鳥たちの超能力 ~その驚くべき眼力~
鳥には、
人には解明できない
素晴らしい能力があることは、
昔から知られている。
たとえば
伝書鳩の帰巣本能。
鹿児島から
外が見えない籠に入れて運んできて、
東京で飛ばしても、
2、3回上空を旋回しただけで、
まっしぐらに鹿児島の方を目指して飛び始める。
途中で
猛禽類に襲われさえしなければ、
優秀な伝書鳩は
確実に鹿児島の巣に帰る。
これはもう、
視力や方向感覚という域を脱して、
天体か地磁気か、
そのようなものを感じ取る能力があるというしか
説明の仕様がない。
単純な視力においても、
鷹類の眼力は
1000m先の細い針が見えると言われる。
しかし
今日の話題は
そんな特別なものではない。
我が家を訪れる
メジロとヒヨドリが見せる超能力。
うすめた蜂蜜液入れ。
これはどこからでも見えるから、
メジロとヒヨドリが
それを飲みに飛んできても不思議はない。
問題はこれ。
ヒヨドリに見えないように、
ヤブツバキの葉や枝に隠れるように、
外からは見えにくいところに取り付けた蜜液入れ。
だけどメジロは
身を隠すためにこの椿の木陰に入ったら、
そこにあるから分かる、という仕組み。
ところがである。
ヒヨドリは
この蜜液入れの場所を
簡単に見つけて、
ちょっと目を離したら、
一気飲みして去っていく。
なぜ分かるのか?
これはもう、
人の解釈する
単純な視力で見ているとは思えない。
不思議はまだある。
蜜液が空になって、
雨の日に水で満たされても、
絶対に
何日経っても飲みに来ない。
それは、
そこに満たされているのが蜂蜜液ではなく
水であることが分かっているからに違いない。
水と蜂蜜液を
どうして見分ける?
このことからも
単純に
視力で見ているのではないことが分かる。
さらにまだある。
ヤブツバキの、
今にも咲きそうな蕾。
ヒヨドリにかかったらこの通り。
花びらを食べるのなら、
咲くのを待ってもよさそうだが、
おしべが乱れているところを見ると、
中の蜜を吸ったものと思われる。
なぜ、この花に
蜜があることが分かるのだろう。
網をかけても
ホバリングで蜜を吸い、
ヤブツバキは無惨な姿。
1つとしてまともなものはない。
この通り。
花粉の散り方が激しい。
まともな花は見られない。
だけどヒヨドリは
どんな花でもこうするかというと
そうではない。
隣の家の
八重咲きの奇麗な椿。
どの花にも
傷一つない。
この椿には防鳥網などかけていないのに、
全部無事。
だから、
こんなに奇麗な花を観賞できるが、
なぜヒヨドリは
この花には来ないのか。
それはきっと、
この八重咲きの椿は、
美しさと引き換えに、
タネを結ぶという種の能力を失っているから、
鳥や虫を呼ぶ必要がなく、
おいしい蜜がないからに違いない。
でも、
味わってもみないで、
見ただけでなぜそれが分かる?
超能力を箇条書きしてみよう。
1.見えない場所の蜜入れの所在が分かる。
2.蜜と水の違いが遠くから分かる。
3.蕾の奥に、蜜があることが見ただけで分かる。
4.この花には蜜がない、ということが見ただけで分かる。
これは、
人の視力と言う観点からは
全く説明がつかない現象。
小鳥たちの超能力。
きっと
赤外線か紫外線を感知し、
木の葉に隠されていようと、
花びらに隠されていようと、
蜜のところだけ
違った色合いで見えるからに違いない。
観察していて、
このような結論に至った。
皆さんは
どのように思われますか?
ACジャパンと民放へ ~いい加減にしろ!~
どのような理由があるか
知らないし、
知りたいとも思わない。
ACジャパン、
なにを考えている?
私だったら、
「遊ぼう」っていえば、
「誰がお前と遊ぶか!」と言いたいし、
「ごめんね」って言われても、
「絶対に許さん!」と言いたくなる。
「心は見えないけれど、心遣いは誰にでも見える」だと?
あなたが一番見えていない。
「思いは見えないけれど、思いやりは誰にでも見える」だと?
あなた方に一番見えてないじゃないか!
世論を気にして、
台詞が変わってきているけど、
どんな内容だろうと、
強引な押しつけはへどが出る。
いい加減にせい!
民放との金のやり取りはない、と言っているが、
民放が、
金ももらわずこんなことをやるはずがない。
民放も、
ACジャパンも
もうそろそろやめたらどうだ。
そして、
その何百億円もの金を
被災地に回してやったらどうだ。
日本人の心を穏やかにするのは、
一生懸命咲く
一株のサクラソウで充分。
プランターの隅で
体を痛めながらも
ひっそりと、
しかし誇らしげに咲いている。
私の身の守り方 ~情報の先取り・先読み~
武蔵野は
昨夜は少し冷え込みました。
ニュースは、
東京にも遂に
放射性ヨウ素が流れ込んできたと、
大騒ぎ。
瞬く間に
店頭から水が消えた。
昨夜は
人知れずうっすらと雪が降った。
朝には融けていたから、
ほとんどの人が気付かなかったかもしれない。
人が余り大騒ぎするので、
天が
「少し気持ちを冷やしなさい」、といっているのか、
それとも
天も、
「心が寒い」と言っているのか、
意味深な雪が降った。
放射性ヨウ素で汚染されることは、
原発が爆発した時に分かっていたことであるのに、
政府も東電も、
何にも言わない。
近隣の農地に
放射性物質が蓄積し、
汚染されて
農地として使用不能になることも、
いまだに言わない。
事実上の被災者見殺し。
事前に知っていれば
赤ちゃんのいる家庭では、
ゆっくりと水の用意ができただろうに、
発生してからの発表では、
余りにも遅く、
水が手に入らない。
いつの時代でも
国家存亡の時
国民の命は空気よりも軽い。
それは、
今でも同じ。
だから、
一人ひとりが賢くなって
先回りしてそれに備えなければならない。
そのようなニュースは不安をあおる、と言っている人たちが、
現実の問題となった時に、
誰か助けてくれるかというと、
誰も助けてはくれない。
知らなければ
手の打ちようがない。
知っていて、
先手を打った方が勝つのである
我が家は
そのようなこともあろうかと
先手を打って、
東京都内に住む息子夫婦と
子供のいる姪夫婦に
とりあえず40㍑の
水の手配をしておいた。
あとは彼らが、
水を送ってくれたところに連絡を取って、
必要な分だけ手配するだろう。
そばのスーパーで買わなくても、
日本国中
安全な水はいくらでもある。
我が家はまだ要らないが、
それでも念のため同じだけ入手。
情報を隠蔽する
政府や東電は
決して国民を守ってくれない。
守るどころか
見殺しである。
ホウレンソウが汚染されたり、
水の被害が出たりすれば、
見えるところだけは保障するというが、
数年後から十年後に出る甲状腺ガンの責任などは、
因果関係がはっきりしないと言って、
裁判で無罪を勝ち取る腹である。
もちろん
健康被害は補償をもらえばいいというものではないが、
その保証すらしてくれない。
だから、
自分の身と、
自分の家族は、
自分で守らなければならない。
放射性ヨウ素は、
放射能半減期が8日であると
しきりに訴える。
ややもすると
では16日でゼロになるかも、
と想像させるこのセリフはまやかしで、
体内で3か月もの間
放射能被爆を及ぼす。
測定値がいくらいくらと言うけれども、
これもまやかし。
体内に入ると
そのヨウ素の発生する放射能の100%を体が受けるため、
汚染度はネズミ算式に増加する。
ヨウ素が取りこまれた甲状腺が、
集中的に汚染されるので、
遺伝子分裂をしながら成長している
赤ちゃんや子供達にとっては
たまったものではない。
だから、
親が賢くなって、
子供を被爆から守ってやらなければいけない。
でなければ
かわいそうで見ていられない。
汚染された牛乳などなくて良い。
汚染された野菜を食べなくても死にはしない。
仮に、
濃度が減少してきて、
摂取制限のレベルを下回ったからと
その制限が解除されても、
自然界にない、人間が作り上げた
放射性ヨウ素が少しでも入っているうちは、
私が親なら、
決して子供には飲まさない。
ガンを患い
かわいい紅白絞り模様の花を咲かせる胡蝶ワビ助。
小さいけれど、きれいな花である。
ちなみに
セシウムは
放射能半減期が30年。
体内にとどまる期間
2か月。
土壌が汚染されたら、
もう30年は使えない。
みなさん、
現実から目をそらさないで、
賢く対応してください。
胡蝶ワビ助は可憐な花。
まるで穢れを知らない子供のようです。
穴熊を決め込む国会議員 ~こもるな!今こそ立て!~
東北地方から選ばれて、
国会議員になっている
衆参両院議員はたくさんいるのに、
彼らの中で、
被災地に赴いて、
被災者救済に努力している人の話を
私は聞かない。
この国難の時、
今こそ立つ時ではないのか?
今、地域の人のために働かず、
いつ働くというのだ。
原発を誘致した責任から逃れたいためか?
それとも
降り注いでくる放射性物質が怖いからか。
罪のない人たちが
被災地で苦しんでいる。
ここは、
いずれの理由であっても、
個人的な考えを捨てて、
とにかく
地域の人たちのために働いたらどうだ。
時の首相は、
訪問するはずだった予定を、
雨のために中止した。
我が国の首相は、
雨が降っただけで訪問を中止する
最低の軟弱者である。
周りには
沈丁花の花の香りが漂っているはずなのに、
今年は少しも匂わない。
マスコミもそろそろ、
被災者の個人的なニュースはもうやめて、
国会議員の動向でも追跡したらどうだ?
その方が
はるかに人のためになる。
それともなにか?
メディアも政府の圧力に屈して、
体制に尻尾をふっているのか?
いよいよ東京にも
放射能の雨が降り、
水が汚染され始めた。
国も東電も、
こうなることは分かっているのに、
彼らは決して事前に知らせることはしない。
見殺しである。
こうやって、
いつの間にか
被災地の住民は
いずれからも
見放されていくのである。
そうはいくか!
我々は決してそれを忘れない!
強引にもがれる命 ~無情の雨・無情の網~
天災ならば、
まだ諦めもしよう。
だが、
これは明らかに人災。
原子炉事故。
決して許さない。
我が家の梅の花。
紅白咲き分けの「思いのまま」
奇麗に咲いて、
素晴らしい香りを
辺り一面に漂わせていたのだが、
無情の雨に
花びらを1枚ずつもがれ、
無惨に地に落とされる。
好天ならば、
まだ充分に香りを楽しませ、
散り際の美しさも見せてくれただろうに、
雨はその命を惜しげもなくもぎ取る。
それも自然、といえばそうだが、
持ち主が何十年も、
丹精込めて育ててきた木。
それはなかろう。
無惨な椿の蕾。
冬の寒さにじっと耐え、
もうすぐ咲こうとしていた蕾を、
ヒヨドリは
生きるためとはいえ
無惨にも喰い散らし、
その命を奪う。
これも
毎年、今日の日を楽しみに
育ててきたのに、
それはない。
強引にもがれなければ、
その蕾も
こんな美しい花を咲かせたはずなのに、
自然とはいえ、
悲しい。
だから、
人はそのような強引さに対して、
防御の手段を取る。
それが、
写真に写っているこの網。
守ってやればこんなに美しい花が咲く。
人は、
智恵があるのだから、
守るべき命は
その人の知恵で守ってやらなければならない。
でなければ、
余りにもかわいそう。
ちょっと隙を見せたら、
このありさま。
咲く前から、
ひと花ずつもぎ取られる。
私には、
見て見ぬ振りはできない。
だから、
被害を防止するため、
網をかけてやった。
この網は、
昔あったカスミ網みたいに、
鳥を捕まえるための網ではない。
だから、鳥には見えるけれど、
周りから見て、
花の観賞を邪魔しないように、
人にはあまり目立たない網である。
紅白咲き分けのボケ、
東洋錦にもかけてやった。
鳥たちの性格を知っていればこその防御である。
知っていればできる防御。
今、
人生の重要な時。
知らなければ、
政府からも東電からもいいように丸めこまれて、
そして10年後に
愛する子供たちや家族が
病気を発症し、
無知のなせる技が子供に及んでも、
残念だが
後悔してもあとのまつり。
今こそ賢くならなければ、
自分の家族や自分を守ることはできない。
このようなブログを、
不安をあおると言って批判する人がいるが、
そんな小心者の評論家は言わせておけばよい。
彼らは、
言うばっかりで
どの道10年後に責任なんて取ってはくれない。
知ることが大事で、
自分で自分を守るしかないことを分かってほしい。
私は、
30年ほど前に大病を患い、
生き死にの世界をさまよった時に、
そのことをいやというほど味わった。
無知が自分を
生き死にの世界に迷い込ませた。
「賢くなれ!」
九死に一生を得て、
生還した私の意見である。


















