武蔵野の大きなメタセコイア
前回のブログで、
武蔵野のケヤキの大木に付いて書きましたが、
近所には、
そんなに歴史は古くはないが、
成長が速いために巨木になった
メタセコイアの木があります。
この木は、
1939年、化石で発見されて、
現存するものが確認されなかったため、
絶滅種とされていましたが、
1945年に中国の四川省(その場所は現在は湖北省)で発見され、
今では生きている化石と呼ばれています。
下駄履き4階建て団地のはるか上まで伸びていますので、30mくらいはあるでしょうか。
そんな木が、
なぜ武蔵野にあるのかは分かりませんが、
1949年、国と皇室が、
挿し木と種を譲り受けてから、
日本各地に植えられたそうで、
その頃ここに来たのかもわかりません。
でも、
私が小学生だった頃、
私の田舎には「メタセコイアの木が自生している」と、
転勤してきた先生が
驚いていました。
当時、
メタセコイアかコッチコイヤか知らないけれど、
聞いても何の感動も覚えませんでしたが、
随分経ってから
大変な木なのだと分かって、
今更驚けるか、と思いながら驚いたのを覚えています。
メタセコイアは日本名を曙杉。
またの呼び名をイチイヒノキ。
いずれも立派な名前がありながら、
不思議とややこしい名前の方が優先しています。
さて、イチイヒノキの名前が出ましたので、
ここで面白い話題を二つ。
一つ目。
皆さんは、
木の中でもっとも偉い(位階の高い)木を知っていますか。
木の中で一番位が高いのは
イチイの木。
イチイの木の切断面。奇麗な色ですね。まるでバームクーヘン。
仁徳天皇の時代、
高官の用いる笏を作るのにこの木が使われ、
一位の位をいただいた、そうなのです。
だからこの木が一番偉い。
その次に偉いのが
メタセコイア(イチイヒノキ)かも知れない。
さて、二つ目。
では鳥で一番偉い(位階の高い)鳥はなんだか知っていますか。
それはゴイサギ。
どこでも見かけるこの鳥ですね。
なんてったって鳥なのに、
五位の位を持っています。
平家物語の中で、
醍醐天皇の宣旨に従い捕らえられたため、
正五位を与えられたもので、
鳥の中ではこの鳥が一番偉い。
私などは、
そういう意味では
イチイの木やゴイサギの足元にも及ばない、
ごくごく普通の凡人です。
人は結局、
どんなにジタバタしても、
自然には全く歯が立たない、
そのようなことを
いやというほど認識させられます。
地球の温暖化を
人の力で防ごうなどと、
傲慢とも思える考え方を前面に出し、
あらゆる商売や事業を有利に運ぼうとしている
関係者の浅知恵などは、
地球にとっては笑止千万で、
騒いでいるのは人類だけであることに、
人々は早く気付かなければいけない。
どんなことをしても、
自然体にはかなわない。
武蔵野の巨大木
武蔵野は
昔、鷹狩りなどでにぎわった、
動物や鳥たちのたくさん住む
いわゆる原野であった。
だから、
生えている木々も
非常に古い歴史を持っている。
街道沿いに生えるケヤキ並木は
昔からの地主の敷地の中に取り込まれ、
歴史あるが故に保護木となり、
勝手に切り倒すことはできない。
我が家などは、
こんな大きな木が一本でも敷地の中にあれば、
木が庭のすべてになり、
冬の落ち葉で家は埋まり、
とても花など楽しむ余裕は出そうにないが、
そんな大木が7~8本も庭に生えていて、
それでも、
ただの庭木みたいに気にも留めず
充分な余裕を持って生活しているのが、
武蔵野の民家である。
昔をしのびながら
街道をしばらく歩くと、
こんな景色はいくらでもある。
おそらく、
参勤交代の時には、
いろいろな藩のいろいろな武士の姿を見てきたであろうこれらの木々は、
今は静かにたたずんで、
鳥たちの絶好の憩いの場になっている。
冬は、
この葉がすべて散るので、
毎日毎日掃除が大変なようであるが、
そこは良くしたもので、
広い台地に、
風が散らして、
そこここで、少しずつ
土に帰っていく。
枝ばかりになったこの大木に
木枯らしが吹きつけると、
虎落笛(もがりぶえ)が寒々と辺りに響き渡る。
私は、
部屋の中でその音を聞きながら、
一人思いをはせた時代に酔っている。
夏の嵐に、
ざわざわと騒ぐ葉擦れの音も、
また趣がある。
ケヤキの大木は
人々の営みを天から見下ろし、
そして大きな影を作って、
その時々に恵みをもたらす、
そんな優しい木なのである
こんな驚きの風景もあります。
テーマに入る前に、
前回ブログの
問題の解答を記します。
パンスト・・・これは誰でもご存知でしょう。男にこれだけ名前を知られた女性の下着も珍しい。
おそらく知名度No.1と思われます。
タイツ・・・・一般的にパンストの厚手のものをタイツといって区別しています。それでは
厚さ何ミリからかといわれれば知る由もないが、脚の肌が見えない程度の厚さ
になればタイツでいいと思います。
トレンカ・・・タイツが足先、かかとくるぶしなど足をすべて覆うものであるのに対し、トレンカ
は足先とかかとが露出し、土踏まずのところにひっかけてはくタイプのタイツです。
昔の野球のユニフォームで、靴下の上にはいたあの変な靴下タイプです。
レギンス・・・トレンカが土踏まずのところにひっかけてはくものであるのに対し、そのひっか
ける部分がなく、足首でぷっつりと切れたものです。男のいわゆるパッチタイプ。
スキーの時に寒さしのぎにはくあのカッコイイパッチと同じですが、女性はそれを
丸見えにしてレギンスなどと呼んでいます。
昔のスリップでも、堂々と外に見せてキャミソールなどと呼んで着ているのですから、女性は強い。
だから、こんな川柳が生まれます。
「ステテコで歩いて悪いかキャミソール」
閑話休題
都心部や、
都心から少し離れた所でも、
駅の近くは高層ビルが建ち、
以前からの建物は
段々と姿を消していくのだが、
ここには、
根性の持ち主が住んでいた。
質屋さんですが、名前は消してあります。
高層ビルに囲まれて、
いかにもおもちゃのように見えるビル。
わずかばかりの敷地にポツンと建つ質屋さん。
住宅街にあれば、
立派な3階建てのビルなのだが、
いかんせん、
ここは周りが高層ビル。
ビルの真下になるような、
そんな場所に、
鬼が出ようと蛇が出ようと、
きっと地上げ屋などにも負けなかったに違いない、
根性持ちの所有者が、
何が何でもと頑張って守った土地とビル。
そんなことを想像させるような、
巨大ビルのそばの小さなビルだが、
質屋さんを経営する人なればこそかもしれない。
都会の一角の、
かわいいビルの話題でした。
これにはびっくり!
渋谷や原宿で、
ワンピースの下にジーンズをはいたり、
スカートの下にパッチ(レギンスなどというらしい)をはいたり、
秋葉原では、
漫画から出てきたような人形のような衣装を着たり、
メイドさんの格好をしたり、
いろいろな姿を見慣れてきたので、
大概の服装には驚かないが、
これには私も びっくりした~!
席は空いていたのだが、
流石に一般の人と座るのは気が引けたのか、
ずっと出入り口で外を向いたままであった。
写真では定かでないが、
帽子も幅広の金キラ金の金色縁取り。
服はご覧のとおりの金色。
置いてあるバッグも金色である。
スカートだけは金色ではなかったが、
それでも派手な虹色のロング。
これには、座席に座っている女性たちも
みんな流石に目が点。
電車内でカメラを向けるのは憚られたので、
自分の降りる駅に降り立った時、
ドアが閉まる一瞬前に「パチッ!」
どこから来て、どこへ行き、
そしてどこへ帰るのか。
立川から先の、
東京は23区の住人から言わせると、
田舎といわれる方へ帰って行ったが、
恥ずかしくもなく、
良くもあの格好のままで
電車に乗り込み帰っていくことよ。
その度胸に感心するやら、
恥ずかしさは持ち合わせていないのかと
疑ってみたり、
なんともはや、言葉もない。
東京は本当に何でもありで、
そして、だれも何にも干渉しない、
冷たい街ではある。
ところで、
レギンスの言葉が出たついでに
次の言葉の違いがお分かりになるかどうか、
問題を出しましょう。
男性対象問題。
パンスト
タイツ
トレンカ
レギンス
回答は次回ブログで。
父の形見
両親は、
貧しい田舎暮らしの生活を切りつめて、
私を最高学府まで出してくれました。
中学時代の同級生は
3人しか大学に行けなかった頃の話です。
その父は釣りが大好きで、
いつも私は一緒に連れて行ってもらいました。
釣りが私の趣味になっているのは、
その頃の思い出があるからです。
そういう父が、
もう一つ大事にしているものがありました。
報才蘭と万年青。
報才蘭は、
「山川報才」という特別な蘭の花でした。
万年青は、
「鷲高隈」という名前の、
葉に白い模様の入った奇麗な大葉の万年青です。
父が亡くなった時、
それらの株が手元に残され、
私が引き取って育て始めました。
「山川報才」の株。手元にはこのような鉢が3鉢あります。今は新芽が燃え出てくる時で、この株からも数本の芽が育っています。
報才蘭は、
1月の終わりころから2月にかけて
茶色い地味な花を付け、
得も言われぬ素晴らしい芳香を放ちます。
芳香は伽羅や沈香、白檀などとちがい、いわゆるフラワー系の甘い香りです。
父が亡くなってから、
毎年株分けしながら、
転勤のたびに
その地で知り合った方に差し上げてきましたので、
花の時期には、
福岡、広島、四国、名古屋の各地から
咲いたよ~!
と、うれしい便りが届きます。
亡き父が取り持つ人とのつながりです。
この報才蘭と一緒に貰い受けたのが
万年青(おもと)。
白い斑入りの「鷲高隈」。手入れに手抜きをしたので、今年は斑が奇麗に出ませんでした。
鷲高隈という勇ましい名前がお気に入りです。
これは、
万年青と書く名前の通りに、
みずみずしい青さや模様を楽しむもので、
花や香りを楽しむものではありません。
一年中青々としており、
毎年出てくる新芽に、
どのような奇麗な白い斑が入るか
それを楽しみに育てます。
肥料や水や、
日光の当て加減で、
葉の模様が決まると言われていますが、
その株の持つ血統もあるようです。
今年は、斑があまり奇麗に入りませんでしたが、
残雪模様や虎斑模様が入った時は、
実に見事な株になります。
たとえばこれ。
この万年青は、「白雀」という、本来は小葉の万年青ですが、私が意識的に大きく育て、見栄えを良くしています。
こんなに奇麗な模様が入ると、
見ていても飽きません。
植物は、
バラ等の花物が一般的にはもてはやされますが、
こんな渋さを持つ蘭や万年青もあります。
特にこれらは、
オヤジ譲りのものだけに、
私が元気なうちは
いつまでも守り育てていこうと思っています。
今日は少し、しんみりとした話題になりましたが、
暑さを忘れて、父の笑顔を思い出したひと時でした。












