ひょうたん作りに挑戦 15 ~一縷の望み・結実~
ひょうたんは、
生き残りをかけた栄養分の取り合いと
この猛暑のために
遂に
6本の株が2本になってしまった。
それも、
秋までもつか怪しい状態。
でも、流石にこの時期になると、
夜中の受粉活動の甲斐あってか、
3個は大きく育ち始めた。
この、ひょうたんの生長速度は目を見張るものがある。
相当な水食いのようだ。
下の写真で、見比べてみてください。
これは8月29日の状態。
わずか2日間でこれほど生長する。
この3個は、
なんとか順調に育ってくれるかも知れない。
予備軍も、
3~4個は控えており、
棚の上ではこんなに葉が茂っているのだが、
でも、株もとからの這い上がりを見ると
なんとも心もとない。
左側のラインは、すでに枯れてしまった株。
真ん中でかろうじて葉を付けているのが、
実のなっている株。
右側から、横に這ったり上に昇っているのが、
上で小さな実を付けて、
かろうじて生きている株。
こんな状態で
ひょうたんの実が充実する秋口まで
株が持ってくれるだろうか。
ちょっと心配。
そんな心配をよそに、
風船カズラには風船が鈴なり。
一つの風船に3個の種が入っているので、
もうすぐ、
ハート模様のかわいい種が、
たくさん取れて、
今年も、道行く人々に
小さな幸せを運んでくれそうだ。
高千穂峰登頂記 第3章(完) ~神への接近・神の化身~
第2章より続く。
帽子もかぶらず、雨具もなく、思い付きで不用意な登山を開始した我々は、激しい雨に濡れそぼり、髪もシャツもズボンも身体に張り付いて体温がぐんぐん下がり、震えが止まらない。しかし上空で雷に居座られてはいかんともしがたく、ただただ岩と一体化して座り込んでいるしかなかった。
天の営みの前には人間なんて風塵に舞う紙ほどの存在もないことを思い知らされ、なす術もなく30分も濡れネズミになっていただろうか。
顎の震えで歯が鳴りそうなくらいに身体が凍えてしまって、焦りと反省に心まで重く沈み始めた頃、雨脚が少し和らいできた。上空を見上げると、少し明るくなってきている。雷の音も遠雷の轟きに変わってきた。
よし、これで動ける!
立ちあがって友を見ると、髪が額に張り付いてずぶ濡れの状態ではあるが、友も同じ思いの顔である。
もう大丈夫だろう。
それでも恐る恐る友の方に歩を進め、雨がやんできたことを喜び合い、ずぶ濡れのこの姿ではどうしようなく、自分の我儘で友をこのような窮地に巻き込んでしまったことを「すまない!」と思いながら、なんとも無念ではあるが、
「帰ろう!」
と小さく語りかけた。
友はしばらく沈黙し、上空を見上げていたが、
「雨もやんだことだし、このまま登ろうか!」
と驚きの答えである。
幼い頃からこの辺りを自分の庭のようにしてきた友の言葉は、「行けるところまで案内するから」、と言っていた登り始めの時の控えめな言葉とは違い、「登ろうか!」という言葉の響きには、私にいやと言わせぬ決意に満ちた力強さがあった。
「えぇ~っ!」
持つべきものは友であるが、やはり彼は私を良く理解する素晴らしい友であった。自分では何度も登っている山でありながら、私のことだけを考え、ずぶ濡れの服装にもかかわらず、「登ろうか!」と言ってくれる心遣いがたまらなく嬉しい。
私は、このようなことになった彼に対する申し訳なさで、「帰ろう!」とは言ってみたが、これは苦渋の決断であった。然し彼は、そのような私の心理を理解して、登ろうと言ってくれたのである。
この言葉で私は、このようなことに彼を巻き込んだ私の行動を彼が許してくれた、と理解してうれしかった。もちろん否やはない。
その言葉を聞いて、離れた岩陰に置いていた携帯電話と時計を取り出し、故障していないことを確認しながら、改めて身に装着する。
「本当に?」
「おう、登ろう!」
踵を返して頂の方を見る。いまだ雲に覆われて頂は見えないが、頂を覆っている雲はすぐそこにある。
「行くぞ!」という彼の言葉を合図に歩き始めた。
急斜面で、火山礫ばかりの登り道はずるずると滑り、3歩上がって2歩下がるような状態でなかなか前に進まない。
登り始めはこのように簡易の階段になっているが、もう少し登るともう火山礫ばかりの急斜面である。
そのような二人の前に、突然人が現れた。
バッグを背負い、登山靴をはき、山登りの服装で身を固めた人であった。
でも、この人は一体あの激しい雨と雷の中、どこに避難していたのだろう。不思議な感じで見ながら、すれ違う時に
「こんにちは!」
と声をかけると、
「こんにちは!」
と言葉を返してくれた。そして我々の服装を見ながら、
「頂はもうすぐですが、気を付けて行って下さいね」と言う。
優しい心遣いのこもった言葉であっただけに、我々は軽率な登山をしてきた恥ずかしさから逃れることはできなかった。
「ありがとうございます」といいつつ登る自分の背に、その人の視線を感じる。
火山礫に一進一退しながらそれでも急斜面を上り詰める。後ろを振り返れば、今まで足止めを食らっていた鞍部とお鉢の辺りが随分下に見えるようになっていた。
この火山礫の急斜面で足を滑らせ、滑落して打ちどころが悪く亡くなった人もいると言うから、急斜面のほどがお分かりになろう。
頂近くの急斜面から鞍部とお鉢を望む。ざらざらと崩れる火山礫で登るも下りるままならない。
ここまでの写真は、宮崎観光写真よりお借りしました。
登山口から登り始めて、鞍部で友も初めて、行けるところまで、ではなく頂上まで、「行く」と決断をした。二人の意志が統一されて、歩は自ずから力強くなる。
エンジンのかかった二人の前に、もう遮るものは何もない。雲とも霧ともつかぬベールの中を一歩一歩登っていくと、いきなり斜面が途切れて平坦になり、小さな鳥居が目に入った。そしてその鳥居の向こうに、天を突く剣らしいものが霞んで見えた。
ここからは、濡れた携帯で撮った自前画像。
鳥居正面から見た天の逆鉾。三又の剣の切っ先が天を突いています。
「着いた~!!」
私は我を忘れて思わず叫んだ。そして友と顔を合わせる。
「・・・着いたな。よかったよかった。」
いかにもいたわりのある優しい言葉で、友は静かに誰に言うともなしにつぶやいた。
雨に凍え、雷に打たれて死ぬかも知れない、と天に恐れを抱いた心にとって、目の前に姿を見せた天の逆鉾は余りにも厳かであった。やはり、この剣には由緒がある、そう思わせるような天の憎らしい程の演出に翻弄されながら、それでもここまでたどり着いた喜びはまたそれだけに格別であった。
この時、幼い頃から思い続けた、私の故郷にある社に祭られたニニギノミコトと、友の住む所にほど近い高千穂の峰の天孫降臨の地と天の逆鉾がようやく結びついたのである。
ニニギノミコトはここから地上を見下ろし、南西に足を運び、そして笠沙の御崎でコノハナサクヤヒメと出会い、その子山幸彦から神武天皇につながる日本の歴史に思いを馳せると、登頂の感慨も深いものがあった。
現実に戻る。
私は記念にその天の逆鉾に、ちょっとだけ触ってみたが、空はまだ雲に覆われ、いつ雷がドカンと来るかもしれない恐怖のため、本当に触ったのは瞬間であった。
その後我々は、神の前ではあったが、衣服を脱ぎ固く絞って下山に備えた。絞った衣服からは、今洗ったばかりのようにぼたぼたと水が落ちた。
そして携帯のカメラで数枚記念写真を撮り、早々に下山を開始したのである。
天の逆鉾の近撮画像。とても大きくて、人が持って扱えるような剣ではない。三又の剣である。
ずぶ濡れの友。
ずぶ濡れの私。
もう転ばないように用心して降りて行けば、これから先には何の問題もない。
しかし、雨と雷に続く驚きは、その20分後に突然やって来た。
下山を開始して、15分ほどで、足止めを食らった鞍部に到着。しみじみと、この岩のお陰で助かったのかもしれないな~、と感慨にふけりながら歩を進める。そして
一度お鉢に向かって少し登る。そこを登れば馬の背を通って後は一気に下るだけである。
そのお鉢に向かう上り坂を登り切った時に、突然にまたその人は現れた。
本峰を登り始めた時に出会った下山途中のあの登山者である。
そして彼は我々にこう話しかけた。
「無事に登ってこられたようですね。良かったよかった。ではこれで私は先に下りますので、足元に気を付けてゆっくり下りてきてくださいね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
友と私は無言で思わず顔を見合わせた。
そのあとの台詞は二人とももう決まっている。
「ひょっとして、あの人は我々の軽装を心配して、無事に下りてくるかどうかここにとどまって見守ってくれていたの?」
出会ってから頂で休憩をし、そして下り始めてここで再び会うまでに、1時間くらいの時間が経過している。その間、我々の無事を願ってここで待っていて下さったのだろう。
申し訳ない気持ちとうれしい気持ちが複雑に入れ混ざって、我々はその人の後ろ姿を感謝の気持ちで見送った。
考えもしない驚きの出来事であった。山男とはこんなものなのか。その人の心遣いを思えば目に涙がにじみ、後ろ姿がはっきりと見えない。このような心配を見ず知らずの人にかけるようなことをしてはいけない。はっきりと誓った出来事であり、これからはあの人のような山男にならなければいけない、と教えられた出来事であった。
下山途中で私の濡れた靴の底がはがれ、私は思ったようにスムーズな下山ができなかったが、それでも無事に出発地点に帰って来たのは、帰りつくはずの予定時間を優に1時間も経過した5時半ごろであった。
高千穂河原では、あの登山者の姿を探し、山の上ではびっくりして言うこともできなかった感謝の気持ちを伝えたが、持ち合せがないこともあり気持ちは自販機のジュース2本だけであった。
でも、その人は喜んで受け取って下さった。
今思うに、あの人はきっと天から降りてきた神の化身ではなかったか。
「天網恢恢疎にして漏らさず」良いも悪いも天には筒抜けであるのかもしれない。
最後になったが、ちなみに高千穂の峰は標高1,574m。登山口の高千穂河原は標高970m。その標高差604mを徒歩で登ったことになる。
同窓生に会い、友に会い、雨に会い、雷に会い、そしてニニギノミコトの天の逆鉾に廻りあい、あるいは神の化身かと思われるような登山者に巡り合ったこの日は、私の人生の中でも特筆すべき日であった。
その夜は友の家で、今日の体験を語りながら祝杯をあげたのだが、雨と雷で岩に張り付く姿の描写では、彼の奥方も含め、もう昔の話であるかのような語り口調で、語るも聞くもよほどおかしく、みんな大笑いであった。
そうして、その宴も終わったその夜、明け方までかかって携帯で書きあげたのがこの記録である。
ブログにアップするに当たって不足分を若干加筆したが、大筋では変わらない。
自分にとって強烈な印象を残した高千穂の峰登頂記だが、読者には少し長かったかもしれない。最後までお読みいただきありがとうございました。















