歌舞伎観劇 ~明治座5月花形歌舞伎~
「風薫る初夏、
明治座花形歌舞伎にて
若き花舞う」
リーフレットの裏面にある粋な文章。
5月26日、
10年ぶりくらいの歌舞伎観劇。
明治座。
座、とあるが、
れっきとした高層ビル。
ここで公演されている
5月花形歌舞伎の
都民半額観劇会にチケットを申し込んだら
運よく当選。
1等席12,600円が
半額で手に入った。
明治座は
地下鉄浜町駅を出てすぐ目の前。
ビルの横には、
どういうわけか稲荷神社。
昔から伝わる伝統芸能には、
このような
お稲荷さんは付き物。
入り口には
和服姿の女性の姿も目にします。
観劇するのに
服装の種類は問いませんが、
このような和服で観劇する人は、
きっと常連さんなのでしょうね。
その入り口に
4人衆勢揃い。
左から、
中村七之助、片岡愛之助、市川染五郎、中村勘九郎。
この中村七之助扮する
藤娘の妖艶さは、
女を超越していて驚くしかない。
開演前の
お弁当やお土産を売っているフロアは
多くの人でにぎわっている。
早めに着席して、
劇場を偵察。
二階の二列目の席から
舞台を望む。
お客さんは
お弁当を買うのが忙しくて
席はまばら。
3階席まであります。
右を見るとご覧の通り。
ここで注目。
写真右下の女性。
歌舞伎を見るほどの高尚な趣味があっても、
内面はまだまだ幼稚。
こんなところに来ても、
漫画が離せない。
家庭環境はいいのだろうが、
通っている学校の環境が悪いと、
どうしてもそれに流されてしまう。
こんなところで食事をするなんて
私の流儀には合わないのだが、
話の種に弁当を買ってみた。
「幕の内弁当」。 1,500円
私は子供のころ、
幕の内弁当というのは、
相撲の
幕の内力士が食べる弁当だとばかり思っていた。
相撲はテレビで見ることはあっても、
歌舞伎のかの字も知らなかった。
幕の内弁当が、
歌舞伎観劇の
幕間(幕の内)に食べる弁当だから、
幕の内弁当というのだ、ということを知ったのは、
ずいぶん後年になってから。
劇場では
写真撮影は当然禁止だから、
自分の写真はありません。
だけど、
是非見ていただきたいので、
明治座の案内で使用している
公開写真をお借りしました。
「藤娘」。
中村七之助。
舞台に設置してある
松の大木の裏側で、
何回も衣装直しをしてくれましたが、
出てくるたびに
観客がどよめき、
拍手がわきます。
体の動き、
顔の動き、
目の流し方、
手指の動き、
どれをとっても全くの女性。
驚くべきしぐさである。
「鯉つかみ」。
あるお姫様が
ある若衆に恋をして、
悩む情景。
その恋の相手が
魔鯉の化身。
本当の恋の相手が
その魔鯉を相手に
舞台に設けた大きな池の中で、
大格闘。
水しぶきが
舞台に近い客席にバシャバシャと飛び散ります。
3列目くらいまでは、
ちゃんと事前に透明ナイロンシートが手渡されており、
お客さんは
それで水しぶきを防ぎつつ、
「キャアキャア!」言いながらの観劇。
他の観客席もわきます。
なかなか見せてくれました。
ホロリ涙の人情ものだけではなく、
こんな笑いを誘う歌舞伎もあるのですね。
思いっきり
歌舞伎を堪能したひと時でした。
ゴマダラチョウ飛来 ~チョウに見る人の愚かさ~
庭の梅ノ木には
シジュウカラ用に
ひまわりの種入れ、
メジロ用に
薄めた蜂蜜液入れ、
そして、
シジュウカラ用の巣箱が設置してあり、
さらに、
木の根元には、
それらの小鳥たち用に
きれいな水を満たした
水盤も置いてあるが、
その梅ノ木の蜂蜜液入れに
今日は
珍しい、
初めての来訪者があった。
「ゴマダラチョウ」。
ひらひらと
上空を飛びながら、
上から見ると
雨除け用の天井と
梅の葉に隠れているこの蜜が
どうやって見えたものか、
花弁などない蜜液入れに、
直接この蝶は舞い降りてきた。
いつもはメジロ専用。雨除け用の黒い屋根付き。
だけど
お腹がすくと
シジュウカラもスズメも、
時々はやってくる。
小鳥のエサになるかもしれない、
危険といえば
こんな危険な場所に、
舞い降りてきたゴマダラチョウ。
ゴマダラチョウとは
ゴマのような斑点のある
マダラ模様の蝶のことで、
漢字で書くと
「胡麻斑蝶」と書き、
正確な読みは
「ゴママダラチョウ」のはずなのだが、
マの字が重複しているので、
1つを略して
「ゴマダラチョウ」と呼ぶ。
だけどこのチョウは
ゴマの模様も
マダラ模様もない。
白地に
黒っぽい線が入っているだけ。
これがどうしてゴマダラチョウ?
本当のゴマダラチョウをご覧ください。
こんなに黒っぽいところが多くて
羽を広げると、
マダラ模様もあるチョウです。
実は
我が家に飛来したのは、
白化したゴマダラチョウの
多分春型のメス。
なぜこんなにわざわざ白化するのか。
この白化ゴマダラチョウは
マダラチョウ科の
オオゴマダラにそっくりです。
マダラチョウの仲間の
アサギマダラ、
カバマダラ、
オオゴマダラなどは、
体内に毒を持っており、
鳥たちがこれ等の蝶を食べると、
確実に食中毒症状をおこすので、
ほとんどの鳥たちが
それを知っていて
マダラチョウの仲間の蝶は
決して食べない。
ゴマダラチョウは、
名前こそマダラチョウに似ていますが、
マダラチョウ科ではなく、
タテハチョウ科で、
体に毒はありません。
ゴマダラチョウのメスが
白化する理由は、
メスが鳥のエサになると、
種が絶える危険があるため、
春型のメスは、
毒のあるマダラチョウに擬態をして
身の安全を守っているものと思われます。
そんなチョウですので、
小鳥たちの来るこんな危険なところにでも、
餌を求めて飛んでこれるのですね。
このチョウは
白化しているため、
シロチョウの仲間にも似ています。
そのシロチョウも、
鳥にとっては非常にまずい味がして、
鳥たちはやはり
シロチョウをとって食べようとはしないようです。
自分の身を守る知恵を出すような
頭脳がどこにあるのかわからない
こんな小さなチョウでも、
自分の身の危険は
本能的に察知して、
そしてその危険を避ける手段を
長い間に身に付けてきているのに、
人は
知恵があるみたいな顔をして、
地球上の生き物を
何度でも全滅させることのできる
原発などから出る
放射性核物質や
核爆弾など、
際限なく地球上にため込んでいる。
チョウにも劣る愚かさ。
人も
自然の一員であるということを、
早く認識しなければ、
地球の生き物には
破滅のみが待っている。
人の欲とは
ヨクヨク恐ろしいものである。
クリスタルボイス雨谷麻世さん ~舞い降りて来た天使~
私の所属する
日本モロッコ協会の
定時総会が
霞が関で開催されたことは、
前のブログで書いた。
そのブログの最後に、
総会のあと
私にとって驚くべき出来事があったと
ちょっと思わせぶりに書いたが、
そのことについて触れよう。
過日開催された、
清水学園創業100年祭 で、
素晴らしい声の持ち主の
ソプラノ歌手が登場したことについて書いたら、
鶴見精機 岩宮会長様 より、
メールで
その歌手の名前を教えていただきました。
その人に
もう一度登場してもらいましょう。
「雨谷麻世(あまがいまよ)」さん。
私は、
この時まで、
彼女について何も知らなかったのだが、
教えていただいて調べてみたら
驚いた。
ネットでは
彼女のことが
写真入りで
何千件と溢れているのである。
その声を概略で記すと、
「芸能界では、
かわいさだけで歌のヘタな歌手がもてはやされているが、
放送局も含め、
どうしてこのような素晴らしい声の歌手を
登場させないのだろうか。
透き通るようなこの声は
聞く人の心に染み入る。
こんな人こそ本当の歌手である。」
ちなみに
雨谷麻世さんのHPとブログは
次のところです。
ブログ「mayo crystal music 僕にできること」
その人を、
日本モロッコ協会の総会に
岩宮会長が
呼んでくださったのである。
十数年前からのお知り合いということではあったが、
まさか、
本当に目の前にその人が現れるとは、
私は思ってもいなかった。
雨谷さんは、
上下白いスーツ姿でお出でになった。
清楚な感じが周りに漂う。
日本モロッコ協会の総会に出席している、
百戦錬磨のつわものの中に、
1人の天使が舞い降りてきたような、
あるいは、
戦場に一羽の白い鶴が舞い降りてきたような、
そんな雰囲気であった。
それだけでも驚きであったのだが、
岩宮会長と
雨谷麻世さんのお気遣いで、
私は
一緒に食事にお誘いいただいた。
男冥利に尽きるとは
このことである。
築地のお寿司屋さん。
せっかくだから名前を記すと、
築地本願寺前の
「鮨竹若 別館」
上着を脱いだ雨谷さんの雰囲気は
一変してシック。
首には
沢山の大きな宝石をあしらった
重量感のある金のネックレスが輝いているのだが、
拡大して見せられないのが残念。
少しだけお酒を飲んだ後の、
岩宮会長のこの笑顔は
最高。
雨谷さんに言わせると、
そんな笑顔の岩宮会長は
「怖いお人」、だと
これも笑顔で話される。
本人を前に
怖いお人、というその深層心理には
尊敬の念が感じられて心地よい。
岩宮会長に言わせると、
雨谷さんは、
「鎮守の森活動支援のコンサートで
20年近くその利益を注ぎ込んでいる歌手。
クリスタルボイスと絶賛されながら
商売気のない困った人。」らしい。
この言葉の最後の
「困った人」の一言に
岩宮会長の気持ちがこもっている。
岩宮会長にとっては
雨谷さんが商売気がなくても、
本当は何も困らないし、
雨谷さんも
「自分の必要なお礼はいただいていますので」と
これも困った様子など見せない中で、
「困った人」とあえて言う言葉には
岩宮会長の
雨谷さんに対する
愛情のこもった支援の気持ちがあふれている。
そんな素晴らしい雰囲気の中で、
筆者もちゃんと
お二人の仲間入りをさせていただいています。
おいしい食事と
おいしいお酒のある
素晴らしい時は
瞬く間に過ぎていきます。
この日、
雨谷さんから、
大事なCDを頂戴しました。
顔を売るTV系の歌手と違って、
雨谷さんは
真実の歌声を響かせて
その情景を売ります。
さりげなく
バラの花がデザインされています。
「雨谷麻世の音楽の捧げ物」。
音楽は捧げていただいたものであり、
捧げるものである。
誰から?
きっと天からの捧げもの。謙虚です。
誰に?
世界の困っている人たちに対し、
緑の支援であったり、
被災者への支援であったり。
天命を知る人です。
たくさんの曲が入っています。
顔を見せるのではなく、
雰囲気が漂う写真入りです。
いつも言っているように
私は音楽だけは苦手です。
でも
このCDに入っている曲は
ほとんど知っている曲ばかり。
私の大好きな
「精霊流し」や
「群青」などもありますので、
きっと擦り減るまで聞くことでしょう。
(CDは擦り減らないか)
岩宮会長も
雨谷さんも
お忙しい中で
お時間を割いていただきましたので、
いつまでもご一緒するというわけにもいかず、
しばらくしてお別れしましたが、
私にとっては、
信じられない人との
素晴らしいひと時になりました。
自分だけが喜んでいる
こんな内容のブログは、
私のブログの読者にとって、
心底うれしいものではないかもしれませんが、
今日は
そんなことは考えずに
心の広い読者が多いだろうことを期待して、
一方的に書きました
最後に
雨谷さんが
「一重のバラに、とっても綺麗なものがあるんですね」と
驚いておられた
「カクテル」が
我が家で咲いている写真を掲載して、
相変わらずの長いブログを
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
日本モロッコ協会総会 ~霞が関にて開催~
去る5月21日(火)、
全日通霞が関ビル8F大会議室で
筆者の所属する
日本モロッコ協会の定時総会が開催されました。
読者には
直接関係はありませんが、
その時の様子を
概略で記します。
14時、
元駐モロッコ王国日本大使館
日本国特命全権大使の
日向(ひなた)会長の挨拶で始まりました。
株式会社でも、
財団法人でもない、
任意のボランティア団体である
日本モロッコ協会ですが、
役員や会員多数が集まりました。
在日モロッコ王国大使館
アルール大使は
国際会議に出席のためどうしても出席できず、
ショーラク公使に
お忙しい合間を縫ってお出でいただきました。
ショーラク公使が参事官のころから
私はお付き合いいただいていますが、
青山・渋谷・原宿あたりで
時々食事をしたりする間柄です。
御挨拶はフランス語。
奥様が日本人ですので、
日本語も会話程度はできるのですが、
このようなところでの挨拶には、
政治・経済の専門用語が出てくるので、
フランス語になり、
通訳がつきます。
協会の役員も
熱心に聞き入ります。
写真右から順に記しますと、
日向会長、
北島理事長、
宮崎専務理事、
外山常任理事兼事務局長、
櫻井常任理事兼本日の司会進行役。
日本スペイン協会
常務理事
江崎桂子様
外務省中東アフリカ局
審議官
岡 浩 様には
講師として出席していただきました。
演題は
「最近の中東・北アフリカ情勢と我が国の政策」。
詳細な資料を開示しながらの講演に、
みんな熱心に聞き入りました。
日本モロッコ議員連盟
会長
羽田雄一郎参議院議員。
選挙も迫る中、
貴重な時間を割いて、
足を運んでくださいました。
彼は参議院議員ですが、
全国区ではないので、
我々の票は彼には入れられません。
それでも
本当にお忙しい中をおいでいただき、
ありがとうございました。
ちなみに
羽田雄一郎氏は、
羽田孜元首相のご子息。
父親の後を継いで
頑張っておられます。
宮崎専務理事が議長に選任され、
本来の総会が始まります。
江頭常任理事による会計報告。
外山常任理事兼事務局長による
活動・事業報告。
芳賀常任理事による
協会規約改定・部会規約制定などの報告。
この後、
数名の役員人事の発表があり、
筆者もこの総会において、
常任理事に選任されました。
以前にもお手伝いしていて、
都合により身を引いていたのですが、
改めてまた担ぎ出された格好です。
それら全ての議題が、
満場一致で承認され、
総会は無事に終了。
北島会長の
挨拶で無事に閉会。
新しいスタッフで、
新しい活動が始まります。
日本とモロッコ王国の
親善友好のために、
みんな時間と知恵を出し合い、
ボランティア活動を継続します。
国のため、
人のため、
そして自分のために
一生懸命に活動している
日本モロッコ協会の様子をお伝えしました。
あなたも
会員になりませんか。
わずかな年会費が必要ですが、
見返りを求めず、
自分を磨きたい人であれば
どなたでも大歓迎です。
<追記>
実はこの総会の後、
筆者にとっては
未知との遭遇というような
驚くべき出来事があったのですが、
それについては
後日記します。
Totoron
ルネ・マグリットの幻想の世界 ~ピレネーの城~
油絵を話題にしたついでに
もう一枚の絵をご覧ください。
過去にも登場した絵ですが、
読者も入れ替わっていますので、
お粗末な絵ながら
改めてご紹介します。
ルネ・マグリットの
「ピレネーの城」の模写絵です。 Totoron作。
模写なのだから、
自分では、
きっと本物そっくりに描いたに違いないと思っていたのだが、
昨日
改めて本物の絵と比べてみて
驚いた。
確かに構図は似ているのだが、
浮かぶ岩も
雲のある空も、
そして波立つ海も
決してそっくりではなかった。
その
本物のピレネーの城はこれ。
この絵は
ネットからお借りしてきている絵であるために
本物の絵が
この色調であるかどうかは分からない。
大岩が
青みを帯びているので、
あるいは現品よりも
全体的に青みがかっているかもしれない。
その基本的な色調はさておいて、
岩の描き方、
雲の描き方、
波の描き方が
全く違っている。
油絵の手ほどきを
誰からも受けずに
人にできることは自分にもできると
独自で描きはじめた絵のレベルは
やはり所詮こんなものだったのでしょう。
きっと
模写し始めて
雲や岩や波の
立体感を出すのに苦労した末に、
この程度で妥協したものと思われる。
若かりし頃の挑戦は
この後何作かを描いて
一応絵筆を収めていますが、
これを見て
もう一度改めて挑戦したい気持ちが
むらむらと起きてきた。
何かと
やることが多くなりそうな
近頃である。
~追記~
「ピレネーの城」は
「天空の城ラピュタ」を想像させる。
しかし制作されたのは、
前者は1959年、
後者は1986年である。
だから、
天空の城ラピュタは、
ピレネーの城をイメージして
創られたのではないかと思っても
何らおかしくはない。
ラピュタの作者宮崎駿氏は、
どこかで
ピレネーの城と出合ったのかも知れない。










































