交響録 N響で出会った名指揮者たち | geezenstacの森

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交響録

N響で出会った名指揮者たち

 

著者:茂木大輔

出版:音楽之友社

 

 

 聴く側では知り得ない、指揮者の個性、技量…元N響首席オーボエ奏者にして人気エッセイスト、現役指揮者でもある著者が綴った34名+約110名との思い出。---データベース---

 

 茂木大輔氏との出会いは「のだめカンタービレ」でした。氏のライフワークとも言える「のだめカンタービレの」最初の音楽会は地元愛知県のの春日井市で開催され、今も続いています。そして、これまでにもこのブログで氏の著書は数多く取り上げてきていますし、このアメブロの前身になるYahoo!ブログの時代には氏がご訪問してくれたこともあります。

 

アイネクライネな我が回想 音楽留学ドイツ語忘備録

オーケストラは素敵だ―オーボエ吹きの修行帖

はみだしオケマン挑戦記ーオーボエ吹きの苛酷なる夢

オケマン大都市交響詩ーオーボエ吹きの見聞録

読んで楽しむのだめカンタービレの音楽会

 

 どれもユーモアのセンスに溢れた肩のこらないエッセイですが、一冊だけ「オーケストラ楽器別人間学」だけはちょっと毛色の違う本で、途中で投げ出してしまいました。(^^;;

 

 この本ではオケマンとしての最後の日々の記録であり、二度と会うことのできない指揮者達の思い出という面もあってジンと来る場面もあちこちにあって感心させられましたし、FM放送などで何となく聴いていた演奏の、演奏者だからこそ分かる?「凄さ」もよく分かり、もっとキチンと聴いていれば良かったな、とも思えました。

 

 まあ、出るわ出るわのN響に登場した名指揮者の数々です。氏が在籍したのは1991年から2019年初めまでですから実際には29年間の記録ということになりますが、これほどまでにビックな指揮者たちがN響に登場していたんだなぁと改めてびっくりしてしまいます。個人的にはこの期間のNHK交響楽団の演奏はNHKのEテレでくまなく演奏されていますから、多分ほとんどのものがDVDに保管してあります。このエッセイからはそれらの演奏をもう一度見て見たくなるような演奏者サイドからの指揮者の表情や身振り手振りでの音楽づくりについて語られています。

 

 常任指揮者やN響の正指揮者は当然ですが、メジャーからかなりのCDをリリースしているビックな指揮者まで登場し、その世界の著名指揮者の練習の様子や音楽的な評価、さらに私的な交流などを生き生きと描いて、かなり面白い本です。練習時などの抱腹絶倒のエピソードに加えて、指揮者とのお付き合いを通してホロリとさせられるところや、指揮者志望の著者の奮闘ぶりなどが練達の筆致で記されています。

 

 個別に登場する34人の中で、特に印象深いのはクリストファー・ホグウッドやロジャー・ノーリントンがピリオド楽器のスタイルでN響に登場した時のエピソードでしょうか。一番ストレスを感じるのはそれまで当たり前にヴィヴラートをかけていた弦楽器奏者でしょう。通常の(?)奏法を封印されるのですからたまりませんわな。管楽器奏者はそういうストレスはありませんからちょっと冷めた気持ちで演奏を聴くことができます。しかし、その響は普段とは違うものであったことから新鮮に音楽が響いたと書かれています。また、アンドレ・プレヴィンについては、『モーツァルトが本当に絶品だった』とか、『ジャズ・ミュージシャンとしても尊敬していた』と記していて、氏がジャズピアニストの山下洋輔氏らとのコンサートも開催しているところからも傾倒ぶりが伺い知れます。そして、氏が自分の音楽室に飾っているのはこのプレヴィンとの写真だけというのも納得です。

 

 

 捧腹絶倒の筆頭は、ネルロ・サンティで、オペラの練習では歌いながら指揮をしていて、『アドリア海の見える練習@NHK交響カラオケ』と著者は書いています。オペラ歌手顔負けの美声で歌ってしまうというオペラの達人で、なんでも暗譜で振ってしまう驚異の記憶力の持ち主でもありました。氏はこの本を執筆中に亡くなっています。

 


 取り上げられている指揮者の名前は表紙に書かれていますし、それ以外の指揮者についても巻末で簡単に触れられています。最多の9ページを使い最も饒舌に語られるのが、若い頃から公私に渡って世話になったホルスト・シュタインと言うのも頷けます。何しろN響とも何かと縁のある指揮者でオペラの叩き上げというのもサンティに共通していますし、1970年にはバイロイト音楽祭で一人で『ニーベルングの指環』全曲を指揮しています。このことが縁でNHK交響楽団ともワーグナーのアルバムを録音していました。

 この本を執筆後に亡くなった人もいます。ロシアの指揮者アレクサンドル・ヴェデルニコフしで、つい最近の10月29日にコロナ感染症での死去です。彼についての手放しの評も書かれていて、「こういう素晴らしい指揮者と仕事ができたことを大切に記憶しておきたいと思っている」と締められた文に、彼の音楽はもう二度と聴けないんだという事実を思い「一期一会」という言葉が浮かんで印象に残りました。

 


 

 残念ながら降り番で共演できなかった指揮者も多々いるようですが、弟子入りした外山雄三氏や岩城宏之氏、そして広上淳一氏の項も、それぞれが独自の教え方で興味があるものです。

 

 それにしても、最後に心筋梗塞を患い入院していたことを明かしていますが、これにはびっくりでした。テレビで拝見する機会はめっきり減りましたが、こうして新しい本に巡り合え、まだまだお元気そうで安心しました。指揮者としては、一度オペラの公園も聴きたいものです。