世界史で深まるクラシックの名曲 | geezenstacの森

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世界史で深まる

クラシックの名曲

 

著者/内藤博文

出版/青春出版社 青春新書

 

 

 ベートーヴェンが「交響曲第9番」に合唱を付けた理由とは? モーツァルトの「フィガロの結婚」が皇帝を怒らせたのはなぜか? チャイコフスキーが「悲愴」で予感していたロシアの混沌……世界史を知るとクラシック音楽をより深く味わえるようになる。あらためて聴いてみたくなる「名曲×世界史」の魅惑の

エピソード。---データベース---

 

  ヨーロッパの歴史とともにクラシック音楽の作曲家の人生を追うと、彼らを一人一人知ろうとするよりも、その人生、考え方、彼らをそうならしめた時代背景、逆に世の中へ強く影響しらしめた力などが分かって、生身の人間としてリアルに感じられてなかなか面白い切り口で面白かったです。似たような内容では以前取り上げた片山杜秀氏の「ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる」がありますが、それを全ての作曲家に当てはめたのがこの本といえます。本書は作曲家と彼らにまつわるエピソードなどの解析で、次の20章から構成されています。

 

目次

1.バッハと狡猾なるフリードリヒ2世 ~ 最高傑作「マタイ受難曲」が1世紀以上も演奏されなかった理由

2.ヘンデルとイギリス・ハノーヴァー朝の始動 ~ ヘンデルのオペラがイギリスで大成功を収めた裏側

3.モーツアルトとフランス革命の勃発 ~ 二重の意味で革命的だったオペラ「フィガロの結婚」

4.ハイドンと将軍ナポレオンの台頭 ~ 音楽が世の中に大きな力を持つことを証明した「辺境の人」

5.ベートーヴェンと皇帝ナポレオンの暴風 ~ なぜ交響曲第9番は「合唱付き」となったのか

6.ロッシーニとパリ7月革命の衝撃 ~ ナポレオン没落後のヨーロッパを熱狂させたロッシーニ・クレッシェンド

7.ウェーバーとプロイセンの充実 ~ プロイセン(ドイツ)の大国化を後押しした「魔弾の射手」

8.ショパンとポーランドの亡国 ~ パリ7月革命がショパンの「革命エチュード」を生んだ

9.メンデルスゾーンと国民国家の目覚め ~ 「器楽音楽王国・ドイツ」の栄光を構築しようとした神童

10.ヨハン・シュトラウス父子とパリ2月革命の余波 ~ 「ラデツキー行進曲」が打ち消した革命と独立の世界

11.ヴェルディとイタリア統一運動 ~ 「ナブッコ」がイタリアの第2の国歌のようになった経緯

12.オッフェンバックと皇帝ナポレオン3世の帝政 ~ 第2帝政下、狂騒のパリで花開いたオペレッタ

13.ワーグナーと統一ドイツの誕生 ~ 楽劇王がバイロイトに祝祭劇場を建てた真の目的

14.ブラームスとウィーンの黄昏 ~ なぜブラームスは統一ドイツから距離を置いたのか

15.チャイコフスキーと皇帝アレクサンドル2世の改革 ~ チャイコフスキーが「悲愴」で予感していたロシアの混沌

16.ドヴォルザークとヨーロッパ各地の独立運動 ~ クラシック入門の定番曲「新世界より」に秘められた二重性

17.プッチーニとグローバル化する世界 ~ 「蝶々夫人」「トゥーランドット」・・・異国文化を採り入れた背景

18.ストラヴィンスキーと第1次世界大戦前夜 ~ ヨーロッパの栄光の時代の終わりを告げていた「春の祭典」

19.ショスタコーヴィチと全体主義の時代 ~ スターリンのために作曲された?「革命と勝利の交響曲」

20.カラヤンと東西冷戦 ~ 資本主義社会の顔として、作曲家よりも有名になった指揮者

 

 こうして見出しを見るだけでも、各作曲家がかかわった出来事や作品が頭に思い浮かびますが、初めて気づかされることも少なくありませんでした。たとえば、ベートーヴェンとナポレオンの関係は、ベートーヴェンが「交響曲第3番”英雄”」をナポレオンに献呈しようとしたものの、彼が皇帝に即位したことから取り止めたことはよく知られています。本作ではベートーヴェンが1770年の生まれであるのに対し、ナポレオンは1769年生まれと1歳しか違わないことが指摘されています。つまり2人は全く同じ時代を生きていたわけで、ベートーヴェンがナポレオンを強く意識していた理由が良く分かります。

 

 また、チェコではドヴォルザークよりもスメタナの方が高名だと言われているそうですが、その理由も納得しました。 ドヴォルザークは「交響曲第9番”新世界より”」「チェロ協奏曲」「弦楽四重奏曲第12番”アメリカ”」「スラブ舞曲集」などで世界的にお馴染みの作曲家です。一方、同じチェコの作曲家スメタナは連作交響詩「わが祖国」の第2曲「モルダウ」やオペラ「売られた花嫁」くらいしか知られていません。

 

 著者はチェコ国内ではスメタナの方が支持されているが、その理由は、スメタナの方が愛国の作曲家だからだと指摘しています。世界では「モルダウ」しか知らなくても、チェコの国民は「わが祖国」全6曲を愛しています。それはチェコ人の愛国心を鼓舞し、チェコに誇りを抱かせる音楽が詰まっているからだといいます。一方、チェコ人にとってドヴォルザークがもどかしいのは、その全盛期がアメリカ時代であることだ、と指摘しています。たしかに、新世界交響曲にしても、チェロ協奏曲にしても、弦楽四重奏曲第12番にしても、すべて米ニューヨークのナショナル音楽院の院長時代に作曲されます。

 

 では音楽の父として扱われているヨハン・セバスティアン・バッハですが、存命中は当時の文化後進国(と見られていた)ドイツでも田舎の方に生まれていたので評価されず、保護してくれるような時の権力者がいなかったので、不遇な人生だったそうです。たしかにドイツは諸国に分裂していて、ヴァィマール候やケーテン候と言っても地方のI領主にしか過ぎません。

 またモーツァルトの晩年が不遇だったのは、彼とその妻の浪費癖もあったけれど「フィガロの結婚」が革命的だったから(曲としても思想的にも)らしいです。なにしろ貴族を茶化した作品ですからなぁ。今ではとても有名で、むしろ若者に敬遠されるほど権威の象徴と思われがちなクラシック音楽ですが、歴史を眺めてみると、そうでもないんですよねえ。

 この本の中で一番納得したのがヴェルディの項目です。彼の作品の「ナブッコ」がイタリアの第2の国歌のようになった経緯が一番歴史との関わりを強く感じさせます。それこそ、音楽が政治を動かしているのです。ヨーロッハでは音楽ホールはなくても、歌劇場はあるという都市があちこちに存在します。日本はオペラ専用の劇場といったら東京の「新国立劇場」しかありません。そんな国民ですからオペラが歴史を変えたと言っても信じられないでしょうが、ヴェルディのオペラはそういう力を持って当時の歴史に登場しているのです。

 これらの作曲家のうち、今までぼんやり感じていた人間性がはっきりした事で、ワーグナーは人として許せないな、と感じてしまいます。その理由はこの本を読んで考えてください。