スカイツリーの根元で ~天望回廊は雲の中~
2か月前に
鳴り物入りで開業した東京スカイツリー。
東京タワーの時でもそうだったらしいが、
東京に住んでいるといつでも行ける、
スカイツリーは逃げはしない、
こんな余裕で
開業しても
特に焦りもせず見ていたのだが、
そろそろほとぼりも覚めたろうと、
近くに行った時
ついでに立ち寄ってみた。
スカイツリーの詳細については、
今更記述することもあるまい。
押上駅で降りて、
外へ出てみると、
東京だったらどこからでも見えるはずのスカイツリーが
全く見えない。
「なんで?・・・どこにあるの?」
そんな感じでちょっとあわてる。
改めて、
周りの人を見渡すと、
ちょっと離れたところから、
みんな私の頭の上を見ている。
そこへ行って振り返って見ると、
スカイツリーはそこにあった。
天望回廊から上は雲の中。
遠くから見ると
どこに隠れようもないスカイツリーだが、
余り近くまで来てしまうと、
どんなにスカイツリーが高くても、
ビルの陰になって見えなくなってしまう面白い現象に
ちょっとあわてた。
近くには
こんなお店も。
私の大好きなキャラクター、
「トトロ」の家。
どのような生き物を参考にして
このようなキャラクターが生まれたのかは知らないが、
子供から大人まで、
こんなに親しまれているキャラクターは
きっとあるまい。
トトロ(Totoro)が好きで、
自分の名前のIWAMOTO TOYO???
姓と名の繋がり部分のTOTOと、
そして
太陽神APORONの名前を組み合わせて、
私のブログのニックネームは
「Totoron」となったくらいに
トトロが好き。
話が逸れました。
「Solamachi」
空街か空町のイメージだと
「Soramachi」 とならなければいけないところを、
敢えて
「Solamachi」 としたところは、
発音重視と字のバランスゆえだろうか。
その「Solamachi」の中で
狙いは一つ。
「ジェラード」
ジェラードとは、
一口で言うと
アイスクリームとソフトクリームの合いの子。
濃厚で
かつ口触りが柔らかく、
実においしい。
販売しているこの人の笑顔が、
またとびっきり良くて、
美味しさがいや増す。
写真もブログもOKよ、と、
いとも簡単に承知してくれて、
それでお客さんが増えてくれればうれしい、という。
余裕の店員さんを見ているだけで、
ジェラードが美味しく思える。
さて、東京スカイツリー。
高さなどは
もう先刻承知でしょうから、
今日はそれを支える鉄柱に付いて。
ご覧ください。
ガラス面に描かれた、
この白い丸が実物大の円柱。
直径が人の背丈より大きく、
最大直径2.4m。
鉄の厚さ10cm。
その外周には、
一定間隔で鉄骨が足場のように設置されている。
高さが634mもあれば、
真冬には鉄骨に着氷や着雪があり、
それがはがれて大きな塊で落下する危険性があり、
それらの落下物を
ここで受け止めるか、
もしくは粉砕するためのものだと思われる。
建築途中に、
スカイツリーから500mも離れたところに、
スカイツリーからの氷の破片が落ちて来たことがあったと聞く。
真下から見上げれば
天望デッキに邪魔されて、
天望回廊は見えないが、
見えたとしてもその辺りは雲の中。
この日に
天望デッキに当日券で登れますかと聞いたら、
案内の人が言うには
「登れますよ」。
あの騒ぎはもう納まったようだが、
2,000円も出して雲を眺めに登っても
しようがないと登るのは止めた。
エレベーターで登っていく人はたくさんいたが、
そういう人は
きっとツアーで申し込んで
この日の指定券を買った人たちだろうと思う。
更にその上の天望回廊まで、
やむなく今日登らなければならない人は、
外が見えなくて
残念な思いをされるに違いない。
私は、
過去3度富士山頂に登り、
2度目と3度目は
運よくご来光を拝めたが、
1度目は曇り空で、
山頂にたどり着いても下界が見えず、
下りて来ても山頂が見えず、
本当に私は、
富士山に登ったのだろうかと、
苦労した割には実感がわかず、
悔しい思いをしたことを覚えている。
そのことが
2度目3度目のきっかけになったのだが、
遠くから出かけて来て、
雲の中のスカイツリーに登った人は
一体どんな感想を抱くのだろうか。
少し気の毒な気がしてならない。
7月21日までの2ヶ月間で、
スカイツリー来場者(ソラマチに来た人)は1,000万人を超えたらしい。
私が行ったのは22日だったから、
私は1,000万人超の始めの方だったのかもしれない。
登った時の様子は、
いずれ登った時にまたここで皆さんにご報告いたします。
高いスカイツリーを
横にしたような長い解説でした。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
モロッコ王国展 ~にぎわう日本橋高島屋~
私の所属する
日本モロッコ協会は
日本とモロッコ王国の友好親善のために
ボランティア活動をする団体ですので、
営利活動は致しませんが、
モロッコを知ってもらうための
支援はします。
日本橋高島屋で
24日から開催された
「モロッコ王国展」。
初日に行ってきました。
在日モロッコ王国大使館の
サミール・アルール特命全権大使も出席し、
オープニングセレモニーが行われた後、
会場がオープンしました。
その会場の様子を
簡単にご紹介いたします。
日本橋高島屋は
現在スキンケア中。
大きな垂れ幕で
会場は
花と緑に包まれて、
和やかな感じです。
紳士淑女が集います。
スパンコールの刺繍入りバッグコーナー。
いろいろな刺繍がほどこされています。
モロッコ雑貨の中で
一番有名な
「バブーシュ」
日本で販売しているのは
外にヤギ革、内側に羊革を使った高級品ばかりですが、
室内履きとして使ってもおしゃれです。
我が家は
過去に妻も息子も私も
何回かモロッコを
民間親善使節団として訪問していますので、
バブーシュは何足かありますが、
お土産として保管してあるだけで、
誰も使っておりません。
靴のかかとを踏み潰して使うなどという
日本人からすると
品のない使い方には抵抗があります。
どうして彼らは、
かかとのない履物を作らないのだろうか。
分かりません。
カラフルなミントティーグラスが並びます。
ワイングラスなどもカラフルですが、
赤ワインなど
テイスティングの時に
色合いなど見ることができないので、
色つきのワイングラスなどというのは、
ワインには不向きだと思うのですが、
それでも安くておいしい
ワインの生産もしています。
ミントティセット。
銀製のミントティー入れと
きれいな色つきグラス。
彼らは
このグラスに
ミントティを銀の容器から落し込んで飲みます。
高い所から落し込むのは
空気と混ぜ合わせるためで、
それによってミントの香りがよくなるのだそうです。
グラスでお茶を飲む習慣は
日本にはありませんね。
地球の反対側まで行けば、
いろいろと
生活習慣の大きな違いが出て来ます。
アルガンオイルや
オリーブオイル、
そして、
ガッスール。
それらの説明コーナーも設置されています。
きれいな美人の顔がプリントされた
女性用Tシャツもありました。
こんな美しい女性がプリントされたTシャツなどは、
日本人だったら、
この顔に負けてしまうので、
きっと買う人はいないのではないでしょうか。
こっそりとお教えしますが、
このコーナーで販売応援をしている
この写真の女性は、
日本モロッコ協会の
女性事務局長外山さん。
頑張ってください。
モロッコ大使館の応援で、
観光コーナーも設置されています。
世界遺産の多い国ですので、
今モロッコの人気上昇中。
アラブ古典音楽ミニコンサートも開催されています。
音大の先生がリード役になり、
編成されたこのチームは、
世界各地で演奏活動をしているのだそうです。
音楽を通して、
日本とモロッコの親善のために尽くしておられます。
遠い遠い地球の反対側の国
モロッコ。
国旗は
モロッコ国民の祖アラウィー王家の伝統色の赤に
国家安泰の象徴スレイマンの星が
イスラム教のシンボルカラーの緑色で描かれています。
日本の国旗日の丸(日章旗)。
純潔・神聖な色の白地に
太陽の光明・円満な真心を現わした赤い真円。
日本とモロッコは、
日出づる国と
日の沈む国の対極にあり、
太陽と星でも
何かしら関係深いものを感じるのは、
私だけではないと思います。
お時間が取れましたら、
お近くの方はぜひ一度
お出かけください。
日本モロッコ協会講演会 ~高島屋モロッコ王国展~
先日、
所属する日本モロッコ協会の
月に一度の講演会が
渋谷区商工会館で開催された。
講師は
ヘンリー幸田氏。
演題は
「世界経済を動かした知的財産制度」
ヘンリー幸田氏は
ニューヨーク州弁護士会、
米国特許商標局、
第一東京弁護士会(外国法事務弁護士)に所属して、
広く世界を舞台に活躍され、
トーマス・エジソンの研究家、
そして彼の発明品の世界的コレクターとしても知られ、
その収集品は実に数千点に及ぶ。
知的財産権の起源は
紀元前6世紀、
ギリシャの王がコックに与えた
お菓子製造の独占権が始まりらしい。
詳細な内容は省くが、
知財制度と歴史の流れを
面白おかしく説明していただいた。
その中で出て来たのが、
トーマス・エジソンの話。
著作に
「天才エジソンの秘密」(講談社α文庫 本体705円税別)という本があり、
当日会場で
2割引きで提供していただいたので、
ほとんどの出席者が購入した。
日本モロッコ協会の出席者は
好奇心旺盛な人ばかりなので、
講演の後には、
彼の周りは、
挨拶する人でにぎわった。
私も購入して読んで見たが、
読みやすくて
分かりやすい本だった。
内容を要約すると、
小学1年で落ちこぼれ、
学校に行けなくなったエジソンを、
母親のナンシーが
エジソンの好奇心を思いっきり引きだすやり方で、
独自の方法で一緒になって勉強していく様子が描かれている。
その教育の基本に貫かれているのは、
懐の深い母親の愛であり、
Totoronのブログでもいつも言っている、
感性を大事にして褒めて育てるやり方である。
読み終わって、
やはり私の言っていることは
間違いではないという確信が得られた。
2時間ほどで読める
やさしい本なので、
子育て中の方はぜひ
読んでみてください。
さて講演会の後、
次のような案内があったので、
皆様にもお知らせしようと思い、
ポスターをアップしました。
日本橋高島屋で、
「モロッコ王国展」開催さる。
24日から29日まで。
居ながらにして
モロッコの旅の気分が味わえます。
スケジュールは下記の通り。
私は今から行ってきます。
興味のある方は
是非お出かけください。
日本モロッコ協会講演会のご報告と、
モロッコ王国展開催のご案内でした。、
緊急アップ・オスプレイの功罪 ~踊らされている国民~
オスプレイの
米軍岩国基地への陸揚げが始まった。
わずか12機なので、
すぐにそれも終わるだろう。
オスプレイの運用については
8月の普天間基地への配備も含め、
低空飛行訓練など
10月くらいまでは騒動が続きそうだ。
TVでも、
それ程大騒動するようなことか、と思うくらいに、
どの局でも
解説者を交えてもっともらしいことを言っている。
だが、
日本国民は、
そんなたかが飛行機の配備のことで、
目くじらを立て、
もっと重要な出来事から
目をそらされてはいけない。
オスプレイは
ただの飛行機。
墜落しては欲しくないが、
仮に墜落しても
被害者は乗員など数えるほど。
民主党議員の
前原氏などは、
「これだけの反対の声があるのに、
首相は民意に耳を傾け、対策を講じなければいけない。」などとのたまう。
どの面下げて、
そんな台詞が彼の口から出てくるのか、
不思議でならない。
前原氏は原発推進派の1人。
大江健三郎氏などが
過日750万人にものぼる原発再稼働反対の著名簿を
首相に届けた時には、
民意の一つも口にしていない。
750万人の民意を無視した1人である。
毎週金曜日に行われる
今では10万人も集まるようになった
静かな(暴力的ではない)デモには、
目もくれない。
先日行われた、
「さようなら原発10万人集会」で、
17万人もの人が集まって
これ以上ないという民意の表現をしたのに、
そのことについても、
知らぬふりをして押し黙ったまま。
自分に都合の悪いことには口出しせず、
関係のないことでは大衆の味方面をする。
そんな彼が
何をいまさら首相に対して、
「民意を無視してはいけない」だと?
ちゃんチャラおかしい。
事故が起こったら、
何百万人が死亡したり被曝したりする
原発のことは知らぬふりをして、
オスプレイごときで偉そうな口をきく、
この態度にだまされたらいけない。
今、
マスコミも
御用学者も、
政治家も
みんなオスプレイに話題を集中させ、
大飯原発の再稼働や
原発の危険な話題から、
意図的に
国民の目をそらそうとしている事に、
みんなはどうして気付かないの?
オスプレイごとき飛行機12機で、
ものの見事に踊らされている人々を見ると、
情けないやら悔しいやら。
平和ボケした日本人は、
どうしてこんなに簡単に
集団催眠にかかってしまうのだろうか。
1人1人の大人が
賢くなって自分や家族を守ってやらなくては
誰も守ってくれないのである。
簡単に
笛の音に踊らされるピエロみたいな国民になるのは、
もうやめませんか。
母の命日 ~築地本願寺~
7月22日は
母の命日。
父と一緒に眠る築地本願寺に
お参りに行って来た。
話題の背景が仏様では、
読みづらい人もお出でだと思うので、
そんな人は
どうぞスルーしてください。
ここからは
筆者の独り言。
現在の古代インド様式(天竺様式)の伽藍は
当時の浄土真宗本願寺派法主・大谷光瑞と親交のあった
東京帝国大学工学部教授・伊東忠太による設計で、
当時の宗教施設としては珍しい鉄筋コンクリート造によって
1934年に完成。
建物だけ見ると、
日本建築様式の
京都の本堂よりも重厚である。
現在内部改装中で、
完成予定の8月までは
残念ながら本殿内部には入れない。
だから
階段を上がってすぐの
入口のところでお参り。
ただし
お経などを上げてもらえる仮本殿は
この建物の左側に設けてある。
さて、
父母の遺骨を納めた納骨堂。
本殿の1階奥にあるのだが、
ここはいつでも出入り自由。
扉を開けて入ると
突然、
極楽浄土のようなきらびやかな雰囲気になる。
中央に観音様を配し、
左右に並ぶのが
それぞれの家庭の納骨堂。
我が家の納骨堂は、
前から1列目のこの筋。
ここにも中央に観音様がおられ、
その下と左右に納骨堂がある。
父と母の遺骨は、
この写真中央の場所に保管されている。
骨壺は、
日展の陶芸部門で
審査員まで務められた
私の師匠
荒木俊雄氏の青磁の作品。
素焼き前に
父の好きだった報才蘭の花と
母のイメージの太陽とヒマワリのデザインを
自分で手彫りさせて頂いたものである。
この世に一つだけの骨壺。
こうして並んで納めてある。(写真はイメージ)
すでに自分達のものも作り上げて、
今は花瓶として使っているが、
その時にはこれを使うようにと、
息子夫婦にはしっかりと言い伝えてある。
しかし、
もうしばらくは
待ってくれるようにと
父や母には言ってあるので、
これからは、
悔いのない毎日を生きる努力をしていきたい。



































