お金
意外と「お金はきたないもの」と思われている節があります。
お金に関する物語を書いて出版社へ持っていくと、「こどもたちにはお金のお話しはしたくない」とか、
お金に関することを書いた本が発表されたので経済誌へニュース・リリースをすると、「お金の話しはちょっと…」とか、
どちらの場合も、聞いた耳を疑ってしまいました。
でも、お金をきたないものと考えれば、お金はやってこないとも云われます。
雨風をしのいで衣食住すべてにお金が必要なのに、何故、お金がきたないものになってしまうのでしょうか。
お金の価値は、その額ではなく、その額に応じた使い方でしょうね。
いま、たくさんのお金が手に入ったらどのように使いますか。
お金は、たとえイメージだとしても、有効的な使い方が明確に描ける人ほど、入ってくるらしいです。
かつて海外を旅行中、「あの人たち(貧乏な人たち)にお金をあげたら不幸にするだけ」と、旅先の日本人から聞かされたとき、呆れてしまいました。
テレビを視ると、ある国の貧乏なこどもの兄妹が病気のお母さんを助けるために路上でものを売って働いてるという番組がありました。取材陣はお金を渡したらその子たちのためにならないと、取材後そのまま帰国したとのことです。
こればかりは、呆れるどころかほんとうに悲しくなりました。
Taka
本のポート・ターミナル
晴海客船ターミナルに来ました。
偶然に、世界一周もできるクラスの客船が入港していました。
どこへ向かうのでしょうか?
夢をいっぱい感じます。
ところで、ここから見えるレインボー・ブリッジなのですが、「クイーン・メリー」などの世界最大級メガ・シップはこの橋をくぐれないそうです。
こんな巨大な橋でも海面からの高さという「器(うつわ)」に限界があるのですね。
幸いにも、本を読む「心の器(うつわ)」には限界がありません。
最初は小さくても、たくさんの本を読んで広げてゆくことができますね。
本は本屋さんから旅立ちます。
本屋さんは、本のポート・ターミナルです。
「ボン・ヴォヤージュ(Bon Voyage)」、「よい旅(航海)を!」
そう、本は心の旅です。無限大の旅ですね。
執筆Taka
真実を語るためのたとえばなし
ここは海の底の都、浦島太郎に出てくる竜宮城です。
ウサギとカメが「ヨーイ・ドン!」
カメはスイスイ、ウサギは…窒息…です。
誰もが知っている説話「ウサギとカメ」なのですが、
何故か竜宮城で競争することになってしまった結果です。
持っている才能とはなんでしょう。
ウサギが速くて、カメが鈍間なんて、決めつけてはいけません。
ウサギはぴょんぴょん走るという特技を持っています。
カメはスイスイ泳ぐという特技を持っています。
どちらも優秀です。
状況が変われば、どちらも最悪です。
要は、活きる能力と活かせる場所を選ぶことですね。
執筆Taka
「説話」
「説話」についてのお話しです。
「説話」をひとことで云えば「口承文学」という見方ができます。
昔から口頭で伝えられてきた伝説や民話などです。
日本では「おとぎ話」や「童話」と呼ばれています。
「むかし、むかし、……」ではじまる物語です。
「花さかじいさん」「鶴の恩返し」「かちかちやま」などいっぱいありますね。
ドイツでは「メルヘン」と呼ばれています。
グリム兄弟の「赤ずきん」や「シンデレラ」は代表的な物語です。
しかし、よく間違えられることはアンデルセンのような作家のようにグリム兄弟が創作した物語だと思われていることです。
あくまでも、グリムメルヘンは説話をまとめあげたものです。
「未来の魔法のランプ」は「アラジンと魔法のランプ」というペルシアの説話のなかに出てくる「魔法のランプ」をモチーフにしてつくられました。
物語は一からつくりあげた斬新な現代版ですから、説話というより「ファンタジー」と云ったほうがわかりやすいかもしれません。
とはいえ、「説話」がきっかけとなって物語のステージが大幅に広がって奥が深くなったという事実があります。
「説話社」という出版社からの発刊ですから、これも意味ある偶然かもしれません。
では、昔から何故、「物語(ストーリー)」があるのでしょうか。
わたしたちは、このように考えます。
「真実」を語ろうとするとき、たとえ話があるとわかりやすく語れるからです。
「真実」を語ろうとするとき、たとえ話があると人から人へ感動を伝えることが出来るからなのです。
物事の真実を語る時、真実であればあるほど答えは単純明快なのですが、人々は何故か難しくしてしまいます。
それは、本当なのか、専門家が語っているのか。科学的にどうなのか。……と余計に難しくしてゆきます。
簡単なことを難しく語れば語るほど価値があるようにしてはならないのです。
単純な真実を単純に知る。それは「感動」なのです。
天気がとても良い日にステキな場所で大空を見上げたとき、理屈ぬきで感動があるようなものなのです。
執筆Taka
「未来の魔法のランプ」責任校了
先週の金曜日、「未来の魔法のランプ」が責任校了となり、原稿が著者の手を離れました。
実物の本と同じサンプル版まで出来ていたのですが、推敲に推敲を重ね、修正を何度も何度も加えました。
すべての修正が済んで、書かせていただいた原稿を手にして最後に声を出して読みました。
一語一句、声を出して、2人の著者で読み合わせをしました。
確かにわたしたちが書いた原稿なのですが、何かの目に見えない大きな力(宇宙意識)がはたらいて書かせてくれたのかもしれないという気持ちでいっぱいになりました。
書いた原稿というよりも、導かれて書かせてもらえた原稿なのかもしれないと思いました。
「本物の魔法のランプを生み出そう!」、それが起点でした。
そして、「本」は著者だけで出来るものではありません。
出版社の方々、外部スタッフの方々、印刷会社の方々など、たくさんの方々の「お陰さま」があって出来上がってゆきます。
「良い本を書こう」だけでなく、すべては「良い本をつくろう」という意識の中から生まれます。
そして心の根源の「魂 」が吹き込まれて、自由に羽ばたいてゆきます。
やがて伝書鳩のように読者の方々の手に渡ってゆくのでしょうね。
執筆Taka
「灯」・「炎」の名言
「灯」や「炎」の名言を見つけました。
一灯を下げて暗夜を行く、
暗夜を憂うることなかれ、
ただ一灯を頼め。
(佐藤一斎 1772~1859)
いつも炎のように燃えていること。
宝石のようなこの激しい炎をもって、
いつも感動にうちふるえて生きていること。
それこそが人生における成功である。
(ウォルター・ペーター Walter Pater, 1839-1894.)
日の光をかりて照る大いなる月よりも、
自ら光を放つ灯火たれ。
(森鴎外 1862~1922)
我々の信念は、
常に燃え続ける灯火でなければならない。
それは我らに光明を与えるだけでなく、
周囲をも照らすのだ。
(マハトマ・ガンディー Mahatma Gandhi 1869~1948)
『未来の魔法のランプ』(4月5日発売)書店向けご案内開始
今週は、『未来の魔法のランプ』(4月5日発売)新刊ご案内として、説話社販売事業部の棚田利和氏と書店をまわりました。わたしは共著者のひとりとして棚田氏のアシストとして、ご同行させていただくことになったのです。
火曜日に立川、新宿、金曜日に銀座、新橋、渋谷のお店を訪ねて、ライトエッセイや自己啓発のご担当の方々とお話しをさせていただくことができました。お忙しい中にも関わらずお話しを聞いていただきました。ほんとうに有り難うございました。
お店の評判は、わたしたちでさえも驚くほどの好評で、その場において10冊、20冊、30冊、50冊の単位でご注文をいただくことができました。
「この本をぜひとも多くの読者の方々に読んでいただきたい」と、発売前に実物と同じ見本版をつくってから発売に向けた準備を進めていましたので、これが良い評判につながる要因になったと思います。
『未来の魔法のランプ』は、著者の池田隆則・藤岡敬三と、説話社出版部の高木利幸氏、イラストレーターの市川さとみさんなど、携わる人々の夢と知恵と才能の結集で、さらに洋画家の池田正見・池田孝子ご夫妻の絵画提供や、謎の女性(?)"Rostiawati"の肖像、なども加わって、悔いのない最高の作品に仕上がっています。
これま でも、これからも、「人事を尽くして天命を待て!」を実践して参ります。
執筆Taka
本書の紹介
セレンディピティは、ペルシャに伝わる寓話「セレンディップの三王子」から生まれた造語で「何かを探しているとき、予期しなかった別の価値あるものを見つける能力や才能」という意味で、科学分野の研究においても、失敗から予期しない成功を作りだした事例としてこの言葉が使われることがある。
著者の一人である池田隆則は、セレンディップの国(現、スリランカ民主社会主義共和国)へ数回訪ねたこともあってこの語意に興味と希望が湧き起こり、またヨルダン・ハシミテ王国で本書のモチーフとなるオイルランプを見つけ、本書『未来の魔法のランプ』を共著者の藤岡敬三と執筆した。
編集担当は、高木利幸。デザイン・イラストは、市川さとみ。



