も成長したんでしょうなぁ。ちょっと落ち着いたテンポで始まるこちらの田園の方が演奏の質が高いような気がしてきます。言うなればフルトヴェングラー現象なんでしょう。もともと、フルトヴェングラーはステレオ録音なんてありません。一時東芝がフルベンの擬似ステ録音盤をしゃかりきに発売したいたことがあります。演奏さえよければ「そんなの関係ない」という理屈なんでしょう。
だから音は良くないのですが、演奏は立派です。今回聞き直した段階で、多分このオイロディスクの「田園」の方が音楽的充実度は高いのではないでしょうか。オーケストラ全てのパートに見通しが行き渡っていて、聴いていて心地悪いはずがありません。音そのものの貧弱さをコンヴィチュニーの作り出す音楽が飲み込んでしまい、結果、大きく構成されていく音楽は、いつの間にか怒濤のような迫力で聴き手を包み込みます。相反する表現のようですが、「ああ、ベートーヴェンを聴いたな。」という満足感は先日聞いたステレオ盤よりも上回りました。2楽章が終わり、レコード盤をひっくり返す行為がもどかしく感じたものです。
このオイロディスクの「田園」はCD時代にはオリジナルのモノラルで発売されています。
参考までにコンヴィチュニーの録音に関して下記のブログで色々考察をしています。
ただ、日本と違いヨーロッパは1970年代でもモノラル仕様のレコードが新譜で発売されていました。かのデッカでもそうでしたから一概にモノラルだからモノラルで収録されていたという根拠にはなりません。日本人はすぐに新しいものに飛びつき、オーディオ製品なんか世界をリードしましたがヨーロッパは保守的だったということを忘れてはいけません。
このレコードの音源ではありませんが、コンヴィチュニーには1958年のライブ録音が残っています。第1楽章の出出しのテンポはこのレコードによく似ていますので貼り付けておきます。