北斎まんだら | geezenstacの森

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北斎まんだら

 

著者:梶よう子

出版:講談社 講談社文庫

 

 

 信州小布施の豪商、高井家の惣領息子・三九郎は、かの有名な絵師の葛飾北斎に会うために江戸へやって来ます。浅草の住まいを訪ねてみると、応対してくれたのは娘のお栄ですが、弟子入りを志願するもまともには取り合ってもらえず、当の北斎はどこかへ出かける始末です。美人画で有名な絵師の渓斎英泉こと善次郎にはかまってもらえるが、火事見物につき合わされたり、枕絵のモデルをやらされたりで、弟子入りの話はうやむやのまま。そんな折、北斎の放蕩な孫・重太郎が奥州から江戸に戻ってきたことが伝わります。同じころ、北斎の枕絵や鍾馗の画の贋作が出回る事件が出来し、重太郎に疑いの目が向けられるが……。---データベース---

 

 以前「広重ぶるう」という作品を読んでなかなか面白かったので手に取った一冊です。「広重ぶるう」はその名の通り歌川広重をそして今度は葛飾北斎を取り上げています。またこの物語のバックにある人間関係を描いた杉浦日向子の「百日紅」も以前取り上げていて登場人物も背景も似ていますからすんなりとストーリーの中に入っていけます。

 

 この小説は高井三九郎が28歳の時の出来事を描いています。天保4年(1833)に江戸に出たことは史実ですが、小説では結婚していないことになっています。実は三九郎はこの時漢詩人の梁川星巌に入門して一緒に移住して朱子学を学んでいます。北斎との出会いはもうちょっと後のことです。ですからこの小説は脚色されていますが、これは多分前出の「百日紅」がベースになっているからでしょう。設定では、北斎(70過ぎ)はこれから滝巡りや富岳百景を、お栄は北斎の手伝いに賃仕事、英泉(共に40過ぎ)は画業休業中。北斎は三九郎の門下入りを認めますが、世話はお栄に押し付け、お栄もバタバタしているもんだから、何故か英泉が面倒をみることになります。

 

 こんな展開の中でそれぞれの人間模様が展開されていきます。鼠小僧次郎吉のエピソードも登場し、それに関連して営繕が絡んでいるところからストーリーは新たな広がりを見せていきます。北斎の子供には出戻りのお栄(葛飾応為)がいますが、この小説では長女のお美与が登場します。彼女は北斎の門人の柳川重信と結婚するが離縁していますが、男の子供がいました。その甥が重三郎で、この重太郎の登場が、ストーリーを豊かに彩ります。70歳の北斎と40年増のお栄のやり取りがべらんめえ調でがさつでスピード感があり、そこにお調子者の善次郎が絡みその間をオロオロする三九郎が面白おかしく描かれます。とくに善次郎に連れられ吉原へ繰り出し、花魁との枕絵のモデルにされたり、妖が見えたりとして悩みます。その妖がらみでお栄と一つの布団で夜を明かす中で下手な化け物の絵を1枚描くことになります。これがのちの三九郎の画風に大きく影響しますが、その妖が重三郎も持っていることから話はトンデモナイ方向に進んでいきます。

 

 これらの多彩なキャラクターの面白さに、話の面白さが重ね合わされ、なかなかのエンタティメント性で読ませてくれます。そして、この話の中で三九郎は成長します。話の方向性が見えた中で、北斎は突然浦賀へ旅に出ます。その時三九郎にメモ紙を残します。その紙には旅立ちを見送った三九郎に、画号・高井鴻山(こうざん)の名が記されています。こうして高井鴻山が誕生するわけですが、のちに北斎が信州小布施を訪れ天井画の鳳凰が残ることになります。

 

 長野に住んでいた時にこの小布施を訪れ天井画を観ましたが、北斎の肉筆画がこの地に残されたことはこのエピソードに由来することを知るだけでも読む価値があるというものです。

 

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