2010年宇宙の旅
著者:アーサー・C・クラーク
翻訳:伊藤 典夫
出版:早川書房 ハヤカワSF文庫
2010年、宇宙船アレクセイ・レオーノフ号はいま地球を旅立とうとしていた。10年前に遥か木星系で宇宙飛行士4人が死亡、1人が失踪した事件を調査し、遺棄された宇宙船ディスカバリー号を回収することがその任務だった。果たして真相は究明されるのか?そして、木星軌道にいまも浮かぶ謎の物体モノリスにはどんな奇怪な目的が秘められているのか…。前作を上回る壮大なスケールで全世界に興奮を巻き起こした傑作長篇。---データベース---
今回、ひょんな事で映画「2010年」の原作本を捕獲しました。DVDは所有しているのでストーリーは分かっていたのですが、改めて原作を読むといろいろ違う点が浮き彫りになります。まず、前作の「2001年宇宙の旅」は小説では目的地が「土星」だったのですが、映画では目的地が木星に変更されていました。続編が映画化されるにあたって、やはり、イメージ的に木星のほうが統一性があるということで、この続編は舞台が木星に変更になっています。まあ、そのへんのところは、作者自身が序文のところで理由を述べています。
で、当の映画版「2010」は116分の尺で収めるためにかなり改変が加えられています。まず、この原作では映画で描かれた米ソの対立の構図にプラスして中国が絡んできています。原作が出版されたのは1982年ですから、無茶苦茶先見の明があったと言わざるを得ません。その宇宙船の名がチェン号で、いみじくもアメリカ合衆国における最初期の弾道ミサイル開発者でジェット推進研究所(JPL)の共同設立者でもあった「銭学森」から取られているんですなぁ。
小説では、このチェン号が米ソ共同の「イワーノフ」号より後に出発しながら先に木星の第二衛星「エウロパ」に到着しているのです。凄い技術力です。で、この氷の衛星から水の補給作業中にエウロパの海に生息していた大きな生命体によって、船体をつぶされてしまうというエピソードが含まれています。昨今の中国が単独で宇宙ステーションを完成させていることを考えるとこの設定はさもありなんでしょうなぁ。
この中国の宇宙船と、米ソの共同作業の描写が一番違うと言っても過言ではないでしょう。映画ではこの対立が戦争へと発展していくという緊張状態にある描き方をしていますが、小説ではその辺りのとげとげしさはありません。まあ、映画は船内での会話が英語とロシア語が使われていますが、小説では英語一本でのやり取りになっていますから、意思の疎通は取れています。映画ではロシア語の部分は字幕がついていませんからやや理解不足のまま、鑑賞しなければなりません。この小説で描かれているソ連(今はロシアですが)は、多分に現在の方が緊張があるくらいです。
また、小説はボーマンがフロイト博士の前に現れて早く地球に帰還するようにとの描写がホノグラフ的で曖昧に描かれているので緊張感があり、木星の黒点が大きくなり、それがモノリスの集合体である描写などはかなり細かく描かれていますし、木星が質量のバランスが崩れて水素爆発を起こし、恒星化していく様がじっくり描かれていきます。その辺りは映画ではややあっさりすぎて、どこか尻切れとんぼ的に描かれ方をしているのが残念でしたから、そういう不満はありません。
もともと、木星はもう少し質量が大きかったら太陽のように光り輝く星になっていたろうという説を利用して、1982年の時点でここまでそれを描いていたのにはびっくりです。
この小説さらに続編があり、「2061年宇宙の旅」、「3001年終局の旅」と続くようです。映画化されることはなさそうですから、小説だけでもそういう旅に進んでみたいものです。映画はそれほどヒットしませんでしたが、小説はベストセラーになっています。これは、小説の方が楽しめる作品です。
そうそう、落ち穂拾い的ですが、この映画で使われている「ツァラトゥストラはかく語りき」は、この当時で音源をグラモフォンが提供していますから、カラヤン/ウィーンフィルでは無く、ベルリンフィルのものでしょう。
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