先日「大河ドラマ館」へ行ってきました。
やまと郡山城ホールで開催されています。
郡山城に縁のある秀長が主人公ということで
今年の大河ドラマは観ています。
戦国時代には詳しくないのですが、面白いです。
陣羽織を着て記念撮影ができます。
秀吉・秀長兄弟と一緒にパチリ
後ろ姿も
「豊臣兄弟!」でブレイク中の郡山
普段でも、観光客の姿を見かけます。
豊臣に縁のある場所だけじゃなくて
郡山を楽しんでいっていただけたらなぁ
と思います。
先日「大河ドラマ館」へ行ってきました。
やまと郡山城ホールで開催されています。
郡山城に縁のある秀長が主人公ということで
今年の大河ドラマは観ています。
戦国時代には詳しくないのですが、面白いです。
陣羽織を着て記念撮影ができます。
秀吉・秀長兄弟と一緒にパチリ
後ろ姿も
「豊臣兄弟!」でブレイク中の郡山
普段でも、観光客の姿を見かけます。
豊臣に縁のある場所だけじゃなくて
郡山を楽しんでいっていただけたらなぁ
と思います。
誰にも話さずにいたトラウマ体験を
初めて人に話したとき
その人は、こう言ってくれました。
「悲しさ、辛さを抱えて生きてきた、あなたの生命力を尊敬します。」
生命力を尊敬する。
この言葉はわたしの心に物凄く響きました。
なんのかんの言っても、生き抜いてきたよなぁ。。
そんな生命力を信用できず、見失っていた時期もあったけれど
わたしが、どんなに無視していても
その力は、わたしに備わっていたのです。
「秘密の花園」(F.H.バネット著 脇明子訳)に、以下の下りがあります。
***
「君、魔法を使ってるの?」と、問い詰めるように(コリンは)言った。
ディッコンは口もとをほころばせて、ゆかいそうに、にやっとした。
そして
「坊ちゃまが自分で魔法を使うとるんじゃ」と言うと
ごつい長靴の先で、草のあいだに咲いている、ひと群れのクロッカスを触りながら
「地面のなかから、こいつらが出てくるんと、おんなじ魔法じゃ」
と、つけたした。
***
コリンという少年は、身体が弱いからと
日に当たらない生活をしていて、歩けませんでした。
ディッコンとメアリーと共に
「秘密の花園」で過ごすうちに
みるみる健康になり、自分の足で走れるようになり
よく笑うようになりました。
コリンはディッコンが魔法を使ったのだと思ったんですね。
ディッコンは、それはコリンが持っている魔法なのだと答えます。
クロッカスが芽吹くのと同じ、生命力という魔法
わたしたち心理職は
この魔法を目の当たりにする機会に恵まれています。
クライエントさんは
その方が本来持っている力で回復していきます。
生命力です。
推し量るということが必要な時がある。
なるだけ精度をあげて推し量るのだけれど
100%ではなくて
予期せぬことが起こったりもする。
あたりまえなのです。
何を以て推し量るのかというと
これまでの経験と知識をもとにするからです。
組織を組んで推し量ったとしても
予期できないものはあります。
ましてや、人ひとりが把握できていることなんて
ほんの少しだけなんです。
世界は広い、歴史は深い
今わかっていることだけでも
自分一人が把握していることは、ほんの少しだけ。
自分の経験と知識で以て推測することは可能だけれど
違うことも、あたりまえにあると知っておくことが大事です。
「わたしには知らないことが山ほどある」
これが腑に落ちていると
未知への恐れが軽減するし
予測と違うことに出逢ったときに
目の前の事実を歪めずに捉えることができます。
事実を歪めずに捉えられると
見える幅が広がり、前進できます。
ドラマ「テミスの不確かな法廷」で
主人公が、度々言っていました。
「わからないことがわからないと、わからないことはわかりません。」
自分は「わからない」んだとわかっていることが
「わかる」ための第一歩になります。
自分は「わかっている」と決めてしまうと
そこに留まるしかなくて、苦しくなります。
人は成長を望む生き物だから。
4箱目はダイニングセット
お茶の時間のようです。
テーブルと椅子は小さな木材を加工して、貼り合わせて
絵具で彩色して、古びた感じに汚して・・
と、なかなか手間暇かかって、楽しかったです。
途中の写真
お茶のセットも細かい
美味しそう♪
次は5箱目
なにかな~(*´▽`*)
「自分が嫌い」という病 泉谷閑示
「自分が嫌いなんです」
「自分を好きになれません」
カウンセリング現場で、何度も耳にする言葉です。
そして、そういう方は
「自己肯定感をあげるにはどうすればいいか?」
と問われることが多いです。
実は、この自己肯定感という言葉の一人歩きが
自分嫌いの方を余計に追い詰めていると
わたしは思っています。
自己肯定より自己受容だと思うのです。
言い換えれば
自分を否定し続けることをやめることが大切だということ。
本書には
そういったことが鮮やかに、わかりやすく書かれていて
勝手に背中を押してもらえた気持ちになりました。
*** 本書から抜粋 ***
「こうしたら愛されるのではないか」という考え方は、もうすでに条件を課してしまっている
(中略)「愛されたい」がために「価値」を生み出し続けるという努力奮闘は、
どこまでいっても人の「欲望」を引きつけることはあっても決して真に求めている「愛」は得られない
*** *** ***
どうすれば自己肯定できるか?
こう問い続けるということは
「どうすれば」という条件を課してしまっているということ。
何らかの条件を課してしまっている段階で
自分への愛からは遠ざかるわけです。
自己肯定より自己受容
自分を知る、そして、認める。
この繰り返しが大切なんです。
本書では、家族幻想にも触れられているので
「家族だから・・」「親だから・・」「子どもだから・・」
〇〇すべきだ
という縛りから解放されるきっかけになるかもしれません。