ブログを見た知人から「あれ、どんな事件でしたっけ?」と言われた。先走って集会の報告や考察を書いてきたが、おくればせながら、、、
まず毎日新聞の第一報(2010,10,25)から(要約)
 
 2010年10月23日、群馬県桐生市の市立新里東小6年、上村明子さんが自室のカーテンレールにマフラーをかけ首をつっているのを母親が発見、病院に搬送されたが間もなく死亡した。
 母親によると、今秋から給食は決められた席でなく、好きな人同士で食べるようになり、孤立して欠席しがちになった。今月20日に担任から「あすは校外学習なので来てください」と言われ翌日登校すると、同級生に「こんな時だけ学校くるな」と言われ泣き帰った。自殺に使われたマフラーは明子さんが母親にプレゼントするために編んでいたものだったという。
 父親は「学校での同級生のいじめが原因、6年になってから学校側に10回以上相談したが、具体的な解決策は示されなかった」と話している。
 しかし、会見した岸洋一校長は「(一部の同級生との関係が)良くない状態にあったのは間違いないが、いじめという認識はなかった。明子さんに嫌なことはないか話を聞くこともあったが『特にない』と答えていた」と話した。


 イジメを隠蔽しようと言う姿がありありと見える。読売新聞でも以下のように書かれている。


 6年生の複数の男児は取材に対し、「『あっちへ行け』と言われ、しょっちゅういじめられていた」などと証言し、そのうち1人は「先生が注意しているのは見たことがない」とも話した。(中略)市教委は教育相談員を小学校に派遣し、児童の心のケアにあたるとしている。


 イジメを隠蔽したままでの「心のケア」というのはどうなされるのだろうか?いじめていた子どもたちに「あなたたちは悪くないのよ」なんて言うんじゃないか、と意地悪な見方を思わずしてしまう。
 しかし、これ以上に腑に落ちないのは、この時、「母親によると……」と記述しているのにもかかわらず、その母親がフィリピン人だとは書いていない(読売も同様)ことだ。それについて毎日新聞で初めて触れられたのは、続報(27日)である。(以下要約)


 父親は26日、毎日新聞の取材に「母親がフィリピン人であることもいじめの原因の一つだと思う」と述べた。明子さんが5年生だった09年、母親が初めて授業参観に訪れた。その際、明子さんは同級生から母親の容姿について悪口を言われた。その後、いじめられるようになった。


 また、朝日新聞には、授業参観についての記述はなく、「署や市教委などによると、母親はフィリピン出身だが、この女児は日本語が堪能だったという。」とだけあった。これは何が言いたいのだろうか????


 2011年1月に開かれた神奈川県人権推進教育連絡協議会の研究大会で別の件でレポートする機会(相手は主に公立学校の教員)があったが、冒頭にこの事件について母親がフィリピン人だということをどれだけの人が知っていたか、手を挙げてもらったが80人ほどいた中で3割には満たなかったと思う。
 こうした一方で「担任の女性教諭はクラスをまとめきれない状態になることが時々あった」という校長の発言などが注目され、「学級崩壊」「指導力不足教員」といった側面ばかりが取りざたされている。この事件を一つの学校やクラス、一人の教員の問題として片づけるのではなく、日本の社会・学校の問題として考えることが必要だ。
 日本社会に根強くある外国人差別、そして、その芽(あるいは根か?)である学校での外国につながる子どもたちへのイジメ、それを直視しようとしない姿勢がこの報道に表れているのではないだろうか。この感覚はイジメを隠蔽しようという学校の姿勢にもつながるものが感じられてならない。