坂の上も雲 -9ページ目

ahen

とりあえずだ。
そこにいる自分が好きなんだといわれて納得できない自分がそこにいるわけだよ。なんかしてあげないと愛って帰ってなんかこないものだろうってことを強く思うから。
だって存在を愛してくれる人が世の中にどれくらいいるっていうんだい?
人は機能として相手の役にたっているときに愛を享受すべきなんじゃないか。

そこまで考えてみて死んだあいつが俺を愛した事実は消せないこと。
消えたあいつを僕がいまだ愛しているだろうこと。

二つに気づいて矛盾を感じるんだ。

結局は自分が愛という命題を理解していないだけなのかもしれない。

何より今の僕は自分を愛することも他人を愛することもまして何かものを愛でることもできない人間だ。

なんてかいてみて自分のバックグラウンドはやっぱりキリスト教ではなく仏教に近い気はするわけさ。

利他による相手からの感謝というアヘンの中毒になっている僕にとって自分を愛するということや他人の存在そのものを愛するということはできなくなってるんじゃないだろうか

まあアヘンで死ぬことはないんだが

HERO

僕は目の前の一人一人にとってヒーローでありたい。
ヒーローは強くて頼りがいのある存在。
困ったときに
ここぞという場面に
何かをしてくれるやつ。

引っ張っていくチームが欲しい。そう、僕はスラッガーになりたい。

そして僕のプレーをみた人がそれをきっかけに考え方がかわる。
次に何をするかを決める。
そういうプレーをしていきたい。

ガイルの参加者のあの言葉が僕には忘れられない。

ガイルのおかげでかわれたよ

社会っていう言葉は僕には響かない。社会は人の集まりであってそれ自体存在するものではない。

人のための秩序は必要かもしれない。でも一方で誰かを救っていても一方で人の足を引っ張ってるような秩序ならいらない。

そんな最適解ってどこにもないよね


未来の社会設計って必要だよ。でも実感わかないんだよなあ

かっこいいだろうけど本当に楽しいのかなあ

多分ある種巨人にFAで入るのとニテルんだよね。

球界を盛り上げるためには巨人が強くなければならない。

社会がうまくいくためには公務員が必要だ。

でも広島のファンはそれで幸せなんだろうか?

まあそれが方程式や数字でみれば全体最適なのかも。でも一人一人をみたら。

そう思うと巨人にFAでは入れないや

入ったとしてもどっかの選手会長みたいにファンサービスもできないやつにはなりたくないな。

それだったら日ハムの田中幸雄の方ガ断絶かっこいいよ

For Myself

かつて僕はいつも自分のもたらした結果に対して責任を負うことができていなかった。

仕事の不具合しかり。
学校の単位しかり。

いつも何か言い訳を作っている自分がいた。

最近ようやくスポット的にはできるようになったけど、進路の選択においては結局それができていなかったようだ。

親という最後の砦が進路を決めるに当たっていまはじめて現出してきたのだ。

そしていま僕はそれを乗り越えなくてはならない。

それが失敗してみてようやくわかった。


社会や学校に対してはいざしらず親に対する反抗期がなかった僕にとって今がそのときなのだ。

兄貴だから弟が片親になった母に世話ばかりかけてるのをみて出来るだけ母に心配をかけずに生きたいと思った僕は、これまで結局最後の所で母に、そして死んだ父に従順だった。

「親がこういうから」

たとえどんな状況であれ、先天的なものであれ後天的なものであれ、何かと人生にはドウシヨウモナイ制約条件があるといって甘えるのは結局自分の人生に責任を負えてないからじゃないのか、そう気づいたんだよ。

まだ具体的なアクションプランには落ちてないけど、少しすっきりしたのかな。

それが具体的になった時、初めて15の夜が懐かしい歌となり卒業を歌えるようになるんだろうな。


いずれにしてもようやく今回の失敗について自分のプロセス、本質両面においてフィードバックしきれたのかな


まあ本質に立ち返ったことでまた振り出しに戻ったよ。

幸運なことにね

野球でいうと

バントがうまく打撃も堅実な二割七分、強肩好守の信頼感あつい二番ショート副キャプテンから
ときにチームのために進塁打をうち、ときに一ふりで試合を決め、ときにファインプレーで観客をわかせ、チームを背中で引っ張る三番ショートになる!

2006/06/06

信言は美ならず
美言は信ならず