武蔵野の冬 ~今冬一番の冷え込み~
私の生まれ育った
鹿児島の故郷では、
雪は一年に1、2回しか降らず、
それだって
地面に到着する前に消えてしまい、
水だって
ほとんど凍ることはなかった。
だから、
霜柱が何なのか知らずに、
麦踏みの歌を
訳も分からず聞いていた。
そして幼心に、
農家では、
せっかく出てきた麦の芽を
踏みつけるような
そんなかわいそうなことを
どうしてするのだろう?と
真剣に思った。
武蔵野を終の棲家にして、
朝方の霜柱 を経験し、
初めて
現実的に麦踏の意味が分かった。
昨日の朝は
今冬一番の冷え込み。
零下5℃。
朝、6時52分時点での外の気温。
朝日こそ射していないが、
すでに辺りは明るくなっている時の気温だから、
4時ごろだったら
あるいはもっと低かったかもしれない。
北海道や東北などの
北の人たちに言わせると、
どうということはない気温かもしれないが、
鹿児島育ちの私には、
この温度計を見ると、
住むところの判断を間違ったかもしれない、と
つい思ってしまう。
鉢植えの土は、
数センチも盛り上がり、
これが昼になったら
鉢の縁から1cmくらい下に落ち着く。
それを毎日繰り返していると、
土の上部に張っていたひげ根は
みんな押し上げられて浮き上がり、
メッシュみたいになったまま上に残る。
もっと下の根だけで生きているのだが、
植物も
根張りが浅ければ
ことごとくやられてしまう。
さて、
シジュウカラやメジロの
飲み水や水浴び用に置いてあるトレー。
丸ごとみんな凍りついて
白く固まり、カチカチ。
入れ替えてやろうにも
外の蛇口が凍りついて水が出ないし、
部屋から汲んで来て入れ替えてやっても、
表面がすぐに凍るので、
結局気温が上がるのを待つしかない。
これは、
昨日の朝水を入れ替えるために、
氷を外にひっ繰り返して放置したもの。
一日経っても全く融けずに、
夜の冷え込みで
さらにカチカチに凍りついてしまった。
底の方の、
結晶みたいに凍った細いところも融けていない。
寒い寒い武蔵野の冬である。
この冷え込みのために、
せっかく買ってきて植えた花の苗も全滅。
この寒さに耐えるのは
前のブログで紹介した、ビオラとパンジー しかない。
梅のつぼみも膨らんできたが、
春はまだ先のようだ。
「今年の恵方は南南東!」カード

日本バングラデシュ協会始動 ~理事会&懇親会~
去る1月28日(土)
一般社団法人日本バングラデシュ協会の、
理事会&新年会が開催された。
昨年12月9日に発足し、
その模様は
ボランティア団体設立 ~日本バングラデシュ協会~ のブログで書いた。
今日のブログにお出での方は、
是非前述のブログを覗き、
バングラデシュの現実を知ってほしい。
発足後
早速12月30日には
恵まれない人々が冬の寒さを少しでもしのげるように
バングラデシュに毛布300枚の寄贈し、
どんなに小さくても、
できることから手掛けて行こうと決心したのだが、
新年を迎えて
さらにその誓いを新たにするための集まりである。
会場は、
上野のとあるパブ。
事務局長の知人が経営するところを
昼から借り切った。
新しい理事と監事の初顔合わせ。
右端が筆者、その隣がバングラデシュの青年。
老人福祉法人の理事長や、
印刷会社の社長や、
焼肉屋の社長や、
日本生協連の部長や、
経営アシスタントや
税理士や、
いろいろな人が集まって、
知恵を出し合って
バングラデシュの貧しい人を支援するために、
ボランティア活動をしようという
そのような団体である。
この日は、
元駐バングラデシュ日本国特命全権大使閣下にもお出でいただき、
ご高説を拝聴した。
なにがバングラデシュに必要か。
まず、
1.高床式のサイクロンシェルター建設。
毎年、サイクロンが襲ってくるたびに
何万人もの人が被害を受け、
そして家を無くし、人命が亡くなる現実がある。
湿地帯で、どこにも逃げ場がないらしい。
次に、
2.学校建設。
バングラデシュには教師はいるが、
政府に金がないため学校が作れない。
教育を受けた子供が育たなければ、
国はいつまで経っても変わりようがない。
この二つに加え、
わが協会は
その学校の給食をも提供しようということになった。
しかし、
肝心の金がなければ何にもできない。
そこで、
バングラでどのような事業を展開するか。
ナマズを養殖してのキャットフード製造であり、
バングラ独自の刺繍の輸入・販売であり、
農産物の生産・販売であり、
1つずつ
これから具体化しなければならない。
みんな真剣に討議し、
熱が入る。
さまざまな資料も配布され、
大使閣下に詳細を質問し、
バングラの青年にも現状を説明してもらう。
とりあえず、
現地を見なければ始まらない、ということで、
早急に現地視察に行くことになった。
そして
理事会・監事会終了。
その後は懇親会。
初対面の人もいるので、
これが一番肝心。
乾杯の音頭で
一気にくつろぐ。
小さなグラスに入っているのは、
白酒という非常に強い中国の酒。
これを、
調子に乗って何杯も飲んだ一人の理事は、
二次会で完全ダウンしてしまった。
パブだから、
当然のようにカラオケもあるが、
大使閣下は住んでる世界が違うのか、
こんなところは初めてという。
外務省に居る間、
よくよく面白くない世界で活動しておられたのだろうかと、
少し気の毒になる。
あっちもこっちも、
大いに盛り上がった。
13時から17時まで、
まるまる借り切りの会は、
事務局長のお開きのあいさつで閉会。
あとはそれぞれ好きなように
二次会に流れる。
その後の私の結末は
巻頭に詳しい。
かくして
日本バングラデシュ協会の
2011年の活動が始まった。
このブログを読み、
運動に賛同される方がおられたら、
是非
人がいくら出しても減らない
知恵と力を貸してほしい。
きっと我々でも何かができると信じている。
シジュウカラの足技 ~ヒマワリの種割りテクニック~
シジュウカラは、
冬の間はさかんにヒマワリを種を食べますが、
ヒナを育て始めると、
虫やその幼虫を運び始め
ヒマワリの種には見向きもしなくなります。
そのことについては
恋の季節 1 ~シジュウカラ・愛の巣作り~ から始まる
一連のシリーズで書きましたが、
それはあたかも
雛たちに
たんぱく質をたっぷり食べさせて、
丈夫に育てるためだと知っているような育て方をします。
時は冬。
親鳥は
やがて来る子育てのために
自分に栄養をつけなければいけない。
今日はそのシジュウカラの
ヒマワリの種を割るテクニックを紹介します。
まず、
ヒマワリの種を口にくわえて
木の枝まで運び、
すぐに足で押さえます。
足の指や爪を
上手に使って固定します。
そして、
殻の一番弱いところにねらいを定めて、
鋭いくちばしを
連続的に打ちこみます。
それこそ
あっという間に殻が割れ、
その割れ目を広げにかかります。
割れ目のところの殻をくわえ、
思いっきり引きちぎります。
そして、
中の実が見えると、
少しずつつついて食べにかかります。
その間しっかりと両足で種を支えますが、
割れてきたら、
その足の指の爪を上手に殻の中に差し込んで、
足が邪魔にならず、
かつ、落ちないように
一番効率的な方法で固定します。
右足の指の爪が種を支えているのがお分かりでしょうか。
この写真では、
左足の指の爪だけで、
落ちないように固定しているのが良く分かります。
中身を食べながら、
さらに種の殻を引き剥がしにかかります。
殻をつつく速さは非常に早く、
オートにしてある私のカメラのシャッタースピードでは、
頭が止まった状態には写せません。
足を外して種をくわえ、
その重さで、
中が空っぽになったことを確認したら、
そのままポイ!と下に落とします。
お腹がすいている時は、
その後すぐにまた
次の種を取りに行きます。
重さで確認する、と書きましたが、
たくさんある種の中から、
実の入っていない種は
くわえただけでその場でポイ、と棄てることから、
くちばしには、
非常にわずかな重さを感知する
優れた能力があることが分かります。
種を枝に運んで
割り始めてから食べ終わるまで、
ものの1~2分。
思った以上に速いスピードです。
殻をむいた種を与えると、
スズメもこれを喜んで食べますが、
殻が付いているのを
シジュウカラが割って食べているのをみて、
スズメも一応種を咥えてはみますが、
残念ながら足で押さえるテクニックがないので、
どうにもならない。
さらに、
くちばしの鋭さと、
叩きつけるスピードが違う。
シジュウカラの
これらの一連のテクニックは、
シジュウカラだけに与えられたもの。
同じくらいの大きさで、
同じようなところに住みながら、
やはり自然は
住み分けがきいているな~と
感心するばかりである。
驚きのシジュウカラ ~曲芸・頭部大回転~
昨日は、
久しぶりの飲み会で、
昼過ぎ15:00から飲み始め
夜中の12:00まで延々と9時間。
さすがに酔った。
中央線の最終に乗ったのは良かったが、
降りる駅の直前に爆睡してしまい。
気づいたら終点。
真夜中2時ごろ放り出された。
ここはどこだ?
日本海まで行く列車じゃなくて良かったが、
それでも自分の家まで
タクシーで1万円くらいかかるという。
哀れカプセルホテルの身となった。
そして帰って来たのは
今日の昼過ぎ、
だから、
原則毎日のブログが
昨日はお休み。
だけど、
その間に
ブログには新しい訪問者があった。
それはそれで収穫。
今夜もちょっと疲れ気味。
だから
庭に来て
いろいろな姿を見せてくれる
シジュウカラに特別出演を願った。
メジロのために置いてあるうすめた蜂蜜液入れ。
ヒマワリの種を食べにくるシジュウカラも、
メジロにつられて飲んでいるうちに、
おいしいとみえて
時々飲んでいく。
だけど、
メジロと違ってこれは主食ではない。
2、3回飲んだらすぐに飛んでいく。
甘い液が口に付いたら、
下に置いてある水を飲みに行ったりするが、
今日は面白いシーンが写真に撮れた。
口に付いたヒマワリの種の脂分や、
蜂蜜液を取るために、
くちばしを枝にこすりつけたりするのだが、
首をプルプルっと振って取ることもしばしば。
その瞬間が
写真でこんなになってしまった。
「ええ~っ?」
「何だ?これ!」
ちょっと面白い写真になっていませんか。
あとから見てみて、
撮った本人もびっくり。
高速回転で、
頭部は全く写っていない。
なにかすごいことになっているみたい。
我が家のシジュウカラは魔術師です。
驚きの石 ~びっくり!こんな石もある~
石。
石と言えば、
以前のブログでも紹介しましたように、
化石 であったり、
叩けば奇麗な音を出す石 であったり、
いろいろありますが、
これはその
化石の仲間。
「珪化木」と言います。
太古の昔の植物が
土中深く埋もれ、
何億年の間に、
超高温や超高圧の環境下で、
化石になったものですが、
これは、
名古屋に住んでいた時に
犬山の得意先の方から頂いたもの。
大きさは17~18cm。
どうもその近辺で採取したものらしい。
木材のかけらのような
そんな雰囲気が漂っているのが
写真でもお分かりでしょうか。
でも、
れっきとした石。
これは、
この状態で発見されたから、
もうこれ以上の変化はしないが、
発見されずに埋もれていれば、
いつかは輝くようなメノウに変わっていったかもしれない。
火の中に投げ込めば、
薪のように燃えてしまいそうだが、
もう石になってしまっているのでそうはいかない。
こういうものが出土するところでは、
川底などから
メノウの原石などが発見されることがあるので、
石のコレクターは
採取したところがどこなのかを知りたくてしょうがない。
これだって、
割ってみれば中は奇麗なメノウかもしれないが、
いただいたままに
夢を抱いて持っている。
下の巨岩は
完全にメノウになっている珪化木。
(写真は奇石博物館よりお借りしたもの。)
重さ2.5トン。
2億年前の大木が、
奇麗なメノウになったもの。
私の陶芸の師匠御夫妻が住んでおられる富士宮市。
そこにある奇石博物館に所蔵されている。
私の持っている珪化木の親分。
今日のテーマ、
~びっくり!こんな石もある~ の本命はこれではない。、
自分の珪化木を紹介したくて、
びっくりの前に登場させた。
さて、本命。
富士宮の
陶芸家御夫妻に連れて行っていただいたのだが、
これを見た時は
私もすぐには信じられなかった。
富士宮の奇石博物館にある
とんでもない石。
大体、石というのは、
化石だろうと隕石だろうと、
宝石だろうと庭石だろうと、
固いに決まっており、
固ければ固い程珍重される傾向にある。
「いし」と名が付けば、
意志だって、固い方が良い。
日本の歴代首相のような
軟弱な意志の持ち主は、
間違いなく嫌われる。
ところが世の中は広い。
柔らかい石があることをご存知だろうか。
聞けば「な~るほど!」と
妙に納得するのが、
火山から噴き出す「溶岩」。
今、新燃岳から盛んに噴出しているが、
溶岩というくらいだから、
石に間違いはないし、
これは確かに柔らかい。
でも、
奇石博物館にある柔らかい石は、
そんな人を食ったような話の石ではない。
しっかり硬く固まった石なのに、
なぜか人の手で簡単に曲がるほど柔らかいのである。
ひと呼んで「コンニャク石」
これがそのコンニャク石。
(写真は奇石博物館よりお借りしました)
置いてある時はフラットな石板なのだが、
持ち上げてちょっと力を加えれば、
ご覧の通りに簡単に曲がるのである。
石が曲がる?
私も自分で見るまでは信じられなかったが、
目の前で曲げられたら、信じないわけにはいかない。
簡単にいえば砂岩なのだが、
普通の砂岩と違って
ボロボロ崩れることなく
曲がってしまう。
詳しい説明は
是非富士宮の奇石博物館に行ってご覧ください。
ここがそうです 。
今日のびっくりのもとは、
自分の持っている、
メノウになる前の原石「珪化木」に関係して、
富士宮市にある奇石博物館 から
話題をお借りしました。
いろいろな石があるので、
そこでもまたびっくりしてください。





























