研修の前には、リハーサルが欠かせない。


しゃべる内容の確認と表情のチェック、進め方の確認をする。

当然ながら、駆け出しのころと今とでは、リハーサルにかける時間も違うし、力を入れるポイントも違ってきている。


ここ最近は自分でデザインした企画で、自分が作ったテキストで研修を実施する場合が多く、当然自分が作ったものだから、リハーサルも短くて済む。


しかし、他人がデザインした研修は、やはりリハーサルに多くの時間をついやすことになる。


なぜ、こういう話の流れなのか、どういう背景やロジックでもって、このスライドが存在しているのか、そういうことを理解することが必要である。


そしてそれを理解するには、リハーサルをするしかない。


リハーサルをしていると、デザインした人の意図や知識レベル、苦悩、なぜここで言葉足らずなのかなど、その人の性格や考え方のパターンまで見えてくる。


という話をしていたら、


「なぜ、そんなことまでわかるんですか。」と質問した人がいた。


「それは、研修と受講生が好きだからじゃないかな」と答えた。


こんな言葉を読んだことがある。


「その人が何を愛しているかを知るには、その人が何に時間を費やしているかを見ればわかる」


私は、「研修やその準備に最も時間をかけているので、研修そのものや受講生を愛している。」ことになるのだろう。

今日、研修の中でディスカッションをしているときに、こんな意見が出た。


「いかに部下を効率的に育てていくか」


残念ながら、教育は効率では計れない。


教育を商品として捉えてしまうと、いかに「安く・早く・うまく」やるかというワナに陥ってしまう。


つまりいかに最小限の努力(INPUT)で、最高の成果(OUTPUT)を得られるかというワナにハマるのだ。


だいたい、1つの分野に精通し、専門家といわれるレベルに到達するには、3000時間の経験が必要と言われている。


さらにその分野について書籍を著したり、権威と言われるようになるには、1万5千時間。


そして、達人と言われる域に達するには3万時間が必要である。


しかしである。


「すぐに○○できる」とか、「たった1日で○○できる」、「たった3時間で成功できる」などという一見簡単そうなノウハウが、最近流行っている。


書店をのぞいても、そんなタイトルの本が山積みなっている。


教育の専門家から言わせると実にバカバカしい話だ。ナンセンスの極致である。


経済を語りたいなら、キャッチーなノウハウ本でななく、サミュエルソンを読め。マルクスを読め。シュンペーターを読め。


システム思考の法則にもあるとおり、「安易な出口は、通常もとの入口に戻る」のだ。


安易なノウハウでうまくいった人間は、次にさらに安易なノウハウを求める。麻薬と同じようなものであり、依存性があるのだ。


安易なノウハウ・解決策とは、つまり努力を必要としない、時間のかからないことであり、人間的な成長とは真逆の方向に向かうということだ。


人間は、時間をかけてまわり道をし、理不尽な仕打ちや痛い思いを消化し、苦痛を乗り越え、成長する。努力が必要なのだ。


私としては、安易なノウハウを求めず、真に成長するために悪戦苦闘、四苦八苦している人間を微笑みをもって、見守りたい。

先日、駅前で立っている赤い羽根募金をやっていた。


背中の曲がったおばあさんが、声をからして募金を呼びかけていた。


無視しきれずに、千円札を募金箱に入れた。


その時のおあばあさんの喜びようといったら、大変なものだった。


「こんなにたくさん入れていただいたんだから、赤い羽根、10枚持って行きなさい。」


と顔をくしゃくしゃにした笑顔で、強制的に10枚の赤い羽根を渡された。


別に赤い羽根は、欲しくはないんだけれども、その気持ちがうれしかった。


たった千円で大きな幸せをもらったものだ。

その話を先輩に話すと、


「募金というのは、どのように使われるかわからないし、本当に困っている人に届くかどうかもわからないから、僕はしない。」

興ざめした。

そういうことではなくて、おばあさんの笑顔が嬉しかっただけなのにね。