Fusi家の東海道中膝栗毛 -2ページ目

Fusi家の東海道中膝栗毛

東海道ほか、街道歩きの記録です。

涼しくなったので日光道中を再開しました。本日は栗橋から。

 

八坂神社。狛犬が「鯉」です。

 

利根川を渡り、茨城県へ。

 

筑波山が見えてきました。

 

中田宿へ。昔の宿は、現在の河原の場所にあったそうです。

それでは洪水のたびに大変だったのではと思われます。

 

光了寺のヒバの木。

 

東北本線踏切を渡ります。

 

原町の一里塚は高校の敷地内に復元されていました。

 

古河宿へ入りました。

古河公方が置かれた町ですが、今は静かで面影はありません。

 

古河市のマンホールは花火

 

野木宿へ

 

野木町はひまわりのマンホールです。

 

畑の中へ降りていくように見える歩道橋

 

野木宿はかわいらしい看板から妄想するのみ

 

今回は、ひたすら歩き距離を稼ぎました。

街道沿い、数少ない飲食店は月曜定休の店が多く残念。

 

スタート 栗橋駅(入口交差点) 11:05

ゴール 野木駅(友沼交差点) 15:20

17,258歩

 

 

 

 

 

 

 

ひどい筋肉痛ですが、本日も日光道中へ。
 
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幸手市は桜です。
 
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日光御成道との合流地点。すでにここでバテバテ
 
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東武日光線踏切を渡ります。
 
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これはレアなのかわからないけど、とりあえず。
 
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幸手宿に入りました。
 
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時々見かける、これは何だろう。
 
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旅館あさよろず。板垣退助も宿泊したという。
もちろん、これは建て替え後です。
 
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少し先の問屋場跡の解説版に、
この写真がありました。
 
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問屋場跡
 
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今ココです。
 
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幸手の一里塚跡
 
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お昼どきに手ごろな店がなく、4号線沿いに忽然と現れたかつ太郎へ入店。
ここが大正解グッ
トンカツはおいしいし、店員さんの接客もとても気持ち良かったし。
カウンター越しに見えたキッチンも、機能的かつ衛生的な区分けになっていました。
 
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行幸橋
 
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見事ななんじゃもんじゃの木(の一部)
おもわず足が止まります。
 
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田んぼの向こうに東武日光線
 
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久喜市に入りました。
 
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市境の小さなトンネルをくぐります。
 
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小右衛門の一里塚。西塚が残っています。
街道歩きの旅人としては、塚だけでも残っていると嬉しいですね。
 
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東北新幹線の線路をくぐります。
 
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お約束の写真
 
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栗橋は鯉?と鳩?と何だろう。
 
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栗橋は別バージョンも。
 
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さて、疲れてバテバテなのですが、途中でやめるにも
駅はないバスはない、タクシー走ってない、で歩くしかなく、
意識もうろうとしながら栗橋駅へ向かってトボトボ歩きます。
すると、駅近くに静御前のお墓が!
今日は栗橋駅で終わりにして良かったね。
 
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旧墓石はこの中に保管されています。
 
NHK大河「義経」の石原さとみの舞「しずやしず」、
素晴らしかったです。
ああまた観たいなぁ。
 
 
スタート 杉戸高野台 11:04
ゴール 栗橋駅入口 15:16
15,722歩
ゴールデンウイークも後半、ようやく街道歩きが始動しました。
 
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今日はせんげん台からスタートし、早速春日部市へ。

 

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ひたすら4号線沿いを歩きます。
 
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今日1つめの一里塚。備後の一里塚跡
 
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春日部市のマンホール蓋は藤の花です。
 
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提灯とか表札とか
 
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永嶋庄兵衛商店。このあたりで唯一残っている米問屋さんだそうです。
屋根の上には、鍾馗(しょうき)様が鬼を踏んづけている像が。
 
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本日二つめ、小渕一里塚
 
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杉戸町に入りました。写真下部にすきすきすぎーと36モニュメントが!
 
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北緯36度線を通るということだそうです。
 
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本日3つめ、三本木一里塚跡の案内版
 
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杉戸宿の蔵元、関口酒造さんにお邪魔しました。
 
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杉戸宿
 
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屋号は豊嶋屋さん。左は2升、中央は1升で、昔使っていた本物、
右は最近飾りとして作ったものだそうです。
時代劇で、のんべの浪人さんがこれ持って歩いてるイメージ。
我が家は清地村というお酒を購入しました。
 
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杉戸宿は菊です
 
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本陣が信号の名前になってる
 
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どうしてこのネーミングに。とても気になります。
 
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綺麗です。ナニワイバラで合っていますか?
 
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本日4つめ、茨島一里塚跡の案内板
 
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てくてく歩いて幸手市へ。
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本日はこれにて終了。疲れました!歩きました!
 
スタート せんげん台 10:02
ゴール 杉戸高野台 15:47
21,205歩
小湊鐵道里山トロッコの旅に行ってきました。

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予定より早く五井駅についたので、里山トロッコ接続より1本早い9:16発に乗車

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途中駅にて、上りのトロッコ列車を見送ります

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普通列車で養老渓谷まで行き、折り返し。
月崎で降りて、飯給を経由し、里見までお散歩です。

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お散歩途中で、トロッコ列車を待ち伏せして撮影

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里見からトロッコ列車に乗車し、再び養老渓谷へ。

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養老渓谷からトロッコ列車で降り返し帰路につきました。
有名な一面菜の花の時期にはまだ早かったのですが、
沿線の菜の花がとてもきれいでした。

小湊鐵道は1日フリーパス1800円がお得です。
里山トロッコは片道500円が別途必要。
予約しなかったので人気の窓なし車両には乗れませんでしたが、
まだ寒いし、窓も大きいので、窓ありで良かったです。
また行きたいな~。
京成線、東武線を乗り継ぎ、本日は東武スカイツリーライン獨協大学前(草加松原)駅からです。
 
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百代橋を渡り、しばらくすると頭上に外環道が見えてきました。
 
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桜の紅葉が楽しめましたが、やはり花が咲いている時に来たいです。
 
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綾瀬川の対岸に、藤助河岸が復元されています。
江戸への年貢米の積み出しが行われたところだそうです。
 
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藤助河岸跡の隣、蒲生の一里塚。
木が茂っている辺りに塚が残っています。
 
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シラコバト
 
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民家のクレマチス?がとても綺麗に咲いていました。
 
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清蔵院の山門。左甚五郎作と伝わる「龍」の彫刻があります。
 
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「龍」は夜な夜な抜け出し畑を荒らしたため金網で囲われているとか。
 
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これは綺麗です。
 
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ピンク色の洋館は現役の診療所です。
 
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明日は宿場まつりなのですね。
駕籠レースとか面白そう。
 
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蔵が残っています。
 
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八重咲のサザンカ?初めて見ました。綺麗です。
 
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3日でようやく30km。
昔の人に笑われそうですが、春日部まであと5km、無理~
 
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シラコバト、カラーバージョン
 
越谷宿は本陣跡などの看板もなく、
ガイドブックなしに歩くと、うっかり通り過ぎてしまいます。
旧街道は歩道が整備されておらず、車の交通量も多い中歩きにくい区間でしたが、
抜けられてほっとしました。
 
 
スタート 11:02 草加松原(百代橋)
ゴール 14:28 せんげん台
15,024歩
今日は北千住からの続きを歩きます。

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いい感じの路地

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当時の面影を残す横山家住宅

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荒川を渡ります。

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これは雰囲気のある銭湯です。夕方からの営業の案内がありました。
夕暮れになると明かりが灯って、千と千尋の世界に。

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埼玉県草加市へ

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草加せんべいの立派な店舗。
この後もせんべい屋さんが続きます。

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マンホールは百代橋のデザイン

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草加宿大川本陣跡

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せんべい屋さんの看板です

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河合曽良の像。
この先にある松尾芭蕉像の方向を指していると思われます。

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こちらが松尾芭蕉像です。
河合曽良を振り返って呼んでいるような。

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草加市観光大使のパリポリくん

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名勝、草加松原。
つい最近、NHK小さな旅で見たばかりで、ああここか!と。

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今日は百代橋の手前で終了です。

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日光道中は奥の細道をたどる旅でもあります。

スタート 11:23 北千住
ゴール 15:33 草加松原(百代橋)

15,373歩

東海道中の途中ですが、
いい時期に休みを取りづらい職場に異動してしまい、
日帰り可能な日光道中を先に歩いておくことしました。
 
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スタートは東海道と同じ、日本橋です。
これは橋を渡り振り向いた感じ。
 
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日本橋三越本店
 
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横山町問屋街
 
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浅草橋を渡ります。ずらりと並ぶ船宿。
 
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浅草見附跡
 
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人形の久月。立派ですね~
 
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こちらはちょうちん屋さん
 
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折り紙屋さん
 
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雷門を右に曲がり、
 
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日光道中というか、普通に東京見物です。
 
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スペーシア号を見送ります
 
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小塚原刑場跡
 
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回向院
 
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千住大橋を渡ります。昔は単に「大橋」と呼ばれたそうです。
 
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足立市場です。お昼どきに通過なら関連棟飲食店がおすすめです。
今日もにぎわっていました。
 
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市場正門横に松尾芭蕉の碑があります。
ここは奥の細道紀行の出発地です。
 
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やっちゃ場跡。家々には当時の屋号が掲げられ、歴史を伝えています。
 
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一里塚や本陣跡など、形跡は全くなく、
うっかりすると見過ごしてしまうような小さな石柱があるのみでした。
 
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北千住の丸井10階に千住宿のジオラマがあります。
ジオラマ好きなら必見。一里塚なども再現されていました。
 
本日はここまで。
 
スタート 日本橋 9:48
ゴール 北千住 15:00
14,540歩
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
掛川泊だったので、朝食後、早速歩き始めます。
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新幹線停車駅で、唯一の木造駅舎と聞き、記念撮影。
この先、山内一豊夫妻のレリーフ前が、本日のスタート地点です。
 
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掛川城蕗の門。円満寺が買い受け、ここに移築したそうです。
 
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平将門ら、十九首塚。
 
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東海道は、天竜浜名湖線西掛川駅の下をくぐります。
ちょうど電車が来たので、ホームに駆け上がって撮影。
 
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いい感じです。
 
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カーブする道と松並木も、いい雰囲気です。
 
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大名行列に随行していた同心たちが、川原で休憩した、
というのが名前の由来だそう。
 
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袋井市に入りました。
 
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富士浅間宮の立派な赤鳥居。
現在は、工場や国道1号などで、本殿とは分断されており、
鳥居だけがポツンと建っています。
 
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クラウンメロンマラソン、というのがあるのですね。
さすが、クラウンメロンの産地。
 
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あ~そうか!みんなメロンハウスなんだ。
 
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日本橋から60里目、久津部の一里塚の復元。
小学校の敷地にあり、小学校が創立100年記念で整備したそう。
 
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袋井東小学校は、どまん中東小学校。
 
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天橋を渡り、袋井宿に入りました。
袋井宿は、日本橋からも京都からも27番目の宿で、どまん中なのです。
もう、半分歩いたということですね。
 
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どまん中茶屋でお茶をごちそうになりました。
広重の出茶屋の絵を再現した、お茶目な仕掛けがありました。
 
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看板の小鳥と、えのきとやかん。
 
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広重の53次にも描かれている、丸凧の工房です。
 
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西見附跡に、高札場を復元。
とてもコンパクトな宿でした。これにて、袋井宿を後にします。
 
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日本橋から61里目、木原一里塚の復元。
 
一里塚を通り過ぎ、磐田市に入ります。
マンホール3連発で。
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袋井駅でゴールし、名物たまごふわふわを食べるつもりでいたのですが、
まだ時間があるので、もう少し歩いておくことに。
三ケ野権現へ続く急坂を登ります。
 
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古戦場跡碑
 
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見付宿に入りました。
 
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遠州鈴ヶ森刑場跡。
本日はここで終了です。よく歩きました~
 
スタート 掛川駅(レリーフ前) 8:11
ゴール 遠州鈴ヶ森刑場跡 15:04
23,371歩
本日は、諏訪原城跡からスタートです。
 
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城内禁煙って・・・。城ないでしょって、笑いましたグッ
 
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小夜の中山、菊川坂を下ります。
 
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看板の右奥、栗ヶ岳に「茶」の文字
 
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四郡ノ辻道標を過ぎ、青木坂を登ります。峠最大の急坂!
左側にお茶畑を見ながら進みます。
 
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西行歌碑の広場にて。
「年たけて また越ゆべしとおもひきや
いのちなりけり さやの中山」
 
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「茶」の文字に近づいてきました。
 
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日本橋より56里目、佐夜鹿一里塚跡。
 
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芭蕉句碑。この辺りには、句碑や歌碑がたくさん並んでいます。
全て見るのは大変なので、西行と芭蕉の碑を確認しながら歩きました。
 
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夜泣き石跡。ここから西坂を下ります。日坂の由来との説あり。
 
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日坂宿に入りました。
 
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扇谷本陣跡。
 
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酒屋さんの店頭にて。
 
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日坂は、旅籠など江戸時代の建物が、たくさん保存されていました。
 
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日坂宿を出てすぐ、甘く香ばしい匂いに誘われて入店。
あんぱん、甘食、ラスク、どれも美味しかったです。
私の甘食に対する認識が塗り替えられました。
 
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日本橋より57里目、伊達方の一里塚跡。
 
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西山口小学校前にて。可愛い!もちろん位置も子ども目線。
 
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掛川宿に入りました。
 
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本陣跡は飲み屋街です!
 
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本日は、掛川駅前、清水銀行の山内一豊夫妻レリーフ前で終了。
 
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掛川泊で時間があったので、掛川城の散策に行ってきました。
 
スタート 諏訪原城跡 8:54
ゴール 掛川駅(レリーフ前) 14:27
19,352歩
 
 
 
 
 
本日は日帰りで、六合駅から金谷までの予定です。
東京駅から新幹線ひかり号で、あっという間にスタート地点へ。
 
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では出発。
 
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島田宿は大井川を控えているとはいうものの、
見附は建物があるわけではないなど、こじんまりとした感じでした。
本陣跡などに丁寧な解説版が建っていて楽しめました。
 
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気になります。
 
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島田宿にもありました。
 
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大井神社です。七五三の家族連れでにぎわっていました。
 
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榊の無人販売とは珍しい。
 
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大善寺。川開け、川止めの鐘があったそうです。
 
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大井川川越遺跡(国の指定史跡)
川会所や荷縄屋、番宿などが並んでいて、
大井川川越をする旅人は
必ずここに寄りました。
 
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殿様を籠に乗せたまま運ぶ連台です。
 
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越すに越されぬ大井川、ですが、
現代は大井川橋を渡ります。
 
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橋の上から。「茶」の文字が見えました。
大井川を渡り駿河から遠江へ。
 
 
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金谷宿へ入るとすぐの公園に、
仲田源蔵の像があります。
川越が廃止された後に失業した人足を、私財を投じて援助、
牧之原大茶園の開墾をしたそうです。
開墾を政府に直訴し投獄されたこともあったと書いてありました。
 
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八軒家橋。金谷側の川越史跡は残っていませんが、
この橋の向こうに、人足の宿が八軒並んでいたそうです。
 
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大井川鉄道線の線路を渡ると、
ちょうど蒸気機関車が発車するところでした。
すごい迫力にびっくり。思わず撮影にも熱が入ります。
 
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往還橋からの眺めです。
 
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佐塚屋本陣跡は、佐塚書店さん跡。
ずっと繋がっているんですね~。
 
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さて、目標の金谷駅に12時半ごろ到着してしまったので、
もう少し距離を稼いでおくことにしました。
いざ、石畳の金谷坂へ。
 
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これがなかなか手ごわくて、あっという間に息が上がります。
すべらず地蔵の前でちょっと休憩。
 
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金谷坂を登ったところにある諏訪原城跡に立ち寄りました。
 
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武田方の城ですが、徳川との激戦で落城。
建物は残っていませんが、こういう場所で耳をすますと、
当時の人々の息遣いが聞こえてくるようです。
妄想には最適な場所ですね。
 
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城跡から。
遠くに富士山がくっきり浮かび、素晴らしい眺めでした。
 
藪漕ぎしながらショートカットで国道に降り、金谷駅に戻りました。
次回、小夜の中山越えに挑みます。
 
スタート 六合駅 8:55
ゴール 諏訪原城跡 13:38
15,582歩