お久しぶりです。
春季記録会がなくなってしまい、なんともやるせない気持ちになっている松浦です。
とても長くなりそうなので暇な時に読んでいただけると幸いです。
まずは僕の10年間の学生陸上に関わったすべての人に感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。
早いものでもう卒業です。
正直4年生の記憶がほとんどありません。合宿とか大会もほとんどなかったからですかね、今思うとあんなにキツいメニューやっていたのにそれが恋しくなるなんてもう重症なのかなと思います笑
引退している4年生も意外と走っていたり筋トレ続けている人も多いので、口では嫌いと言っていた人も意外と走る事が好きなのでは?ないかと感じました。
まずは自分の事を振り返りたいと思います。
・中学、関と丸山と同じ中学校の鬼顧問陸上部に入部。週3回ある朝練のペーランで過呼吸を続けてめちゃくちゃ苦しいし向いてないのかなと感じていました。それでも何故か異常に負けるのが嫌いな中学生で帰った後も練習をしていました。3年の時は1500mで全国まであと0.19秒足りずに県大会入賞で終了。走り終わってからずっと泣きながら帰ったのをきっと死ぬまで忘れたません。
・高校、中学の悔しい記憶を胸に駅伝で全国大会を目指すことに。國學院久我山の陸上部のスポーツ推薦のメンバーは全国大会経験ありの人が多かったのですが、僕の代では全員出場がありませんでした。担任、先輩などからは「ハズレ年」と言われ、悔しい通り越して怒りになりました。ハズレ年と言われた同期たちで絶対に記録を出して見返そうと言う話もしました。
インターハイ出場はならなかったものの、都駅伝で優勝、全国高校駅伝では東京都で歴代2位の記録を残せ、今は亡き監督に育てていただいた恩返しが出来たと思います。
・大学、自らの適性を考え中距離を専攻する事に決断して学習院大学陸上部に入学。曲直瀬さんという久我山からの大先輩もいたおかげで伸び伸びと陸上を4年間続けて、目標であった日本選手権、全国インカレは出れませんでしたが、学習院大学記録を更新した事。中距離グループの礎を作れた事は自分の中で大学での成果だと思っています。
中距離であった、水野さん、まる、はやと、しゅうじ、めぐみちゃんは本当にこんな自分と長い間付き合ってくれて本当にありがとうございました。
ざっと僕の陸上人生はこんな感じでした。
色紙をいただいて、色んな方に「ストイック」という言葉をいたきました。僕は自身のことをストイックだとは思っていなくて、ただの負けず嫌いだと思っています。また松浦は才能があるから...と言う言葉も大学に入ってから言われた事があったのですが、それも違うなぁと思って。。上の10年間を見てもらうと分かると思いますが
僕には才能がありません。
これはネガティブな話ではなく、自分では、負けないように勝てる様に、どうすればいいんだろうと試行錯誤した結果がこの成果を産んだものだと思います。
才能があれば練習しなくても脚は速いしなんでもできます。僕は負けるのが嫌でひたすらに走っていました。だからこそ対抗戦でも絶対に1位が良かったし、はやとが来てから練習で負けるのもめちゃくちゃ嫌でした笑
何をお伝えしたいかと申しますと、才能なんて言葉で片付けず、よく考えて着実に努力して欲しいという事です。
上の文章、めちゃくちゃぼんやりしてますけど僕の中でこれが一番まとまっていると思います。
学習院はほんとに色んなレベルがいますが、記録が伸びる喜び、順位が上がる喜びは平等で部活に所属するなら目指すべきだと思います。みんなが言う様に楽しくね。
是非みなさんには才能ではなく努力を理由に勝ち上がって欲しいなと思います。
大した記録を出していない自分が言うのも少し変ですが笑
ビックリするくらいまとまらなかったんですけど、この文章が誰かの何かに引っかかって記録が伸びてくれることを祈ってます。
4月からの勤務地がわかりませんが、走ることは好きなのでまたどこかで練習や試合に顔を出せたらなと思います。その時は仲良くしてください。
嫌な事も楽しい事もありますが、それも部活動の醍醐味で今後に繋がると思います。大学生の陸上生活を謳歌してください。
今まで本当にありがとうございました。みんなの事が大好きです。
