奇跡の一本松 2/4 ~43年同期会・陸前高田へ~
久しぶりの旅です。
友の住む
陸前高田市小友に
みんな集合。
国分寺市からは
JR国立駅を出発駅にして、
中央線、武蔵野線、埼京線、
東北新幹線、
大船渡線、
そして線路が津波でなくなったところは
大船渡線BRTに乗り換えて
最終JR小友駅に降り立ちます。
所用時間5時間2分、
乗車時間4時間25分の長旅。
ブログでは
時空を超えて
一気に行きますので
しばらくお付き合いください。
東北新幹線
「はやぶさ」。
私が最初に乗った新幹線は
東海道新幹線の
「こだま」と「ひかり」。
近頃の新幹線は
超ロングノーズ。
「はやぶさ」と言う名前の列車は
鹿児島から東京までを
一昼夜で走る夜行特急列車の名前だった。
津波で
大船渡線の海岸沿いの線路が流され、
復旧をあきらめて、
大船渡線BRTが走っている。
大船渡線BRTとは
線路のあったところを
バス専用道路にして、
JRバスを走らせているもの。
だから、
鉄路のあった名残が残ります。
何本も続くトンネル。
単線ですので一車線。
上りと下りのすれ違う場所が
ところどころにあります。
バスは定期バスなのだが、
バスの運転手さんが親切な人で、
我々が旅人だと理解して、
いろいろな津波の時の様子を
克明に説明してくれる。
あれが奇跡の一本松。
今では鬼籍に入っている一本松です。
この白い三角形の建造物は
津波の避難所として作られたもので
大津波の時にも
人々がたくさん避難したのだが、
何しろとんでもない大津波で、
この建物にいた人で
生き残ったのは女性1人だけ。
あとはみんな波にさらわれて亡くなった、と
驚きの説明。
我々は
まだ目的地に着く前に
衝撃で言葉もでない。
目的地の
JR小友駅に到着。
ここに住む友O氏が出迎えてくれた。
写真中央がそのO氏。
その彼から、
またもや驚きの説明。
写真のプレハブの場所には、
彼の家が建っていたのだが、
避難して高台にいた
彼の目の前で、
自分の家と車が
波に流されていった、のだと言う。
その時の心境は
信じられない気持ちだけで、
言葉には表せないと、
彼は語る。
命あっての物種ではあるが、
いまだに仮設に入っている人は多い。
彼は幸い
人一倍の頑張り屋。
近くの高台にやっと家も建てて
家族みんなで住んでいる。
その新築の家がこれ。
一階に住む彼の部屋の真上の部屋が、
孫の部屋になっているため、
うるさくてかなわん、と
愚痴はこぼすが、
なにせ孫のことゆえ
文句は言えん、と
家があればこその平和な語らい。
その彼に
奇跡の一本松に案内してもらう。
周りは
みんな波にさらわれて、
住宅も何もみんななくなり
空き地ばかりが目立つのだが、
一本松見学用の駐車場はちゃんとある。
そこに車を止めて
徒歩で向かう。
これが奇跡の一本松か。
日本中の松の中で
この松ほど有名な松はあるまい。
およそ7万本もあった
高田松原の松が
みんな流されたのに
この松だけが1本だけ生き残った。
まさに奇跡の松である。
その松についての話は
次のブログで。
御面倒でも
もう一度お越しください。











