静岡の書家詩人 宗明(そうめい) -642ページ目

お坊さんの話~其の六~

お坊さんの話~其の六~



引きこもりの人達は人間関係を構築する事が出来なかった。


お寺に預けたってすぐ治るかと言われたら治るわけがない。


だけど、預かると決めたら何年もかけて彼らはと付き合う。


そうすると、ある一つの事がわかる。


引きこもりには引きこもりの理論がある。


それはどうゆう理論かとゆうと彼らはこう言う。


「俺を理解してくれないお前が悪い」


と言う。


それは自分のモノサシだけが正しくて相手のモノサシはだめと言ってるのと一緒。


だけどそれは引きこもりの子達だけが使う理論じゃなく、普通の人も使う理論。


自分のモノサシだけを振り回すと自分も傷つくけど相手も傷ついてしまう。



つづく

答えも道も一つじゃない

今日は、てんつくマンのメルマガに書かれていた文を載せたいと思います。


ちなみに安永さんとは、神様の事です。 神様とゆうと遠い存在に感じるので、近い存在に感じるように安永さんと呼んでるそうです(笑)


てんつくマンと安永さんのお話です。


安:安永さん て:てんつくマン


安永さんよろしくお願いします。今日の質問は、日本人は一日三回ご飯を食べないと魂のパワーが落ちると聞いたのですが、どうなんでしょうか?


安:一人一人全員違うわな~。だから、一日三回食べないと魂のパワーが落ちる人もいるし、落ちない人もいるわの~。以上。


て:もう、終わりですか? 


 安:そうじゃ。 て:この一人一人違うっていうのは、食事だけじゃなく、すべてにあてはまることですね~


安:その通りじゃ。ひとくくりで人間って言うとるが、みんな違う。 みんな個々の生き物じゃ。 ある意味、違う生き物と思ったほうがいい。 それが自分の子どもであってもじゃ。 私とあなたは違う。 だから、違って当たり前。その心を忘れないことじゃ。それを忘れるとすぐに比べる。 特に子どもが一番苦しいのは、兄弟で比べられることじゃ。 兄弟どうしで比べられることが、どれだけ苦しいか親は全く分かっとらん。 ある意味、子どものことを長男は火星人、次男は金星人、三男は土星人、そんな私はアンドロメダ星人ぐらいで考えていてちょうどいいわ。


て:そう考えたら相手から学ぼうとしますもんね。 火星人ってこういう時はこんなこと思うんや~とか、金星人は花を美しいと感じないのかとか、土星人は肉を食べることは大罪なのかなんてね。 花を綺麗と感じない人はおかしいって思うのは、大きなずれですね。


安:そうじゃ、それを無理矢理、これが正しい、これが答えだ! という教育をするから、子どもが壊れていくんじゃ。 今な「おっさんおばはんええかげんにせ~よ~」って新人類がどんどん生まれているから、まぁこの子達がいろんなことを教えてくれるわい。 大人は混乱するで~。だって大人の思いどおりにはいかないからの。 だって、大人に教えに来てるわけやから。


て:今までの教育は答えはこれです!一つです!って教えてきましたもんね~。 先月号の月刊「てんつくまん」で平賀さんが言うてた。 「雪が溶けたらどうなりますか?」 「水になる」と答えた子は点数もらえて、 「雪が溶けたら春が来る」って答えた子は間違い。  それが今までやったけど、それも変わりますかね。 「答えも道も一つじゃない」っていう言葉はまさにそこから来ているんですね。


安:そうじゃ。違いを認めない。違いから学ぼうとしないから、家庭が壊れるし、地域も、国も、世界も壊れるんじゃ。 それに気付いたらもっと楽になるんやけどな~。 だから、自分が一日三回ご飯を食べたら魂のパワーが落ちると思えばしっかり食べればいい。 ただ、それを人に押しつけないようにの。 こういう考え方もあるらしいで~ぐらいが平和やの~ て:平和がやっぱりいいっすね~。


安:何が正しくて何が間違い。 そこに向かっているようでは、幼い地球のまんまじゃな。 答えは一つだと思うと戦いが生まれる。 それで、ぶつかってる宗教があるじゃろ。 その宗教は幼い。 もしも、お前さんが宗教に入ろうと思っていたり、入っていたり、また、宗教じゃなくても誰かから学ぼうと思うならば、ちゃんとここを見とけばいい。 自分と考え方が違うものからも学ぼうとしているかどうかじゃ。 違いを認めようとしてない、学びは非常に浅いということじゃ。


 て:話がそれましたが、ということで、一日三食食べないと日本人は魂のパワーが落ちるというのは、正解でもあり、間違いでもある。ということですね。 安:そうじゃ。自分で試してみればいい。 一日三食食べることが自分に適しているのか。それとも、一日二食か。それとも、一日一食か。二日に一回かなんてな。体験以上の答えはないからの。 


 て:ありがとうございました。 筆を持ってから10年、ほんまに「答えも道も一つじゃない」っていう言葉は何百回と書いたな~。よっぽど大事な言葉なんやろうな~ これは、常に自分に言い聞かせてないとな~。 という訳で自分の心と話し合おう。 答えが一つって思いこんでないかい? って聞いてあげて頂戴。


という内容でした。 僕もそう思います。


100人いれば100人みんな価値感が違う。 全く全てが同じ人はいない。 みんな違うとゆう事を認める事が大切だと思います。

お坊さんの話~其の五~

薬師寺のお坊さんの講演会に行った時のお話です。


お坊さんの話~其の五~


昔はお寺に10歳ぐらいで小僧さんに入った。


小学4年生。そのぐらいの年齢だと先輩の色に染まる。


だけど今は違う。ほとんどのお坊さんは大学、大学院出。


自我教育である。自我教育ってゆうのは何かというと、


自己主張


だからしょっちゅう先輩とトラブルを起こす。



80歳を超えて70何年も修行してる先輩に怒られた。


10年前だったら、こう思った。


偉い人はあまり出て来ないでほしい。そうすると人の前で怒られたら心の中で


なんだこのじじい~!普段何もしねえくせに偉そうに!と10年前だったら机をひっくり返して、


そんなら辞めますわ~!と言ってた。


去年も同じパターンだったんですが、お師匠様の言葉が浮かんできた。


「お前みたいな気性の激しい男は人の言葉を聞くと、その言葉だけで聞くからトラブ


ルがおこる」


「バカヤロー!」と言われたら気に入らない言葉だから皆さんは


「なんだコノヤロー!」


となりませんか?


それが普通。


だけどお師匠さんは


「このバカヤロー!」


とゆう言葉はハエか蚊のように、その辺をプンプン飛んでるんと違う。


必ずこの言葉は、この言葉を言った後ろ側に人格がある


その人格を通して、言っている。


言葉だけは気にいらないだろうけど、その人の言った


真意


を良く考えなさい。


「言葉に宿る魂を」


そんなお師匠の言葉を思い出した。


そうすると、この人は80年以上の人生で70年以上の修行とゆうモノサシで測ってる


んだ。


僕は20数年の修行でしかない。


使っているものが違う。


その時ハッキリ思った。


先輩が使っているのは「尺」のモノサシだ。


俺が使ってるのは「センチ」のモノサシだ。


だから同じモノサシを使ってもメモリが違うから答えが違うんだと。


つづく