撮れた~!初めての写真 ~ヒヨドリの水浴び~
ブログを書き始めて
3月初めにようやく一年を経過し、
その間、
いろいろな小鳥を観察して
写真にもたくさん撮って来たが、
今日は、
今まで撮りたくても撮れなかった
初めての写真が撮れた。
それは
あの用心深い
ヒヨドリの水浴び!
私達が
家を留守にしている時に
水浴びをした形跡はあったのだが、
在宅している時は、
人の気配を察してか、
どうしても浴びるところを
見ることができなかった。
それが、
今日昼過ぎ、
水入れになみなみと新しい水を入れ、
部屋からいつものように観察していたら、
梅の木に飛んできたヒヨドリの視線が、
いつもと違う。
水入れが気になる様子。
これは浴びる!と
すかさずカメラを手に取り、
開けていたレースのカーテンの間から、
水入れに焦点を合わせ、
18倍にズームして待ちかまえる。
見る気になれば、
彼からこちらが見えるだろうことは、
昨日のブログに書いた。
だから、
完全に気配を消し、
目は仏のように半眼にして、
外は見ずに
カメラの画面だけを見つめる。
すると、
大丈夫と判断したのか、
ドボンと入って思いっきり浴び始めた。
体が大きいため、
跳ね飛ばす水も多い。
途中でも
用心を怠らない。
窓のカーテンが左に入ッているので、
少し右へ動きたいのだが、
私が体を少しでも動かせば、
途端に逃げるのは分かっているので、
完全に物になって、
微動だにせずシャッターを切るだけ。
室内での動きがないと分かるや、
また、水の中にドボン!
そして、また
バシャバシャッ!
天気は穏やかだし、
気持ちいい水浴びですが、
容器が小さくて、
体が大きいので、
尻尾は全く入りません。
それでもバシャバシャ!
あっち向いて浴びてるうちは大丈夫。
傑作な写真を一枚。
お尻丸見え!
写真が小さいので見えにくいでしょうから、
お叱りを覚悟で、
本当の写真の大きさの
お尻大公開。
ウワ~ッ、みんな見たくないかも。
ちょっとブレてるところはご愛嬌。
「おのれ~!ワシのお尻など写しおって・・。」
などとは言っていない。
なにしろ
私に気付いていないのですから。
だから、また浴びます。
バシャバシャッ!が激しいので、
水がだんだん減ってくる。
ヒヨドリが水浴びをした形跡、というのは、
水の量が突然半分くらいに減ることと、
その分周りが
ずぶ濡れになっているので分かります。
今日は
安心して思いっきり水浴びができました。
よほど気持ちがよかったのでしょう。
大きな声で
「ぴよ~~!」
「ぴよ~~っ!」
と二声ほど鳴いて
飛んでいきました。
まっ正面に私を向いて、
大きな声で鳴いたのは、
ひょっとして、
私がここにいることを知った上で、
「ありがとう!」
なんて言ったのかもしれません。
私にとって初めての
記念すべき写真が撮れた
3月も終わりの頃の
穏やかな午後でした。
鳥たちの超能力 ~鳥の目は魚の目?~
先のブログで、
鳥たちの眼力に付いて書いた。
1000m先の針が見えるという
驚くべき視力のほかに、
葉っぱや花びらに隠されていようとも、
蜜のあるなしを見分ける
見えないところが見える能力。
そして、
遠くから見ても、
水か蜜かを見分ける能力。
発音的にいえば、
蜜と水は、
済むと濁るの違いだから、
そりゃ分かるだろうと洒落てられるが、
鳥は、
うすめた水みたいな蜜を
ちゃんと見分ける。
自宅の庭で
鳥たちを観察していると、
その他に
もう一つ驚かされることがある。
それは
目の透視能力。
透視能力と言っても、
板などの障害物を透視するという能力ではなく、
そこにあるのだが、
人の目ではおよそ見えない画像を
ちゃんと見ることができる、
という能力である。
私は、
レースのカーテンを少しだけ開けた、
このような状態で
庭の梅の木に飛んでくる鳥たち眺めている。
カメラは常に
いつでも写せるように
三脚に固定してそばに置いてあるか、
テーブルの上に載せている。
当然のことながら、
中から外はよく見える。
開けているところからの景色は、こんな状態。
いざとなったら
カメラごと自分が
室内を少しだけ移動して、
その時に備えれば良い。
仮に隣人が
前の通路を通っても、
わずかに開けている隙間からは、
中は全く見えない。
外からの映像はこんな感じ。
ガラスが光を反射して、
そのガラス面に外の景色を写しだすため、
例えレースのカーテンがないところでも、
中の様子は
まるで見えない。
カメラでも、
中の様子は写しだせない。
(映像が二重になっているのは、硝子戸が二重構造になっているためで、ブレではありません)
写っているその景色の奥に
私の座るソファやテーブルがあるのだが、
見えないのが、
お分かりになっていただけると思う。
ところが!である。
鳥たちには
中の様子がはっきりと見えていると思われる。
それは、
私がソファから
少しだけ移動しただけで、
すかさず飛んで逃げることから、
はっきりと判断できる。
私を知っている
シジュウカラとメジロは、
私が動いても逃げないが、
スズメやヒヨドリ、
そしてムクドリやキジバトなどは、
私が、
わずかに首をひねっただけでも、
その動きを感知して、
すかさず飛び去る。
このような
ガラス戸に写った映像に
全く邪魔されずに、
人の目には見ることができない中の様子を、
鳥たちは
しっかりと捉えることができる目を
持っていると思われる。
人は
そのような
人にはない目の能力を補うために、
偏光グラスと言う
邪魔な光を排除するメガネやフィルターを作り上げているが、
鳥にはそれが
生まれながらに備わってる。
水に潜った人の目では、
水の中から水面上を
見ることはできない。
水面で、
光が乱反射し、
それが邪魔して見えないのだが、
魚は
水の中から、
水面の乱反射に関係なく、
水の上の状況が見えている。
自然は、
純粋に自然の中で生きる生き物には、
大変な能力を与えていることが
よく分かる。
人は
智恵と引き換えに、
どこまで、
体に備わった力を
失っていくのだろうか。
このままでいけば、
人は
道具なしでは、
何にもできない
頭脳だけの体になっていく。
人間社会の将来像を考えるに、
頭だけがでっかくて
体の軟弱な人間が、
体が丈夫で
頭脳は全くない人間を使い、
道具を使って、
世の中を支配していくような、
そんな異常な世界が想像されて、
ちょっと怖い。
最後に、
今起こっている国難に対し、
与党も野党もない、
人類共通の出来事として、
みんな一緒に対処してほしい。
日本の美しい国土と自然を
これからの子供達に残すために。
我々も、
できる協力は惜しまない。
(追加記述)
人には
心の目も
必ずあると、
まいさんからのコメントにあります。
その心の目で、
行くべき道を誤らずに行くことを
願わずにはいられない。
最後の命、燃えてミセバヤ ~子らのため全て捧げて~
ミセバヤという
日本古来の多肉植物。
どのような姿を見せたくて
ミセバヤと呼ばれたのか、
追い掛けながら
過去に皆さんにも紹介した。
花が咲いた時のミセバヤ。
2010年11月8日の状態。 花をミセバヤ。
万葉の昔から、
日本人に愛されて、
歌にも詠まれている花であるが、
星形の小さな花が集まっても、
そんなに
人にミセバヤ、と言うほどではないような・・・。
でも、
日本人のわびさびの世界では
これもまた美しい姿なのかもしれない。
そのような感想を述べつつ
さらに観察を続けていたら、
本当に
ミセバヤの時が来た!
花のあとの、
2010年12月2日の状態。 姿ミセバヤ。
真っ赤に燃えて、
それはそれは美しい。
洋芝の青さの上で、
その赤が一段と燃え上がる。
なるほど ミセバヤ。
モミジ葉と違い、
茎まで燃え上がっているため、
最後の最後には
その茎も
そして葉も
みんな燃え尽き
命を全うしたのであるが、
ミセバヤの偉大さは、
さらにこのあとにあった。
自分の命を燃やし尽くして、
これだけの
子等の命を生みだしていたのである。
2010年12月18日の状態。 命ミセバヤ。
燃え尽きた命のもとには、
これだけの命が芽生えていた。
この子等は、
このまま
静かにそしてひそやかに息づき、
長くて寒い冬を耐え抜いた。
そして、
やっとの思いで耐えてきた冬も去り、
今、時は春。
寒さから解放され、
暖かい日の光をいっぱいに浴びて、
子等はいっせいに動き始めた。
親が、
命をかけて育てた子等は、
これからすくすくと伸びて行くはずだが、
しかし、
今年の春の空と大地は、
昨年の春の空と大地とは違い、
人の穢れが充満している。
それでも彼らは、
穢れた空も大地も
自然の一部として受け入れ、
遺伝子に異常が現れ、
巨大化しようと、
異形になろうと、
それなりに生きて行くだろう。
しかし、
人はそうはいかない。
人は、
傲慢なだけで、
生きることにかけては、
植物などより
弱い弱い動物である。
だけど・・・・・・・・・、
負けてたまるか!
せめて次の子等には
何としても
奇麗な空と大地を残さなければいけない。
命に替えても・・・・・・・。
虹の玉の変身 ~まさに今、虹になったその姿~
現実から、
目をそらしたらいけない。
そう思うから、
原発関係のことを
ブログにアップしてきたが、
自分でも、
気が滅入ってくる。
だから、
少し気分転換。
早く
安心できる状態になって欲しい。
さて、
これは過去にアップした
「虹の玉」の
2010年10月19日の姿。
どのような由来があって、
虹の玉などと言う
美しい名前をもらったのだろうか。
そのようなことを考えながら
移り行く季節ごとに眺めていたら、
紅葉を始めた頃から、
赤みがさし、
なるほどこれが名前の由来か、と
皆さんに紹介したと思う。
2010年11月10日の姿。
緑と赤と、
美しい色合いになって来たから、
その名前の由来に触れた気がして、
充分納得したものだが・・・・。
ところがどっこい!
虹の玉の由来は
そんなものではなかった。
「ご覧ください!」
2011年3月27日現在の姿
さすがに
寒さのために
下葉を落としてしまったが、
美しさは極上になり、
この状態で冬を越してきた。
こぼれるほどの赤 である。
美しい!
これからきっと、
どこからか青い芽が吹いてくるのだろうが、
その時のコントラストは
さぞ見事だろうと
芽吹くのを楽しみにしている。
不安な日々を送り、
心が折れそうになっている人々へ、
瞬間の驚きだけでも与えられれば、
うれしい。
「負けてたまるか!」
この美しい姿のまま
虹の玉は、
じっと我慢して、
下葉を1枚ずつ落しながらも、
冬を越してきた。
なまじの人の英知より、
冬の時代に負けない
人の強さこそ偉大である。
我々も、
自然の美しさを守りながら、
もうしばらく
なんとか
頑張らないといけない・・・・・・・・・・・・・・・。
東電社長清水正孝氏に告ぐ! ~逃げるな!~
いくらなんでも、
これはひどい。
東電の社長
清水正孝氏は、
原発事故後一度も
みんなの前に顔を見せない。
一体
東電の社長ッて
ナンボのもの?
まるで天皇陛下のような人なのだろうか。
国会議員の呼び出しも
多忙を理由に一蹴し、
その多忙は
一体どこで多忙なのか
全く分からない。
マスコミもまた、
このことには一切触れない。
国会議員で、
このことを
「とんでもないこと」と発言しているのは、
西岡参議院議長だけ。
こう言う時に取られる手段が
まず「病気入院」
病院は、
逃げ込み寺にならないようにしないといけないが、
その病院が
金には目がないから
そんな人をすぐ受け入れる。
それよりも、
今から注意すべきは、
多忙より、
心労から、
どのような行動を取るか分からないので、
会長・社長には
しっかりとガードマンを付けなければいけない。
ヒヨドリは
人に嫌われがちな鳥だけど、
それでもプライドは高い。
孤高の鳥、ヒヨドリ。
どんなに追われようと、
どんなに嫌われようと、
人前から絶対に消えたりしない。
清水正孝社長!
今、なにを考えているか分からないが、
少なくとも
身内を失い、
家を失い、
すべてを失って、
死にたくなっているのは
これら多くの被災者であって、
あなたではない。
みんな、
それでもじっと我慢し、
日本を信じて生きようと努力している。
そんな中、
あなたは一体
どこで何をしているのですか。
ここは、
男らしく出て来て、
言うべき事を言い
するべき事をしたらどうだ!
逃げる場所が、
黄泉の国であろうと、
どこであろうと、
逃げるなんてことは絶対に許されない。





















