僕がここにいる不思議 -15ページ目

僕がここにいる不思議

猫腰を抱えた犬(gear)の雑記

独白するユニバーサル横メルカトル
平山 夢明
光文社
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おすすめ度の平均: 3.5

長い時間をかけてちょこちょこ読んでた。
読むきっかけは、このミステリーがすごい!で1位だったから。
たまには、権力に流されるべ。
もうひとつ、グロテスクだから。
たまには、嫌いなものに手を突っ込むべし。
残念ながら、耐性がついてしまっているかのように、
昔ほどの嫌悪感を感じることはできなかったけれど。
書き手の違いもあるのかないのか。
 
 
とりあえず、これがミステリーなのかという問題は置いておいく。
短編集。
 
 
「~(ニコチン)と少年」
題名を略すのは、僕のものぐさなので許して。
本の最初に収録されている作品。
最後の一文で、そうか、と思う。
この人は、僕を置いて行く気だ。
 
 
「Ωの聖餐」
小説は、現実の上位に位置する予想問題だ。
 
 
「無垢の祈り」
以前から好きな形を内包。
 
 
「オペラントの肖像」
おもしろかった。
 
 
「卵男」
おもしろかった?
 
 
「すまじき熱帯」
とくになし。
「好きの反対は無関心」とは誰が言ったのだろうか?
同意はできない。
つまりそういう意味ではないってこと。
 
 
「独白する~」
表題作。
<路><端><区>等で、下世話ににやにや。
僕の重要認識、自由意思にまで食い込んでくる問題。
編図でにやにや。
 
 
「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」
文章等の問題を越えて、
嫌悪の対象となるべき状況を見せられる。
反応はなし。
本格的に大事な何かを忘れてきてしまったようだ。
 
 
 
まとめ
得るものは得た。
横滑りする気はない。
「おもしろくない本はない」
作家の京極夏彦先生の至言。
先生の本は読んだことがない事実を差し置いて。

 
僕にとって、
本とは、自己を見つめなおす作業。
これが第一。
次に、本と対面する。
そんな確認をする。
笑えることに、一冊の本のまとめすらしていない。
本に携わる人に怒られそうだ。
どうでもいいけど、3時間睡眠に挑戦。

人間は、考えた通りに行動しなければならない。

でなければ、行動した通りに考えるようになる。


と昔の誰かが言ってました。

言語ではない感情の部分で納得した覚えがありますが、

ことこれを実際に受け入れるにはどうしようもなく難しいのです。


まず、行動のなかにも能動的なものと受動的なものがあり、

受動的なものは、やはり上記の言のネガティブな方に近いものがあります。

しかし、受動的な行動はなんとも楽なのです。

大前提として、行動、しかも受動的なものが魅力的なのです。


そして、さらに以下のような問題がのしかかります。

人は考えることをやめることができないとはいえ、

その思考には質があります。

もちろんその質は、本人が良い悪いを決めるものであり、

他人に左右されるものではありませんが、

それにしても、日常を生活しなければいけない社会的な動物である人間は、

すべての時間を質の良い思考に費やすことは難しいものがあり、

同時に、どんなに時間をかけても同じところを回ることなどしょっちゅうです。

むしろその時間の方が長い。


もちろんこれは極端な例ですが、

それにしても、受動的な行動の魅力には逆らうことができす、

質の良い思考を行うには、多大な時間を必要とするのです。


最後に、

時間は自分の手で作るものだ。

とは、チャールズ・バクストンのことば。


明日がよりよい一日でありますように。

またいつか、人生が交差したら、その時はよろしく。


おしまい

明日の更新はなし。

もしかしたらその次も。

普段ならきめられたコーナーを決められた順序で回るが、

今日は、なんだかフラフラ。


すべてを自然体で受け入れられる感覚。

次の刺激が自分を決定するような予感。

そして行き着く先は・・・、他人の人生。


本屋に行くと、そこには世界が待っている。


つく気のないウソの周囲に、真実を知る者はいない。


昨日の活動時間は6時間。

前後の睡眠時間はそれぞれ12時間。

世はかくも平和なり。