昭和記念公園花火大会 ~夜空に咲く大輪の花~
しばらくブログ更新を
休みました。
ブログは、
なんのために、
誰のために、書いているのか、
自分への問いに対して
答えを見つけるためでした。
そんな最中の
2014年7月26日(土)夜
昭和記念公園で
花火大会が開催され、
久しぶりに
見に行ってきました。
(昨年は直前に急に降り出した豪雨のため、一発も打ち上げることなく中止)
だから、
今日のブログは
夜空に咲く
ただただ綺麗な
色とりどりの
光り輝く大輪の花を
読者の皆さんにも
見ていただきたくて書いています。
花火を見るのに
言葉は要らない。
写真を見て、
雰囲気を味わっていただければと思います。
昭和記念公園の花火は
5,000発。
人出は推定
35万人。
始まる前の
「みんなの原っぱ」の模様ですが、
東京ドーム2つ分の広さがある広場は
人、人、人。
浴衣姿の若い男女が
たくさんいて、
日本を感じさせてくれます。
雰囲気を出すためのパノラマ写真。
花火に戻ります。
こうして
19:20から20:30迄、
たっぷりと
そしてゆっくりと
夏の夜空に咲く花火を
楽しみました。
5,000発の中の
わずか20発程度の花火ですが、
雰囲気を味わっていただけましたでしょうか。
因みに
隅田の花火は
総数20,000発らしいですが、
多ければいいというものでもありません。
街の中ですので、
綺麗に見える場所は限られていて、
人ごみは地獄の様相。
一度行ったら二度とはいきたくない花火大会ですが、
昭和記念公園の花火大会は、
芝生に寝転んで、
ゆっくりと楽しめるので
毎年でも飽きません。
富士宮旅日記最終編 ~浅間大社境内散策~
「富士宮・まちなかアートギャラリー」 で始まった、
富士宮旅日記も、
「勇壮な手筒花火」 を経て
いよいよ
今回をもって最終編となります。
前日は
台風が迫ってきていましたので、
参拝どころではありませんでしたが、
台風も
神の御社に恐れをなしたか、
静岡県の沖合海上を
特急列車並みの速さですり抜け、
今はすでに東北あたり。
だから今日は晴れ。
天気が良くなれば、
「富士山本宮浅間大社」に
参拝しないわけにはいきません。
因みに
浅間大社の
木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)
(別称:浅間大神(あさまのおおかみ))
- 相殿神が、
- 瓊々杵尊(ににぎのみこと)と
大山祇神(おおやまづみのかみ)
昨日の
激しい雨風とは打って変わって、
今日は富士山まで
顔を出してくれました。
浅間大社の大鳥居と
その富士山を背景に
みんなで記念撮影。
筆者は当然のことながら、
いつも写りません。
日本の国旗が
日本一のお山の富士山には
良く似合います。
7月11日撮影。 写真右下の時計はちょうど13時を指しています。
富士の頂には、
少しだけの残雪が見えますが、
登山には支障ありません。
浅間大社を案内してくれるのは、
青磁作品でご紹介した
「荒木貞年氏」。
彼の着ているバーバリーの赤いシャツが
ずっと後方に写っている
富士宮焼そばの看板の色や、
浅間大社の社の色と
ぴったりと合っています。
以前来たことのあるところですが、
新しい気持ちで
全員鳥居をくぐります。
鳥居の奥には
「楼門」。
楼門は、
間口4間、奥行2間半、高さ6間半2階入母屋造で、
正面・左右脇に扉が付いています。
そこを入ると、
奥に見えるのが
「拝殿」。
拝殿は
本殿と同じく
徳川家康公の寄造営によるもので、
屋根は本殿と同様檜皮葺、
外側・内側は丹塗となっていますが、
極彩色は蟇股・虹梁彫刻などにとどまります。
拝殿で、
気持ちだけのお賽銭を入れ、
家族全員の健康祈願。
お金を出して
願い事を聞いてくれるように
政治家などに頼むと、
立派な賄賂になるのだが、
賽銭箱に入れると、
賄賂にはならない。
政治家の事務所の前にも
賽銭箱を置いておけば、
ひょっとして
賄賂にならないのでは?などと、
バカなことを考えてみる。
神様にお金をあげても
賄賂にならないもう一つの理由は、
どんなに高額のお金を出しても
神様は願い事など聞いてくれないから、
賄賂にはならない。
願い事を聞いてくれないことが分かっていても、
やはりお賽銭をあげるのは、
あげないより
あげたほうがいいだろうという、
個人の自己満足だけ。
拝殿の前を右側にすり抜けて、
拝殿の奥を見ると
そこには2階建ての
「本殿」。
本殿は、
二重の楼閣造で棟高45尺、
浅間造りと称し
其の構造は他に例がありません。
1階は5間4面葺卸の宝殿造り、
2階は間口3間奥行2間の流れ造りで
共に桧皮葺です。
明治40年5月27日古社寺保存法により
特別保護建造物に指定され
以後国宝又は重要文化財として
特別の保護を受けてます。
さらに境内を右に移動すると、
そこにはきれいな水をたたえる
池がある。
富士山の雪解け水が
コンコンと湧き出る池。
1年中枯れることのないこの池の名は
「湧玉池」。
国指定特別天然記念物。
池が
特別天然記念物なのですね。
写真の赤い矢印の先から
新鮮な水が湧き出ています。
富士山の溶岩の中を
通り抜けてきている水ですので、
濾過作用を受けて
昨日の台風による大雨の時でも
決して濁ることはありません。
だからこその
天然記念物。
「水清くして魚(うお)住まず」。
澄んだ水には
餌となる生き物がいないため、
魚も住まない。
すんだ水と
すまない魚を
掛けたような言葉だが、
湧玉池は例外。
池には
たくさんのニジマスが
気持ちよさそうに泳いでいます。
やはり
天然記念物の池は
そんじょそこらの池とは違う。
見ている方も
気持ちが澄んできます。
この池を通り過ぎて、
境内の外へ。
浅間大社境内散策で、
富士宮の旅を終わります。
長いことお付き合いいただき
ありがとうございました。
最後になりますが、
伊良湖からお出での
Tさん。と、
名古屋からお出での
よっちゃん。と、
まちなかアートギャラリーと
浅間大社をご案内いただいた
荒木貞年ご夫妻。には、
改めて
心から感謝の意を表します。
ありがとうございました!
お願い
金儲けのブログの筆者・プロフィール不明の人のコメントや、
「色んなブログ巡回していたらたどり着きました(´・ω・`)記事とってもよかったですよ(´・ω・`) また遊びに来ますね♡ /・_・ヾ\私のページにも遊びに来て頂ければ嬉しいです♪では、おじゃましました~(o*・ω・)ノ」とか、
「ブログ読ませて頂きました(^O^)ひと通り目を通させて頂きました~!それでは、また~(・ω<)」とか
「記事見させてもらいました(*^o^*)/色々な方のブログを読むのが趣味なのでまた遊びに伺わせて頂きます(_≧Д≦)ノ彡☆♪私のブログにも訪問お待ちしています♪♪(●^∀^●)♪♪」とか
「失礼しますね。思わずコメントしてしまいました。迷惑ではないでしょうか?
よかったら私のブログも読んで見てほしいです。」などのような、
ブログの内容に関係のないコメントは当ブログには不要です。
書き込みご遠慮ください。
富士山本宮浅間大社開山祭 ~勇壮な手筒花火~
富士山の開山は
山梨県富士吉田コースは
7月1日ですが、
富士山本宮浅間大社
富士山頂奥宮・久須志神社は
7月10日に開かれ、
富士宮市の本宮では
その日に開山祭を齋行します。
7月10日 午後8時
富士開山奉納手筒花火が
拝殿で忌火を戴き、
浅間大社神田川ふれあい広場で、
白糸原手筒花火保存会によって奉納されました。
その時の様子を
ちょっと遅くなりましたが、
皆さんに見ていただきたいと思います。
まず最初は
据え置き式の手筒花火。
あくまでも
手筒花火ですので、
打ちあがって中空で
パッと開く花火ではなく、
火柱が夜空を裂いて
次々と吹き上がります。
開山祭の10日は
台風が渥美半島に上陸し、
夜中に静岡沖を通過の予定。
だから
富士宮の天気は雨。
その雨をついて行われた
手筒花火奉納。
天からは雨が降り、
手筒からは火が噴きあがり、
雨と一緒に火の粉も降り注ぎます。
手に持った筒からは
ものすごい勢いで
火が噴きあがります。
風向きによっては、
持ち手に次から次に
火の粉が降り注ぎます。
熱くはないですか、と聞いてみたら、
やっぱり熱いですよ、と
平気な顔で答える。
祭りの男の
心意気である。
少々の雨なんか
なんのその。
開山祭は
この日でなければいけないので、
順延などと言うことは
鼻っからから考えていない。
台風をものともせずに
実施されたのだから恐れ入る。
雨は降る、
火の粉は降る。
きっと
血の雨が降ろうと
決行したのだろう。
観客は
傘をさしての見物である。
台風前の
雨の日だから、
当然観光客は少ない。
だけどこの開山祭は
観光客のために行っているのではないので、
雨天決行。
火柱の灯りが
濡れた地面に映えて
迫力がいや増す。
次から次に
手筒が火を噴き、
いよいよ終わりに近づいた。
最後は
総出の手筒花火。
10本ほどが
一気に火柱をあげる。
迫力満点。
真っ暗な夜空を焦がして、
火が噴きあがり、
白煙が舞い上がる。
傘をさしているのがお分かりだと思う。
そんな雨の中、
勇ましい開山祭の
手筒花火奉納は
無事に終了した。
夜8時に開始されて、
終わったのは8時半。
30分の間、
いっときも休むことなく
手筒花火は火を噴き上げた。
終了の合図のあと、
観客に
使った手筒をプレゼントされたが、
たくさんの人が並んで
記念に貰って帰っていた。
名古屋からきた、
「よっちゃん」は
土産に持って帰るのだと、
2本も貰ってきて、
車に積み込んだ。
私も
車だったら貰ったかもしれないが、
何しろ新幹線では
ちょっと荷が重すぎて、
やむなく断念した。
富士山本宮浅間大社開山祭の
手筒花火奉納の様子でした。
富士宮アートギャラリー ~人々との出会い~
富士宮アートギャラリーについて
筆者に情報を提供してくれたのは、
前のブログでご紹介しました
陶芸家「赤の荒木こと荒木俊雄氏」 の弟で
通称「よっちゃん」と呼ばれている人。
私が名古屋在任中に
ずいぶんとお世話になった方である。
すでに名古屋を離れてから、
10数年が経とうというのに、
いつまでも忘れずに
気を遣っていただける。
一般的に
名古屋人はなかなか他人を近づけない、といわれるが、
その反面
一旦お近づきになると、
とことんどこまでもお付き合いいただける
そんな良さを持っている。
荒木俊雄氏は
己が亡くなってからでも、
多くの人を同じところに呼び寄せる
そんな素晴らしい力を持った人である。
写真右が
「よっちゃん」。
その隣の赤いシャツの人が
青磁の「荒木貞年氏」。
彼の作品については
次のブログをお読みください。
「第12回富士宮まちなかアートギャラリー ~荒木貞年氏の青磁作品~」
左端の男性は、
伊良湖でミニトマトやメロンなどを
大々的に栽培しておられる
俊雄氏の従兄にあたる
「Tさん」。
私が富士宮滞在中は
ずっとこの方の運転する車に
同乗させていただきました。
俊雄氏が
白山窯を構えておられる
愛知県常滑からは、
旧友が
3人もお出でになった。
俊雄氏の
小学校時代からの同級生。
俊雄氏は
1939年生まれだから、
同級生ということは
皆さん、
当年とって75歳。
とてもそんな年齢には見えない
若さと元気さがある。
写真左の女性は
「Kさん」。
その笑顔をご覧ください。
年齢より
10年か20年は若く見える。
女性恐るべし。
隣のよっちゃんをおいて、
その右は
「I さん」。
学校の校長先生のあと
教育委員会の委員長まで
勤め上げられた方。
一番右の方は
「Fさん。」
今だに会社の経営者で、
この年齢になっても、
パソコンにめっぽう強い人。
私は
今回初めてお会いしたのだが、
Fさんは
とうに私のことを御存じで、
私のブログを検索で探し当てておられた。
これには私もびっくり。
俊雄さんとの関係で、
富士宮に足を運んだら、
このようないろいろな素晴らしい方々との
出会いがあった。
俊雄氏は
亡くなってなお人を集める素晴らしい人である。
この時は
同じところでお茶を飲み
ひと時の休憩をとったのだが、
さらに作品を見るために
私たちは
常滑から来たお三方に別れを告げた。
「もう会えないかもわかりませんが・・・。」
そんな挨拶をしたあと、
いろいろな作品の鑑賞をして、
この展示場に入った。
富士宮信用金庫神田支店2Fの
現代日本画展示場に足を踏み入れて
驚いた。
常滑の3人組が
すでに来ておられた。
富士宮商店街の
まちなかアートギャラリーは
総延長距離
約1.7kmにおいて展開されており、
60店舗もあるので、
そう簡単に会えるとは思っていなかったのだが、
お互いにばったりと出会って、
大笑い。
縁とは微妙なものです。
お互いにびっくりしながら、
また同じ挨拶。
「今度こそもう会えないかもわかりませんので、お元気で」
富士宮に来たら、
好き嫌いにかかわらず、
富士宮焼そばを食べよう、ということで、
お宮横丁へ入る。
前日は台風襲来のため、
ここには人っ子一人もいなかったのだが、
今日は台風一過の晴れの日で
お客さんの姿が見える。
入ってみて、
またびっくり。
常滑3人組が
すでに来て
焼そばや餃子など
パクパクと食べている。
縁は異なもの味なもの。
これらもみんな
俊雄さんのなせる業だったかもしれない。
そんなこんなの出会いがあって
車の乗せていただいたTさんに、
栽培しているメロンを
割安で分けてくださいとお願いしたら、
「いいですよ」と
快く引き受けていただき、
富士宮から帰り着いて
いくらも経たないうちに
おいしそうなメロンが送られてきた。
温暖な伊良湖で栽培された
みさきメロン。
見るからにおいしそうなメロンだが、
あと1週間くらい置かないと
今はまだ食べられない。
しかし
みんな一緒に熟れてきたら、
夫婦二人だけだから、
毎日1個ずつ食べなければいけないのでは、と
今から心配しているところである。
荒木俊雄氏が取り持った
人との出会い。
世界がまた少し広がった。
富士宮での話は
もう少し続きます。
第12回富士宮まちなかアートギャラリー ~十時孝好・佐野彰秀・谷川仁~
富士宮まちなかアートギャラリーには
数十人の芸術家の作品が展示されているので、
みんなをご紹介するわけにはいきませんが、
今回は、
荒木俊雄氏と荒木貞年氏の
お二人と親交のあった
三人の作品を
簡単にご紹介したい。
まず始めは、
この方。
十時孝好氏
画家であり、
且つ
彫刻家でもある。
平面と立体の
両方をこなす芸術家は
珍しい。
絵の中に潜むうさぎ。
敢えて潜むと書いたのは、
顔以外は
空間の中に溶け込んでいるので、
実態がつかめないから。
今にも飛び出してきそうな
顔つきである。
そして、
それが実際に飛び出してきたのが
この木彫。
砂浜に打ち上げられた
流木のような木材に
うさぎが命を吹き込まれて
誕生したような作品。
これなどは、
完全に体まで出来上がって、
空間に飛び出してきた。
ダンスを踊っているような
軽やかな格好だが、
長い耳が
ダンスの動きに付いてこれるのかどうか
ちょっと心配。
この作品も
流木の塊から生まれたのだろうか。
もしそうなら、
これは流木じゃなく、
完全に
龍木。
木には
いろいろな命が宿ると言われるが、
まさにその通り。
さて今度は、
大きな作品から
一転して
簡単に手のひらに乗る
小さな作品をご紹介しましょう。
この方。
バンブーアートの
佐野彰秀氏。
数cmしかない
精巧なギターについては
前のブログでも見ていただいた。
ペン先で爪弾けば
音が出そうな作品であるが、
試すことはできない。
佐野氏は
バンブーアートの芸術家だと
表記されているが、
使う材料は
竹だけではない。
木彫の
昆虫や植物もある。
富士宮の
溶岩でできた池で泳ぐ
ニジマス。
ガラス越しなので
余り綺麗に写っていないが、
溶岩の上には、
カニやカタツムリが乗っていることもお見逃しなく。
今度は小さな猫たち。
表情豊かな猫たちの姿。
自宅で
猫を何匹か飼っておられるとのことだったが、
きっとその猫たちがモデル。
このようなネコたちが
どのように生まれるのかをお聞きしたら、
一気に一日で誕生させる
とのことであった。
素材は
竹や木だけではない。
高価な象牙もあれば
マンモスの牙もある。
このセミは
裏側も綺麗に足が
1本1本彫刻してあるから
驚く。
しかし、
昆虫のことにちょっと詳しい筆者に言わせれば、
このセミは
死んだセミで
命が感じられない。
モデルとなったセミは
当然死んだセミだったのだろうが、
作者には、
死んだセミを
生きていた時の姿に復元して
彫刻してほしかった。
生きて木にとまっている蝉は、
足が6本とも
体の外側に広がっているものである。
さて、
小さな芸術家が終わったら、
今度は
荒木氏と同じ陶芸家。
出身も
荒木氏と同じ
常滑。
荒木氏に登場願えば、
この人を忘れるわけにはいかない。
そんな関係の人。
藻がけの技法で作成された
急須(後手茶注)。
店舗の中に展示されているので、
販売している製品も
一緒に写っています。
藻がけ玉露湯呑。
こちらは
藻がけ煎茶湯呑。
同じ湯呑でも
こだわりの作品。
きっと
荒木俊雄氏が健在の頃は
お互いに
作品の良しあしを論評しておられただろう人の作品。
釉薬のかけ方にも
ひと工夫があります。
第12回富士宮まちなかアートギャラリーは、
盛大に開催され、
そして幕を閉じた。
筆者に関係のある
数人にご登場願いました。
富士宮アートギャラリーの関係記事は
今度は
人的関係で
もう少し続きます。
ぜひまたおいでください。



































































