前前前世の前年の『トイレのピエタ』 | 徒然逍遥 ~電子版~

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こんにちは。行政書士もできる往年の映画ファンgonzalezです。
訪問ありがとうございます。


RADWIMPSといったら、なんてったって昨年の『君の名は。』主題歌「前前前世」で大ブレーク。知名度急上昇ということではないだろうか。
でも女優の大竹しのぶや宮沢りえちゃんなどは以前からのファンだったそうで。そんなことも手伝って本作への出演なったといういきさつあり。


『トイレのピエタ』 (‘15) 120分
梗概
才能を認められつつも、なぜか絵描きになる夢を棚上げして高層ビルの窓拭きのバイトに勤しむ若者・宏(野田洋次郎)28歳。ある日がん宣告を受け余命数カ月と知る。絶望的気分の彼に、告知に居合わせたjk・真衣(杉咲花)が「今から二人で死のうか」と提案。でも決心がつかない。

とにかく入院しての抗がん治療。小児病棟の男児との出会いを通して、他人を喜ばせることが己にも喜びをもたらす。という真理に目覚める。そしてjkに振り回されつつも彼女の生の輝きに魅かれていく。

最期は自宅で過ごすことを選択し退院。何とトイレにピエタを描くことに専念する。

 *ピエタ*
 

奇妙なタイトルだ。
“ピエタ”が何だか知っている人にとっては、この二つの名詞の組み合わせは意外の感に打たれるに違いない。
原案は手塚治虫画伯の闘病中の覚え書きだといふ。本作はトイレにピエタを描くアイディアを頂いたそうだ。


RADWIMPS野田を主役に据えた。

文字通りの主役。基本的に彼がいない場面(場所・空間)は描かれない。必ず観客が今観ているフレーム内に入って来る。よって、ほぼ出ずっぱりである。
例外的にjkが自宅にいる場面が二回、プールで脚を浸している場面の計三回が彼の完全不在である。あと、バイト先の後輩の回想シーンにも不在。彼の死後はカメラの動画のみの登場となる。


さて、その野田は表情に乏しく感情表現ほぼゼロに見える。これは素人ゆえ、といふよりは演出上の狙いだったんだろう。しかも、彼の風貌にぴったりのキャラ。野田の起用は大成功と言へる。
そんな感じなので彼の表情に動きが見られる時は、セリフが無くても心の動きを実に雄弁に物語る。下手なナレーションや会話を排し、映像作品の本来的機能を十全に発揮させているのが良い。演出と編集が上手くかみ合ってる。


彼が絵筆を折った理由もはっきりしない。が、その決意たるや岩山の如し。梃子でも動かない。その辺も饒舌に説明しないところが嬉しい。

そう、作品全体の構成に省略が目立つ。必要最小限の情報が与えられるのみ。


彼の過去と現在。jkの家庭環境。入院患者の背景。時間の経過。場所・空間の移動。どれもこれもが全体的にあっさりしているので、入念に描き込まれるパートが自然と目立つ。

近年の聖林映画を見慣れると、説明過剰気味でなければストーリーを追えなくなってくる。そんな傾向に対するアンチテーゼみたいだ。


たんたんと進行する物語に劇薬のような揺さぶりをかけるのが太眉杉咲花演じるjk・真衣だ。我々が彼女に出会えたのはまさしく僥倖と言って差支えなかろう。
広瀬すずのような美少女タイプではない。むしろファニーフェイスである。プロフィールもきれいではない。背も低く、脚部もがっしりしていてモデルタイプでもない。


が、そのまなざしの破壊力たるや絶大である


病室で野田の顔を至近距離から値踏みするように瞬きもせずにじっと見つめる。

その大きく見開いた眼の視線に耐えられず目を合わせたり逸らしたりとへどもどする彼。

追い打ちをかけるように「私に手を出したら犯罪だよ」とささやく。髪をかき上げる。

彼の反応に対して微妙に表情が変化して微笑が浮かびかける。


このシチュエーション、自分も耐えられないな。あの大きな瞳を前にしたらもう無力化してしまうだろう。魂を抜かれた状態?


とにかくも芝居の上手さは圧倒的だ。
昼間、学校のプールに大量の金魚を放ち制服のまま飛び込む。水中での泳ぎが美しい。羊水に包まれた胎児のように丸くなる姿も印象的だ。このシークエンスでの二人のやり取りが微笑ましい。

勿論、コケティッシュにしてあどけない彼女の芝居が強力な支えとなっていることは論をまたない。


夜間、宏と着衣のままプールで泳ぐ。ちょっとしたことで激高して彼を激しく責め立てる。思わず涙を流し感情を爆発させ本音を叫ぶ宏。思いがけない行動で鎮める真衣。この演技合戦も彼女のリードで静かな感動を惹起させる。


宏の住まいのトイレのピエタを眺めまわす時、無意識裡に現れる動作がリアルだ。次回作『湯を沸かすほどの熱い愛』でも同様の演技を見せていた。これはごくごく自然過ぎて見落としがちだが、いかにもありそうな感じでうならされる。


声質も心地よくセリフ回しも自然で上手いものだ。声優のオファーが来るのもむべなるかな。
続・最強太眉女優は誰だ?~杉咲花:参照
 

さてさて、その真衣は宏に向ってストレートに「死ねよ!」「あんたなんか自分で死ぬことも生きることもできないじゃん」と面罵するツワモノ。だが死を目前に控えた患者に、腫れ物に触るような気遣いを示すことなく本音で迫って来る。彼はその奔放さに圧倒されつつもなぜか嫌な感じがしなかった。

誰に対しても自閉気味だったのに本音で仕掛けてくる彼女には一種の潔さを感じて思わず心を開いたんじゃなかろうか。障壁崩壊。


では、二人は恋愛関係にあったのだろうか。
分からない。でも、宏にとってはそれとは次元が異なるもっと大きく広く深い、人間対人間のシンパシーの交感を果たしたような気がする


彼が描いたトイレのピエタを一目見れば分かるだろう。あれは愛の母子像なのだから。
その慈愛に満ちた母の腕に抱かれる宏。さぞや心の安寧を得たであろう。燃え尽きて灰と化したジョーさながらの姿。

そしてピエタの全体像が我々の眼前に徐々に大きく展開していくさまは圧巻のクライマックスだ。


一方、真衣も安らぎを希求していた。あの水中の胎児のポーズがそれを雄弁に物語る。

だが彼女にはまだ心の平安は訪れない。「私が生きてんだから、お前も生きろよ」「責任とってよね」との求めは空振りに終わった。
真衣にしてみれば悲恋物語のようにも解釈できそうだが、あなたはどう見るだろうか。


ところで普段なら120分は長過ぎるとか言って難色を示すgonzalezだが、この度は納得の尺だと思った。

 *次回作『湯を沸かすほどの熱い愛』でも杉咲花と共演*


脇役のリリー・フランキーが相変わらず好い味出してた。市川紗椰の美貌も眼福(笑)

  
本日も最後までお読み下さりありがとうございました。

 *カンヌ国際映画祭にて*

 

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