シジュウカラ巣立ち ~最後の一羽が無事に飛び立つ~
庭の梅ノ木の巣箱で育った
シジュカラのヒナの
最後の一羽が、
4月30日に無事に巣立ちました。
巣立ちを確認したのは
この一羽だけ。
4月29日、
外出先から帰宅したところ、
親鳥の行動がいつもと違うので、
ひょっとして
私がいない間に巣立ったのかな、と思い、
巣箱を開けてみたら
一羽だけが残っていました。
過去10余年で、
巣立ちの様子を何度も見てきていますが、
一羽だけ残って
後から巣立ちするという
時間差巣立ちは初めてのことです。
多分他のヒナたちとは
一日遅れでしょうが、
このヒナは相当用心深いヒナか、
まだ飛行が完全ではないと
自分のことをよく分かっているヒナだったのでしょう。
今日は決断の時。
始めて見る世界に
戸惑いはあるでしょうが、
他の仲間のところへ
飛び立たなければいけません。
親鳥が
「早く出ておいで」と誘います。
最後の一羽まで
親鳥はちゃんと面倒を見るのですね。
こうやって飛ぶんだと
手本を見せながら
巣箱から離れます。
次の瞬間巣箱を飛び出しましたが、
まだ飛行技術が未熟なので、
直進して我が家の壁に当たったようです。
居間から見ていた私は
気になって外に出てみました。
やはり思った通りに
こんなところに居ました。(赤〇の中)
ネコでも来たら危険なので
そばで見守ります。
ヒトでもネコでも
きっと始めて見るので
恐れはないのでしょう。
私が猫だったら
このヒナは一瞬でアウトです。
50cmくらいに近づいても
逃げる気配はありません。
近接撮影。
くちばしが黄色くてかわいいですね。
この後しばらくして、
隣家のカエデの木に飛んでいきました。
すぐに親鳥が来て合流。
これで安心。
巣の中を確認したら、
空っぽ。
全部で7、8羽はいただろうヒナたちは、
今年もみんな
無事に巣立って行きました。
毎日見守って来た家主も
ほっと一息。
めでたしめでたしでした。
奥多摩セラピーウォーク 2/2 ~10km完歩・初めての奥多摩湖~
前号
「奥多摩セラピーウォーク 1/2 ~むかしみち10kmを歩く~」
から続きます。
しだくら橋から見た
新緑あふれる川岸。
しだくら橋の「しだくら」とは
どのような意味なのかと、
セラピーウォーク係員に聞いてみたが、
残念ながらご存知なかった。
係員は地元の人なのだから
せめてそれくらいは
調べておいてほしいものだが、
今日は歩くのが目的だから
それ以上は追及すまい。
奥多摩の
新緑の山並みは
こんなに深い。
セラピーウォークという名前なのだから
さぞかし緩やかな道を歩くのだろうと
勝手に解釈した自分の判断は
完全に間違っていた。
高低差264mの上り下りとはいえ、
やはり山道。
奥多摩湖に至る最後の上り坂には
少々閉口した。
甘い考えは
延々と続く先の見えない上り坂に
打ちひしがれそうになる。
当然
奥多摩湖には
下流の方から登っていくものだとばかり思っていたのだが、
林を抜けたところでふと見ると
奥多摩湖が下に見えるではないか。
旧街道は
奥多摩湖の遥か上の方を走っており、
その道をたどってきたのだから
予想以上の登り道を歩くことになったらしい。
でも
目的地が見えさえすれば
足取りは軽くなる。
渓流を渡って
下りにかかります。
この流れは
奥多摩湖に流れ込む渓流。
ゆっくりと下って振り返れば、
こんなに美しい眺め。
目的地はもうすぐ。
この階段を登り切れば、
最終目的地の奥多摩湖畔。
ゴールです。
到着時間は13時。
10時にスタートしたから、
10km完歩の所要時間は3時間。
のんびりと
散策しながらの山歩きであり、
また、
しだくら橋に乗るのに
20分くらい待ち時間があったから、
3時間という所要時間は
こんなものかもしれない。
ゴールで
参加費500円の受付表を見せると、
「完歩証」がいただけます。
そして具がいっぱいの豚汁も。
奥多摩湖は逃げはしないので、
まずは腹ごしらえ。
持参のおにぎりを食べて昼食。
うまかった~。
そして
初めての奥多摩湖。
東京を終の棲家にして十数年、
ついに奥多摩湖にやってきました。
感慨深いものがありました。
最後に
視界の利く範囲の
奥多摩湖全景を
パノラマ写真で公開します。
奥多摩湖は人造湖で、
正式名称は
「小河内貯水池」。(おごうちちょすいち)
1957年多摩川を
小河内ダム(おごうちダム)によって堰き止めて造られたもの。
竣工当時、
水道専用貯水池としては
世界最大規模の貯水池であった。
現在も水道専用貯水池としては日本最大級を誇る。
だから本当は
奥行きがあって
見えている全景写真の
数倍以上の大きさがあるのだが、
山の間をぬっているので
大部分は見えない。
奥多摩湖に
まだ行ったことのない人は
ぜひ一度行ってみてください。
初夏の新緑、
秋の紅葉、
大自然の魅力いっぱいです。
奥多摩湖に行くのに
何も10kmを歩く必要はありません。J
JR奥多摩駅から
奥多摩湖行きのバスが出ており、
それに乗るとわずか
15分で奥多摩湖に到着します。
参考まで。
奥多摩セラピーウォークのレポートでした。
奥多摩セラピーウォーク 1/2 ~むかしみち10kmを歩く~
いやぁ~、
久しぶりに歩いた~。
山道(むかしみち)を
約10 km。
2018年4月29日(日曜日)、
JR 奥多摩駅を10時にスタート、
JR奥多摩駅
JRの全国の駅の中で、
最高峰にある駅(標高343m)。
案内板がありますが、
今日は
奥多摩町主催の
セラピーウォークなので
受付で
案内の地図を頂いています。
奥多摩駅から奥多摩湖までは、
車道を走ると約7kmですが、
セラピーウォークは、
くねくねとした山道をたどるので、
約10kmあります。
初夏の緑が美しい山道。
シャガの群生が見られます。
このような道をたどると
大体出てくるお地蔵さん。
観音様までご同伴。
奥多摩湖までには
流れ出てきている清流があります。
多分多摩川の
最初の流れ。
標高530mにある
奥多摩湖までは、
当然登り道が多いですが、
道だけではなく
長い階段だってあります。
途中の旧民家の軒下には、
今では見られない
たきぎがたくさん積まれています。
多摩川をわたる昔風のつり橋。
今ではワイヤーで吊るされていますが、
昔は藤蔓で吊るされていたそうです。
用心のため
一度に三人までしか乗れません。
中央で通行止め。
その中央から見た
川の上流。
ゆったりとしたよどみですが、
下流は様変わり。
石ころだらけの川岸。
いろいろな顔を見せる多摩川ですが、
長くなりますので、
以下、
奥多摩湖までの風景は
次回のブログで。
シジュウカラのヒナ・巣立ち間近 ~親鳥の態度変化~
庭のシジュウカラの
ヒナの巣立ちが
間近に迫って来た。
それは
親鳥の
ヒナへの餌の運び方に
変化が表れているので、
すぐにわかる。
餌を咥えて
巣箱に取りつくが、
ヒナに餌を見せるだけで、
中に入らない。
そして
さえずりで外へと誘う。
勿論とっている行動は
番いで一緒。
ヒナには
餌を見せるだけ。
何度も同じことを繰り返しながら、
どうしても出てこないと分かれば、
中に入って餌をあげる。
しかし餌を持って入っても
食べさせないで
そのまま咥えたまま
出てくることもある。
決して
意地悪しているのではない。
外へ出るのを促しているだけ。
この時は茶色の虫。
咥えて入っていったが、
そのまま出て来た。
エサを与えずに、
お腹が空いて
親鳥の後を追い、
外へ出てくることを狙った行動。
何年も観察しているので、
シジュウカラの行動は、
手に取るようにわかる。
親鳥は
もう巣立ちができると
判断しているようだが、
ヒナの方が
外へ出るのをまだ躊躇している。
でも
このような行動を取り出したら
巣立ちは間近。
一時も目が離せなくなってきた。
衣笠祥雄氏死去 ~広島カープの立役者~
私は
東京に定住して十数年経つが、
プロ野球は
広島カープファンである。
それは
西日本を転勤で渡り歩いていた時、
広島にも数年住んだ。
たまたまその時に
広島カープの全盛時代が到来し、
良く市民球場に野球観戦に行き、
カープの応援歌を聞いているうちに、
自分も一緒に歌うようになり、
自然とカープファンになっていった。
その時のカープの選手たちが
衣笠、
山本(浩二)、
水谷、
大野、
江夏、等々
自分と同じ年齢層の選手ばかりであった。
当時の古葉監督の采配は、
今のプロ野球監督など遠く及ばない。
彼らは、
球場でも
街で会っても
一つも気取ったところのない
気さくなな選手ばかりで、
親しみが持てたのも
ファンになった一因である。
その頃の名選手の一人
衣笠氏が亡くなったという報に接し
驚きを禁じ得ない。
鉄人と言われ、
鉄人28号みたいに無敵で、
デッドボールを投げられても、
態度を荒げることもなく、
いつも笑顔を絶やさなかった衣笠選手は、
まさにプロの鏡であった。
生きとし生けるものには、
寿命があり、
死は避けることのできないことではあるが、
自分のことを思うと、
71歳はまだまだ若い。
身近に感じていた人の死は、
余りにも寂しい。
ご冥福を祈るばかりである。











































