奇跡の一本松 4/4 ~大船渡温泉での同期会~
前号より続きます。
小高い山の上の
人工の高台より
全て波に流されて復興中の地域を望みます。
写真中央、島のように見える小高い丘と
この山の麓は地続きで
平地になっており、
たくさんの住民の家が立ち並んでいましたが、
押し寄せた大津波に飲み込まれ、
全てが流されてしまいました。
左側から直接押し寄せた津波と
丘を回りこんで右側からきた津波に
平地は当時海のようになり
丘は人の行き来ができない島のようになってしまった、と
言っていました。
たかが水、されど水。
恐ろしいものですね。
ちょっと気分を変えて
ここは碁石海岸。
名所となっている 「穴通磯」。
観光船がくぐれる穴が
3つも空いています。
詳細は案内板をお読みください。
その穴通磯を背景に
記念撮影。
我々は、
観光目的で陸前高田や大船渡に来たのではないのですが、
この地域に住む同期のO氏が、
気を使って案内してくれました。
因みに彼は
この地域の学校の校長先生を務められた人で
なかなかの人格者です。
同期会が開かれる
大船渡温泉。
大津波の後に建てられたホテルで、
まだ新しい。
ロビーからは
大船渡湾が一望できる。
大船渡湾。
手前に見える筏では
ホヤの養殖がおこなわれているとか。
ホヤは
ホヤ貝と言われることもあるが、
決して貝ではない。
正確には
ホヤ(海鞘、老海鼠)は
脊索動物門 尾索動物亜門 ホヤ綱 に属する
海産動物。
さて本命の同期会。
旅の疲れを癒すため
温泉に入って浴衣に着替え、
ビールを煽りますが、
一言O氏より挨拶。
我々の同期会が
なぜこのような東北の地で行われるかと言うと、
今まで過去何年も
同期会は東京で開催されていたのだが、
大津波に被災したO氏は、
それでも同期会には
東京まで出てきてくれていた。
そこで
いつも大変だろうから、
今度は我々がその地元に行こう、と言うことになって
その計画が実行されたわけである。
東京や神奈川、埼玉、千葉から出かけてきた全員が、
陸前高田は凄~く遠~い、とびっくりして
よくも毎回こんな遠いところから
出かけてきてくれたと、
感激したものである。
食卓には
タイの姿作りや
そのほかの海の幸が
びっしりと並びます。
ナマコもあれば
当然ホヤもある。
ホヤは癖のある食べ物なので、
一人だけどうしても食べられないという同僚がいたが、
私はおいしく頂いた。
カジキマグロの
鹿児島でいうと「ビンタ(頭)料理」も出てきた。
それを運んできてくれた
この若いお嬢さんが
校長先生をしていたO氏の学校の出身で、
「顔は存じています」というから驚き。
いよいよ話が弾みます。
食べて飲んで、
2時間はあっという間。
とりあえず宴会場での飲み会はお開き。
赤ら顔で記念撮影。
この後は
部屋に移って二次会開催。
夜中の0時まで盛り上がりました。
楽しい同期会は
これで終了。
翌日は
それぞれがJRに乗って帰路につきます。
♪せ~んろはつづく~よ~ ど~こまでも~♪
JRの線路は
ここから東京までも鹿児島までも
ず~と続きます。
最後にもう一度、
奇跡の一本松の説明を是非お読みください。
長い長い同期会のブログに
最後までお付き合いいただき
ありがとうございました。
(完)
奇跡の一本松 3/4 ~奇跡の背景と津波の鷹さ~
前号から続きます。
奇跡の一本松。
高田松原には
これよりも幹の大きな
約7万本の松があり、
その松がすべて
大津波にやられて、
容赦なく胴が折れたり
根こそぎ引き抜かれたりしたのに、
幹が細くて
いかにも折れそうなこんな高い松の木が
一本だけ残ったのだというから、
不思議でならない。
松原の松を全滅させ
家々をすべて押し流した
ものすごい潮流に耐えたのには、
人には想像もつかない幸運があったのだと思うが、
ヒトは
考えの及ばない出来事を
奇跡と呼ぶ。
その奇跡の一本松の下で
記念撮影。
この松の幸運を
少しでも分けてもらえれば、
先の短い人生でも、
少しは楽しみができるというもの。
この松の奥にある
高い堤防と、
そして手前にある
倒壊した建物が
あるいはこの松に
直接的に衝撃を与える浮遊物を
防いでくれたのかもしれない。
少しだけ
仲間と離れていたので、
共倒れにならずに済んだようだ。
見上げると
幹の間にカラスの巣が・・・。、
カラスは
この松の木が
本物の松の木だと思って
安心して巣を作っている。
それほどの出来栄え。
平地にあった家々は
みんな波に持っていかれて
一時は海のようになってしまったところに、
数百メートルの山を
半分ほどに削り取った土砂を運び込み、
台地を作って
新しい集落を作る工事が
いまだに続いている。
何キロも続いた
土砂を運ぶための大型のベルトコンベア。
今では一部が残るだけだが、
この想像を絶する大型のコンベアで
ダンプカーで運ぶと
十年以上かかると言われる量の土砂を
2、3年で運び込んだ。
台地のように
盛り土がしてあるのが
お分かりでしょうか。
考えるだけで気の遠くなるような作業が
今でも続きます。
ここは
原発事故のあった福島からは
200kmほども離れているので、
放射能の影響はない、と
現地に住む人は考えているようだが、
被災地の人には
危険な情報は隠されていて、
無防備なのが気になる。
原発からは
今でも毎日放射能が放出し放題で、
春から秋にかけては
南風に乗って
どこまでも運ばれてくることを
心配しないといけない。
爆発の三日後には、
関東や東海地方にも
大量の放射能が降り注ぎ、
静岡茶などは
汚染されて使えなくなったのだから。
赤詰め草が巨大化している。
ハナビシソウも
株が巨大化。
放射能の影響でなければいいが・・・。
ダンプカーが行き来して
粉じんが舞い上がる空気の中に
微量の放射能が含まれていれば
それを何年も何年も吸い込むうちに
体内に蓄積され、
10年、20年後に影響が出ることが
心配される。
チェルノブイリの結果を調べるまでもない。
津波の被害を受けた集合住宅。
4階まで水が来て、
何もかも持っていかれた。
5階だけは助かったのだが、
今ここに住む人はいない。
津波の危険性を
のちの時代の人に伝えようと、
この建物は壊さずに残すつもりのようだが、
残骸がどれだけ警告を発することができるか、
原爆ドームほどの力は出せまい。
気仙大工左官伝承館。
その名の通りに
技術を伝えるところ。
陸前高田市や
大船渡市には
津波被害の後だけではなく、
見るところはたくさんあります。
友の住む地域を
高台から一望しようと
近くの山の上に登ります。
頂上の周りには
松などの木が生えていて、
そのままでは周りが見えないため、
高台に人工の高台を作ってあります。
その上からの眺望は
次回のブログで。
奇跡の一本松 2/4 ~43年同期会・陸前高田へ~
久しぶりの旅です。
友の住む
陸前高田市小友に
みんな集合。
国分寺市からは
JR国立駅を出発駅にして、
中央線、武蔵野線、埼京線、
東北新幹線、
大船渡線、
そして線路が津波でなくなったところは
大船渡線BRTに乗り換えて
最終JR小友駅に降り立ちます。
所用時間5時間2分、
乗車時間4時間25分の長旅。
ブログでは
時空を超えて
一気に行きますので
しばらくお付き合いください。
東北新幹線
「はやぶさ」。
私が最初に乗った新幹線は
東海道新幹線の
「こだま」と「ひかり」。
近頃の新幹線は
超ロングノーズ。
「はやぶさ」と言う名前の列車は
鹿児島から東京までを
一昼夜で走る夜行特急列車の名前だった。
津波で
大船渡線の海岸沿いの線路が流され、
復旧をあきらめて、
大船渡線BRTが走っている。
大船渡線BRTとは
線路のあったところを
バス専用道路にして、
JRバスを走らせているもの。
だから、
鉄路のあった名残が残ります。
何本も続くトンネル。
単線ですので一車線。
上りと下りのすれ違う場所が
ところどころにあります。
バスは定期バスなのだが、
バスの運転手さんが親切な人で、
我々が旅人だと理解して、
いろいろな津波の時の様子を
克明に説明してくれる。
あれが奇跡の一本松。
今では鬼籍に入っている一本松です。
この白い三角形の建造物は
津波の避難所として作られたもので
大津波の時にも
人々がたくさん避難したのだが、
何しろとんでもない大津波で、
この建物にいた人で
生き残ったのは女性1人だけ。
あとはみんな波にさらわれて亡くなった、と
驚きの説明。
我々は
まだ目的地に着く前に
衝撃で言葉もでない。
目的地の
JR小友駅に到着。
ここに住む友O氏が出迎えてくれた。
写真中央がそのO氏。
その彼から、
またもや驚きの説明。
写真のプレハブの場所には、
彼の家が建っていたのだが、
避難して高台にいた
彼の目の前で、
自分の家と車が
波に流されていった、のだと言う。
その時の心境は
信じられない気持ちだけで、
言葉には表せないと、
彼は語る。
命あっての物種ではあるが、
いまだに仮設に入っている人は多い。
彼は幸い
人一倍の頑張り屋。
近くの高台にやっと家も建てて
家族みんなで住んでいる。
その新築の家がこれ。
一階に住む彼の部屋の真上の部屋が、
孫の部屋になっているため、
うるさくてかなわん、と
愚痴はこぼすが、
なにせ孫のことゆえ
文句は言えん、と
家があればこその平和な語らい。
その彼に
奇跡の一本松に案内してもらう。
周りは
みんな波にさらわれて、
住宅も何もみんななくなり
空き地ばかりが目立つのだが、
一本松見学用の駐車場はちゃんとある。
そこに車を止めて
徒歩で向かう。
これが奇跡の一本松か。
日本中の松の中で
この松ほど有名な松はあるまい。
およそ7万本もあった
高田松原の松が
みんな流されたのに
この松だけが1本だけ生き残った。
まさに奇跡の松である。
その松についての話は
次のブログで。
御面倒でも
もう一度お越しください。
キューピッドとサイモン・ベイカー ~銀座の恋の物語~
銀座には、
いろいろなものがあり、
いろいろな人がいるが、
今日は
恋の矢を放つ
キューピッドと
アメリカの超人気TVドラマ
メンタリストの主人公
サイモン・ベイカーがいるところを
ご紹介しましょう。
ビルの角にたたずむキューピッド。
恋の矢を放つ機会を
伺っています。
横から見ると
背中の羽がはっきりと見てとれます。
キューピッドは
男性か女性かという議論が
良く出ますが、
永遠なるものに性別は不要で
あえて言うなら、
男女共有と見た方が良い。
こうやって
こっそりと覗いているところが
可愛い。
この女性は
この後、恋の矢に撃たれ、
銀座で恋に陥るかもしれない。
キューピッドのいる銀座。
ケーブルTVで
私が毎日見ている
アメリカのTVドラマ
メンタリストの主人公は
オーストラリア出身の
サイモン・ベイカー。
キューピッドと
サイモン・ベイカーが
一緒にいるところ、
そこは銀座の
高級宝石・腕時計などを販売している
「TENSHODO SINCE 1879」。
キューピッドの
頭をなでると
良いことがあるそうな・・・。
皆さん、
一度如何ですか?













































