さわやかシジュウカラ ~朝日を浴びて~
3.11。
悲しみの1日が過ぎました。
日本国中が
追悼の日になりましたので、
ブログも触らずに放置しました。
でも、
いつまでも悲しんではおられません。
シジュウカラの
さわやかな姿をご覧ください。
朝日を浴びての
思いっきりの水浴びです。
早送りでどうぞ。
このような激しい水浴びを、
何回か繰り返して、
充分満足したら、
梅の木に飛び移り、
羽繕いを始めます。
羽ばたくと、
羽の中に入り込んでいた小さな水の粒が、
みんな空中に放たれ、
いつもの木の枝に留まった時には、
すっきりとした姿に戻っています。
これほどまでにしぶきを上げて、
浴びている途中に
思いっきり羽毛を膨らませるのは、
よくよく気持ちの良い証拠です。
さわやかな
新しい朝が始まります。
白薩摩に見る愛の形 ~夫婦湯呑永遠なれ~
私のブログは、
理論が優先し、
現実は理論と少しかい離するが、
恐れずに述べる。
先のブログで紹介した
白薩摩。
金色地に透明な釉薬。
細かく入った貫入(かんにゅう・ひび)。
豪華絢爛な色絵錦手。
花器だけではなく
こんなものもある。
蓋付き湯呑茶碗。
太さやデザインから容易に判断できるように、
これは男性用。
使いこむほど
貫入にお茶の色合いが入りこみ、
味が出てくるものだと聞いたので、
しばらく使っていたのだが、
味ではなく
シミが出てくるような気がして、
途中で使用を中止した。
大したものではないのだが、
私も度胸がないことよ。
そのまま使うことなく30年以上。
それでも、
先に紹介した花器と同じく、
故郷薩摩を思い起こすに充分なものとなっている。
その道連れにされたのがこれ。
女性用湯呑。
秋を思わせる花模様が美しい。
男性用と一緒に求めたのだが、
こちらは未使用のまま
思い出の品となっている。
普通は、
夫婦茶碗や夫婦湯呑といえば、
男女とも
同じデザインのものなのだが、
敢えて違うものを
1つずつ選んだ。
同じデザインだと、
どちらかがどちらかに
なかば同調せざるを得ず、
それを嫌って好きなものを選んで組み合わせた。
近頃、男女平等が叫ばれて久しい。
だけど
叫ぶのは大体女性。
男は黙って聴いているだけ。
女性は、
女性の権利を確立するために、とかいう
大義名分を振りかざすが、
そんなたわいもないものを主張し、
女を捨てて
何の女性か。
生きとし生けるものは、
すべて、
雄花と雌花、
オスとメス、
男と女、
それぞれの役割があり、
住み分けているのが自然の姿。
戦争で最前線に立ち、
男たちが何千万人死のうと、
女性が後方に控えて、
何千万人か生きていれば、
その民族は1年後には、
女性の数だけ子孫を残せるが、
女性がほとんど死に絶えて、
男性が何千万人生きていようと、
女性がいなければ、
まるで子孫を残せない。
そのような民族はいずれ滅びる運命にある。
なまじ自由の名のもとに
男性社会に進出し、
それをよしとしている風潮は
必ずしもいいものではないと、
私は思う。
男の世界で働くのが悪いと、
私は言っているのではない。
そのような考え方の底流に流れる、
女の役割を捨てた女性を見るのが
嫌なだけである。
近頃は、
男から見て、
守るべき女性が、
守ってやらなければいけない女性が
少なくなって、
さびしいやら情けないやら。
男は男らしく、
女は女らしく。
この基本を守りながら、
共同生活を営まなければ、
お互いがお互いを必要としなくなり、
同じ屋根の下に、
経費折半で同居しているだけでは、
少しさびしくないか。
そんな現象の大半は、
女性の社会進出。
言いかえれば
自分で金を稼いで
自分で使える金を所持し、
自分が自由に暮らしたいから発生している現象で、
本来の務めを放棄して、
子供は託児所。
こう言えば、
「それは生活のため」と必ず言い返し、
己の欲望を覆い隠している女性こそ哀れ。
ちょっとおかしい。
そんな女性は、
「入るに追いつく貧乏なし」 という言葉など、
きっと知らないだろう。
分相応に生きてさえいれば、
人の幸せは得られるものを、
欲望がすべてに優先し、
本当の愛の姿が崩壊 しているのはさびしい。
個のあるべき姿を
今一度見直す時に来ている気がする。
古いと言われれば
古い考え方かもしれない。
でも、
焼き物でも何でも、
古くていいものは
幾らでもある。
原発みたいに、
進歩が世界を破滅させるものも、
またたくさんある。
新しいものがすべて良しとする考え方は、
一考を要する。
白薩摩再び ~YouTubeで霞んだ作品紹介~
「白薩摩」
3つほど前のブログで紹介したのだが、
メジロの様子を写した動画を
ユーチューブにアップできたうれしさに、
そのことを
白薩摩のブログに
わずか4時間で重ねたものだから、
私の故郷の
白薩摩の紹介が
だれの目に触れることもなく終わってしまった。
だから、
再登場願った。
薩摩焼は、
「白もん」と呼ばれる豪華絢爛な色絵錦手の磁器と、
「黒もん」と呼ばれる大衆向け雑器に分かれ、
あの有名な黒じょかは、
「黒もん」と呼ばれる
「黒薩摩」。
質素な土器で
庶民的な焼き物である。
そして、
「白もん」と呼ばれる
「白薩摩」 の花器がこれ。
有田焼や
九谷焼とはまた違う色合い。
釉薬に
細かな貫入(かんにゅう)が入り、
それが味わいを深くする。
白薩摩と呼ばれるが、
私には黄金色に見えて仕様がない。
この30cmにも満たない花器は
私が故郷を出る時、
記念にと
ごく一般的なものを購入したのだが、
それからすでに40年ほどの歳月が経過している。
今どのくらいの価格で売られているのだろうか。
我が家で、
故郷の香りを放つ
手放しがたい一品になっている。
ちなみに
初期の薩摩焼は
豊臣秀吉の文禄・慶長の役の際に、
島津義弘が捕虜として連れ帰った朝鮮人の陶芸家が
薩摩藩保護のもと発展させてきたものだが、
2002年には、
薩摩焼は
国の伝統的工芸品に指定されている。
連れて来られた陶芸家の末裔は、
今でも、
一人静かに東シナ海を望み、
遠く祖国をしのんでいるかもしれない。
追伸
我が家に来るメジロの様子を写した動画を
ユーチューブにアップすることができました。
私の目の前で蜜を飲むメジロや、
水浴びをするメジロ、
餌を探すシジュウカラなどを
見ることができます。
ボケたり揺れたりする画像ですが、
百聞は一見に如かず、
まだ見ていない人は
是非見てやってください。
次をクリックするとユーチューブのページへ飛びます。
「あうんずガーデン」のご紹介 ~Totoronがネットラジオに登場~
自分の動画をユーチューブにアップできたうれしさから、
私のブログに来ていただいている読者の方に、
ユーチューブへ行って
見ていただけないだろうかと
半ば強引にお願いしたら、
うれしいことに
たくさんの方に見ていただき、
同じくたくさんの方に
ありがたいコメントまで頂きました。
せっかくのうれしい出来事だったので、
ブログを更新して
埋没させるのが勿体なくて、
予定以上に掲示していましたが、
更にうれしいニュースが続きます。
昨年12月13日、
Totoronのことを話していただいている、
ネットラジオ「あうんずガーデン」 のことを紹介しましたが、
その「あうんずガーデン」の最新版が
ユーチューブにアップされました。
自分のブログ
「Thanks!」 を展開されている
あうんさんの製作ですが、
ご本人はネットラジオだとおっしゃっています。
でも私には
DJのTV版としか思えません。
そんな素晴らしい放送が
でご覧いただけます。
なぜご紹介しているかと言うと、
その番組の
「守るべきもの」というテーマのなかで、
私(Totoron)の考えが披露されているからです。
自分が出演している番組みたいなものですから、
またもや強引に紹介しています。
それはここ。
いずれからでも飛ぶことができますので、
よろしかったら
一度覗いてみてください。
私の初めての
ボケや揺れの激しい
お粗末な動画と違い
洗練された内容になっています。
私だけでなく、
投稿されているいろいろな方の考え方が
披露されていますので、
あなたの今
「守るべきもの」 は何かを考えながら、
お聞きいただけたら、
また受ける印象も
大きなものになるかもしれません。
お時間を見て、
是非一度足をお運びください。
我が家のメジロ夫婦遂にYouTubeへ ~動画アップできました!~
我が家に来るメジロたちが
梅の木で遊んでいる姿や、
蜜液を飲む姿、
水浴びする姿などは、
いつも写真で見ていただいていますが、
それがどれほどの距離なのかは
写真では見ていただけませんでした。
それを今日、
いつも私のブログに来ていただいている、
あうんさん や
しゅうママさん に
丁寧に教えていただいた
動画のアップの仕方を
懸命に頑張ってやりましたところ、
遂に成功しました!
初めての動画アップです。
皆さんには、
是非一度その動画を見ていただきたく、
ここにユーチューブのページを
ご紹介させていただきます。
「メジロ蜜飲み&水浴び映像 」
↑
(ここをクリックしてください。ユーチューブに飛びます。)
画質こそ悪いですが、
このメジロの夫婦が、
本当に私を恐れず、
梅の木で遊んでいく様子が分かると思います。
御面倒でも、
このページにアクセスして、
一度ご覧ください。
是非是非お願いします。
アップできたことがうれしくて、
ちょっとしつっこくお願いしていますが、
見ていただいて、
ご感想など聞かせていただいたら、
こんなうれしいことはありません。
よろしくお願いします。














