自己受容から広がる世界~ゆるなら風舎~

自己受容から広がる世界~ゆるなら風舎~

くにのまほろば《奈良》大和郡山市で
『カウンセリングルーム風舎』を営んでいる女性カウンセラーの日記です。
カウンセリング・箱庭療法・心理学レッスン・セラピスト支援などをしています。

疲れたココロ、傷ついたココロ・・  その周りにあたたかい≪風≫を、吹かせたい。


 これからの人生を、幸せに生きていくことは必ずできる。


 わたしも、あなたも、そのままでいいよね。          ~カウンセリングルーム 風舎~


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パステル和アート 曼荼羅ワーク® 



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 悪いと思うなら謝るべきだ。

 でも、許すかどうかは僕が決める。

 

  (「ラムネモンキー」)


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主人公の一人の男性は

中学生の頃、他校の不良にしつこく虐められました。

30年以上たって、その相手と再会したとき

相手は、すっかり丸くなり真面目に働いていました。

 

その相手が中学時代のことを謝ったとき

彼は言いました。

「悪いと思うなら謝るべきだ。

でも、許すかどうかは僕が決める。」

 

彼の髪型を揶揄して追いかけてきて殴ったり蹴ったりするというのが

その虐めの定番だったのですが

その髪型は、彼の母親の散髪の練習のたまものだったんです。

母親は、夫(彼の父)を亡くし、理髪店を継ぎ頑張っていました。

 

「僕は母が切ってくれた髪が好きだった。」

という彼はきっぱり、こう言います。

 

「僕は絶対許さない。」

 

きっぱり言い放った彼に清々しさを感じました。

 

許せば楽になる、許した方がいい、許すべきだ。。

そんなふうに言う人はいます。

けれども

許すかどうかは、その人が決めるもので

許さないと決めてもいいんです。

 

今はその出来事に支配されなくなって

相手のことはどうでもよくなっている状態でも

許すかどうかは別問題です。

 

わたし自身

トラウマを解放し、相手のことはどうでもよくなっていますが

犯罪加害者を許す気は微塵もありません。

 

許してしまったら

当時ほんの子どもだった、怖い思いをしていた自分に顔向けができません。

わたしは、あのときのわたしに

「よく頑張ったね」と、いつでも言ってやりたいのです。

 

「僕は絶対許さない」

そう言い放った彼に、心の中で拍手しました。

 

 

 

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シャビーシック風ドールハウス

12箱あるうちの3箱目

 

キャビネットを作っています。

 

 

これから、やすりをかけたり鉛筆の粉をつけたり

古びた感じにして、引き出しに取っ手をつけます。

 

上にのせるスタンドや小物もあるので

もう少しかかります。

 

けど、ここまでが結構手間がかかりました。

 

木の部品を、カッターナイフで

面取りしたり

 

 

足の形に切ったりして

 

 

部品ができたら、組み立てて彩色しました。

 

ちまちまと丁寧に作っていくと

のんびりほのぼの楽しく、癒されます。

 

出来上がったものがかわいいしね。

 

シャビーシック、まだまだ続きます。

 

 

 

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スマートフォンアプリの立ち上がりが遅かったり

都度、再起動をかけて使っていました。

 

電池は十分長持ちするので

まあ、いいやと思っていたのだけれど

調べてみると、ストレージ使用量が97%!

 

いやいやいや、、これはダメでしょ。。

 

いつから使ってるのかな?

と、調べてみると

6年使っていました。

 

持ち物は、なるだけ使い倒す派のわたしは

たった6年かぁ

と思ったのだけれど

スマートフォンにしたら、よく使っている方みたい。

 

そんなこんなで、新機種に変えました。

 

窓口の方はとても親切で

契約内容の見積もりやら、様々な確認やらしつつ

途中でかかってくる問い合わせ電話の対応もされてました。

どれもきちんとこなしているのが凄い!

マルチタスクでないと

携帯窓口は無理だということがよくわかりました。

 

わたしには無理、、適材適所ですね(^^)

 

帰宅後

アプリを取り直したり、データ移行したり

わからないところはGeminiに聞きつつ

なんとか設定完了。

 

反応早い!

使いやすい!

 

新しいスマートフォンはgoogle pixel

 

 

これからよろしくね(*´▽`*)

 

 

 

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わたしが文字だけの本を読み始めたのは

おそらく、小学校へ入学してからだと思います。

 

当時、小学校では図書の時間というのがありました。

図書の時間は図書室へ行きます。

図書室には夥しい数の本があって、どれを読んでもいいのです。

素晴らしい時間でした。

 

1年生のわたしが目をつけたのは、伝記物です。

 

「ヘレン・ケラー」を読んで以来

とにかく伝記ばかり読んでいました。

 

そんな楽しい読書の日々を送っていたのですが

「伝記ばかりじゃだめ!偏っている」

と、姉に言われたため

何を読めばいいのかわからなくなり

しばらくは、科学や宇宙の本を読んでいました。

それはそれで面白かったです。

 

ところが

高学年になって、ファンタジーに出逢ってからは

バスに乗って図書館へ行くというのが

マイブームになりました。

 

コロボックルシリーズやムーミンシリーズに出逢ったのは

城東区立図書館(大阪市)でした。

 

その後、エッセイや小説を読むようになりました。

 

今はジャンルを問わず読みますが

面白いと感じるポイントは

「ちゃんと人が描かれているか」なんです。

 

ちゃんと描かれているというのは

背景や歴史をもつ人として描かれているということ。

具体的に表現されている必要はなくて

それを彷彿とさせる奥行きのあるものとして

人が描かれているかということ。

 

ドラマや映画もそうですね。

 

どんなに感動のストーリーでも

あらすじだけで成り立っているものは

つまらないと感じます。

 

興味があるのは「人」なんですね。

人が好きなんです。

 

一人の人間の歴史に思いを馳せるには

7歳の少女にとっては

伝記というのはわかりやすかったのでしょうね。

 

 

いろんな仕事をしましたが

今の仕事に落ち着きました。

 

仕事に限らず、さまざまな体験が

わたしをここへ連れてきてくれました。

 

決してまっすぐここまで歩いてきたわけではなくて

フラフラしたりグズグズしたり、転んだりしながら

自分の歴史を紡いできたのだけれど

結局は、しっくりくる場所へ辿り着いたと感じています。

 

しっくりくる場所=人の奥行きを感じられる場所

 

人が好きです。

生まれてから、独自の歴史を刻んできた

そんな生命を愛しいと思います。

そして

今、わたしは心理カウンセラーをしています。

 

 

 

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他者に対して
批判的な気持ちになるときが
大抵の人はあると思います。

そして

その批判は
あくまでも、自分の価値基準に照らしたものです。

なので

他者を批判するときは

自分の価値基準や人を見るときの視点など

自分自身について語っていることになります。

 

「いやいや、わたしは自分の話をしているんじゃなくて

〇〇さんについて話しているのよ!

〇〇さんのこういうところがね

常識的に考えておかしいって言ってるの。

ねぇ、そうでしょう?」

なんて言われてしまいそうですね。

 

さて、その「常識」はどこでも通用するものでしょうか?

どんな場面でもそうなんでしょうか?

 

大抵の場合、それはその人の常識にすぎなくて

どこまでいっても、その人の基準なんです。

ならば

「〇〇さんのこういうことろがおかしい!

って、わたしは思うのよ!」

というのが、正しい表現になります。

 

ほらね?

自分の価値基準のことを語っているでしょう?

 

他者に対して批判的になってしまうことは

誰にだってあります。

 

人はそれぞれ

自分にとって大切な価値観を持っているし

自分がとても大事にしている正義あるのだから

それに反する言動を目の当たりにすれば、批判したくもなります。

 

なので

他者に対する批判を口にするときは

「わたしの価値観はこうだ」「わたしの正義はこうだ」

と、自分のことを語っているいうことを心得ておくといいですね。

 

 

 

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