深夜の電車内風景 ~どこへ帰るか酔っ払い~
昨日は、
久しぶりに友人と都内で大酒を飲み、
中央線最終電車にかろうじて乗り
眠りに誘われながら、
もう一つで自分が降りる国立駅だと
意識したまでは良かったのだが、
その国立駅に到着する直前に、
不覚にもふっと眠ってしまった。
気が付いたら、
次は立川駅だという車内放送。
ものの見事に通り過ぎてしまった。
深夜の話である。
折り返しの電車がなければ帰れない。
あわてて東京行きの電車のホームに行ったら、
上り武蔵小金井行の最終電車が1本だけあり、
それに乗って無事に国立駅に帰り着いたのだが、
その最終の
電車内での様子をご覧ください。
深夜の1時の上り電車。
この電車の終着駅「武蔵小金井」は、
あと3駅だけだから、
10分もかからない。
この電車は
郡部から都心部へ向かう電車だから、
東京駅の方から、
郡部へ向かう電車と違い、
酔った人などは乗っていない。
ところがここに一人だけ、
靴を履いたまま
長々と椅子で爆睡している人がいる。
八王子や高尾などで酒をのみ、
これだけ爆睡して武蔵小金井まで帰る人とは思えない。
きっと東京方面で飲んで、
高尾か八王子行きの電車に乗ったのは良いが
爆睡してしまい、
自分の降りる駅を通過し、
終着駅で折り返した電車にそのまま乗ったまま、
魂は天国をさまよっている人ではないだろうか。
あと10分もしないうちに
終着駅で、
列車は車庫に入れられる。
その前に
車掌さんから起こされて、
電車から追い出された時には、
もう帰るべき電車はなくなっている。
駅を出て、
ここはどこだとさ迷いながら、
我が家へタクシーで帰るべきか、
それとも近くの安ホテルにでも泊まるべきか、
きっと考えることになるだろう。
私は、
電車で体を伸ばしたまま寝込んだことはないが、
座席に座ったまま寝込み、
山手線を2周(2時間爆睡)して、
最終電車となり
操車場のある品川駅で追い出されたことがある。
2時間前に乗ったのが
品川駅だったのに、である。
帰りのタクシー代は
飲み代よりもはるかに高かった。
酒飲みには
このような経験は一度や二度はあるものだが、
今夜のこの乗客に
幸あれと祈りたい。
ちなみに、
JRの電車は、
最終目的地で折り返す場合は、
終着駅で車庫入れする電車と違い、
普通乗客をみんな下ろすことはしない。
東京駅で折り返す
中央線だけは
夕方の混雑時間帯だけ
上り電車が入ってきたら、
全乗客を必ず一旦降車させるのは、
神田やお茶の水から郡部に帰る人たちが、
帰る方向とは逆方向の
東京駅行きの電車に乗って、
東京駅で降りずそのまま折り返すと、
東京駅で並んでいる人たちを差し置いて、
帰りの席を確保できるという、
そんな不届きな行為を許さないためである。
強制的に下ろされたら、
並んでいる人の最後尾に並ばなければならないので
結局座れないのある。
紅白のカーネーション ~心が和む花~
私の好きな花は、
コスモスや
ポピー、
一重の松葉ボタン等々、
花弁が可憐で
いかにも弱弱しく、
それでいて色合いに主張がある花であることは、
これまでも
何回となく述べてきた。
だから、
ボタンのように
どれだけ大きくて派手でも、
好きな花の部類には入らない。
しかし例外はあるもので、
この花を見た時には
綺麗だと思った。
雑然とした
我が家の玄関。
時計は
いただきものなので、
ここにいつでも鎮座している。
こんな派手な時計は、
ここ以外にはいくところがない。
赤い花器と、
赤い玉は
日展会員の
荒木俊夫先生の作品なので、
花を活けてなくても、
玄関に置いてある。
小さなミッキーとミニーも
ここが定住地。
花だけが
時々変わるのだが、
その中のカーネーションに注目。
私は
カーネーションという花は、
可憐さはないし、
寿命があるようでないような
そして
どちらかというと
造花かと見まがうような花の形状が
好きではない理由。
ところが
この花を見たら、
お手洗いにも、
白い卵型の花器に入れて飾ってある。
何もやることのない
少しばかりのトイレタイムに、
こうして眺めていると
心が和む。
この花だけにどうして惹かれるのか。
それは
この色の組み合わせ。
白と、
そして
得も言われぬ穏やかなピンク。
この2色の組み合わせは
絶品である。
紅白が組み合わさった花は、
我が家にはいろいろある。
春ボケの「東洋錦」、
紅白咲き分けの梅「思いのまま」、
紅白の絞りになったり
源平咲きになったり
芸の細かい椿「胡蝶侘助」
季節ごとにご紹介しますが、
紅白の組み合わせは、
なぜか心が落ち着く。
日の丸を背負った
日本人だからだろうか。
4代目のポインセチア ~かわいいウィンターローズ~
ポインセチアにも、
いろいろあり、
赤や白やピンクの他に、
バラ?のように咲く
「ウインターローズ」という種類があることは
以前のブログで書いた。
そのウィンターローズの花。
初代が我が家に来たのは、
数年前。
初代の2012年9月の姿。
毎年伸びた枝を切り詰め、
その切り取った枝を挿し木にしていたら、
立派な子ができた。
2代目の2012年9月の姿。
さらに孫ができ、
伸ばし放題にしたら
こんなに大きくなったことも書いた。
3代目の今年1月12日の姿。
そして、
4本のひ孫までできて、
一昨年12月に鉢上げしたことも前のブログで書いた。
4本とも
今年は立派な花を咲かせた。
印をつけていなかったので、
どれがどれかは定かではないが、
多分左から順に並べたつもり。
小さな枝にもいっぱしの花。
挿し木の強みですね。
血をそのまま受け継いでいるので、
小さくても同じ花を咲かせる。
どれもみんな一緒で、
生命力があります。
枝が出ていれば
どんなに小さな枝でも
その先に花をつけます。
これが一番しっかりした株のようです。
だからこの株は
先日遊びに来た友達に
もらわれていきました。
どこで育てられても
きっと元気に生きていくことでしょう。
毎年切り詰めている親株。(初代)
2013年1月31日撮影。
この株から、
次々に増えてきました。
これは子株。(二代目)
2013年1月31日撮影・。
これも毎年切り詰めているので、
背丈は伸びません。
親株と同じ背丈に保っています。
2013年1月31日撮影。
クリスマスの花として、
1年草のように扱われるポインセチアは、
本当はこんなに生命力があるのです。
それなのに、
毎年毎年
いったい何万本のポインセチアが世に出て
枯らされているのだろうか。
私には信じられない。
これを買った園芸農家に行って
どんどん増えているという話をしたら、
びっくりしておられた。
武蔵野あたりでは
年を越すのが難しいのだろうか。
あなたは、
自分の子供を
小さい頃だけ
着せ替え人形みたいにかわいがって育て、
大きくなったら
放り出しているようなことはありませんか。
命あるもの、
代々伝えてこその価値である。
ゼルダの伝説 ~スカイウォードソード攻略中~
私は、
任天堂や
プレイステーションなどのゲームは
ほとんどやらないが、
しかし、
息子が小さい頃に買い与えた
「スーパーマリオブラザーズ(スーマリ)」や
「ドラゴンクエスト(ドラクエ)」、
「ファイナルファンタジー(FF)」と
「ゼルダの伝説」は
何年おきかにシリーズが出るたび、
息子が終了した後のソフトを貰い受けて
やっている。
特に
スーマリとゼルダは
妻と二人でいまだに挑戦しているから、
おかしい。
その中の
「ゼルダの伝説~スカイウォードソード~」
の最新版を
息子が終了したということで、
正月に帰宅した折、
持ってきてくれた。
正月が明けてから、
久しぶりに夫婦してやり始めた。
ゲームをやるのは
何年振りだろうか。
その
「ゼルダの伝説」。
人気ソフトだから、
若い人はほとんどの人がご存じだろうが、、
私の読者で、
これを御存じの方が
何人くらいおられるだろう。
このようなゲームは
モンスターハンターや
ガンダム、
あるいは
北斗の拳のような
戦闘のテクニックを競うものと、
ゼルダや
スーマリのように
知恵を出して進行させるものとに分かれる。
私は
戦闘物は一切やらない。
というより、
やれない。
それは
若い人の神業みたいなテクニックは
どのように訓練してもできないため、
そんな若い人向けのソフトなど、
とりかかってもとても前に進めない。
その点
ゼルダは
ちょっと考えながら答えを導いていけば、
道は一本道なので、
若い人より時間はかかっても
必ずクリアーできる楽しみがある。
ゲームの中の
主人公の名前も
「トトロン(Totoron)」 と命名。
ブログと同じ名前にしました。
「ゆうた」は妻の主人公名。(息子の名前から1字拝借)
本当に久しぶりで、
10年ぶりくらいにやるゲームなのだが、
昔取った杵柄、
ボタン操作もすぐに慣れてくる。
今、
第二番目のダンジョンで、
最後のボス部屋のカギを
黄金の宝箱から取り出したところで、
このあとボス部屋に行き、
ボスと対決する。
その直前のシーン。
どんなボスが出てくるのかは知らないが、
いつだって結構ボスは手ごわい。
何回もゲームオーバー(主人公が死ぬこと)になるだろう、きっと。
だから
やられる前の記念撮影。
やられてもやられても、
決してあきらめないでやれば、
そのうちにクリアーできる。
そんなゲームだから、
私は好きなのだが、
息子に言わせると、
「簡単だからやってみては?」である。
若い人が平均数週間かかるようなゲームでも、
私がやれば
間違いなく3か月はかかるかも。
ゆっくりと楽しみたいと思う。
そこで皆さんにお願いとお詫びを。
やられたらやられたで、
年甲斐もなく悔しいので、
繰り返しの挑戦になると思う。
だから、
その間のブログ更新が、
今までのように毎日はできなくなります。
(お分かりだと思いますが、すでにできなくなっています)
アメーバピグなどのゲームは
終わることのないゲームに
のめりこませてどんどん現金を吸い上げる
たちの悪いゲームですが、
このゲームは
ソフト代以外は、
全くお金はかからないゲームで、
かつクリアすれば終わりのあるゲームだし、
アメーバピグや
モバゲーや
グリーなどのゲームのように
際限なく続いて
際限なく金をつぎ込ませる悪質なゲームとは違いますので、
ソフト代金分だけは
十分に楽しめるゲームです。
要らぬお世話かもしれませんが、
自分の子供が
このようなソフトではなく、
スマホやアメブロなどの
終わりのないゲームにはまっていたら、
十分ご用心ください。
お詫びとお知らせでした。
牛鍋元祖「太田なわのれん」 ~横浜の素晴らしい夜~
「人生は邂逅である。」
私はそれを大事にして今まで生きてきたし
これからも生きるつもりであるが、
それこそ、
まだ知り合っていくらも経っていない方から、
横浜へご招待を受けた。
そして連れていかれたのが、
横浜市中区末吉町の
「太田なわのれん」。
どのようなところかというと、
明治元年創業の
牛鍋元祖。
老舗中の老舗である。
事前に調べたら、
とても私などが行けるところではなさそうだったのだが、
呼んで下さった方が、
神奈川県の実業界では
知らない人はいないというほどの方だったので、
大船に乗ったつもりで出かけていった。
その
「太田なわのれん」
入り口には、
名前の通りの縄のれんがかかっている。
明治元年といえば、
近隣に牛などを飼っているところも多く、
外ではハエが飛び交っていたのだが、
そのハエが
店の中に入って来るのを防ぐのに、
縄のれんが相当有効だったらしい。
食べ物を扱うお店だから、
当然古くなったら新しいものに取り換えはするが、
そのころからの縄のれんである。
玄関を入ると、
日本人ならきっと
ほとんどの人が知っている
横山隆一先生【明治42(1909)年5月17日~平成13(2001)年11月8日】の
「フクちゃん」が迎えてくれる。
「なわのれん」のために書かれた画だが、
鍋の形が
今と同じであることを
後の写真で確認していただけると思う。
不変の牛鍋である。
部屋に入ると
わずか3人でこの贅沢。
庭に面して景観も最高なのだが、
あいにく夜なので
読者にはわかっていただけないかもしれない。
そこに料理が乗ると
こんなににぎやかになる。
おのずから
みんなの顔もほころぶ。
写真左から、
株式会社鶴見精機
代表取締役会長 岩宮 浩様。
(神奈川県生産性本部副会長)。
中央は筆者。
右が
神奈川県生産性本部
専務理事・事務局長
宮崎 汎 様
どのような料理が出るのかを
一つずつ書くわけにはいかないが、
代表してこのようなもの。
マグロ、カンパチ、アオリイカ、ウニ。
これは料理の前菜みたいなもの。
いわゆる酒の肴です。
本番の
牛鍋とはこんな鍋。
中心部にある黒いたれは
「秘伝の味噌だれ」。
フクちゃんの絵では、
焼いている肉まではわかりませんでしたが、
鍋と七輪と、
それを入れている四角い容器は
当時のままであることがわかります。
焼いている肉が
霜降りの絶品であるのはご覧の通りですが、
他の牛鍋屋さんと違うところは、
肉だけではありません。
調理をしてくれる方が一人ついて、
一番おいしい食べごろの肉を
客のお皿に運んでくれます。
客はもう、
一緒に来た者同士で、
肉のことなど気にせずに
話ができます。
余りにもおいしそうな肉だったので、
立場も忘れて写真を一枚。
ここに連れてきて下さった岩宮会長は、
それがうれしそうで満面の笑み。
お店にとっては、
お客様の笑顔が一番、
これで十分なのです。
この
おいしい肉料理を堪能した後に、
伊勢佐木町のスナックに連れて行ってもらいましたが、
そこの店が
また素晴らしい気遣いの女性ばかりで、
何とも言いようのない幸福な夜を過ごしました。
「太田なわのれん」は、
私がパンフレットをいただいてきましたので、
こうして案内できますが、
2件目のスナックに至っては、
店の名前も
ママさんの名前も、
全く聞いていないので、
皆さんにご紹介することができません。
名店とは
こうあるべきか、
今夜気づいたことを記します。
飲食店でも飲み屋でも、
いかに銀座といえども
常連さんが連れてきた客には、
ママさんやオーナーが
一応名刺を出して
「よろしくお願いします」の一言くらいは言うものだが、
この2件の店では
名刺はおろか、
店の名前も自分の名前も、
そしてその後のお誘いも
全くなかった.
それはなぜか、
私なりに考えたのだが、
きっとそれはこの一言に尽きると思う。
「連れてきて下さった方が自分の店のお客様で、
その方を差し置いて、
この次はご自分で是非お出でください、などと
大事なお客様を前にして
差し出がましことは決して言わない」 。
そのような、
いつもお世話になっている人に対する
徹底した気遣いではないかと思うのは、
私の考えすぎだろうか。
素晴らしい横浜の夜はふけて、
我が家に帰りついたのはちょうど日にちが変わる寸前の
23時55分ごろであった。
昼間に
突然の訪問者ヤマガラを迎えて、
夜は横浜で気遣いに接し、
素晴らしい一日でした。
たまにはこんな日があってもいい。





























