ピンクのポインセチア大化け ~枝替わりの妙~
我が家にある
ピンクのポインセチアが
大きな木になっていることは、
以前のブログで
何回も書きました。
今シーズンは
自然のままに育てていたのに
ちゃんとクリスマスにも
合わせて花を咲かせてくれました。
そのピンクのポインセチア。
現在の様子です。
夏からの管理が至らずに、
緑色の葉はほとんど落ちてしまいましたが、
ピンク色の花は
いまだにこんなにたくさん咲いています。
身の丈
約120cm。
そのポインセチアが、
今、
驚きの若き芽を見せてくれています。
ピンクの花の群れの
下の方をご覧ください。
何と 白い花。
中心部の枝が
周りの枝と交差するため、
夏の頃
その枝を剪定したところ、
その付け根あたりから
小さな枝が芽を出しました。
中心部でそのまま伸ばすと
どのみちいずれ
他の枝と交差することになるため、
切られる運命ではあったのですが、
けなげにも
せっかく出てきた枝だからと、
とりあえずそのままにしておきました。
ところが
その枝が
見事な芸を見せつつあります。
上の方の花とは
まるで違う花の色。
これはいったいどうしたことか。
枝変わりの
新しい品種か、
それとも、
ピンクが生まれる前の
先祖返りの品種なのか、
興味は尽きない。
春先まで、
枯れないで育ってくれたら、
どのように大きくなるのか確かめられるのだが、
無事に冬を越せるだろうか。
頂きもののピンクのポインセチアが、
大事に育ててくれたお礼にと、
何か私にプレゼントしてくれたような、
そんな気もする
枝変わりの芸。
ピンクのポインセチアの
血統をご存知の方だったら
この枝変わりの正体が
どのようなものなのかをご存知かも知れない。
楽しみが1つ増えた。
原発事故の重大さ ~ニュースの知識だけでは語れない悲惨さ~
都知事選に絡み、
話題が原発に及びましたので、
もう一言追加します。
多分、
読者の方で、
福島県か
もしくは隣県にお住いの方であれば
福島の惨状は
身をもって感じておられると思いますが、
それ以外の県にお住まいの方、
あるいは
原発とは無縁の県にお住まいの方は、
きっと福島の惨状が
余りお分かりにならないと思います。
ニュースなんてものは、
所詮他人事でしかありません。
「かわいそうに・・。」と言ってみても、
ただ言葉でそう言うだけで、
それ以上の悲しみなど感じないものです。
人は
まるで赤の他人の悲しみなどは、
全く感じないようにできています。
そうでなければ
やっていけないからで、
だからと言って
その人が冷たいわけではありません。
今、
活断層の真上に建っている
静岡県御前崎市の
浜岡原発(1号機~5号機)に事故が起これば
ニュースなどでは言いませんが、
1,300万人が住む
東京都は
偏西風に乗って流れてくる
放射能によって壊滅します。
東京都の壊滅は
日本が滅びることを意味します。
そのようなことを想像できない人は
もう少し
福島原発の悲惨さを
勉強してみてください。
除染活動なんて言うのは、
国家がやっているマスターベーションみたいなもので、
国民を欺く自己満足でしかありません。
対症療法では
病気が治らないのと一緒で、
除染活動で原発事故が治るわけではありません
その証拠に、
いまだに爆発した原発の炉心には
全く近づくことができないばかりか、
それ以上に危険と言われる、
何千本もの使用済み核燃料棒が入っているプールは
まるで手つかずです。
原発の事故が
どのくらい悲惨なもので、
さらに今後
今ある原発が
どのような事故を引き起こす危険性があるのか、
それを知れば、
とても原発推進などはできないはずです。
それを知るための
貴重な本をご紹介します。
「原発ホワイトアウト」
若杉 冽 (名前は伏せてありますが、現職官僚)
福島の原発事故は
すでにのど元を過ぎた感じになってきています。
福島の汚染地域の人でも、
もうすぐ帰れるかもしれない、と
思い始めているかもしれない。
放射能とは
そんなに生易しいものではない。
福島県に縁がなく
原発事故など
遠い地域のことでしかない、と思っている人。
是非読んでみてください。
残酷さを知らなければ、
事の重大さは語れません。
そして、
残酷さに目を背けることこそが残酷なのだということを、
知ってください。
TVなどのニュースで
どんなに原発事故のことを
聞いても見ても、
所詮他人事でしかない人には、
是非読んでほしい一冊です。
いとも簡単に
次の事故が起こる可能性があると知れば、
背筋が寒くなる思いです。
現職官僚が書いた
迫真に満ちたストーリーは、
フィクションの位置づけではありますが、
実名の政治家も出てくる
完全にノンフィクションそのものです。
読者の方で、
東京都民の方がおられましたら、
この本を読んで
知事選に生かしてほしいと思います。
私は
政治的に
誰を応援するというつもりはありませんが、
少なくとも
我欲を捨ててでも
原発推進だけはしたくないと思うものです。
投票は自由ですが、
知らずに投票するよりも
知っていてその人に投票するという
1票の責任を行使してほしいと願うものです。
都知事選 ~小さな参考情報~
盛り上がりに欠ける都知事選の
小さな情報を少しだけ。
選挙ポスターを張る掲示板、
東京都内に何枚あるか
ご存知ですか。
こんな大型の掲示板が、
都内には実に
14,132枚 あります。
その3分の2は
使われていませんが。
東京都の有権者数は、
1月22日現在で
約1,082万人。
1自治体の首長選挙では、
世界有数の有権者数です。
このポスター掲示板は、
この大きさ(3.8m X 1.3m)で
通常1枚当たり
37,800円ほど。
ただし今回は、
準備期間が短かった上に、
年末年始を挟んだため
正月返上での製作費は
今までよりのずっと高め。
総額5億円 を優に超える。
金がかかるのは
都だけではない。
このポスター掲示板全てに
自分のポスターを張るため
業者に委託すると
最低でも
数百万円 はくだらない。
他に
ポスターの作成・印刷費がかかる。
ポスターの作製費は、
有効投票総数の1割以上を獲得して
選挙供託金300万円が返還される候補にのみ
公費が支出されるが、
冷やかしとか、売名程度の候補には支給されないため
そんな候補は
全て自費で作成しなければならない。
そんなこともあって
掲示板はがら空き。
その程度の人間に
都知事を任せられるはずがない。
ここから先は
筆者の勝手な
候補者寸評。
舛添要一氏。
今のところかろうじてトップの位置にいるそうだが、
自民党を除名された人間が
自民党の応援を断りもせず、
甘んじて受けた時点で、
彼の最初の主張であった
「原発は適時廃止」の掛け声は
全く聞こえなくなってしまった。
選挙公報にも載せていない。
そりゃ、自民党に応援してもらえば、
原発廃止なんて言えなくなる。
この一つを見ても明らかなように、
政権に就くため(権力と金を得るため)ならば、
自分の政策は
いとも簡単に変える
恥も外聞もない人物。
それは自民党も同じ。
選挙で言っていたことを
平気で変更する人は
とても信用が置けない。
田母神としお氏。
言っていることは勇ましい。
きっと
中国や韓国の脅しなどには屈服せず、
日本を守ってくれる人になるだろう。
そういう意味では
私の心にかなう人。
しかし
原発推進派。
私の考えには全く沿わない。
細川護熙氏。
「殿の御乱心」などと言われている。
老害も出そうだが、
老骨に鞭打って
行動を起こすというところは良い。
ただ
年齢が年齢だけに
長く都政を任せられるか、
そこが問題。
宇都宮けんじ氏
首都東京から
原発ゼロを実現、というのは
細川氏と同じ。
他の政策も、
細川氏と
似たり寄ったり。
ただ
惜しいかな
国にアピールする力が
いかにも弱い。
都知事を任せても、
言葉だけで終わってしまう可能性が高く、
思案のしどころ。
この人が
細川氏と票を分けてしまった時に
自民党の独裁が決定する。
他の候補者は、
寸評にも値しない。
日本人は、
自国に原子爆弾を2発も落とされ、
何十万人という国民が
原爆の犠牲になったのに、
そして、
4基の原発が爆発して、
広島型原爆の
何十倍もの放射能を浴び、
多分何百万人が被災者となり、
将来的には
何十万人のがん患者が発生する可能性があるのに、
それでも核に対して
何の恐れも感じないとは、
何をかいわんや。
のど元を過ぎれば、
すぐに熱さを忘れる
全くおめでたい人種だことと
あきれるしかない。
平和ボケもここに極まれり。
そんな事故が起こるはずがない、と思っていたのに
原発の事故は起こったのである。
今後は起こらない、ということは
絶対に言えない。
よくよく考えて
選挙に臨んでほしいものである。
景気が回復しなければ、
自分の会社の業績が上がらないので、
自分の給料も上がらないから、
それでは困る。
金に目のくらんだ
実業界に身を置く人の
悲しい考えかた。
自分の生活は
我慢してでも
国民の、
家庭の
そして自分の子供の安全が
まず第一である、と
どうして考えられないのだろうか。
人の欲とは恐ろしい。
都知事選 ~投票すべき人の判断基準~
都知事選は
16人もの立候補者がいるにもかかわらず、
今一つ
盛り上がりに欠ける。
なぜか。
立候補者の過去が、
汚辱にまみれ
およそ清廉潔白というイメージが
まるでなく、
信頼するに足るものがないか、
もしくは、
都知事を任せるには、
まるで力不足を思わせる人ばかりだからである。
それでも運動は続く。
たまたま
立川に行った時の
細川護煕候補の街頭演説。
小泉元首相の応援を得て、
原発即廃止を訴える。
都知事選に
原発の話題は当たらない、という人もいるが、
その人の言うことこそ当たらない。
それは与党かもしくは
与党を応援して
金儲けをたくらむ連中の言うセリフ。
国民の安全と
金儲けとどちらを取るかと言われて、
金儲けを取る今の与党に
国家は任せられない。
そのように考える人に
共鳴する人がいても
何らおかしくない。
小泉元総理に
手をあげて合図をしたら、
こちらを向いて
合図を送ってくれた。
選挙中は
誰も選挙民を無視はできない。
石原慎太郎元都知事が推挙した
猪瀬前都知事は、
5,000万円の金を
貰ったの借りたので
都知事を辞任。
石原元都知事も
この人脈での金のしがらみは
猪瀬前都知事よりもあったろうが、
政治力で話題になるのを
完全に抑えた。
今回立候補した細川氏は、
猪瀬氏の2倍の
1億円の裏金で
首相を辞めた人物。
そんな人を
脱原発だけで押す小泉氏。
「年寄りの出番ではないとか言われるが、
何もしない若者よりも、
こうしなければいけないと
行動を起こす年寄りの方がずっと若い」、
ときっぱりという。
彼も現職時代は
原発推進派。
しかし、
首相を辞めてから、
原発は危険だと気が付いた、らしい。
私に言わせれば、
原発が危険なことは
原発ができた時からわかっていること。
放射能を
制御できない人類が
核を扱うべきではないというのは、
私の持論。
「核と遺伝子は神の領域」。
いまさら何を、という感じだが、
核を推進する者よりもいい。
都知事選の候補者は、
どの人も
過去にいろいろなことがあったり、
いかにも力不足であったりと、
誰にするか判断に迷うところであるが、
私の考え方は決まっている。
人は、
過去に生きるものではない。
その人の過去がどうであれ、
その人が
今後何をしてくれるか、ということを
考えなくてはいけない。
「過ちて改めるにはばかることなかれ」。
少なくとも、
原発事故は
自民党の政策の責任において起こったことなのに、
自民党は、
詫びることもせず
方向転換することもせず、
過ちてなお
改めようともしない危険な党であることは明白。
候補者の選定に迷ったら、
その候補者が
今後何をしてくれるのか、
それを判断基準にしてほしい。
過去ばかり見ていたら、
選挙民は、
自分が一番信じられない存在になってしまうことに
気付いてほしい。
渋谷のハチ公前の広場では
ドクター中松という
何のために立候補したのか分からない候補者の
街頭演説。
ほとんどの人が
ちらッとみるだけで
立ち止まろうともしない。
売名しかなさそうな候補者。
私は
選挙運動に
白手袋などしてくる候補者には
絶対に入れない。
選挙民を
汚いものとして見ているような、
あるいは、
自分の汚いところを
手袋で隠しているような、
そんな気がするからである。
選挙民の心を
まるで分っていないこんな候補者もいる
東京都知事選。
笑ってやってください。
16人も立候補しているのに、
1月29日(昨日)時点で
ポスターを張っているのは、
わずか6人。
いかに何の意味もない立候補者が
多いか分かろうというもの。
都知事選は
冷めていますが、
国が原発を推進するというのなら、
それを止める候補に1票を投じて
制御する力を見せるのも
一つの方法。
でないと
日本は世界一危険な国家になってしまう。
自然界では
命が最優先することは
前のブログでも書いた。
欲にまみれた判断をせず、
是非安全を最優先で
考えてもらいたい。
安全は国の宝、自然の宝。
ワカケホンセイインコ ~我が家を覚えてくれたかも~
我が家の庭では、
昨年は
数えるほどしか見かけなかった
ワカケホンセイインコ。
今年はもう
2回目の訪問になる。
ひょっとしたら、
我が家を
覚えてくれたのかもしれない。
夫婦で飛来。
お尻を向けているのが
メス。
お尻でメスとわかるのではない。
前を向いてくれているのが
オスだから、
もう一匹は
メスでしょう。
輪掛けとはよく言った。
実にわかりやすい名前だ。
ちょっと違うが、
ハトにこのような模様が付けば、
「ジュズカケバト」と呼ばれる。
このインコは、
メスの方が積極的。
インコ特有の
くちばしを使って
木を降りていきます。
くちばしを
まるで道具のように
実に器用に使います。
枝が混んでいるので、
羽が広げられないからですが、
何とも愛嬌のある姿です。
本当なら、
オスが果敢に挑戦するところでしょうが、
この番いは
カカア天下なのかもしれない。
かといって、
余りにもメスに後れを取っては
オスの沽券に係わるので、
ついていきます。
シジュウカラの巣箱のところまで、
降りてきました。
この巣箱の下の方の枝に
ひまわりの種を入れたエサ入れが
吊り下げてあるのですが、
熱帯地方では
高い木の上ばかりを飛びまわている鳥ですので、
地面近くに降りるのには、
相当な勇気がいるでしょう。
ひまわりの種は
もうすぐ。
そしてその時、
またしても道路を人が通ります。
前回もそうでしたが、
人が通っても餌が優先するような
油断は見せません。
今回もここまで。
ひまわりの種が
おいしい餌であることはわかっているのだが、
シジュウカラみたいに
体が小さくないので、
急に危険が迫った時に
すぐに反対側に飛び立つというわけにはいきません。
命あればこその
ひまわりの種。
生き物にとって、
自分の身の安全の確保というのは、
どのような欲望よりも
最優先するはずなのですが、
危険とわかっていても
しがらみがあって
数十年おきに大地震のくる地域や
放射能まみれの地域から
子供を道連れにしながら
逃げ出せないでいる人は、
何とも悲しい。
危険に対する認識を
考え直す時が来ている。
そんな感じのする
人の世界です。

























