Fusi家の東海道中膝栗毛 -3ページ目

Fusi家の東海道中膝栗毛

東海道ほか、街道歩きの記録です。

今日は静岡駅近くのホテルからバスで出発。
スタート地点へ向かいます。
 
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しずてつバス。やけに雰囲気あります。
 
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宇津ノ谷、平成のトンネルに入ります。
 
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本日のスタート、川原町バス停から歩いてすぐの場所にある、
西行笠かけ松。
当時の松は枯れて今はなく、
西行の弟子、西住のお墓があるそうです。
 
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岡部宿の大旅籠、柏屋さん。
やじさんきたさんだそうです。
 
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本陣跡
 
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純米吟醸べっぴんの看板が出ていた、造り酒屋さん。
 
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いい雰囲気です。
 
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正応院の山門。
 
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仕切弁はタケノコ。
 
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桝形跡。岡部宿を出ます。
 
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横内橋のたもとにある「あげんだい」。
お祭りの時、この中にたいまつを投げ入れるのだそうです。
見てみたいです。
 
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横内橋、いい感じの橋です。
 
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基本水準点。これはレアかな?
 
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藤枝のマンホール。
 
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須賀神社の大楠。
トトロが枝でオカリナを吹いていそうです。
 
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藤枝の木、花、鳥。
 
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藤枝名物、サッカーエース最中の看板。気になりました。
 
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気になりました。勉強しよう。
 
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迫力ある看板に目が釘付けですが、
 
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日蓮手植えの久遠の松、見事です。
 
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藤枝宿本陣や問屋場などのあった辺りに交番が建っています。
 
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勝草橋の上から。
風景をさえぎる建造物がなく、
昔の旅人と同じ風景を眺めることができました。
 
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日本橋から51里目、上青島の一里塚跡。
 
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島田市へ入りました。
 
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道の左側に、東海道線が近づいてきました。
刈り取りの終わった田んぼでは、モズが鳴いていました。
今日は六合駅で終了です。
 
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東京駅にて。新幹線は快適ですね~
 
 
スタート 川原町バス停 8:28
ゴール 六合駅 15:00
19,747歩
今回は久しぶりに3人。手越バス停からスタートです。
静岡に宿もとってあるので、頑張ってたくさん歩きますよ!
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光林寺、漆喰細工の鶴。
 
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庭はきれいに手入れされていて、凛とした雰囲気です。
 
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丸子宿に入りました。
 
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みかんの無人販売がそこここにあります。
そしてこれが美味しいんです。
 
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いい雰囲気のカーブ。
この先、右側に今日のお楽しみ、
とろろの美味しい丁子屋さんがあります。
 
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慶長元年(1596)創業の丁子屋さん。
小さな資料館もあり、
慶喜が大政奉還したことを知らせる高札などが展示してありました。
 
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広重の東海道53次にも描かれています。
 
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美味しくいただきました。
むかごととろろの団子や、とろろを揚げたものも、
美味しかったです。
 
11時頃に着いてしまったので早めのお昼でしたが、
店を出る頃には長蛇の列で、早めに来て正解でした。
 
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丸子宿大阪方見附と高札場跡。
丸子宿を出ます。
 
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少し道をそれて誓願寺へ。
片桐且元が、方広寺鐘銘事件の申し開きに来た時に滞在したお寺で、
且元夫妻のお墓があります。
 
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これから宇津ノ谷峠を越えます。
 
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トンネルを抜ければあっという間の距離ですが、
地図右側の旧東海道、峠道を進みます。
 
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宇津ノ谷の集落。
民家の軒先には屋号が掲げられています。
 
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坂の上から、来た道を振り返ってみました。
 
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道ばたの紫式部が美しいです。
 
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少し寄り道して、明治のトンネルを覗きに行きました。
ランプの明かりがいい雰囲気。
 
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峠越えもあと少しです。
 
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国道1号に降りてきました。
一番体力のない私がようやく追いつくと、
太川陽介は近くのバス停の時刻表を確かめに行っており、
マドンナが私を待っていました。
私、蛭子さんか。
 
日曜日ですが、バスは30分に1本はあるようなので、
もう少し先のバス停まで頑張ろう。
 
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岡部宿に入りました。
 
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岡部宿東木戸、桝形跡です。
写真奥の直角のスペースが旧道の名残りと思われます。
 
本日はこれにて終了。バスで静岡駅へ戻ります。
 
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バスで宇津ノ谷、昭和のトンネルを抜けます。
 
 
スタート 手越バス停 10:19
ゴール 川原町バス停 16:06
17,313歩
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涼しくなったので東海道再開です。
今日は静岡鉄道の県総合運動場駅スタートです。
写真は草薙駅から乗ってきた新型車両。
 
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国鉄操車場の建設で東海道が分断されてしまった時の碑。
この後、東海道線をくぐるのですが、
 
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このトンネルがめっちゃ怖い。
結構なスピードで車が出てきます。人専用じゃないんです。
 
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火消だ~
 
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長沼の一里塚跡。
 
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しずてつのちびまる子ちゃん車両。
これに乗りたかった!
 
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曲金(まがりかね)。
道は拡幅されていますが、旧道の痕跡があります。わかりますか~?
・・・ビックリマーク
そうです。左側の駐車場沿い、何だかカーブしてますよね。
 
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府中宿に入りました。
 
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少しだけ道を外れて華陽院へ。
山岡荘八「徳川家康」読者としては、ここを素通りはできません。
家康の祖母、源応尼のお墓があります。
写真は家康手植えのみかん。
 
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たちあおいがカラーの蓋と、色なしの蓋がありました。
 
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この消火栓は家康公。
 
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こちらは富士山と、安部川?右は登呂遺跡?
 
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マニアではないのですが。
 
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西郷隆盛と山岡鉄舟会見の碑。
ここで、江戸城無血開城の根回しが行われたとか。
レリーフの二人、若々しいです。
 
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せっかくなので、駿府城跡に寄り道します。
片桐且元は家康の許しを請いにここに来たんですね。
真田丸の且元は憎めない人物でした。
 
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お城はなく、公園になっています。
図の左上の部分は発掘作業をしていました。
 
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お堀沿いに、わさび漬け発祥の碑。
 
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家康が府中を整備したときに作らせた新通り。
一里塚は旧東海道の方にあります。
 
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安倍川を渡る手前にある、安倍川もちの老舗の石部屋さん。
立ち寄った家康に献上したところ、たいそう気に入られ、
安倍川もちと名付けられたそうです。
 
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安倍川を渡り、府中宿を出ます。
府中宿はさすがに家康のお膝元、とても広くて大きな宿でした。
火事と戦争で跡形もなくなってしまったとのことで、残念です。
 
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今日は手越バス停で終了。
JR静岡駅までローカル路線バスの旅です。
 
 
スタート 県総合運動場(しずてつ) 9:54
ゴール 手越バス停 13:38
14,172歩
本日は久しぶりに3人旅です。
4時半に起きて、まずはスタート地点の興津へ。
 
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熱海で乗り換え待ち、向こうのホームにキンメ電車が。
 
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興津駅をスタートすると、すぐ興津宿です。
これは興津宿、東本陣跡。
 
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宮様まんぢうが有名な老舗の製菓店
 
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西本陣跡。
 
イメージ 5鋸の看板が素敵です。
 
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踏切の向こうが清見寺です。
 
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清見寺。今川家の人質であった家康が
一時期過ごした場所だそうです。
後ろの森ではキビタキがさえずっていました。
 
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東海道名残の松。
 
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左は三保の松原。
今日は清水まで?静岡まで?
 
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片側橋。右側は橋がなく、暗渠になっています。
 
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振り向けば富士山がくっきり。
この富士山を薩埵峠から眺めたかった。
 
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日本橋から42里目、辻の一里塚があった場所。
地図ではこの辺のはずだけど・・・と探していたら、
地元の方が場所を教えてくださいました。
 
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興津宿東木戸跡を通過し、江尻宿へ
 
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ビジネス旅館E。食堂ミルクホール、餃子BAR。泊まってみたい!
 
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江浄寺。家康の長男、信康のお墓があります。
 
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江尻宿寺尾本陣跡。
 
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稚児橋。渡り初めの時、河童の稚児が現れ
サッサと渡ってしまったそうです。
 
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江尻宿木戸跡
 
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追分羊羹。創業元禄8年の老舗。
 
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上原延命子安地蔵蔵。
ここで、家康と、江尻城主穴山梅雪が会見し、
武田氏滅亡のきっかけとなりました。
 
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日本橋より43里目、草薙の一里塚跡。
 
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草薙神社の大鳥居。
日本武尊がこの地で襲われ、草を薙いで敵が放った火から逃れたそうです。
 
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草薙駅を過ぎ、東静岡駅まで歩こうと頑張ったのですが、
途中でばててしまい、静岡鉄道に乗って帰ることにしました。
 
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スタート 興津駅 9:27
ゴール 県総合運動場(しずてつ) 14:05
17,707歩
今日も早起きして出発してみました。
まだまだ日帰り、普通列車の旅やってます。
 
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蒲原駅から歩き始めると、あちこちに桜えびのお店がありました。
 
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東名高速道路の下をくぐります。
 
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今日はは由比宿を通過します。
 
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由比宿東桝型跡
 
由比宿の出入り口は桝型(かぎの手)に折れ曲がり、
治安維持と、宿の出入り口の道標にもなっていた、
ということが書いてあります。
 
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由比宿交流館にあったジオラマです。
ジオラマは好きです。妄想しやすいからでしょう。
旅人も歩いているんですよ~。素敵です。
 
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交流館の中で売っていた、スルガエレガント。
甘夏と文旦の交配種だそうです。
確かに、エレガントで甘い味でした。
 
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交流館のすぐそばに、広重美術館がありました。
入ってみたかったけど歩く時間も惜しくて。残念。
 
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由比正雪の生家と言われる、老舗の染物屋さん。
 
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由比本陣公園
 
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由比宿西木戸跡
桝型になっています。
 
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いなば食品静岡工場を通過
 
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せがい造りと下り懸魚(げきょ) 解説は次の写真を。
 
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つまり、燕が巣を作りやすい構造です。
 
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菜の花は満開。桜はまだです。
 
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由比漁港をのぞいてみました。
桜えびのかき揚げのお店は長蛇の列。
 
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由比駅前、桜えびロード入口のモニュメントを見下ろします。
羽田・田中の路線バスの旅でも映っていました。
 
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名士の家、小池邸に展示されていた、
ツナ缶高級バージョン。
 
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いよいよ薩埵峠越えです。
 
 
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甘夏のいい香りがします。
 
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富士山は上の方がかすかに見えています。
山の斜面の桜が咲いて、富士山も見えたら素敵でしょうね~。
 
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峠の展望台から。
 
東名高速が通行止めです、なんてニュースで良く見る絵です。
 
 
 
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消火栓はこれ。
 
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下水道はこれ。
 
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今日は興津駅で終了。ようやくお昼ごはんです。
 
桜えびを食べたかったのですが、
興津駅周辺にはとんかつ屋さんくらしか空いている店がありません。
そこに入ったら、これが大当たりで
桜えびかき揚げ定食がメニューにありました!
 
スタート 蒲原駅 9:21
ゴール 興津駅 13:21
15,492歩
今日は早起きして、自宅を5:15に出ました。
乗継ぎ時に朝食をとる予定を何となくやめて
一本早い東海道線に乗ったのですが、この判断が吉グッ
この後の列車は事故で大幅に遅れることに。
 
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富士駅前の商店街から富士山
 
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富士川を渡ります。
 
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富士川を渡り、渡船上り場跡まで移動。
歩いてきた橋を振り返ったところです。
 
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小休本陣常盤家
この右側に黒門と黒塀があり、その写真を撮りたかったのですが、
団体さんの集合場所になっていて、建造物のみの撮影ができませんでした。
 
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新豊院
今日は年に一度の、大観音像御開帳の日でした。
 
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岩淵の一里塚。日本橋から37里目。右側(西側)は初代の木。
 
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富士川民俗資料館
中に農機具や漁具、食器などが展示されていました。
 
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東海道新幹線をくぐる穴です。
「何このトンネル」、と夫に聞いていた時、ビュワーンっと新幹線が通り過ぎたのですが、
速すぎて気が付きませんでした。
なわばりを分断された野生動物になった気分でくぐりました。
 
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いつのまにやら富士市から静岡市へ入りました。
←矢印の方向、東名高速を渡ります。
 
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蒲原の消火栓はこんな感じ
 
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蒲原名物イルカすまし
 
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旅籠跡
今は休憩所になっていて、喫茶と軽食を提供しています。
 
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こんなものもありました。
 
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総欅の家
 
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旧五十嵐歯科医院
診察室などを公開していました。
 
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蔀戸(しとみど)のある家、旧志田家住宅
 
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桜エビのレリーフ
 
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あ~、この辺なんだ。
 
蒲原宿周辺は昔の面影を残す建物が多く、楽しめました。
ランチに寄った「よし川」(うなぎ、地魚)の桜えびかき揚げ丼がおいしくて、
ソフトクリームのデザートもあり大満足でした。
 
スタート 富士駅 9:17
ゴール 蒲原駅 14:11
15,106歩
本日は吉原駅からです。
吉原の毘沙門天妙法寺でだるま市をやっており、
駅はすごい人でした。
私達は前回通り過ぎてしまったので、人出とは逆方向に進みます。
 
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岳南電車、緑の車両
 
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古紙の駅。
 
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富士山、大きいです。
 
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左富士神社
 
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吉原宿は元の場所が津波で壊滅し移転したため、
東海道は北に回り込む形に。
そのため、この区間では富士山が左側に見えます。
 
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浮世絵と同じカーブのあたり?
 
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平家越え橋。
富士川を挟んで源平が陣を張ったが、
水鳥の羽音を源氏の夜襲と勘違いし、平家は潰走してしまったという、
有名なエピソードの舞台です。
 
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橋の上から覗くと、オオバンが浮かんでいました。
 
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吉原本町駅。
岳南鉄道オレンジの車両を見送ります。
 
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商店街の一角にある、鯛屋旅館。
1682年創業、現在も営業しています。
 
隣に併設しているそば屋さんで食べた、
雪見(とろろそば)がおいしかったです。
会計して出ていくときに、厨房から店主が
「東海道ですか?」と声をかけてくれました。
 
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青嶋八幡宮神社。通称、磔八幡。
大津波で疲弊している時の検地に異議を唱え、
磔にされてしまった名主を祀っています。
 
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村の入口に守神として置かれた
単体道祖神。
 
今日はスタートが遅かったこともあり、
電車一駅分で終了です。
次回は見どころをたくさん残してあるので、
楽しみです。
 
スタート 吉原駅 11:18
ゴール 富士駅 14:00
8,648歩
正月休み、片浜からの続きを歩いてきました。
スタート地点まで普通列車で約3時間。
片浜駅に着いた頃には、何をしにきたのか忘れるくらい長かったです。
 
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祥雲寺。
トイレの神様という看板がありました。
 
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神明神社。
鳥居前に赤い帽子をかぶった2体の寒神が。
宿口に安置され、悪霊の侵入を見張っているそうです。
 
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松陰寺。
白隠禅師ゆかりのお寺です。
擂鉢松を探したのですが見つかりませんでした。
 
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海岸線に平行に、こんな道がまっすぐ続きます。
 
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原宿では、見附や本陣等の痕跡はなく、
このような案内版のみでした。
 
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豆腐屋さんが水を販売しているところです。
近くの造り酒屋さんでも、お水を提供していました。
 
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東海道線と富士山。
 
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富士市に入りました。
 
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雄大です。
 
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東海道と海岸線が近づくあたりで、海をのぞきに行ってみました。
長~い砂浜が続いています。
田子の浦はもう少し先です。
 
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間宿、柏原本陣跡を通過。
 
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やっぱり富士山です。
 
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木之元神社、御神水の由来の解説がありました。
 
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こちらも木之元神社。
マンホールの下の六角井戸に御神水が祀られていて、
今でも年に1度、お水取りの神事を行っているそうです。
 
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JR吉原駅から富士山。
 
今日は風もなく暖かで、ウォーキング日和でした。
昔の旅人も右手の富士山に見守られながら、
直線の道をすたすたと歩いていたのでしょうね。
 
帰りは正月休みのUターンラッシュにぶつかってしまい、
満員電車ですごい人でした。
 
スタート 片浜駅 10:29
ゴール 吉原駅 14:20
16,197歩
 
今回は三嶋大社からのスタートです。
 
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三嶋大社前のうなぎ屋さん。
 
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アマゴの彫刻がやけにリアル。
 
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こちらもうなぎ屋さんです。
行列ができていました。
 
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千貫樋(せんがんどい)
北条氏康が今川家に水を送ったのが始まり、
という解説版がありました。
ここから西が駿河國です。
 
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千貫樋の解説。
この樋は今も現役で水が通っています。
 
 
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玉井寺一里塚。江戸から29里。
こちら側は、昔のまま残っているそうです。
 
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玉井寺、白隠の遺墨によるもの(と思います)
 
「駿河に過ぎたるものが二つあり、
富士のお山と原の白隠」と言われた名僧だそうです。
 
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気になりました。
 
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八幡神社境内にある、頼朝、義経の対面石。
挙兵した頼朝と奥州から駆け付けた義経が、
この石に坐して対面したという・・・。
 
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玉砥石。玉類を磨くのに使ったという、古墳時代のものだそう。
 
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これより沼津市的な看板はありませんでしたが、
確かに沼津市に入りました。
 
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富士山ですね。
 
イメージ 12沼津宿、高田本陣跡
 
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気になります。
シャッターが閉まっていて何を売っているのかわかりませんでした。
給食の白衣とか習字道具とか売ってますか。
 
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平維盛の遺児、六代の墓がある。
 
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日本棋院沼津支部を通過
 
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右側に富士山。
今日は強風しかも向かい風で、コンディションは悪かったですが、
そのおかげか、こんなに綺麗な富士山を拝むことができました。
 
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大諏訪松長の一里塚跡。日本橋から31里目。
 
強風の中、片浜駅で終了。
私は、人生初の青春18きっぷ体験でした。
めっちゃお得じゃないですか!?
まだまだ、日帰り普通列車の旅で行けそうです。
 
スタート 三嶋大社 10:55
ゴール 片浜駅 14:58
15,908歩 
本格的な冬が来る前に箱根越えを、ということで行ってきました。
 
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箱根登山鉄道の旧型車両
 
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箱根登山バスの車窓から、富士山がきれいです。
 
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東海バスに乗り継ぎ、接待茶屋へ到着。
接待茶屋は昭和45年まで営業していたそうですが、
今はこの看板だけです。
今日はここから、三島までの予定です。
 
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甲石(かぶといし)
北条攻めの際、秀吉がこの石の上に兜を置いたとか、
形が兜に似ているから、等の説があります。
 
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三島市へ
 
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雲助徳利の墓
剣術指南役であったが酒が元で罷免され、雲助となったそうです。
 
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東海道を少しだけ外れて、山中城跡に行ってみました。
 
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障子堀
建物はありませんが、城跡として整備されており、
行ってみて良かったです。
北条方の番城でしたが、秀吉方に半日で落とされてしまったそうです。
 
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芭蕉句碑「霧しぐれ 富士を見ぬ日ぞ面白き」
このあたりが富士見平です。
朝のバスからは富士山が見えましたが、
この時には見えませんでした。
 
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これはヒドイ!
 
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結構人が集まっていました。
 
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やじさんきたさんと歩きます。
 
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こわめし坂
あまりの急坂で、背負っていた米が汗と熱でこわめしになったことから、この名前があります。
本当に急坂でした。
 
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松雲寺
生麦事件を起こした島津久光は、ここで休息したそうです。
 
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錦田の一里塚
日本橋より28里目。両塚とも現存しています。
 
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東海道線の踏切を渡ります。
 
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三嶋大社に到着。今日はここまでです。
 
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せっかくなので三嶋大社を散策。
樹齢1200年を超えるというキンモクセイです。
1200年前と言ったら、鳴くよウグイスの頃ですか?すごいですね!
 
スタート 接待茶屋 10:37
ゴール 三嶋大社 15:04
18,080歩