2年国語の「取り出し」授業は生徒4人。先日の学年末試験ではその全員が、漢字も語彙も全くといっていいほど身に付いていないという結果でした。それに対して鬼のように厳しい教科担当は「この結果をどう思うか、今後どうするつもりか、一週間考えて来い」としかりとばしました。そして一週間後、4人を呼び出して「どう考えたか、まずはAから話してみなさい。」といったところ、Aの口から出たのは


 まず、最初に、この2年間私たちに熱心に日本語を教えてくださった先生に感謝しています、、、、


 「お前、そんな言葉どこで覚えたんだよ」と言いたくなるほど立派なスピーチでした。Aについては、こんなこともありました。

 数学の担当者が「Aの生活環境票を見せてください。」と言ってきました。(生活環境票というのは、生年月日や出身校、家族構成などが書いてある書類です)「何かありましたか?」と聞くと「いやぁ、やたらとできが良いんで、母国で高校に行っていたのかと思ったんだけど、違うんだね。全日の進学校でも充分やれそうなレベルなんだけど」とのお言葉。


 Aは15歳の9月にベトナムから来日しました。横浜市では年齢相当でしか受け入れていないため、3年生へ編入。3年の2学期といったら、周囲は高校への進学準備で一色です。その中でまったく日本語が分からないAはほとんど「お客さん」状態で受検を迎えました。

 とにかく入れるところへ、ということで定時制を受けたわけです。


 能力的にはかなり高いものをもっていると思われるAですが、日本語については伸び悩んでいます。家庭でもアルバイト先でもほとんどがベトナム語、学校を離れたら日本語に触れる機会はほとんどありません。その学校でも日本語を勉強できるのは週2時間の国語の「取り出し」だけです。


 定時制では、中学時代に不登校だったり、仕事をしなければならなかったり、さまざまな生徒が学んでいます。中には「知的障がい」を持っている生徒もいます。教員はみんな優しいので、出席が足りていればほとんど赤点はつけません。実際、日本語の日常会話も十分には身に付いていない生徒も進級・卒業しています。ですからAも校内の成績では平均して4以上(最高は5)をとっています。


 残された時間はあと2年、この中でどれだけ力をつけることができるか、、、

 やっぱり当分は「鬼」でいこうと思います。

 2010年12月27日、上村明子さんの遺族は桐生市と群馬県を相手取り、計3200万円の損害賠償を求めて前橋地裁に提訴した。
 訴訟を避けたいと考えてきたにもかかわらず、学校や行政側が背を向けるような対応をし続けてきたことで、逆に訴訟に踏み切る決断をせざるを得なくなったらしい。


そして、2011年2月18日、初めての口頭弁論が開かれたが、被告側は「いじめが自殺の原因だったとは即断できない」と主張し、請求棄却を求めている。
 遺族の思いを考えれば苦渋の選択だったのだろう。しかし、裁判は長く苦しい茨の道、第2第3の被害者を生むことになりはしないか。


 自治体としては、裁判に持ち込まれては引くことはできない。もしここで引いてしまっては今後、同様な事件があった場合、賠償金を払い続けることになる。その財源は市民の「血税」。
 裁判は闘争。戦いの場では相手の一番弱いところを突く。今回の訴訟の一番のポイントは、自死の原因がどこにあったか、ということ。


 もちろん、原告は学校のイジメがその原因だと主張している。しかし、被告はそれを認めない。ほかに原因を求めるとしたら家庭。
 親子の日頃の関係、、、イジメがあったとしても「負けずに学校に行け」と強要したのなら非は家庭にも、、、子ども日頃からときちんとコミュニケーションを取れていたのか、、、、主に矢面に立たされるのは、フィリピン人の母親、ということになるだろう。


 では、原告はいじめが原因だとどう立証できるのだろうか。いつ、だれがどんないじめをしたか、それがどのように明子さんを傷つけ自死に追い込んだか、、、これらを立証するにはどう証拠・証言を集めることができるか。子どもたちは小学校を卒業、教員も異動がある、こういったことを考えても、相当な困難が予想される。
 となると矛先は、崩壊状態だったといわれる学級、イコールその担任。こんな状態ではイジメが起こるのは当たり前、、、イジメがあっても対応していない、、、自死の予見もできなかったのではなく、しようとしなかった、、、表面上はそういう状況を看過した自治体が被告になってはいるが、実質的に矢面に立たされるのは一個人。

 自分が教員だから言うのではないが、こういうことが続いたら教員になろうという人はいなくなってしまうだろう。


 どちらが勝っても負けても幸せな結果に結びつくと思えない。と考えて今までのイジメ訴訟のことをネットで調べていたら、和解という道を選んだ例が出てきた。その中でも4年前、大阪府豊中市の大商学園高校1年が自殺した問題では、解決金ではなく、校庭への植樹や記念文庫の設置で合意している。それが公になったのは期せずして2011年2月18日。今回の事件の初めての口頭弁論と同じ日。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110218/trl11021822550025-n1.htm


 どのような内容で和解するかは私が口を出すことではないだろうが、ぜひ群馬県に多文化共生の風土を作り上げる方向で考えて欲しい。

ブログを見た知人から「あれ、どんな事件でしたっけ?」と言われた。先走って集会の報告や考察を書いてきたが、おくればせながら、、、
まず毎日新聞の第一報(2010,10,25)から(要約)
 
 2010年10月23日、群馬県桐生市の市立新里東小6年、上村明子さんが自室のカーテンレールにマフラーをかけ首をつっているのを母親が発見、病院に搬送されたが間もなく死亡した。
 母親によると、今秋から給食は決められた席でなく、好きな人同士で食べるようになり、孤立して欠席しがちになった。今月20日に担任から「あすは校外学習なので来てください」と言われ翌日登校すると、同級生に「こんな時だけ学校くるな」と言われ泣き帰った。自殺に使われたマフラーは明子さんが母親にプレゼントするために編んでいたものだったという。
 父親は「学校での同級生のいじめが原因、6年になってから学校側に10回以上相談したが、具体的な解決策は示されなかった」と話している。
 しかし、会見した岸洋一校長は「(一部の同級生との関係が)良くない状態にあったのは間違いないが、いじめという認識はなかった。明子さんに嫌なことはないか話を聞くこともあったが『特にない』と答えていた」と話した。


 イジメを隠蔽しようと言う姿がありありと見える。読売新聞でも以下のように書かれている。


 6年生の複数の男児は取材に対し、「『あっちへ行け』と言われ、しょっちゅういじめられていた」などと証言し、そのうち1人は「先生が注意しているのは見たことがない」とも話した。(中略)市教委は教育相談員を小学校に派遣し、児童の心のケアにあたるとしている。


 イジメを隠蔽したままでの「心のケア」というのはどうなされるのだろうか?いじめていた子どもたちに「あなたたちは悪くないのよ」なんて言うんじゃないか、と意地悪な見方を思わずしてしまう。
 しかし、これ以上に腑に落ちないのは、この時、「母親によると……」と記述しているのにもかかわらず、その母親がフィリピン人だとは書いていない(読売も同様)ことだ。それについて毎日新聞で初めて触れられたのは、続報(27日)である。(以下要約)


 父親は26日、毎日新聞の取材に「母親がフィリピン人であることもいじめの原因の一つだと思う」と述べた。明子さんが5年生だった09年、母親が初めて授業参観に訪れた。その際、明子さんは同級生から母親の容姿について悪口を言われた。その後、いじめられるようになった。


 また、朝日新聞には、授業参観についての記述はなく、「署や市教委などによると、母親はフィリピン出身だが、この女児は日本語が堪能だったという。」とだけあった。これは何が言いたいのだろうか????


 2011年1月に開かれた神奈川県人権推進教育連絡協議会の研究大会で別の件でレポートする機会(相手は主に公立学校の教員)があったが、冒頭にこの事件について母親がフィリピン人だということをどれだけの人が知っていたか、手を挙げてもらったが80人ほどいた中で3割には満たなかったと思う。
 こうした一方で「担任の女性教諭はクラスをまとめきれない状態になることが時々あった」という校長の発言などが注目され、「学級崩壊」「指導力不足教員」といった側面ばかりが取りざたされている。この事件を一つの学校やクラス、一人の教員の問題として片づけるのではなく、日本の社会・学校の問題として考えることが必要だ。
 日本社会に根強くある外国人差別、そして、その芽(あるいは根か?)である学校での外国につながる子どもたちへのイジメ、それを直視しようとしない姿勢がこの報道に表れているのではないだろうか。この感覚はイジメを隠蔽しようという学校の姿勢にもつながるものが感じられてならない。