<妙なるたわ言(14)「人のなり見て」について>



 映画やドラマを観たり、本を読むのはなぜか?


 違う人の別な生き方に触れられるからだ。あるいは、同じような人の似たような考え方に共感を覚えるからだ。


 ひとつしか生きられない人生の多様性を、そこに求める。



 壮絶な生涯を送った女性の自伝的ドラマを、母と観たとする。


 「やっぱり女はこれくらいじゃないとねぇ」と母は呟く。


 「おぉ、わかってくれるのか!」とわたしは喜ぶ。



 何日かして、母は愚痴る。「そろそろ適当にいい相手と、そこそこ幸せな結婚でもしなさい」


 適齢期と世間体を持ち出し、平凡と平穏の美徳を強調する。年を追うごとにそれは強要へと変わり、やがては強制に近くなる。脅迫と言ってもいい。あげくの果てには、「親がどうにかしてやるしかないねぇ」にまで発展する。ほっといてくれよ。


 結局ドラマは、観なかったことになっている。人様の娘さんの身の上としては受け入れられても、自分の身内には置き換えられないのだ。親心とか親ばかとか言ってしまえばそれまでだが、親ばかを逆さにすれば、「ばか親」になる。どうせ忘れてしまうのなら、観てもいないし読んでもいないも同然だ。トホホ・・・。



 夫が妻にお願いしたとする。


 「頼むからまともに携帯電話に出てくれないかな」


 いつでもどこでも手軽に出られなければ、携帯電話の価値がない。


 妻は言う。「バッグの奥に入っていて気がつかなかったの」または、「キッチンにいて聴こえなかったの」


 夫は言う。「だから理由を聞いているんじゃなくてさ、とにかくちゃんと電話を取ってくれよ」


 妻が言う。「だから携帯電話って嫌い」


 今は好き嫌いを論じているわけじゃない。「これからは気をつけるわ」のひと言がほしいだけだ。


 そのわりにはやたらと新機種に買い替えたがり、しまいには憤慨する。


 「あなたのお姉さんたら、なかなか携帯電話に出なくていつもイライラしちゃう」


 夫は思う。(女の頭の中はどうなっているのだろう?)



 人のなり見てわが身を振り返ろうじゃないか。



 人のことはよくわかっても、自身に重ね合わせられるかどうかが、月とスッポンへの分かれ目だ。


 わたしは人の悪口を言うのも、陰口をたたくのも大スキだが、そんな折、(自分はどうだろう?)とさしあたりは問いかけるようにしている。自らも当てはまりそうな時は、「人のことは言えないけどさ」と前置きするが、「前置きすりゃいいってもんじゃないよ」とよく言われる。


 「でも気づいていないよりはマシじゃん」とも弁明するが、「気づいていりゃいいってもんじゃないよ」ともさらによく言われる。要は直さなきゃ意味がない。


 如何せん悲しきは、自問したとて(自分はそうじゃない)と即答を下し、それ以上の思考をシャットダウンしがちであり、あまっさえ哀しきは、それすら考えも及ばないことである。シビアだなぁ。



 ではおしまいに、本日の一句。


 「人のなり 見てぞわが身を振り返る 出来るか否かは その人となり」 ますますシビアだにゃぁ。


 次回もヨロピクピク。



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<妙なるたわ言(13)「怪談奇談」について>



 「怪談奇談」の大家といえば、ラフカディオ・ハーンこと、小泉八雲だ。彼が収集編集した伝説は、内容や文体、描写や言葉、いずれも美しく品がよい。リアリティに欠けるお粗末な「怪奇譚」といっしょくたにしてしまうには、芸術的香りが高い。


 「怪談」「奇談」の分類の境界が、これまたわかりにくい。


 今回は大人げなくも、幽霊話の見解に終始したいと思う。



 父は幼い頃、信州の山奥に疎開していたそうだ。


 そこでの住居は、おあつらえ向きにも廃屋の病院だった。これ以上に怪奇現象の起こりうる設定があるだろうか?これで舞台は整った。


 しんと静まり返った夜更け、廊下に面した扉を開けると、そこには兵隊さんの幽霊が、ボーッと立っていたという。さすがは廃病棟。これで役者は揃った。


 そんなことが幾度となくあり、父は怖くてしかたがなかったらしい。


 耳をそば立てる子供たちをコワがらせ、喜ばせてやりたいサービス心なのかは知らないが、「幽霊を見た」と言い切る父という人を、わたしは未だに信用できないでいる。


 これは「怪談」に属するのだろうか?どちらかといえば「怪しい話」というだけの気がする。



 「身内に見える人がいてね、親戚が亡くなる間際、足元から光が立ち昇ったんだって」 「この間温泉に行ったらさ、温泉の塀の上から、工事で死んだ作業服姿の男の幽霊が覗いてたんだよね」


 なんともエッチな幽霊だ。それに人は亡くなると、足元から魂が抜け、自分のなきがらを部屋の天井から見下ろすというのは、あまりにも有名な話だ。先日他界した、「Gメン’75」のボスこと丹波哲郎氏は、自らが提唱し世に知らしめた、幸せいっぱいの「死後の世界」とやらへ、無事たどりつけただろうか。他人事ながら案じてしまう。



 お坊さんが語った。「檀家の人魂が、本堂にすべり込むのを見ました」 「人は自分の死を知らせに、瞬時に何ヶ所もの親しい者たちの元へ飛んでいくことができます」 「男性の霊は玄関から訪ね、女性の霊は勝手口から入ってきます」


 マンションの場合はどうなるの?勝手口なんかないぞ。亡者たちも、住宅事情を加味しなければならないご時世だ。それに何ヶ所にも瞬間移動できるなんて、もはや亡霊というよりはエスパーの域だ。眉毛につばをぬりたくなる。



 知り合いに、京都の超有名なお寺の娘さんがいる。彼女は幼少のみぎり、長い渡り廊下の隅っこから、「J子さ~ん、J子さ~ん」と、最近喪に伏した檀家の女性から、手招きされた経験を持つ。それやこれやがコワくて、彼女はお寺への嫁ぎ先を断固拒否した。現在は都会の高層マンションに暮らす。幽霊が一生を左右した。



 「狐に憑かれてお祓いをした」とか、「肩こりが治らなくて心霊学者に診てもらった」とか、「不運がつづくので霊能者に除霊してもらった」とか、「本当に出るアパートがある」なんて広言する不動産屋さんとか、身の回りにもたくさんいる。



 「霊感」が強いとか、あるかどうかも判然としないものに対して、当然のように認めるのは釈然としない。釈然としないものに対して、平然と職業にしている人がいるのは愕然とする。


 人間には五感がある。第六感というのは、「虫の知らせ」や「悪い予感」だ。これは生きてきた中での、経験則や知恵の上に成り立つ。大ヒット映画の「シックスセンス」のような内容を指すのではないと思う。第一本当に霊なんか存在したら、とても恐くて生きていけない。年中そんなのに接して、まともに生きていられるのが信じられない。「シックスセンス」の主人公の少年だって、あんなに怯えていた。



 それじゃあなぜ、みんな「恐い話」が好きなのか?


 それは、怖がりたいからだ。こわいもの見たさ。とにかくゾクゾクしたい。


 「恐怖心」は、太古からの最も古い感情だ。明かりのない時代、得体の知れない生き物の気配に恐れおののいた、原始的で強烈な感情。だから安全な現代に、安全な刺激を求める。


 「明日こそはマンモスが獲れるかな?」食っていくための、そんな切羽詰まった心配も今じゃないから、死後の世界に思いを馳せる余裕がある。死んだあとも、しゃーわせに生活したい。生きたあとは、しゃーわせに死活したい。まさしく死活問題だ。だから因縁めいたことを考え、心の安寧を求める。



 以前勤めていた会社のお昼時、草木も眠る丑三つ時の話になった。5人対5人、幽霊を信じる信じないで、真っ二つに分かれた。金縛りを心霊現象ととるか、生理的現象ととるか?カラスが激しく鳴いたのを超常現象ととらえるか、科学的現象ととらえるか?夢で見たデジャヴーを何かの暗示ととらまえるか、何の根拠もないととらまえるか?


 それといっしょに、用を足したあと、トイレのフタを閉めるか閉めないか?との論議も併せて行われた。


 わたし個人としては、頼むから閉めないでほしい。フタに触るのもイヤだし、フタを開けた時の恐怖はひとしおだ。便座のフタの閉じたボックスは、なるべく避けるようにしている。


 小は大を兼ねる女性トイレならまだしも、大は小を兼ねるというよりは、大は大を大前提として入る男性トイレのボックスでは、なおさら恐怖は筆舌を絶するらしい。くどいようだが、100%大が目的だけに、「開けてビックリ玉手箱」。腰を抜かしたくないと、ある男性は力説していた。


 不思議なことに、先の幽霊信奉派の5人は、全員が当然トイレのフタを、「閉める」と答えた。これはいったい何を意味するの現象か?霊的存在を重んじ畏れる者は、「便器の中」さえも、恐るるには足らないのかもしれない。


 これは「奇談」に属するのだろうか?どちらかといえば、フタが開いた時の恐怖を思えば「怪談」という気がしないでもない。いやこれは、あくまで「余談」というべきであろう。


 怪奇作家のサキの短編に、「開いたフタ」ではなく、「開いた窓」という秀作がある。はたして彼の作品には、直接的にゴーストは登場するや否や?そこが興をそそられるところだ。


 小泉八雲の「怪談奇談」には、「便器の中」ならぬ、「茶碗の中」なる摩訶不思議な一編が収録されている。


 読書の秋だ。



 ではおしまいに、本日の一句。


 「戦争は 近代社会の怪談か するもしないも ブッシュ会談」


 次回もヨロピクピク。



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<妙なるたわ言(12)「秋の夜語り」について>



 灯火親しむ候、夜が長くなった。



 じめじめとした梅雨の夕間暮れ、渋うちわ片手に縁側に腰を下ろし、ばたばたと扇ぎながら、じっとりと汗のにじんだ首すじを手ぬぐいでぬぐう。


 そんな折、ぼうっと庭先に幽霊が出現する。


 日本における、典型的な怪談の背景である。


 それにひきかえ西洋では、寒い冬の夜に暖炉の前で、ストールとひざ掛けに身を包んだおばぁちゃんが、安楽椅子を揺らし、孫たちを集めて怪談話を語って聴かせる。


 「秋の夜語り」ならぬ、「冬の夜語り」。


 海外における、伝統的な「冬の夜の怪談」である。


 おじぃちゃんやおばぁちゃんは、伝承継承の優秀な語り部だ。



 葬儀に出席した。


 「お葬式」とは、映画にもなるほど神妙であり、なおかつ珍妙な儀である。


 「お通夜」とは、文字どおり夜を徹する。


 「お清めの席」では、お寿司を食べたりお酒を飲んだりしながら、故人を偲ぶ。



 わたしは末席でビールを舐めていた。なかなか2杯目を注いでもらえず、かといって手酌はかっこ悪過ぎるので、日本酒の二合瓶を開けてコップに移し、水を飲んでいるフリをしていた。お酒を飲んで盛り上がるのも、ご供養になる。


 お坊さまも同席していた。


 気さくにもユニークな喪主が第一声、お坊さまに訊ねた。


 「あれだけ読経が上手いと、カラオケも相当上手でしょう?」


 たしかに堂々たる美声だった。お坊さんは答えた。


 「歌と英語とお経は、物まねですからねぇ」


 若いお坊さんはフランクだった。明言を避けたところをみると、カラオケもかなりイケるクチだろう。


 セレモニーはしめやかに執り行うべきだが、必ずしも湿っぽくしなければならない法はない。故人も歓んでくれることと思う。それで一挙に場が和み、質疑応答が展開された。



 坊さんが、「南の方角に池を作ってはいけない」などと講釈しているのを遠目に、わたしは話がしたくてうずうずしていた。普段あまり関わりがない特殊な職業の人の話は、聞きたくてしようがない。ひとしきり賑やかな談笑ののち、すかさずわたしは訊いてみた。


 「お坊さんは幽霊を信じてるんですか?」


 お坊さんは複雑な顔をした。やや戸惑ったのち、「うーん、信じてますよ」


 「ほんまかいな?」とは言えない。不謹慎だ。



 わたしはタクシーのベテラン運転手さんにも、同じような質問をしたことがある。


 「幽霊を乗せたことがありますか?」


 「ないね」


 運転手さんはあっさり答えてくれた。「お化けより酔っ払いの方が怖いよ」


 なぜなら、嘔吐するからだ。車の中で吐かれると、3日間は仕事にならないらしい。「男はつらいよ」で寅さんが言っていた。「テキヤころすに刃物はいらぬ、雨の3日も降ればいい」


 さしずめタクシーなら、「運ちゃんころすに刃物はいらぬ、ゲロのひとつも降ればいい」



 わたしはぼんさんに、畳みかけて訊いてみた。


 「六文銭はコピーでもだいじょうぶなんですか?」


 死出の旅に立つ人には、六文銭を持たせる習わしがある。ちゃんと三角形の布を頭につけ、わらじを履き、杖を持たせ、魔物に襲われた時のために小刀を所持させたりもする。


 六文銭は三途の川を渡る際、渡し人に支払うのだ。もし持っていなければ、三途の川の婆さに身ぐるみをはがされる。昔は銅貨だったのだろうが、今じゃコピーした紙だ。これが笑わずにいられようか。みんながみんなこんな調子だから、必然的に明るい葬儀となる。故人の生前の人柄からも、きっと微笑んでいることと思う。


 ぼんさんは憮然とした顔をした。しばし困惑したのち、専門的な説明をした。


 「六文」には、渡し賃以外にありがたい六つの言葉の意味もあるそうだが、わたしには難解だった。



 前に誰もいない仏間から、チーンと鉦の音が聞こえた。ギョッとみんなで顔を見合わせたら、キッチンの電子レンジの音だった。


 カラスがやけに騒がしく、変な鳴き方をすると、不幸が訪れるという。逆にカラスの鳴き声が聞こえない人は、まもなく死ぬという。とはいえカラスは、いつだって騒がしい。声色が変わるのも、求愛していたり、仲間に危険を知らせるための合図だろう。動物学的にごく自然なことであり、黒くて目がコワくて寂しい場所にいがちというだけで、不吉な存在にされるのも気の毒な話だ。だいたいカラスの声が聞こえるとか聞こえないとか、どうやって判断するのだ。


 カラスは賢く義理堅く、夫婦仲のいい鳥であり、山にいる七つの子のために、「かわいい、かわいい」と鳴くほど子ぼんのうだ。


 いつの間にかカラスの肩を持つ話になってしまった。要するに、気にすることなんてない。



 喪主が締めくくるように、屈託なく訊ねた。「どうせお坊さん、生臭なんでしょ?」


 ラフな坊主が、悪びれず答えた。「ええ、まぁ」


 奇妙なる、「秋の夜語り」である。



 人事は現世(うつしよ)の出来事であり、夢かうつつかうたかたのごとし。命あってのものだねだ。大事に生きるべし。



 ではおしまいに、本日の一句。


 「遺言書 書き換えたのは ナンマイダ~?」


 次回もヨロピクピク。



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<妙なるたわ言(11)「先生」について>



 小学5年生のバレンタインデー。他のクラスの男の子のゲタ箱に、金平糖を入れておいたことがあった。


 チョコレートじゃないあたりが、われながら心憎い。皇室の引き出物のボンボニエールみたいだ。ところが先生に見つかって大騒ぎになった。そんなに目くじらを立てなくてもいいのに。


 目くじらを立てた先生の矢おもてに立たされた相手の子にも、ずいぶんと迷惑をかけた。しかし彼は、小学生ながら悠然としていた記憶がある。11歳の少年の方が、成人男性の先生よりも、ずっと落ちついていた。


 児童の恋路を邪魔するなんて、先生もかなりのいけずだ。



 中学3年生の冬に、りんごほっぺ病にかかった。


 りんごほっぺ病とは、「伝染性紅斑」の俗称で、風疹(3日はしか)と同一視されがちだが、症状としては頬がりんごのように赤くなり、紅い発疹が脚にあらわれる。カゼのような症状で、まれに関節痛や頭痛を伴う。


 発病したのは、学年中でもわたしただひとりだった。


 すっかり回復し、意気揚々と登校した日の朝礼で、学年主任の先生が、全校生徒の前で怒鳴ったものだ。「受験直前のこの大事な時期に、ひとりだけりんごほっぺ病にかかった馬鹿がいる。ぶったるんでる証拠だ」


 どっちがバカよ。何が気に入らないのか知らないけど、残念ながらわたしは、その程度で傷つくような女生徒ではなかった。それでも飛び蹴りぐらいはくらわせてやればよかったと思う。当時はダイエットになんて興味がなかったから、おデブのキックには相当な威力があったはずだ。


 好きでなったわけじゃないじゃん。みんなに移しまくって、迷惑をかけるつもりでもなかった。忘れもしない、校歌を作曲したとかいう、クソッタレ音楽教師。


 第一、りんごのほっぺなんてかわいいじゃない。白雪姫だ。太めのスノーホワイト。流行り病に敏感なのは、いわば流行の先取りだ。いわゆる「時の人」なのだ。あとになって調べてみれば、症状が出る頃にはもう感染の危険はなく、登校停止の必要もないそうだ。


 校歌はスキだったが、作曲者はキライだった。「人を憎んで歌を憎まず」。それぐらいの分別は、中学生にだってある。


 卒業式の日にでも、俗にささやかれる、「お礼参り」なる儀式をやってのけてもよかったが、わざわざ裏庭へ呼び出し、みんなで取り囲んで回し蹴りをくらわせる段取り自体億劫だったので、見合わせた。


 断っておきたいが、わたしは元不良少女ではない。どちらかといえば、今の方がよっぽどグレている。不良大人。今風に言うなら、チョイ悪女だ。



 体育館のステージ横の、控え室になっている場所は、体育教師たちの隠れ家みたいになっていた。学徒たちの間では、通称「別荘」と呼ばれ、そこで先生たちがいちゃいちゃしているとの噂だった。わたしは若い男女の体育教師をキライではなく、その後二人はめでたく結婚したので、まずはハッピーエンドだ。


 星はなんでも知っているが、中学生だって知っている。



 考えてみれば先生だって、今のわたしより若かったのだと思う。恋もしたければ遊びたい盛りの、まだまだ若輩者だ。高校の新任教師に至っては、年端もそんなに変わらない、それこそお兄ちゃんやお姉ちゃんだ。


 優秀な生徒には、「飛び級」というシステムのあるアメリカでは、高校生が大学生を教えたりするのだろうか?アメリカ人じゃなくて本当によかった。



 社会科の試験で、「民主主義について述べよ」という問いがあり、ごていねいにもでっかい解答欄が用意されていた。わたしは長々と記入するのが面倒になり、というよりは長々と説明できるほど勉強していなかったわたしは、インスタントにすませることにした。すなわち、「人民の人民による人民のための政治」


 この回答は二重マルをもらった。社会の先生は答案用紙を返しながら、「明快で気の利いた答えがあった」と、わたしの手抜き的苦肉の策を、みんなの前でほめちぎった。やってみるもんだ。


 「ユニークで話のわかる先生もいたもんだ」と、わたしはみんなの前でほめちぎってあげようかと思った。



 英語の先生は教室にギターを持ち込み、サイモン&ガーファンクルの「スカボロー・フェア」を教えてくれた。同じく「コンドルは飛んでいく」も披露してくれた。鼻にかかったような歌声は、今でもはっきり耳に残っている。

 兄弟たちに話したところ、どの学年でも同じことをやっていたらしい。


 わたしはこの曲を生涯忘れないだろうし、この曲を耳にするたび、その時のようすを思い出すだろう。



 高校1年生の頃、担任教師が言った。「時々ふっと、聖者の行進に着いて行ってしまいたい心境になるんです」


 わたしは思った。「勝手に行け」


 教師の遠くを見るような目つきと感慨を、ロマンととるか、厭世的ととるかは、多感な教え子たちの胸ひとつだろう。



 学校の先生の何げないひと言を、生徒はいつまでも憶えている。先生のさりげない言葉に、生徒は一喜一憂する。先生の心からの言動を、生徒はずっと忘れない。



 小学生の恋心に茶々を入れたり、受験生を伝染病患者呼ばわりするようなアホな先生には反骨し、ほめられてうれしかったことや、気に入った楽しい出来事だけを思い返せばいい。わたしはそうしてきた。


 その結果が、ご覧のとおりの「チョイ悪女」だ。



 ではおしまいに、本日の一句。


 「森昌子 慕いつづけた人の名は 「おふくろさん」か「先生」か」


 「おふくろさん」は、森進一のヒット曲。「おかあさん」と「せんせい」は、森昌子のヒット曲。わかりづらい!



 次回もヨロピクピク。



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<妙なるたわ言(10)「ギャンブル」について>



 ギャンブルは人生だ。誤解を招く。言い直そう。


 人生はギャンブルだ。誤解されることに変わりはない。



 この世に誕生する時、どんな親から生まれるかは、最初で最後の不可抗力かつ、大きな賭けだ。常々おとなりの家に生まれればよかったと思っていた。


 子供心にお子様ランチにするか、うな重にするか?どっちがトクだろう。


 テニス部に入るか、バレー部に入るか?どっちがモテるだろう。


 A校に入学するか、B校に入学するか?学力レベルによるだろう。


 T大に進学するか、K大に進学するか?能力レベルと相談すべきだろう。


 モデルになるか商店主になるか、歌手になるか大工になるか、医者になるか社長になるか、テニスプレイヤーになるかハリウッドスターになるか、新体操選手になるか海洋学博士になるか、就職しようか遊んでいようか?あくまで適材適所だろう。


 C子さんと交際して、D子さんと結婚するか?右へ行こうか、左へ行こうか?


 人生これなる、ギャンブルである。



 13番を買うか、18番を買うか?(競馬)。六萬を捨てて、九萬を待つか?(麻雀)。宇宙戦艦ヤマトをやるか、暴れん坊将軍をやるか?(パチンコ)。


 これ純粋なる、ギャンブルである。



 何ひとつギャンブルをやらない人がいるだろうか?いっぱいいるだろう。それが普通だ。


 ギャンブルの魅力は、儲かることにある。基本的に損は口にしないから、そういうことになっている。勝手きわまりない論理。



 ギャンブルの妙味は、そこに人生の縮図を見るからだ。山に登るのは、そこに山があるからだ。


 機運や消沈、勢力や逡巡、人徳やバカさ加減が、もろに結果に出る。


 考えに考えて13番を買えば18番が来るし、捻りに捻って六萬を切れば裏目に出るし、悩みに悩んで台を変われば、すぐに誰かがラッキーセブン。


 さらっと買えば的中し、無欲で挑めばリーチだし、決心して台の前に座れば、やっぱりスーパーリーチだ。


 低迷と絶好調、スランプとトントン拍子、皮肉とラックが、背中合わせ。右かと思えば左、左かと思えば右。ギャンブルは、あざなえる縄のごとし。情操教育と人格形成に役立つ。


 ギャンブルをやんわり推奨しているように誤解される。言い直そう。


 ギャンブルを義務教育に取り入れるべきだ!


 と漫画家の黒鉄ヒロシも言っていた。推進論者と誤解されたくないというより、わたしは大っぴらに薦めたい!黒鉄ヒロシとは、中山競馬場のゴンドラ席で、バッタリ鉢合わせしたことがある。



 確率的な問題か、はたまた数理的な結論か?人生とギャンブルには、人知を超えた小宇宙を感じると同時に、すべからく原因があって、結果があるべし。なんて高等なんだろう。いや、なんて荒唐無稽なんだろう。



 熱かった菊花賞。ドリームパスポートが好きだ。君の名は、「夢への通行許可証」。「まちこ」じゃない。君が勝つたび、夢への扉が開かれる気がする。ソングオブウインドも好きだ。「風の歌」。どちらも美しい名前だ。わたしは彼らに、心から感謝の意を表したい。



 ではおしまいに、本日の一句。


 「賭け事や 人間万事 塞翁が三冠馬(成らず)」 めげずにがんばれ、メイショウサムソン。



 次回もヨロピクピク。



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<妙なるたわ言(9)「思い込み」について>



 「ちょっとちょっと、ブログの原稿の〆切りが、もうすぐタイムメリットよ」と事務所の女性がわたしに告げにきた。


 言うまでもなく彼女が言いたいのは、制限時間を意味する、「タイムリミット」なのだが、メリットのある時間を持つのは、決して悪いことじゃない。そんな名前のシャンプーとリンスもある。



 彼女は営業先から帰ると、「相手先からけんもほろほろに断られちゃったわよ」と嘆いた。


 言うまでもなく彼女が言いたいのは、取りつく島もないほど邪険にあしらわれるのを意味する、「けんもほろろ」なのだが、ほろほろ鳥のローストなら、イタリア料理店で食べることができる。さっぱりしていておいしい。



 「取りつく島もない」というたとえも、取りつくのは「島」が正しいのであり、「取りつくヒマもない」は誤りだ。溺れている時、周囲に取りつく島影さえ見当たらないことを意味する。



 同上の彼女が昼休み、歯医者さんから戻ってきた。「診察台でまともに先生の顔を見るのが照れくさくて、ついついよからぬ方を見ちゃったわよ」


 おそらく彼女が言いたいのは、「よからぬ方」ではなく、「先生の顔をまともに見るのが照れくさくて、ついついあらぬ方を見ちゃったわよ」の言い違いかと思われる。果たして「よからぬ方」とは、先生のどこを見たというのだろう。そっちの方が照れくさいのじゃないか。



 思い込みは恥をかく。



 「木曽路はすべて山の中である」


 島崎藤村の名作中の名作、「夜明け前」の冒頭部分だ。


 あとにも先にも国語のテストで、奇跡とも呼ぶべき100点満点を取り逃がしたことがある。同小説の作者を答えよという問題に、うっかり「島村藤村」と書いた。それでもまったくの間違いとは見なされず、一問5点のところを2点マイナスされ、全体で98点となった。



 運の悪いことに、その時の国語の先生の名が、島村先生だった。この落とし穴には、当時多くの生徒がはまったのではないかと思う。採点したのも同先生だったため、多目に見てくれ完全なる不正解にはせず、-2点ぐらいで勘弁してくれたものかもしれない。中には、「藤村とうそん」と書いた級友も、無きにしもあらずだろう。まぎらわしい作者と教師ではある。



 思い込みは損をする。



 「灯台元暗し」は、「灯台元、暗し」が正解であり、「灯台、元暗し」ではない。つまり、灯台は遠くを明るく照らすことはできるが、そのくせ自分の足元は真っ暗だ、という意になる。灯りが灯っていなければ、灯台だって元々は真っ暗だ、そんな意味ではないのだ。


 かくいうわたしも、「伝家の宝刀」を「天下の宝刀」と思い違いしていた。先祖伝来の大切な宝、またはいざという時に使う奥の手を、これ以上にはない切り札のことだと、ずっと勘違いしていた。


 井上靖の壮大なノンフィクション「おろしや国酔夢譚」は、「おろしや 国酔夢譚」ではなく、「おろしや国 酔夢譚」だ。「文明開化」は文化のことで、「文明開花」とは書かない。「団塊の世代」は、「断崖の世代」じゃない。


 思い込むと恥をかく。



 「思い込み」の代表に、「ねぇねぇあの人、あたしに気があるみたい」というのがある。その対象は、改札口の駅員さんでも、コンビニのレジ係の少年でも、とにかく誰でもいい。


 「ねぇねぇ貿易部の彼ったら、ぜったいあたしに気があるわ」


 それは金輪際あり得ない。なぜなら彼は、わたしとつき合っているからだ。


 思い込めば恥をかく。ひとまず気をつけるとしよう。



 「馬鹿の一念岩をも通す」


 思い込みも時にはことを成就させる。大分県の「青の洞門」がいい例だ。ひとまず気にとめるとしよう。



 ではおしまいに、本日の一句。


 「ギャンブラー 勝つも負けるも思い込み」 錯覚ともおかどちがいとも言う。



 次回もヨロピクピク。



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<妙なるたわ言(8)「政治と経済」について>



 女だらけの集まりで、政治経済の話が出たためしはない。いや、たまにはある。


 「都知事は「嵐を呼ぶ男」の兄だけあって、比較的背が高くて顔がまぁまぁ」とか、「元総理はロマンスグレーがよかった」とか、「元自民党総務相の竹中さんは、柔ちゃんに似ているから憎めない」とか、「元府知事はやたらとテカテカした頭も気に入らなかった」とか、「ノックと鈴木宗男とアホの坂田は区別がつかない」とか、「宮沢元首相とマラソンの増田明美と妖怪子泣きじじぃはそれにしてもそっくりだ」とか、「元民主党党首の岡田さんは、スーパーの野菜をもっと新鮮で安くしてほしい」とか、「日本財団の笹川さんは、お台場の「船の科学館」の入場料をタダにしてくれないか」などだ。


 ルックスと日常生活にかかわるテーマが主体となる。



 以下は先日女友達と飲んだ時の会話。


 「新しい総理大臣が美しい国をつくりたいとか言ってたね」 「うん」 「じゃあ川をきれいにしてくれるかな?」 「さぁ多分してくれるんじゃないの」 「隅田川かな?中川かな?それとも多摩川かな?」


 (川は東京と神奈川だけじゃないぞよ)とわたしは思った。 「どこにでもタマちゃんが住めるぐらいにしてほしいよね」 「そうそう、スミちゃんとかナカちゃんとかね」 「ナカちゃんていえば、北の国からの地井武男を思い出すよね」 「うんうん、あの番組はよかったねぇ」



 「富士山の頂上もきれいにしてくれるかな?」


 わたしにとっての富士山頂は、はるかなる未知の世界だ。そこでいったい何が起こっているのか、さっぱり見当もつかない。聞くところによればゴミだらけで、めちゃくちゃ汚れているそうだ。 「わたしらみたいに体力のないもんには、あんまり関係ないか」 「そうだねぇ、一生に一度は登るチャンスがあるかなぁ」 「せいぜい高尾山でいいや」 「それにつけても消費税を上げないでもらいたいなぁ」 「ほんとほんと、それにつけてもおやつはカールじゃなくってさぁ」


 こんなぐあいとなる。



 クリントンこと絶倫トン、あるいは不倫トン大統領が女性問題を取り沙汰され、こんな釈明をしたのはまだ記憶に新しい。「不適切な関係があったかもしれません」


 あの場合、「不適切な関係」と言う以上に、適切な表現はなかった。さすがに大統領ではある。なんとも弁が立つ。



 政経の授業で何を習ったのか、すべて忘れている。わたしはともかく女性全員が、政治経済にうといわけではないだろう。ただ女性の平常からは、「経済」というよりは「経済観念」に関心が強い。


 政治に関してなら、小泉さんは激動の任期をまっとうした。あんなにきつくてつらい世界に、わざわざ首を突っ込みたがるもの好きさが理解できないのと、誰に投票しようが、誰が選出されようが、誰が何に就任しようが、「日本はたいして変わりゃしないでしょ」それが本音である。


 まともなことを言ったら知恵熱が出た。明日はゆっくり休むとするか。



 ではおしまいに、本日の一句。


 四季美しき国、日本。「公約の 舌の根もひぬ口の端(は)に 嘘立ちのぼる 秋の夕暮れ」 「永田町 冬ぞ寂しさまさりける わいろも欲も 枯れぬと思へば」 「久方の 光のどけき春の日に しづ心なく カネの散るらむ」 「人の世は まだ闇ながら生きぬるを 国のいづこに 悪宿るらむ」 高尚だなぁ。


 原歌は次のとおり。「村雨の 露もまだひぬまきの葉に 霧たちのぼる 秋の夕ぐれ」 寂蓮法師。 「山里は 冬ぞ寂しさまさりける 人めも草も かれぬと思へば」 源宗于朝臣。 「久方の 光のどけき春の日に しづ心なく 花の散るらむ」 紀友則。 「夏の夜は まだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに 月やどるらむ」 清原深養父。 歌人たちも呆れるだろうなぁ。



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<妙なるたわ言(7)「女心」について>



 めっきりコレステロールが気になり出したという、いわばおばちゃんの中のおばちゃんが、ある時こう切り出した。「きのう夢の中に初恋の人が出てきて、胸キュンだったわよ」


 わたしはそれを聞き、(ほう)と感じ入った。そしてきっとこういう人が、氷川きよしのファンなんだろうなと思った。厳密に言うなら、彼女は妻夫木聡のファンである。



 五月にある人は言った。これじゃリリー・フランキーの「東京タワー」だ。


 改めて、5月のある日のこと。会社のテラスで休憩中、花と初夏の風に包まれて、40歳の誕生日を迎えた同僚が、こうつぶやいた。「こんな日はデートしたくなっちゃう」


 わたしはそれを聞き、またもや(ほう)と感心した。恋心は、いくつになろうと貴(たっと)い。なにせ彼女は、すごくモテたらしい。結婚も2回している。



 命尽きるまで夢見る少女、それが女である。「命みじかし 恋せよ乙女」「恋はやさし 野辺の花よ」「民さんは野菊のような人だ」


 弱き者よ、汝の名は女なり。


 「マディソン郡の橋」や「失楽園」が、もっぱら主婦の観客動員を促したのは、しごく頷ける事実だ。その心が健全か不健全かは、なんとも微妙なところだが。



 女心は、メモリアルデーを重要視する。①誕生日 ②結婚記念日 ③クリスマスイヴ ④ホワイトデー


 1年に4回はドレスアップし、1日に1度は「愛してるよ」と言われ、1週間に1度は「きれいだよ」とささやかれ、1ヶ月に1度は「今夜食事でもどうだい?」と誘われたい。


 自分で書いておきながら、だんだん恥ずかしくなってくる。どんどんみじめにもなってくる。ギャージンさんか黒木瞳ならともかく、そんな生活はフィクションだ。そんな毎日じゃ身がもたない。ついでに経済ももたない。そんなの夢のまた夢だ。



 ばぁちゃんの時代は、家督制度がまだまだ根強い風潮を帯びていた。従って母の娘時代には、自由恋愛がままならなかった。母だけにママならなかった。それはともかくも、そんなご時世に生きたばぁちゃんの持ち歌が、「矢切の渡し」であったことを、どう解釈すべきだろうか。



 「連れてぇ 逃ぃげてよぉ」よくそんな歌声を耳にした。なんらかの女心と勘ぐるのは、深読みが過ぎるだろうか。



 話は少し変わるが、ある年のお正月、新年の祝い酒に気をよくしたばぁちゃんは、孫たちの前でのたまった。「それじゃあおばぁちゃんの十八番(じゅうはちばん)を出しちゃうよ」例によって「ちあきなおみ」だ。


 小さな孫たちは、わたしを筆頭とする幼いいとこたちは、口々に異を唱えた。「18番からなんてやだぁ、1番からやって」



 「親の心にそむいてまでも 恋に生きたい二人です」ばぁちゃんは、孫からすればとことんばぁちゃんで、「女心」というよりは、「老婆心」と呼ぶにふさわしい。



 ではおしまいに、本日の一句。


 「老夫婦 女心とうわの空」 返句。 「くされ縁 女心と飽きの空」



 強き者よ、汝の名も女なり。



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<妙なるたわ言(6)「カラオケ」について>



 =前回までのあらすじ=


 なんてものはありやせん。毎回無責任なムードの読み切りになっている点、よろしくご了承されたし。



 ツカミの冗談はさておき、その人の人生観とキャラクターが垣間見られるのが、「カラオケ」だ。具体的に言うなら、その人の生きてきた軌跡と現在置かれた状況、将来への意気込みと生まれながらの特性が如実に投影されるのが、「カラオケ」だ。とまで言い切ってよいものかどうか。



 雨にけぶる冬の夜、二次会で行ったスナック。そこでは一人の女性が、涙ながらに「氷雨」を歌っていた。彼女はボロボロ泣きつづけ、自分の境遇を歌に重ね合わせている。悲しみを訴える手段に、「氷雨」を選んだ性急さというか、取ってつけたような安直なヒロイズムが、違う意味で酔客たちの涙を誘った。しかも「氷雨」は夏の季語だ。冷たいようだが、冬の夜に歌い上げるには適当ではない。「外は冬の雨 まだやまぬ」と歌詞の一部にあったとしてもだ。風流人として、みすみす見過ごすわけにはいかん。



 そもそもカラオケで熱唱する歌ひとつとっても、センスがあらわれるのではないか。志向と指向、そして嗜好、さらに思考の深浅が問われる。選曲がよくて歌が上手だと、人間的にも魅力的だ。冴えない選曲と嫌味な歌唱力の持ち主だと、人物的にもつまらない。要は楽しめればいいのだが、大学の校歌をがなり立てた御仁がいて、途端に座がしらけたことがある。


 「銀恋」は名曲だが、都心のカラオケ店のメニューからは姿を消している。今やローカルにのみ残されたメロディーで、歌いたければ遠出しなくちゃだめだ。


 「お嫁サンバ」一本やり、リクエストに応えて何度もくり返す青年がいるが、それはそれでおもしろい。


 高校時代の修学旅行。担任教師がバスのマイクで、島津ゆたかの「ホテル」を歌った。「ホテルで会って ホテルで別れる」「一度でいいから あなたの肌に爪を立てたい」


 少しは考えろよエロ教師!おはこにしたってほどがある。ただ憎めない人柄だったため、よき思い出として生徒たちの胸に刻まれた。ついでに変にうまかった。



 十八番(おはこ)とは、得意技を言う。カラオケにおける十八番というのが、これまた興味深い。いかにも人それぞれだ。


 九州男児の知人の十八番は、「北国の春」だ。「九州の出なのに、なんで「北国の春」なんですか?」わたしは素直に訊いた。なんたって余計なお世話である。知人はほんわり笑っただけだった。九州出身だからって、「長崎は今日も雨だった」を得意とする道理はない。テレサ・テンが好きだからって、不倫をしているとは限らない。おっとりした友人が、工藤静香の「激情」を歌いたがる。広島から上京した彼女による「東京砂漠」は、抱腹絶倒だ。男が女の歌を歌い、女が男の歌を歌う。切々たる想いをふりしぼるもよし、流行歌ばかりを追い求めるイージーさもまたよし。歌と躍りは、人類の原点だ。



 同時に「カラオケ道」というのが存在する。気持ちよく歌っている人の横で、バカ騒ぎをするのは失礼だ。やさしく合いの手など送ってあげよう。タンバリンをたたき過ぎると、翌日手足がアザになる。


 歌に寄せる心は、思いのほか奥が深いのだ。近頃のわたしは、歌うよりも聴く方が楽しくなっている。



 ではおしまいに、本日の一句。


 無礼講の宴会にて。「歌わずんば 歌うまで待とう係長」 返句。 「歌わずんば 歌わせてみせよう課長さん」 追句。 「歌わずんば クビにしちゃうぞ部長さん」



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<妙なるたわ言(5)「男と女」について>



 タイトルからセクシャルな内容をご想像された方々へのご期待には、残念ながら添えない。もっとジェネラルに迫りたいと思う。



 職場のおとなりの席に、ちょっと気になる彼がいる。ある朝彼が、オーソドックスなヘアスタイルからテクノカットに変身した。あなたは訊ねるだろう。いや、わたしは即座に問い質すだろう。「何かあったの!?心境の変化?ねぇねぇどうして?教えてちょんまげ」


 「ひょっとして失恋したの?」これは禁句だ。バカだと思われる。それに失恋が原因で髮を切る男など、今後が思いやられる。今時女ですら、そんなのは時代遅れだ。


 おそらく彼は、こう答えるだろう。もし夏ならば、「暑いから」でなければ、「しょっちゅう床屋に行くのが面倒だから」


 男のやることに理由はないらしい。


 これが女だったら大変だ。陰で何を言われるかわからない。気分転換したくなると、わたしはロングヘアを惜しげもなく、バッサバッサと切り落とす。わたしの気まぐれを気にかける人はもはやいない。どうせすぐまた伸びるんだし。でも今にして思えば、恋の終わりを噂されているうちが華だった。



 ある夜交際中の彼が、カラオケでオフコースの「さよなら」を歌った。もしくはペドロ&カプリシャスの「別れの朝」を歌った。あなたは訊ねる上に頼むだろう。かつてはわたしも直ちにたしなめたものだ。「どうしてそんな歌を歌うの?その歌を歌うのはやめて」


 「もしかして嫌いになったの?」これも禁句だ。疑い深いと思われる。それにカラオケで暗に心情を伝える男など、これから先が思いやられる。この先女よりも、ウジウジする恐れがある。


 きっと彼は、こう答えるだろう。「なんで?好きなんだから別にいいじゃん」


 男のすることに意味はないようだ。



 女はことあるごとに疑問を感じる。いや、わたしは何かにつけ質問する。「どうしてプレゼントした靴下を履いてくれないの?」「日曜日に一人でどこへ行っていたの?」「なぜ別れの歌を口ずさむの?」


 わけを知らないと心配でしかたがない。動機を関連づけないと安心できない。わたしはその先駆者だ。彼は靴下はタンスの奥から引っ張り出すのがやっかいなだけで、日曜日はフラリとパチンコへ行っただけだ。別れの歌を口ずさんだからって、彼女と別れたいからじゃない。


 男の行動に特別な理由はない。男はひとつひとつの行為に意味合いを持たせない。男は物事を複雑に考えない。要するに、何も考えていない。そこが女との大きなな違いだ。男はすべてにおいて、さりげない。


 「三銃士」のアトスが言っている。「人生には、そんなにいちいち理由が必要なのか?」これぞダンディズムだ。



 「ダンディズム」と共に、「女々しい」という言葉も男のためにある。でもどんなに女々しい男でも、ある種のダンディズムを1コぐらいは持ち合わせている。わたしはそれを不思議に思う。


 男と女の違いは他にもある。男にはコーヒーの味がわかる。なぜならば、「違いがわかる男のゴールドブレンド」だからだ。



 ではおしまいに、本日の一句。


 「カラオケや 彼のオハコは「君こそわが命」」 これを熱く歌われた日には、かえって引いてしまう。おまけに相当古い。「誰よりも君を愛す」でもいいかもしれない。



 次回もヨロピクピク。



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