酷暑の中のミストシャワー ~通行人にやさしい思いやり~
線路下に展開する飲食店。
新橋駅辺りでは
たくさんの飲食店が軒を並べるが、
東京駅では
丸の内北口の
一部の場所にしか見られない。
その飲食店の並ぶ高架下。
調理用排気口から出ている
蒸気でも
煙でもない。
最初、
排気口から出る蒸気かと思って、
臭いまみれになるのを嫌い、
避けて通ったのだが、
良く見ると
出ている場所がちょっと違う。
こちらを見ても
同じ蒸気?
調理用排気口とはちょっと違うところから
出ている事がお分かりだろうか。
見やすいように
その部分を引きのばし、
そして明るくしてみました。
これでお分かりでしょうか。
これはいわゆる
「ミストシャワー」。
商店街が、
ここを通る多くの人たちのために、
そしてお出でになるお客様のために、
少しの間でも
熱さをしのいでいただけたらと、
やさしい気持ちで設置したものだと思われる。
ミストだと分かると、
その下を歩いてみたくなる。
細かな細かな
霧状の水が、
体を濡らすでもなく、
周りに漂い、
たちまちに蒸発して、
辺りの熱を奪っていく。
おのずからその辺り一帯は、
気温が少し低くなり、
涼しげな空間が出来上がる。
顔が濡れたり、
服がぬれたりするほどのミストだと、
通行人に嫌がられもするが、
ここのミストは、
人に嫌がられない
霧より小さく
霞か靄ほどの粒子にして、
噴霧している。
東京駅の
1日の乗降客
約110万人の何%かが
ここを通る。
蒸し暑い今、
人にやさしい装置が設置してる
東京駅の様子でした。
ちなみに
東京の駅で
1日の乗降客が一番多いのは
新宿駅。
その数は実に
約360万人。
池袋駅が
約270万人。
渋谷駅が
約210万人。
私の故郷の
南さつま市の人口の
約100倍の人が
わずか1日で乗降する新宿駅は、
まさにマンモス駅である。
武蔵野のわびしい風景 ~枯れ草に見る人生の背景~
武蔵野には、
原発から生まれる、
東電の電気なんかいらないと、
グリーンカーテンで
家ごと包む心意気の人がいるかと思うと、
そうしたくても、
どうしてもできない事情の人もいる。
この家をご覧ください。
この家を見て、
ここからは私の勝手な独り言。
右側の花は、
この家の敷地の外側にある花ですので、
思考から外す。
この家の構えからして、
この家は立て売りのような家ではなく、
地元の人が住んでいる家。
しかし、
この辺りの地主の本家ではなく、
おそらく分家か
外へ出た娘の家。
まず、
ブロック塀に目を移すと、
政治家や党のポスター。
公明党あり、
民主党あり、
東京・生活者ネットワークという地方政党ありで、
少なくともこのポスターは、
この家の主の主義主張で張られているものではないと判断して間違いない。
きっとそれぞれから、
我が党も張らせてもらえないかと頼まれて、
どれも断ることができない
優柔不断なお年寄りが
この家の主であると思われる。
夫婦ではないかもしれない。
少なくとも
お年寄りとはいえ、
男の人が住んでいたら、
主義主張はある。
だからここには、
女性のお年寄りが1人でお住まいなのだろう。
家の屋根をご覧ください。
樋にたまったほこりや葉っぱが
適当な腐葉土になって
茂ってしまった草が、
一様に枯れている。
この時期は
夏の盛りとはいえ雑草の天下で、
今時枯れる草なんてない。
一階の屋根の樋もみな同じ。
枯れている草の姿からして、
メヒシバと思われる。
メヒシバは乾燥にめっぽう強い草である。
それが屋根の上で
すべて例外なく無惨な姿。
四方の樋でみんな同じように枯れているところを見ると、
これはもう除草剤を撒かれたとしか考えられない。
業者が来て、
柄の長い散布器でしっかりと撒いたに違いない。
この程度の草ならば、
梯子で屋根に登って引き抜けば
何時間もかからないものを、
敢えて除草剤を使ってあるところを見れば、
この家には、
若い男手がないのだろう。
仮に息子がいて
別所帯で独立しているとしても、
親の住む実家の屋根が草ぼうぼうになったら、
放っておくはずがないのだが、
そんな様子が少しも見えないところをみると、
この家には、
跡継ぎの男子がいないと判断した方がよいだろう。
枯れた草を
そのままにしてあるところもさびしい。
外から見て、
なんともやるせなくなるような景色だから、
元気な人がいたら
必ず始末するはずである。
それもできないような
お年寄りの女性が
1人さびしく住む武蔵野の家。
私がこの家の住人を知っていたら、
草取りくらいはいつでもしてやるものを、
隣近所との付き合いも途絶えた感じで、
見るからにさびしい。
そして
いつ見ても何となく
痛々しくてやるせない。
武蔵野には、
こんな家もあるのです。
人は
結婚して跡継ぎがいると言うことが
どれほど大事なことかと、
今更ながらに思う。
草花も
動物たちも
小鳥たちも、
みんな次の世代を残すために
精一杯生きているのだが、
人は
なまじ恵まれてくると、
自分の楽しみだけを追い求め、
結婚をしない人も増えているという。
そういう人には、
親になってみなければ
決して分からない満ち足りた幸せがあることと、
1人身には
最後にさびしい人生が待っている事を
早く分かってほしいものである。
人は
枯れ草になってはいけない。
筆者の独り言でした。
(追加映像)
この家が、廃屋ではないことを見ていただくために
映像を追加しました。
玄関周りには立派に生活感が出ています。
ご覧ください。
巨大なグリーンカーテン ~木々の花咲く窓辺~
昨日のブログで、
丸ごと家一軒を包み込むような、
まるで蚊帳みたいなグリーンカーテンをご覧いただいたが、
大きさでいけば
このグリーンカーテンには
とてもかなわない。
9階建のビルが、
丸ごとグリーンカーテン。
これほどの規模になると、
ゴウヤやヘチマではとても間に合わないし、
さすがの琉球アサガオでも
みんなはカバーしきれない。
使われているのは、
野菜や花などではなく、
たくさんの木々。
どのような木々が使われているのか、
ちょっと迫ってみましょう。
花が咲いている木があります。
更に迫ると、
それは百日紅(さるすべり)の木。
ピンクの奇麗な花です。
紫の花は
ブッドレア(フジウツギ)でしょうか。
写真右下には、
藤の木らしいものもありますので、
季節になれば、
藤の花がたくさんぶら下がって咲くのかもしれません。
このビルの木々には、
それを植えてあるはずの
大きな鉢やら、
プランターがまるで見えません。
このグリーンカーテンを製作した園芸師の
細かなこだわりが、
この緑を
ごく自然のものとして見せています。
ところは、
日本橋交差点から
東京駅方向に歩いていく
途中のビル。
このビルの経営者か、
もしくはこの中に入っている会社は
この時代に
相当余裕のある会社のようです。
もう一つの
都会のでっかいグリーンカーテンの話でした。
驚きの琉球アサガオ ~きれいで長持ち・グリーンカーテン~
夏の日射しを遮るのに、
各家庭では
ゴウヤ(ニガウリ)や
風船カズラ、
ヘチマ等々
いろいろなグリーンカーテンが作られているが、
この家のグリーンカーテンを見ると、
東京で一番ではないかと思ってしまうほどの規模。
ご覧ください。
ここは小平市上水本町にある、
「犬猫 ホテル・美容室 ペットサロンパルコ」
家を丸ごと包み込んで、
なお余りあるはびこり方。
それも地植えの株ではなく
ほとんどがプランターに植えられたもの。
その名は
「琉球アサガオ」
びっしりと葉が茂って
壁が見えない。
西側の壁に
これだけはびこっていれば、
西日をみんな遮って
熱をほとんど奪ってくれるだろう。
それに花がきれいで
たくさん咲いているのがまた良い。
赤にも青にも見える色。
沖縄の
太陽の色と海の色を
内に含んで輝いている。
普通のアサガオの苗は、
ここまで高くはびこらないし、
これだけたくさんの葉を茂らせてはくれない。
ここのご主人に聞いて見た。
この琉球アサガオは宿根草なのだそうな。
そして花の時期がめっぽう長く
冬が来ても
11月頃まで咲き続けるらしい。
一緒に端っこでグリーンカーテンにしている
ゴーヤや普通のアサガオは
夏が終わる前に枯れてしまうから、
あとはこの
琉球アサガオの独り舞台。
花が終わってもプランターに根が残り、
霜にやられさえしなければ
毎年そこから新しい芽を出し、
同じように高く二階まで覆ってしまうというからすごい
斑入りとか
覆輪とかの芸こそないが、
なんともいえぬ深い色合い。
一株だけ、
毎年ブロックの隙間から顔を出す株があると聞いた。
それがこれ。
およそアサガオの茎とは思えない太さ。
でもこれで驚いたらいけないらしい。
この株が、
花の終わる頃になると
腕の太さほどに成長して、
まるで木のように見えるという。
この辺りでは
冬の寒さで茎がみんな枯れてしまうが、
沖縄では
株ごと残って、
毎年ぐんぐん大きくなるのだろうか。
これは愛嬌。
夏の太陽は、
どんな太陽でも
どこにあっても
いつでもそこによく似合う。
お店の名前を書きましたが、
ここのご主人が
ブログに名前を書いていただければ
宣伝になってよいので、
どうぞ遠慮なく載せてください、
ということでしたので、
敢えて載せました。
お店の利用はさておき、
お近くの方は、
一度見に行って見られたらいかがでしょうか。
家一軒丸ごとグリーンカーテンに覆われている
ペットサロンのお話でした。
これはもう
グリーンカーテンというより、
ほとんど蚊帳(かや)。
スズメの親子 ~夏の日の旅立ち間近~
猛暑のこの季節でも、
スズメの世界では、
親子の姿が観察される。
この姿を遡れば、
相当暑い巣の中で、
子供を巣立たせるスズメの親の奮闘がある。
私のブログは、
ここ2、3回
自然の営みから外れたので、
今日は
我が家の庭の
小さな世界に戻りたい。
巣立ってからまだ一か月は経っていないスズメの親子。
逆算すれば、
7月10日前後に巣立ちした親子で、
猛暑の中で子育てをクリアしてきたことが分かる。
いつの時期の親子であっても、
親子の様子は不変である。
子は親を頼り、
親は子を
全身全霊で守り育てる。
その姿を見れば一目瞭然。
何年も前から見慣れた姿である。
このような親子の姿を、
おそらく何百年と続けて来て
スズメには今があるはずだが、
いつ見ても幸せな様子が伝わってきて、
生とは一体何だろうと考える。
その姿は、
50年も前の人の親子に似ている。
しかし、
今の時代の親子の姿は、
ちょっと違う。
親は子を人にゆだね、
生活のためと理由をつけて
わずかばかりの金を稼ぎ、
自分の子供を人の子にする。
三歳前の子供を保育園に預けてしまうと、人の子になってしまう。
今の日本はファミリーの意識がまったく崩れてしまっている。
小脳は8歳で完成する。
3歳~8歳が子育てのもっとも重要な時期。
この時期に親がすりこまないと覚えない。
大脳は8歳~12歳で完成される。
大脳は判断を司る、いいこと、悪いことを判断する。
お袋の味を覚えるのは小脳である。
3歳~8歳児は食卓で親と一緒に食事を囲むことは非常に大切なこと。
このように言うのは
服部学園理事長の服部幸應氏。
言葉を借りたが、
だれでも考える当たり前のことである。
その当たり前のことが
今、
なされていない不幸がある。
スズメの子供は、
しばし親を見失っても、
必ず親はそこにいる。
だから間違いなく、
親から子育ての方法を学びながら育ち、
自分もその子育てをしっかりと記憶する。
親の愛を受けて育った子供は、
その愛を同じように自分の子供に与えて、
愛は代々引き継がれてきたのだが、
今人の世の子育ては、
ブッツリとここで切れそうな様相を呈している。
子供が
子育ての方法を学ばないと、
赤ちゃんの時にロッカーに捨てたり、
子殺しが平気で行われる世の中になる。
危機感を持たなければ、
放射能にやられる前に
人は自滅しそうな感じである。
オリンピックにうつつを抜かし、
喜んでばかりいられない時である。
気が付いたら、
放射能が日本国中満タンになり、
子捨てがはびこる日本になっていたなんて、
洒落でも笑えない。
スズメの親子を見ていて、
いろいろ感じた今日でした。























