みだら英泉 | geezenstacの森

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み だ ら 英 泉

著者 皆川博子
発行 新潮社

 

 江戸文化の爛熟期、歌麿、豊国の浮世絵とは異なる。画風で女の妖美を描き一世を風靡した絵師の生き方。「みだら絵」に傾けた天才絵師英泉の情熱。===データベース===

 

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 こちらも、先に読んだ高橋克彦の『浮世絵探検』で、対談の際この小説が話題になっており、「写楽」に続いて読んでみることにしました。どうも卑猥な勘次のするタイトルですが、実際は「みだれ英泉」といった方が正しいような内容です。確かに英泉は女好きですが、それは絵を描くための肥やしという部分も有ります。なにしろ、武士の身分を枕絵を書いたことが発覚して追放され女三人の姉妹と供に路頭に迷うことになるのですから。小説自体は主人公は浮世絵師、溪斎英泉(1790~1848)で、この無名の英泉が、如何に今を生きている「女」を描くようになったのかを描いています。時代は歌麿亡き後の時代でその弟子たちが活躍していますが、お上からの追求を逃れるために一門は春画からは手を引いています。そこに英泉の活躍の場が有ります。既に蔦屋も没し、版元も時代替わりしています。その英泉を売り出そうと長次郎(後の為永春水)が接近する処から物語は始まります。そして、英泉と言えば北斎の娘のお栄が絡んできます。まあ、この辺りのところは杉浦 日向子 の「百日紅」で描かれている部分と重複しますが、「百日紅」はあくまで英泉(善次郎)は脇役でした。ここでは堂々の主役で、お栄は脇役に回っています。

 

 そして、何よりもこのストーリーに華を添えているのは栄泉の三人の姉妹たちです。性格が全く異なる英泉の三姉妹の存在は、その時代の女の生き方を映していて興味深いものがあります。長女のお津賀は武士の娘だった矜持を持っており、次女のおたまは現代風なあっけらかんとした性格で、既に男を知っている風があります。末っ子のおりよはやや気難しい娘で9歳になっています。ここに英泉を売り出していく版元・長二郎(為永春水)がからみ、里子に出している3人を引き取り面倒を見る算段で協力します。そう、英泉の物語では有りますが、最後までこの3姉妹か絡みます。

 

 英泉は北斎に私淑して出入りはしますが、あくまで主体は美人画を描きます。それも、ネームバリューが無いので春画を主体に活動をします。寛政の改革後は、春本、春画の類が禁止され店頭で売られなくなったようですが、需要が無くなる訳ではありません。それどころか店頭に出ない分、贅沢になり色使いも自由になったといいます。そこが英泉の活躍の場です。表に出ないので値段の高い春画の報酬は、単なる美人画より高く、また十分に腕を発揮できることもあって、絵師にとって魅力的な仕事なのだ。ここでの英泉の名は四渓淫乱斎です。うーん、言い得て妙な名前です。美人の基準も歌麿の時代とは違い、英泉の描く女性は六頭身。胴長、猫背気味という、屈折した情念の籠った女性像が特徴です。時代を反映しているのでしょうなぁ。英泉の美人画は妖艶な退廃美です。派手な色使いを禁止されると今度は文政末期に藍摺絵を始めます。ベロ藍といって、北斎に先駆けて日本で初めてベロ藍を用いた藍摺絵(あいずりえ)を描いたのは、この英泉です。

 

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ベロ藍の浮世絵
 
 皆川博子氏は写楽のシナリオのような語り口とは違いますが、江戸時代の言葉を多用しながら、爛熟した江戸の文化や風俗の描写が鮮やかに描写していきます。テンポがいいのですらすらと読み進むことが出来ます。ただ、最初から全体をイメージして書き出すのではなく、おおまかな構図だけが有り、枝葉をちりばめていっているので、途中英泉の影が薄くなり、姉妹の物語になっているところが有ります。この姉妹、実在ですがその人物像は皆川氏の創作でしょう。女の視点でしか描けない描写で、長女と次女が英泉に寄せる思慕と嫉妬は、艶やかな浮世絵をみるようで中々読み応えが有ります。

 

 小説では、仕事の途中でも放り出して岡場所へ出掛けていきます。そういう先きで出会うのが国芳であり、また芝居小屋では歌川派の国貞、国直、豊国らと顔を合わせ大げんかになります。他にも馬琴、種彦、三馬等々の名前が出てきたりしてまさにオールスターキャストです。そうそう、英泉は広重との合作で「木曽街道六十九次」70枚のうち、23枚を描いているのですが、これなんか本来は英泉の仕事だったのですが仕事を途中でほっぽらかして岡場所に入り浸ってしまい、困った版元がその残りを広重に描かせたというのが真相らしいです。のちに自分で遊女屋を経営していたほどですから、女狂いは本物です。

 

 ところで皆川博子氏は推理作家でもあります。ということで、途中のエピソードには殺人事件に絡んだ出来事も描かれています。さすがこういう描写は手慣れたものです。このサブストーリーだけでも楽しませてくれます。この話に絡んで幕切れになりますが、ここには冒頭から登場する小道具がちゃんと用意されています。うーん、英泉は当時流行した変わり朝顔だったのでしょうか。

 

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小説内で登場する彫師泣かせの蚊帳の女