「言葉って難しい」
と感じたことのある人は、少なくないと思います。
違う意味に受け取られてしまって
話がややこしくなったり
ときには
相手が怒ってしまったりね。
言葉の意味は、人によって違うので
そういった誤解は起こってあたりまえで
それだけならば
「言葉って難しい」というほどのこともありません。
誤解は説明すれば解けますし
お互いに「そうだったのか」とわかって
理解し合うことに繋がりますから。
けれども
言葉そのものにこだわってしまった場合は
ややこしくなります。
お話をひとつ、どうぞ。
☆☆
ある老婦人が孫娘に、ワンピースをプレゼントしました。
そのワンピースは、孫娘がとても欲しかったものでした。
「わぁ、おばあちゃん!めっちゃやばい!やばすぎるーーー。」
と、満面の笑みで、彼女は言いました。
そして、お礼の言葉を言おうと口を開きかけたとき
老婦人が怒り始めました。
「なんですか!やばいなんて、、気に入らないなら返してちょうだい!」
横で見ていた母親(老婦人の娘)が笑いました。
「お母さん、今の若い子たちの『やばい』は『素晴らしい』っていう意味なのよ。」
孫娘はにこにこして、言いました。
「そうよ、すっごい嬉しいの。おばあちゃん、ありがとう!!」
ところが、老婦人は
「やばいなんてのは、女の子が使う言葉じゃありません!気分が悪いったらありゃしない。」
と言って、部屋から出て行ってしまいました。
残された孫娘は、しょんぼり。
黙って、ワンピースを袋にしまいました。
☆☆
なんだか悲しいですね。
老婦人は、孫娘を喜ばせたくて
ワンピースをプレゼントしたんです。
そして
孫娘は、物凄く喜んだんです。
ハッピーエンドなお話のはずが
どうして、こうなってしまったんでしょう。
老婦人が
「やばい」という言葉にこだわってしまったからです。
「やばい」は、老婦人にとって凄く嫌な言葉だったんですね。
だから、孫娘の満面の笑みに目が行かなかった。
自分にとっての嫌な言葉には
人はひっかかってしまうものなので
仕方ないところはありますね。
けれども
母親が「やばい」の解説をしているにも関わらず
老婦人は怒ったままです。
彼女が「やばい」という言葉そのものに
こだわってしまうあまり
孫娘の心に目が行かなくなってしまったからです。
塾講師時代に
「おい、くそばばあ!」と、わたしを呼んだ中学生がいました。
その子からは、愛情が感じられました。
「くそばばあ」は決して心地いい言葉ではありませんが
大切なのは「くそばばあ」と言った少年の心であって
「くそばばあ」という言葉に対する、わたしの考えではないわけです。
わたしは、その少年の愛を感じて
かわいいなぁと愛しくなりました。
言葉は大切です。
美しい言葉は好きです。
わたし個人としては
古文が大好きですし
言葉本来の意味も大切にしたいと心がけています。
けれども
言葉は、他者と交流するツールですから
他者の使う言葉は
その人にとっての意味を受け取らないと、もったいない。
相手の心を受け取らないともったいない。
言葉そのものにこだわりすぎると
そこを見失ってしまうことがあるなぁ。
そんなふうに思うのです。










